夜明け前。
静かな町に警報が鳴り響く。
「なんだ!?」
なのはが飛び起きる。
急ぎ、窓から外を確認する。
遠くでは黒煙が上がっていた。位置的に町へ入るための正門である。
襲撃されている。
瞬時にその考えが浮かび上がる。
だがここは中立地帯で攻撃の対象外。
攻撃されることはあり得ない。
(攻撃されない、なんてこと自体があり得ないか)
ラトリアは戦争中である。
戦時においてその考えは甘いと言わざるを得ない。
(状況は不明。事故かもしれないけど、襲撃されてると断定して動くべきだな)
考えをまとめて即座に行動へ移す。
「はやて」
声を掛ける。
しかし返事がない。
「はやて?」
近くに寄る。
はやては寝ていた。それは幸せそうな寝顔だった。
呆れを通り越して、その図太さに感心する。
(変に心配する必要なかったんじゃ……)
色々と気を揉んでいたが、その必要はなかったのかもしれない。
外から爆発音が聞こえてくる。
(やば)
呆けている場合ではない。
両手で拳を作り、はやての頭を挟んでぐりぐりと攻撃をした。
通称、ウメボシである。
「いだだだだ!」
はやてが起きる。
「なんや!」
上半身を起こす。
それと同時にホーマーが部屋に入ってきた。
「無事か!」
「大丈夫です」
返事をしながら支度を終わらせる。
ホーマーはその様子を見てあれこれ指示する必要はないと判断した。
「ここから逃げるぞ」
ホーマーが外へ行く。その後を付いていく。
「ここは中立地帯だったのでは……」
返ってくる答えの予想は付いている。
質問の意図は状況の整理と再確認である。
「もはや関係ないんだろう。ここを攻撃するってことは話し合いは不要ということだ」
走りながら話す。
空には魔導師と思われるのが数人いた。
(空戦魔導師もいるのか)
その魔導師を止めようと何人かが立ちふさがる。
この町に駐留していた魔導師である。言葉は不要とばかりに上空では交戦状態となっていた。
魔法と魔法がぶつかり合う。
魔力弾が飛び交い、流れ弾がなのはたちの方へ向かってくる。
裏拳ではじく。
他の流れ弾が建物へと直撃する。がれきが落下し、ホーマーが下敷きとなってしまう。
「ホーマーさん!」
はやてが叫ぶ。
急ぎ駆けつける。
「大丈夫ですか!?」
「うっ」
生きていた。
しかし状況は最悪である。額からは血が流れ、身動きが取れない状況となっていた。
このがれきをどかすには大人数人でも一苦労するだろう。
「俺に構うな」
状況を理解し、なのはたちに逃げろと促す。
自分は動けない。もう助からない。ならせめて未来ある子どもだけでも助けようと考えていた。
しかし、がれきは持ち上げられすぐさま体が自由となる。
「え? は?」
がれきが隣へと置かれる。
「動けますか?」
なのはが手を差し出す。
「あ、ああ」
その手を取り立ち上がる。
「ぼ、坊主、力持ちなんだな」
ホーマーは目を丸くしていた。
「力持ちで済ませていいか疑問やけどな」
はやてからツッコミが入る。
だがあまり構っている暇はない。このままでは敵に見つかってしまう。
「いたぞ」
心配が現実となる。
後方に四人。全員がアサルトライフルを携行していた。
いずれも訓練された兵士である。
だが、その中の一人に何か違和感を感じた。
(ぎこちない?)
訓練された動きではある。
だが慣れているという感じはしなかった。
(呼吸が乱れてる)
よく見ると動きが固い。
(戦場は初めてか……?)
なのはの予測は大方当たっていた。三人のうち一人は戦場が初めてだった。
だが今はそんなことはどうでもいい。
抵抗するべきか、降伏するべきか。
当然、なのははラトリアの条約については何も知らない。
そもそもそういった類のものがあるのかどうかもわからない。
通常であれば捕虜にされるところだが、相手は中立地帯を攻撃してきている。
何かしら交わしているものがあっても機能はしないと考えたほうがいい。
そしてあることに気づく。
兵士の中に落ち着いている者がいる。おそらくリーダーだろう。
その者はなのはたちを目視してから、銃口を向けてきていない。
これは争わずに済みそうである。
抵抗の意思はないということを伝えるため、両手を挙げようとした。
その瞬間、兵士の一人が銃口を向けてきた。
目は血走り、何かに怯えているようにも見て取れた。
訓練された兵士と言えども、戦場は人を狂わせる。
硝煙漂う非日常。
命の掛かった高ストレスの環境下にいれば、正常な判断ができなくなるのは無理もないことである。
なのはの動作を攻撃と勘違いし、発砲しようとする。
ラトリアでは才能あるものであれば、子どもでも戦場に出ることがある。そういった事情もあり、子どもだとしても警戒心が働いていた。
「おい、待て!」
リーダーが気づき止めようとする。
だが止まらなかった。
静止は間に合わず、銃弾が発射される。
なのはが軍用ナイフを取り出す。
ナイフを振り降ろし、銃弾を真っ二つに切り裂いた。
「……は?」
皆、何が起きたのか理解できなかった。
起きた現実を脳が受け入れ始めた頃、また新たな事態へと発展する。
この場に高速で飛来してくる者がいた。
なのはに接近し、剣型のデバイスを振るう。
ナイフで受け止め、即座に反撃の蹴りを放つ。
腕でガードされるが、吹き飛ばしたことにより距離を作ることに成功した。
(強いな)
今の攻防で実力に関しておおよその見当がついていた。
そして高町なのはが強い──と判断を下した。
「これはこれは」
大仰な身振りをする。
「まさに僥倖、日々の行いが良いからでしょうか。まさかこんな小さな命を狩れるとは」
顔には愉悦があった。
(こいつ、どこかで見た気が)
顔を良く見る。
(う~ん)
出てきそうで出てこない。
思い出そうとするが、記憶の底からは出てこなかった。
そもそも勘違いかもしれないと思い、目の前の状況に思考を切り替える。
今の攻防の感触ではSランク以上。
かなりの手練れであることは間違いなかった。
(まずいな)
今の自分だと圧勝は難しい。
多少なりともケガを負うことにはなる。その場合、連戦が厳しくなってくる。
(せめてレイジングハートがあれば)
相棒の不在に不安を覚える。
まだこの世界では出会っていないため、正確にはかつての相棒ということにはなる。
「隠れててください」
ホーマーにはやてを預ける。
「坊主」
「大丈夫です。荒事は慣れてます」
がれきを持ち上げたパワー。
銃弾を切り裂いた神技。
この場では自分の方が足手まといだと判断する。
「わかった」
はやてを連れて物陰に隠れる。
「グリフォ」
「おや? こちらに来ていたのですか」
グリフォの隣に青年が並ぶ。
この星では珍しい黒髪である。見た目は好青年であり、どことなくクロノや恭也に似ていた。
「無抵抗な者に攻撃はするな。子どもにもだ」
「わかっていますよ。被害は最小限に、でしょう? ですが無抵抗でない子どもは別では?」
青年は不快感を隠さずに話す。
「子どもの抵抗ぐらい軽くあしらえ。おまえなら問題ないだろう」
「またまた……リッジラインさんも先ほどの身のこなしをご覧になったでしょう」
グリフォがなのはを見る。
「ただの子どもではありません。明らかな脅威です。私が対処しなければ隊が全滅しますよ?」
リッジラインがグリフォをにらみつける。
元々の目つきが悪いせいか、中々の怖さがあった。
しかしグリフォは涼しげに流す。意に介していない様子だ。
「殺すなよ」
それだけ言い残し、立ち去ろうとする。
「もちろん、善処しますとも」
リッジラインから怒りの感情が読み取れる。
しかし、すぐに怒りは消えていた。そして何か諦めたかのような表情をし、再び歩き出した。
言われなくてもわかっていた。
目の前の少年が強者であり、排除すべき対象であることを。
この場ではグリフォの言葉が正しいということを。
それでも不可抗力を除き、なるべく子どもに手はかけたくなかった。
リッジラインは戦争という狂気の舞台にて苦悩していた。
この戦争は勝たねばならない。攻撃してはならない場所に武力行使を強行した以上、もう後には引けない。
もはや手段を選んではいられないし、選ぶ権利もなかった。
だとしても、理性は捨てたくなかった。
例え善人の皮を被った悪人だと言われたとしても。
「始めましょうか」
デバイスを構える。
「デビルフィッシュ」
『Yes』
グリフォがデバイスに命令する。
魔法が発動し、刀身に魔力が宿る。
普通に考えれば斬撃の威力を上げる魔法である。だが、なのはは何か嫌な雰囲気を感じ取っていた。
(様子見するか)
グリフォが距離を詰めてくる。
剣が届く距離となり、横なぎに振るわれる。
それを先ほどと同じくナイフで受け止めた。
瞬間、剣の形状が変化した。
固く、真っ直ぐだった剣が軟化し、鞭のように襲ってくる。
ギリギリで避ける。超人的な直感により、頬に傷ができるだけで済んでいた。
軟化はしているが、切れ味はそのままである。
デビルフィッシュが再度硬化し、元の形に戻る。
(なんだあの動き)
未知の攻撃に困惑する。
受けるのは得策ではないと判断する。
今度は突きが来る。
点の攻撃であるため避けるのは難しくない。
見切り、刺突の予測通過ラインから体をずらす。
「手ぬるいですね」
突如、刀身が八本に分かれる。
「なっ!」
それはまるでタコの手足のようだった。
囲い込むように四方八方から襲い掛かってくる。
唯一の逃げ道である後ろへと飛ぶ。
普通であれば閉じきるほうが速い。だがなのはの異常な反射神経と小さい体が幸いし、かすり傷のみで済んでいた。
「やりますね」
心からの賛辞だった。
ラトリアにおいてグリフォより強い者は数えるほどしかいない。
次元世界レベルで見たとしても上位に食い込む強者である。そんなグリフォが素直に感嘆していた。
子どもでありながら今の時点で生存できていること、さらには戦えていることに驚嘆するほかなかった。
「ふぅ」
なのはが一息つく。
(ペースを握られてる)
今、戦いのペースはグリフォにある。
戦闘において、いつだって強者が勝つとは限らない。
力量に差があったとしても、勢いに乗せてしまうとそのまま押し切られてしまうこともある。
(こちらに引き戻す)
なのはは攻勢を強めることにした。
そもそも様子見をしつつ戦うのは性に合っていない。
攻撃に攻撃を重ね、畳みかけていくのが高町なのはの得意スタイルである。
ハンドガンを構える。
避けてもらえるように、わかりやすく狙いを定める。
それからグリフォに向かって発砲した。
銃弾が避けられる。
ディフェンサーで防御されなくて良かったと安心する。
「ぐわぁ!」
狙ったのはグリフォでなく、後方にいた兵士である。
すぐさま接近し、負傷した兵士からアサルトライフルを盗み取る。
フルオートに変更し、グリフォに向かって撃ちまくる。
自動防御により銃弾がはじかれていく。
銃弾は弾き飛ばされていくが、構わず突撃しながら撃ち続ける。
やがて距離は縮まり、拳の届くところまで接近する。
なのはが拳を構える。
何も警戒することはない。
魔法を使用していない拳ではシールドを壊すことはできない。
ディフェンサーを展開したままにしておき、グリフォがカウンターの構えに入る。
拳が突き出される。
その拳はディフェンサーの手前で寸止めされた。
拳から放たれた衝撃はディフェンサーの裏側に行き、グリフォへと直接届いた。
「ぐはっ!」
魔法は使用されていない。
ディフェンサーも破られていない。
(何が起こった!?)
理解できなかった。
予想外の事態に混乱してしまう。
だが考えている暇などなく、追撃がグリフォを襲う。
上からの蹴り下ろし。
それに対して今度はラウンドシールドを張る。
先ほどより固く、強い盾である。
だが先ほどと同じことが起きるだけだった。
蹴りは寸止めされ、衝撃だけがグリフォに襲い掛かる。
「ごはっ!」
理解不能だった。
(シールドやバリアの類は良くないですね)
防御魔法の使用は危険と考える。
一旦距離を取ろうとするが、それは許すまいとフルオートの銃撃が飛んでくる。
再度シールドを展開する。
このままではまた同じ展開となってしまう。何度も同じ手を食らうわけにはいかない。
(仕組みはわかりませんが、攻撃がシールドの裏を通ってくる。そしてその攻撃は必ず寸止めをする。ならばそれと同時にシールドを即解除し、カウンターで切り伏せる)
やるべきことをイメージする。
今の時点で不明なことは深く考えない。対処方法は単純にしておき、迎え撃つ準備をする。
予想通り、なのはが接近する。
拳が放たれると同時にシールドを解除した。
だが予想に反し拳は止まらず、そのままグリフォの腹部に叩き込まれた。
骨の折れる音が鳴る。
(読まれていた)
グリフォの行動は全て予測済みだった。
二人には圧倒的な差があった。
経験が違った。
技術が違った。
何より才能が違った。
あばら骨の損傷、鼻からの出血。
ここまでダメージをもらったのは久方ぶりだった。
そして何年かぶりに頭に血が上っていた。
「このクソガキがっ!」
ダメージによる怒りもあるが、手のひらで踊らされたことによる怒りが強かった。
怒り狂う。
そして動きがより単調になる。
なのはからすればやりやすくなっただけだった。
攻撃を避ける。
最小限の動きだけで対応していく。グリフォの攻撃は完璧に見切られていた。
一つ避けられ、二つカウンターをもらう。
二つ避けられ、四つカウンターをもらう。
攻撃の数だけ倍返しをされていた。
蓄積されていくダメージにグリフォが焦りだす。
『あなたたち!』
念話を使う。
『そこにいる二人を捕らえなさい! 人質にするんです!』
戦闘を見ていた兵士たちに指示を出す。
兵士たちは即座に行動に移し、ホーマーとはやてを捕えようとする。
二人に危機が迫っていることになのはが気づく。
(くそっ!)
二人が捕まればチェックメイトも同然である。
そんな最悪の状況は避けなければならない。
救助に行く。
そのためには迅速に仕留める必要があった。
だが守りに入ったグリフォを落としきるのは難しかった。
一気に決着をつけるには強い武器が必要だった。
──ただ、武器はあった。
(だけど)
躊躇する。
使えばどうなるかわからない。
また、感情に飲み込まれてしまわないか不安だった。
刻一刻と二人に危機が迫る。
もう迷っている場合ではなかった。捕まったら最後である。
なのはは決断をした。
武器をイメージする。
胸の内に剣の輪郭が現れ、細部までハッキリと想像できた。
体の内から取り出し、武器を顕現させる。
種は成長し、やがて花を咲かせる。
──ジュエルシードNo 21、改め、ジュエルNo21 ブラックダイヤモンド。
叶える願いはなく、あるのは差別なき否定のみである。
なのはの手に黒剣が握られる。
孤独の王に与えられる一振りの黒剣、ブラック・オルロフ。
(デバイスを持っていましたか)
グリフォが黒剣をなのはのデバイスと判断する。
黒剣が振るわれる。
それをデビルフィッシュで受け止める。
瞬間、耳をつんざくような音が鳴り響く。
デビルフィッシュの刀身が削られていき、真っ二つに切断されてしまう。
あっという間の出来事だった。
下からの切り返しにより、グリフォの体が斜めに斬られる。
「ぐああ!」
血が噴き出す。
グリフォが地面に倒れ、次から次に血が流れていく。
痛みにより涙が出る。
受けた傷は通常のものとは違っていた。傷口はズタズタになり、動くたびに痛みと出血を伴っていた。
黒剣で斬られた場合、裂傷を悪化させる効果があった。
それは悪辣と言わざるを得ない性質だった。
グリフォが再起不能であることを確認し、即座に駆け出す。
四人の兵士がなのはの接近に気が付き銃を構える。
しかし遅かった。
致命的なほどに遅く、制圧するには十分な時間だった。すぐさま四人が気絶させられる。
「ケガは?」
安否を問う。
「な、ない……い、いや、ケガはあるが大丈夫だ」
「私も無事や」
一安心する。
だがそれも束の間、災難というのは次から次へとやってくるものである。
「グリフォ、動けるか?」
グリフォの近くにはリッジラインがいた。
時間が掛かりすぎていると思い、様子を見に戻ってきていた。
リッジラインが待機状態のデバイスを取り出す。
「ティル・ナ・ノーグ」
『Good night』
「起きろ」
『ご機嫌だな、兄弟』
両手に籠手が装着される。
「回復魔法を掛ける。少し待て」
なのはが飛び出す。
グリフォを戦線に復帰させるわけにはいかない。
しかし、空からの砲撃魔法により足止めをさせられてしまう。
砲撃魔法に対して黒剣をぶつける。
砲撃は一瞬では終わらず何秒か続く。
そこから砲撃主の魔力量の多さがうかがえた。
やがて砲撃魔法が止む。
そこには無傷のなのはが立っていた。
「は? マジ?」
空から驚きの声が聞こえてくる。
それもそのはずである。放った砲撃魔法はSランクである。
一介の兵士、又は魔導師であれば決着がついていてもおかしくはなかった。
それなのに剣一本で防がれていた。
「やばいんじゃない、これ」
少女から焦りが伝わってくる。
年齢は十代半ばといったところだ。
『ちょっと、逃げたほうが良くない?』
少女からリッジラインに念話が入る。
『逃がしてくれるような相手ではない。それに目的も達成していない』
回復魔法を掛けつつ、返事をする。
『キャット、援護を頼む』
『いいけど、危なくなったら逃げるからね』
『ああ』
回復魔法が終わる。
グリフォが立ち上がる。傷口は完治していた。
「マジか」
なのはが引き笑いをする。
回復魔法は万能ではない。回復の促進をすることが主であり、新たに細胞を生み出したりするようなことはできない。
回復魔法は対象生物の用いる元々の回復力や免疫力に依存することになる。
そのため使いすぎると貧血を起こすこともあった。蓄えたエネルギーを使いすぎるが故である。
しかしながら例外はいる。
特殊スキル持ちで、魔力を回復に必要な組織へと変換する者も存在した。
(厄介だな)
もしかしたらその類かもしれないと当たりをつける。
なのはがリッジラインへの警戒レベルを1段階引き上げた。
グリフォが戦線に復帰する。
1対3。
これより第二ラウンドが始まろうとしていた。