「グリフォ」
リッジラインが呼ぶ。
しかし返事がない。傷の具合を聞こうとしたのだが無視される。
もう一度呼ぶ。
「グリフォ」
「……何でしょうか」
違和感を感じる。
やけにグリフォがおとなしかった。
リッジラインの知っているグリフォなら、怒り狂って真っ先に向かっていくはずである。
落ち着いているといえば聞こえはいいが、どうもそうではなかった。
よく見ると手が震えていた。
グリフォは完全にのまれていた。
必死に隠そうとするが、隠しきれるものでもない。
回復魔法でも癒せないものはある。
それは精神的な傷である。心に刻み込まれた恐怖は消えない傷となっていた。
なのはが一歩踏み出す。
グリフォがわかりやすいほどの動揺を見せる。
「悪いけど、覚悟してもらう」
心臓の鼓動が速くなる。
「今度は息の根を止める」
確実に実行されるであろう言葉に呼吸が浅くなる。
「回復はできても、流石に蘇生はできないだろ」
無数の刃が回転を始める。
死を告げる音。
それはまるで黒剣が嗤っているようだった。
再び、なのはが一歩踏み出す。
「く」
もはや重圧に耐え切れなかった。
「来るなぁぁああ!!!」
グリフォが魔力弾を次々と撃ち込んでいく。
Sランクオーバーなだけはあり、連射も威力も桁違いだった。
下に敷かれたレンガが壊れていき、土煙が舞い上がる。
土煙を振り払うようになのはが飛び出してくる。
一気に距離が縮まる。
狙いは首。
黒剣がグリフォへと襲い掛かる。
「ティル!」
『Oh,Yeah!』
グリフォを守るようにラウンドシールドが展開される。
強度もさながら、三重の展開である。
ブラック・オルロフとシールドがぶつかり合う。
耳を塞ぎたくなる音が鳴り響く。
シールドを削り、一枚、また一枚と破壊していく。
そしてあざ笑うかのように最後の一枚を切り裂いた。
「くっ!」
防御魔法には自信があった。
突破されるにしても、もう少し時間は稼げると思っていた。
しかし現実は非情である。
黒剣がグリフォに向かっていく。
追加の防御魔法は間に合わない。もはやダメかと思われた瞬間、黒剣が届くよりも速く砲撃魔法が着弾した。
なのはとグリフォ、二人を巻き込む形での着弾だった。
グリフォが吹き飛び、建物へとぶつかる。
意識はない。だが息はあった。
「キャット!」
「何よ! 生きてるんだからいいでしょ!」
「いや、よくやった」
「……ふん」
少し照れていた。
リッジラインがなのはに目線を移す。
今ので倒せたとは思えないが、どれほどダメージが入ったか確認しておきたかった。
ここから先、どんな攻撃で、どの程度の威力であればダメージを与えられるのかを見極める必要があった。
なのはを目視する。
ダメージはなかった。強いて言うなら服が汚れたくらいである。
「フェイトじゃあるまいし、一体何発撃てんだよ」
通常、Sランク以上の魔法は切り札扱いである。
それを低級魔法や中級魔法のように使用されれば、文句の一つも言いたくなる。
(まだ時間が必要だ)
リッジラインが覚悟を決める。
もとより、戦争に赴く以上覚悟は済ましてある。
ただ、ここが命の使いどころだと認識したため改めて覚悟を決めていた。
死闘の最中、生きようとして迷いが生まれないように。
深呼吸をし、構えを取った。
(……なんだ?)
なのはの様子に異変を感じる。
呼吸が乱れ、片膝をついていた。先ほどとは様子がうってかわっている。
さらに黒剣は消え、武器を持っていない状態となっていた。
罠だろうか。
(関係ない!)
例え罠であろうがこのチャンスを逃す手はない。
いずれにしても、普通に戦って勝てる相手ではないのだから。
「ティル!」
『弱いものイジメ最高っ!』
身体強化の魔法を発動させて突撃する。
接近し、拳を振り下ろす。
片手で受け止められる。
拳が握られ、そのまま握力が強まっていく。
ティル・ナ・ノーグからミシミシと音が聞こえてきていた。
『ぎゃあああ! タイムアップ! 時間切れ! 握手会は終了です!』
リッジラインがもう片方の拳を突き出す。
なのはが回避し、ティルが解放される。
『オイオイ、とんでもねぇなアイツ。危うく圧縮されて小顔になるところだったぜ。これ以上イケメンになったら兄弟と釣り合わなくなっちまう』
リッジラインは取り合わない。
そもそもその余裕がない。
『それとよ兄弟。アイツの正体がわかったぜ』
「なんだと?」
今度ばかりは反応する。
今は少しでも情報が欲しかった。そこから突破口が開けるかもしれないからだ。
『未来からやってきた殺戮マシーンだ。この世界の人間を狩りつくしに来たのさ。じゃなきゃ説明がつかねー』
「笑えない冗談だ」
取り合わなくていい内容だった。
今度はなのはから攻撃を仕掛けに行く。
息は整っていた。もう乱れてはいない。
ただ頭痛が少し残っていた。戦いに支障があるレベルではないため無視して突撃する。
リッジラインと肉薄する。
徒手による攻防が繰り広げられる。
「ふっ!」
リッジラインから鋭い一撃が放たれる。
避ける。
なのはが避けることに専念する。カウンターの隙はなかった。
次の攻撃も回避することだけに集中した。
それほどの攻撃であり、何より格闘戦はリッジラインの土俵でもあった。
何度か同じ技が繰り出される。
それほど技の数は多くないという印象を受ける。
事実、攻撃のバリエーションが多いわけではなかった。ただ少なすぎるというほどでもない。
攻撃の選択肢を増やしすぎず、最適化されたスタイルとなった結果でもあった。
そして一撃一撃が洗練されていて、どれほどの研鑽を積まれたかが見てわかるほどだった。
実直で、綺麗な一撃。
教科書に載せても恥ずかしくない技であり、性格が反映されたかのような動きだった。
そして、高町なのはにとっては最も見切りやすい技でもあった。
なのはが拳に魔力を込める。
向かってくる右ストレートパンチを掻い潜り、懐に入り込む。
完全に見切られていた。
リッジラインはカウンターに対して回避不可能な体勢である。
防御も回避も間に合わない。
そのはずだった。
『正常位だけが得意技ってわけじゃないぜ』
左フックが飛んでくる。
顔面に叩き込まれ、吹き飛ばされてしまう。転がっていき、鼻血が地面に垂れていく。
「どんな動きだよ」
ありえない動きだった。
人の反射速度を超えているし、筋肉の動きとしても不自然極まりなかった。
「やはり、あまり好かないな」
『勝てばいいんだよ、勝てば。兄弟は潔癖すぎるぜ』
先ほどの一撃はリッジラインの意思によるものではなかった。
リッジラインは両手の動作に関してのみ、ティルが主導権を奪うことができるように設定してあった。
その優先権を行使してティルがフックを放っていた。
ティルにはリッジラインの実直さをカバーする狡猾さがあった。
事実、その狡猾さに助けられていた。なのはの一撃を食らっていたら一発ノックアウトだっただろう。
「ティル」
『あん?』
しかし、このやり方は気に入らないと感じていた。
ティルが強く言うものだから、今まで設定を許可していたに過ぎない。
だが助けられた。
自分だけの力ではとうにやられていた。
ならば、言わなくてはいけないことがある。
「ありがとう」
ティルにとって予想とは違う言葉が発せられる。
またうるさい説教でもされるのかと身構えていた。そんなところに感謝の言葉である。目があれば丸くしていたところだろう。
『……No problem』
リッジラインが構える。
怪物はまだ倒していない。
再びなのはが向かってくる。
直感ではあるが、二度同じ手は通用しない。そういう手合いである。
そして技術もフィジカルもなのはが勝っている。
勝てるビジョンは一切浮かばない。
(いや、そもそも倒す必要はない)
今最もしなくてはならないこと、それは時間稼ぎである。
『キャット』
『オーケー』
「ティル」
『Yeah』
リッジラインの拳に魔法が付与される。
拳が放たれ、なのはが防御する。
威力はなく、腰の入っていないただ当てるだけの拳である。ダメージを与えるためでなく、当てることのみを目的としている。ゆえに避けることは難しく、なのははブロックせざるを得なかった。
痛みもダメージもない。しかし、なのはは後方へと吹き飛ばされてしまう。
リッジラインの拳にはノックバック効果が付与されていた。
吹き飛ばされた先では魔力弾が降り注いでいた。
キャットからの援護射撃である。
魔力弾の雨を避けていく。
どうにか射撃範囲から抜け出す。しかし避けた先ではリッジラインが待ち構えていた。
再度、吹き飛ばされる。
先ほどの再現である。
着地点ではすでに弾幕の嵐が発生していた。
リッジラインとキャットの二人によるコンビネーション技である。
何発か被弾する。
連射しているため、威力はそれほどないと踏んでいたがそうでもなかった。
体の芯に響くような威力。
すべての弾が時間をかけて作ったかのようだった。
ラトリアは魔力素の濃い惑星である。
程度の差はあれど、その環境に住人は適応していた。
濃すぎる場所では生存することはできないが、通常の魔導師が苦しいと思うくらいのレベルなら普通に過ごせるようにはなっていた。
それゆえに通常の魔導師と比べてリンカーコアの強度が違っていた。
魔力の貯蔵量、出力値、いずれも過酷な環境によって進化を遂げていた。
ラトリアの平均魔導師ランクは、他世界の平均魔導師ランクより1段階高くなっていた。
その中でもまたさらにキャットの魔力量は多く、出力も優れていた。
大量に連射されている魔力弾とあれど、侮っていいわけではなかった。
なのはが回避に集中する。
攻撃を仕掛けることを考えないのであれば、ダメージを負うことはない。
ただあまりのんびりもしていられない。
またホーマーとはやてに危険が及ぶかもしれない。
リッジラインたちに余裕がないのと同様に、なのはにもそれほど気持ちの余裕はなかった。
リッジラインへ接近しての肉弾戦、それから勝負を引き延ばすかのような吹き飛ばし、吹き飛んだ先でのキャットによる魔力弾の雨。
その攻防が何度か繰り返された。
また、空からの援護射撃に襲われる。
(空がうるさいな)
戦況を変える必要があった。
なので、まずは空からの射撃を黙らせることにした。
そのためには遠距離攻撃が必要になる。
ところがなのはは砲撃魔法や魔力弾による攻撃が苦手である。
時間をかけて、かつ単発であれば使えないことはないが、ハッキリ言って実戦では使い物にならないレベルである。
しかし、遠くへ当てる攻撃が全くないわけではない。
射撃が一時止む。
ここでいつもならリッジラインに向かっていったがそれはしない。
立ち止まり、一つだけ魔力弾を生成する。
集束し、圧縮していく。
いつもより固く、強力な魔力弾が作られる。
ラトリアの環境はなのはの集束スキルと相性が良かった。
野球ボールくらいになった魔力弾を片手で握り込む。大きく振りかぶり、魔力弾を思いっきり空へと投げた。
「オラァ!」
目にも止まらぬ速さだった。
魔力弾というよりも、レーザービームと言ったほうが適切だった。
キャットがデバイスに防御魔法の展開を命令する。
「キャッスル!」
『Round Shield』
強固なラウンドシールドを展開する。
Sランクに相当するシールドであり、ほとんどの攻撃が通らない盾である。
まさに堅牢であり、周囲から城塞と言われるだけはあった。
だが破られる。
魔力弾がキャットのラウンドシールドを突き抜ける。
シールドにはちょうど魔力弾と同じ大きさの穴が空いていた。
壊れたというより、その部分だけ綺麗に切り取ったかのようだった。
「いったあああああい!」
キャットから悲鳴が上がる。
肩からは血が出ていた。
比較的浅いほうではあるが、肩の肉が抉り取られていた。
「いい加減、静かにしろ」
気づけばなのはが隣まで接近していた。
一瞬、なのはと目線が合う。
体中が切り刻まれるイメージを幻視させられる。
──死。
根源的恐怖が心を刻む。
呼吸が止まり、身動きが取れなくなる。
そんな状態でまともな防御などできるはずがなかった。
肉が抉られた部分に蹴りが入る。
キャットに激痛が走る。
勢いよく落下していき、地面へと激突した。
「大丈夫か!」
リッジラインが駆けつける。
「無理無理無理! アイツ怖い!!」
キャットはパニック状態に陥っていた。
落ち着かせる必要もあるが、とにかく今は治すほうが先決である。
リッジラインが回復魔法を発動させる。
さりとて、それを許すなのはではない。
空中回し蹴りがリッジラインを襲う。
両腕でガードするが、吹き飛ばされてしまう。今度は回復魔法の中断に成功する。
なのはが着地する。
その際、キャットの後頭部を踏みつけてしまう。
「ぎゃあ!」
「あ」
わざとではなかった。
「ヤダ! ゆ、許して!」
足をどける。
キャットの顔は大変なことになっていた。
泣きっ面に腫れた頬、さらに鼻血と鼻水が混じりあって無残な姿となっていた。
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
キャットが頭を抱え、その場でうずくまってしまう。
もはや戦闘の意思は感じられない。
普段であればここまで心が折れることはない。
キャットも戦いを決断した一人の戦士である。
ただ相手が悪かった。
死を刻み込まれる恐怖。
強制的に本能で敵わないと理解させられ、逆らう意思を剥奪されてしまう。
それが高町なのはと敵対し、敗北したものの末路である。
「ご、ごめんな」
謝る必要はなかったが、あまりの姿に申し訳なく思ってしまう。
もう向かってはこないだろうと判断し、キャットに背を向ける。
残るはリッジラインのみとなる。
ゆっくりと立ち上がる。両腕は力なく垂れ下がっていた。
(折れたか)
両腕とも折れていた。
それだけでなく、腱もやられていた。もはや動かすこともままならない。
(ここまでか)
リッジラインが天を仰ぐ。
あとは作戦の成功を祈るのみである。
(レイニア)
最期に浮かぶのは想い人のことだった。
最期の瞬間を待つ。
されどそのときは来ない。
前方ではなのはが再び膝をついていた。
なのはは激しい目まいに襲われていた。
先ほどより酷く、立っていることができなかった。
限界だった。
戦闘を再開できたのも一時的なものだった。
「動くな!」
その隙を突かれてしまう。
ホーマーとはやて、二人がいる場所にグリフォがいた。
はやての首筋には剣が添えられている。
なのはが助けに行こうと立ち上がろうとする。
それと同時に遠くから爆発音が聞こえてきた。
ホーマーが言っていた魔力変換施設がある方角から煙が上がる。
『作戦終了だ』
リッジラインが仲間に念話を送る。
それを聞いてキャットとグリフォが集まってくる。
はやては捕まったままである。
「なのは君!」
ぼやける視界にはやての姿が映る。
「待て……!」
なのはが向かおうとする。
力が入らず、地面に手をついてしまう。
「グリフォ、子どもは置いていけ」
「冗談言わないでください。あのガキが生きている限り、人質は必要不可欠です!」
看過できることではなかった。
だがグリフォの言葉を否定できない。それほどの脅威であり、もはや戦うことを選択肢に入れることは避けたいほどだった。
リッジラインはグリフォにこれ以上何も言わなかった。
代わりになのはへ声を掛ける。
「おい」
リッジラインが近くまで来ていた。
「名前は?」
なのはが顔を上げる。
「高町……なのは」
「リッジラインだ。あの子はこちらで預かる。傷つけるようなことはしないと約束しよう」
歯を食いしばる。
今の自分には何もできない。
「はやてに……あの子に何かしてみろ。俺が必ず同じ目に遭わせてやる」
「肝に銘じておこう」
リッジラインが去っていく。
去り行く背中に復讐を誓い、なのはは気を失った。