ホーマーに連れられて街に到着する。
重要な施設があることもあり、他のインフラも充実していた。
街路では子どもが走り回り、学び舎と思われる建物もあった。
「これからどうするんだ?」
「役所とかありますか? 帰る手段について相談したいんです」
「そうだな、坊主の場合だと管理庁に行ったほうが……いや支援センターのほうが先か」
なにやら考え事をしている。だがそれもすぐに終わる。
「すまん、なんでもない。役所だったな。ちょうど町の中心部にある。あそこに大きい建物があるだろ。その横だ」
ホーマーがやや上の方を指さす。
建物は柵で囲われていて、厳重に守られていた。
「あれは魔力変換施設だ。魔鉱石から採取した魔力を電力や燃料に変換している」
「そうなんですね」
なのはは何やらすごい技術を耳にした気がしていた。
「色々とありがとうございます」
お辞儀をする。
それに倣ってはやても頭を下げた。
「本当に助かりました。ひとまず役所に行ってみます」
背中を向ける。そして一歩踏み出したときだった。
「待て」
振り向く。
ホーマーは頭をかいていた。
「あー、なんだ、そのだな」
何か言いにくそうにする。
「ここまで言っといてなんだが、今日はやっていない」
何が、とは聞かずともわかる。
「今日は休日だ」
「そうですか……」
それならば仕方ない。
「そしたらまた明日来ます」
再び歩き出そうとする。
そこに再度声がかかる。
「泊まっていくか?」
ホーマーは目線を外し、横を向いて気恥ずかしそうにしていた。
どうしてここまで優しくしてくれるのか。
短い付き合いだが、それをホーマーに聞くのは野暮な気がしていた。
「いいんですか?」
「今は俺一人しかいないからな」
「……ありがとうございます」
自分一人だけだったら断っていたかもしれなかった。
けれど、はやての体力のことを考えると非常に助かる提案だった。
この際、思いっきり善意に寄りかかろうと決める。
(恩は後で返そう)
そう心の中で誓い、お言葉に甘えることにした。
ホーマーの家に案内される。
二人はあてがわれた部屋へと入った。
「少し埃っぽいが我慢してくれ」
しばらく使っていない。そんな印象の部屋である。
窓を開けて軽く掃除をする。
「なのは君、将来は良い主夫になるで」
「もらい手がいればいいけどな」
「私がもらおか?」
「小遣いはちゃんとくれよ?」
軽口を交わすうちに掃除を終わらせる。
はやてをベッドに座らせ、なのはは床に座った。
「寝るか」
「せやな」
窓から月明りが差し込む。
寝るには少し早い時間である。しかし二人は疲労が蓄積していた。いますぐにでも眠れそうである。
「なのは君」
「うん?」
「眠らへんの?」
「寝るよ」
「どこで?」
「ここで」
なのはが床に寝転ぶ。
体を伸ばす。
ここなら寝ながら警戒する必要もない。ようやくゆっくり休めそうだと羽を伸ばす。
「こっちで寝たらええやん」
「狭いだろ? はやてが使いなよ」
「いや、子ども二人横になっても全然余裕や」
「そうか?」
「そうや」
なのはが起き上がる。
「はよ」
はやてがベッドをポンポンと叩く。
(まあいいか)
狭い云々は言い訳である。
子どもと言えど、女の子と一緒に寝るのは気が引けていた。ただここまで言われたら断る方がより気が引ける。
なのはがベッドに横になる。
ベッドの柔らかさに気を失いそうになる。
「一瞬で寝れるな」
「クタクタやからな。気絶五秒前ってとこや」
「そう、だな」
見た感じはやては落ち着いている。まだ心配ではあるが、はやての軽口に少しだけ安心した。
安心したせいか、次の瞬間には寝てしまっていた。寝返りをうち、はやてに背を向ける姿勢となる。
その背中をはやてが見ていた。
自然と、笑みがこぼれる。
なのはの心配とは裏腹に、はやては今までにないくらい楽しさを感じていた。
もちろん不安な気持ちもあるが、それも含めて充実した日々となっていた。
今まで独りだった。
ずっと独りだった。
一日に人と話すことなんて数えるほどである。
口を開かない日だってあった。
生きている意味を見出せずにいた。
毎日、靄がかかっていた。
だがその靄はたった数日前に晴れることとなった。
突然違う世界に飛ばされ、そこでいきなり怖い目に遭う。
そこから救ってくれた存在、高町なのは。
大人を相手にしても負けることはなかった。
それも訓練された人間相手にである。
衝撃的な出会いだった。
鮮烈な光景であり、今でも昨日のことのように思い出すことができる。
それから二人でたくさん話をした。
漫画やアニメ、ゲームの話。
趣味が似通っていて、とても話が合った。
軽口を叩きあえるようになるには時間は掛からなかった。
ただ楽しかった。
人と話すのがこんなにも楽しいとは知らなかった。
「なのは君」
そっと背中に額をつける。
なのはといると安心できた。
何が来ても守ってくれる。
そう信じられた。
湖獣に追いかけまわされたときも、なのはが撃退してくれた。
「あれはたまげたなぁ」
未知の生物に対してもだが、それ以上になのはの怪力に驚かされていた。
危険な目には遭った。
けど、何も変わらない日々と比べれば、はやてにとっては冒険と一緒だった。
「摩訶不思議アドベンチャーやな」
はやてが目を瞑る。
そうして幸せな気持ちのまま、静かに眠りについた。
朝。
リビングには車椅子が置いてあった。
「歩行補助機を装着すれば歩けるようになるんだろうが、アレは訓練が必要だからな」
使ったことはないんだろと聞かれる。
ホーマーの言葉を翻訳して、はやてに伝える。
はやては何のことかわからない顔をしていた。仕方のない話である。それは地球ではまだ開発されていない類のものだった。
説明していると長くなってしまうので、ひとまずなのはが代わりに返事をする。
「嬢ちゃんには少し大き目だろうが、まあなんとかなるだろ」
「いいんですか?」
「ああ、もう使ってないからな」
「使っていいってさ」
「すみません、何から何まで」
はやてが丁寧にお辞儀をする。
言葉はわからずとも、意味は伝わっていた。
車椅子をベッドの近くに移動させる。しかし、はやては車椅子に乗ろうとしなかった。
車椅子の乗り降りには慣れている。補助は必要ないはずだが動こうとしない。
はやてを見ると両手を広げて待っていた。
「ん」
「うん? ああ」
いつもの車椅子ではないから不安なのだろう。
なのはが移乗介助に入る。
管理局にいたとき、負傷者の救命処置や衛生関連について訓練したことがある。
そのことを思い出し、脇の下に手を伸ばそうとした。
「ちゃう」
「え?」
「おんぶ」
おんぶを所望してくる。
(あれ? こうじゃなかったっけ?)
疑問に思いつつ、背中を向ける。
普段していることではないので、違うと言われれば信じてしまう。
はやてが背中に乗る。
それを確認して、車椅子に降ろそうとする。
なのだが降りない。
「おい」
はやてはしがみついたままである。
「降りんかい」
「お断りや」
そんなやり取りが続く。
「ははっ」
それを見ていたホーマーは笑っていた。
「こいつは余計なことをしちまったみたいだな。今日は坊主が足になってやんな」
そう言い残して行ってしまう。
「……ええ……?」
「ほな行こか」
出発進行と元気良く号令が掛かる。
なのははなんだか腑に落ちぬままだった。
ホーマーの家から町へと出て行く。
街灯が等間隔に並び、道は綺麗に舗装されていた。
行き交う人々の顔には余裕があった。皆、笑顔を浮かべて暮らしている。
「あれどうなってるんや? 街灯が浮かんでる?」
街灯には柱というべきものがなかった。
なのはも詳しくは知らないが、そういう技術があるのは知っている。
(あれって危ないから使用禁止じゃなかったっけ?)
管理世界基準では落下による事故が懸念されるため使用禁止となっていた。
(管理外世界だし関係ないのかな)
フェイトかクロノがいればすぐに答えが返ってくるだろう。
町を色々と見て回る。
次元世界でいう最新技術が使われている様子はなかった。時空管理局による評価であれば、発展途上の分類となる。
「なのは君! アレ!」
はやてが肩を勢いよく叩く。そしてもう片方の手である方向を指差していた。
その方向には雑貨店があった。魔法の道具や見たことない物がたくさん置いてある。興味を持つのは必然だ。
しかし、おそらくその店ではない。
「銃や!」
予感が的中する。
魔法雑貨店の隣には武器屋があった。はやては銃が売られている店に興味津々だった。
「入ってみる?」
「もちろん!」
興奮していた。楽しそうでなによりだった。
入口に差し掛かり、店のドアを開けようとしたときだった。
「コラコラ」
たまたま外にいた店員に声をかけられる。
「子どもは入っちゃダメだよ」
入店を拒否される。
(ダメか)
行けると思っていたがダメだった。
世界が違えば倫理観は異なる。管理外世界ともなれば大抵ゆるい。
しかしラトリアは子どもに対しての倫理観はかなり育っていた。
なのはが隣の店の前に移動する。
「こっちも面白そうだよ」
「せやな」
わかりやすく残念そうにしていた。
また機会はあると慰めつつ、隣の魔法雑貨店に入っていった。
帰宅する。
玄関までいい匂いが漂ってくる。
「どうだった?」
ホーマーはキッチンに立っていた。
鍋の様子を見つつ、質問を投げてくる。
はやてを椅子におろす。それから質問に答えた。
「砂糖が高いですね」
「貴重品だからな」
食料品や調味料を見て回ったところ、砂糖がやけに高かった。
ガラスケースに入れられたり、カウンターで直接注文しないと買えないようになっていた。
砂糖を始め、ラトリアでは菓子などの甘味が高級品となっていた。
「坊主、皿を出してくれないか」
食器棚の前に行く。
そのとき棚の上に一枚の写真を見つけた。
ホーマーと少女、そして妻と思われる女性が車椅子に乗っていた。
今朝のことを思い出す。
あの車椅子はホーマーの妻が使っていたものではないだろうか。
皿を取り出し、ホーマーに渡す。
再度、写真に目線を移す。
「俺の家族だ」
料理を盛り付けた皿を渡してくる。
「娘は仕事に出ている。妻はもういない」
ぶっきらぼうに話す。
元々の性格もあるが、変に気を使わせないためでもあった。
「足、悪かったんですか?」
「ああ」
「あの車椅子は」
「妻が使っていたものだ」
予想通りだった。
「体内に魔力が溜まってしまう病でな、最後は寝たきりだった」
「治すことは……」
首を振る。
「ラトリアでは治療が難しい病だ」
ホーマーがはやてを見る。
「嬢ちゃんは……」
言いかけ、口を閉じる。
大丈夫なのかと聞こうとしたのだろう。しかし聞くべきではないと思い直していた。
ホーマーははやてを見るたびに妻の姿を思い出していた。
同情が大半である。
だがその同情があったからこそ、ここまで面倒を見てくれていた。
その気持ちを汲み取り、誠意を持って答えた。
「必ず治ります」
言い切る。
そこからは決意が感じ取れた。決して無責任な発言とは思えなかった。
「そうか」
少しだけ安心したような様子を見せる。
ホーマーが自分の分の皿を持つ。
「冷めないうちに食べよう」
なのはの頭に手が置かれる。
皮膚は固く、とても分厚い手だった。
三人で食卓を囲む。
「そうだ」
食べ始める前に、なのはが紙を取り出す。
「はい」
「なんや、これ」
紙をはやてに渡す。
紙には魔法陣が描かれていた。ある魔法を起動するための魔法陣である。
古来より存在する魔法の原点であり、原初の技術である。
現代ではデバイスが補助してくれるため、魔法陣を描くことはない。
現役として活躍はしていないが、現代にも引き継がれている技術である。
「坊主の手製か?」
「ええ」
ホーマーが紙の魔法陣を見る。
「上手いもんだな」
褒められて嬉しくなる。
なんでも描けるわけではないが、何種類かの魔法陣は会得している。
今回の魔法陣は翻訳魔法が起動するようになっている。
管理局の軍人となるために身につけさせられた技術でもあった。
なのはの場合、多くの世界で活動することが想定されていた。そのため、不測の事態によりデバイスがないことも考えられる。
そのときに現地民と意思疎通を図る必要も出てくるため、こうした技術は必須とされていた。
ただ、やはりデバイスがあるのとないのとでは大違いである。
なのはのお手製では完璧な意思疎通は不可能だった。
こんにちは、ありがとう、などの簡単な単語なら問題ない。
そのままの意味として受け取ることができる。しかし複雑なニュアンスを含ませたり、長文となると齟齬が発生したりもする。
そもそも翻訳とは銘打ってはいるが、なんとなく意味がわかる程度である。感覚としてはこういう事を言いたいのだろうな、というのが頭に流れてくる感じだった。
(ないよりかはマシ程度だな)
ならばデバイスを使わせてあげれば良いとなるが今手元にはない。魔法雑貨店にも小型のデバイスは売っていたが正直手が出ない。
というかお金がない。
ゆえにお手製である。
「どう使えばええんや?」
「どこかに貼れば使えるよ。腕、だと目立つからお腹あたりがいいんじゃないかな」
はやてが受け取り、へその上あたりに付ける。
「起動したか?」
「おお! ホーマーさんが喋ってる!」
「前から喋ってはいるだろ」
上手くいったようだった。
今まで話せなかった分、はやてがどんどん話しかける。
会話は弾み、温かい食卓となる。
「背中でモジモジしてたらわかるやろ?」
「いや、わからん」
「なのは君察し悪いねん」
「トイレって言えばいいじゃん」
「ホーマーさんどう思う?」
「坊主が悪い」
「マジかよ」
ホーマーがいつものスープを口にする。
いつもと同じ味、いつもの温度を感じる。
ただ、自然と笑みがこぼれていた。
静けさはなく、久しぶりの温かい食事となっていた。