ある男が子供を捨てて戦争に行く
そこで少年兵達とともに戦い
戦後ヴァイオレットに出会い
子供との関係を取り戻すきっかけをもらう

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第1話

場面:レーネの自宅・夕暮れ時

 

机の上に封筒が置かれている。

封筒に記された「C.H.郵便会社」の印章。

宛名は、手書きではなく印字された氏名住所。

レーネ ファン デ フリース様

 

差出人の欄にはCH郵便社 代書部門 ヴァイオレット エヴァーガーデンとあった。

 

彼女はすぐには開けなかった。

そのまま一晩、封筒は机の隅に置かれたままだった。

 

「代書部門からどうして…」

 

翌朝、目が覚めると、まるで呼ばれたかのように手を伸ばし、封を開けた。

---

 

場面:記録を読むレーネ

 

冒頭の形式的な文章――

「面談記録 第001号」「面談依頼者:アドリアン・ファン・デ・フリース」

それだけで、彼女の手が止まった。

「父さん…」

「“面談記録? これは……手紙じゃない”」

 

けれど、次の行から始まる言葉に、レーネは吸い込まれていった。

 

> 「……私には、子どもがいた。

娘と、息子。まだ小さくて、私の手を握るだけで安心してくれていた……」

 

父が書いたのではない。

けれど、まぎれもなく“父が語った”言葉だった。

 

目を追うごとに、子どもだった自分が見ていた“無関心な背中”の裏にあった、もう一つの顔が浮かび上がってくる。

 

 

---

 

:ルーカスのアパート

 

同じ封筒が、ルーカスのポストにも届いていた。

なんだろうと思い封を開け見た瞬間

最初は、丸めてゴミ箱に放り込もうとした。

悪意のせいではない。

もう小さな時の記憶すらうっすらとしかなくなっていた。 

存在しない存在…

それからの手紙のようなものに用はなかったからだ。

レーネと違って誰かからの手紙、どこからかの手紙だとしても体裁が普通じゃないから関心がなかった。

関心を持とうとしなかった。

読み進めるうちに、ふと目を閉じた。

 

> 「……どうしようもなく、過去に触れたくないときがある。

でも、あの子たちに出会って……私は、誰かの“父親”でいられる可能性を、最後に持たせてもらった気がした」

 

 

 

ルーカスはずっと立ったまま読んでいた。

涙は出なかった。懐かしさもなかった。

だが、存在しないものが今、存在を始め出した。心の中で小さな音がした。

 

 

--レーネは、机の引き出しに手紙をしまった。

 

ルーカスは、封筒ごと机の上に置いた。彼らがそれからしたことはなにもない。

しかし、レーネは時折引き出しを開け、その手紙を見ていた。読まなかった。手紙がそこにあることだけでよかった。

 

ルーカスの机の上にはあの封筒が置いたままになっていた。それも本がその上に積まれ見えなくなっていた。

 

 

---

 

回想:故郷を離れる汽車の窓から

 

戦争が始まった。

帝国との軍事同盟が結ばれたその月、アドリアンにも召集令状が届いた。祖国は小さな国だったが、そこから逃れる術はなかった。

 

駅のホームには、たくさんの国旗と別れを惜しむ人々の姿があった。

アドリアンは、誰にも見送られることなく汽車に乗り込んだ。

汽車は、重く鈍い音を立てながらゆっくりと故郷の駅を離れた。

徴兵された兵士たちが、無言で揺れる車内に揃って座っている。まだどこか若さを残した顔ぶれもあれば、アドリアンのように多少人生の苦味を知る年齢の男もいた。

 

軍靴の音も、軍帽も、全てが異質な景色だった。

アドリアンは窓の外を見ていた。もう戻らないかもしれない故郷の景色を、焼きつけるように。

 

 

汽車がゆっくりと動き出す。鉄の車輪がレールを刻むたびに、心が締めつけられるようだった。

 

彼は窓の外をぼんやりと眺めていた。

見慣れた故郷の景色がだんだん流れ去っていく。

 

すると、向かいに座っていた若い兵士が、ふと外を指差した。

 

「おい、あの丘……誰かいるぞ」

 

 

アドリアンは反射的に顔を上げ、言われた方向へ視線を向けた。

 

遠く、丘の上に、小さな影が二つ立っていた。風に揺れるように並んだ二人の子ども。

少し距離があったが、その立ち姿に、胸が締めつけられるような感覚が走る。

 

窓を開けて、上半身を乗り出す。冷たい風が頬を打った。

 

そして、次の瞬間――

 

その二人が、自分の子どもたちだと気づいた。

レーネとルーカス。

 

彼らは無言で汽車を見つめていた。

レーネは小さく手を振っていた。弟のルーカスはじっと、こちらを見ていた。どこか、言葉にならない感情をその瞳に宿して。

 

アドリアンは顔を手で覆った。

口元から、震えるような嗚咽が漏れそうになった。

 

――許してくれ、と言いたい。お前たちになにもできなかった、しなかった。そのままこうしてなにも言わずに行ってしまう。

でも、それを口にすることも、聞くことも許されないまま、汽車は丘を通り過ぎていった。

 

音もなく、あの二人の姿が見えなくなるまで、彼はずっと手で顔を隠したままうつむいていた。

 

 

---

 

回想:塹壕の中で

 

砲弾の破裂音が、耳をつんざく。

土煙が舞い、地面がえぐられ、肉の焼ける匂いが鼻を刺す。

 

共和国と帝国の前線、アルテラ渓谷の戦い。

アドリアン・ファン・デ・レーフェンが地獄に足を踏み入れてからかなり経っていた。

 

「塹壕から出るな! 頭を下げろ!」

 

指揮官の怒号が飛ぶ中、アドリアンは黙って銃を握り、塹壕の縁に立った。

目の前で仲間が一人、砲撃に巻き込まれ、吹き飛ぶのを見ていた。悲鳴も、血も、もう何も驚きには感じなかった。

 

「どうせ俺なんか、死んで当然だろう」

 

アドリアンはいつも戦闘のたびに静かにそう思っていた。

 

妻を自分の失敗で失ったあの日。

そのあとの自分の愚かさと情けなさと。

自分の子供にさえなかなか向き合えない不甲斐なさと。

その後、娘と息子が引き取られていった日。

すべては、己の無力が招いた報いだった。

 

親として、人として、生き資格など、とうに地に落ちていた。

 

砲撃が止んだ。指揮官の突撃の笛が鳴るはずだ。その前に彼は立ち上がり、無言で塹壕を飛び出した。

 

「待て! おい、戻れ! 」

 

周囲の兵が驚き叫ぶ中、アドリアンはただ突き進む。

敵の銃声が響く。足元の土が跳ね、弾丸がかすめた。次々と倒れる兵士。

 

だが、彼は止まらなかった。

弾が当たればそれでいい、そう思っていた。

 

敵陣まであと十メートル。

塹壕に身を隠した兵士に向けて銃を構える――

一瞬の静寂。引き金を引く。

 

パンッ。

 

敵兵が崩れ落ちる。さらに二人、三人。

仲間たちも思わず後を追って突撃し始めた。

 

戦場の霧の中で、アドリアンの姿は――

まるで、命を惜しまぬ英雄のように見えていた。

 

 

 

戦いの終わり、静寂の中で

 

夜。前線のテント。

 

アドリアンは、仲間の一人に酒を渡される。

 

「今日のお前……すげえよ。まるで、死を恐れねえ化け物だな」

 

アドリアンは何も答えなかった。

ただ、無言で酒瓶を受け取り、口をつけた。

 

心は空っぽだった。

ただ、死ねなかった。それだけだった。

 

「なぜ、まだ俺は生きている」

 

夜明けの前、火が消えかけた焚き火の前で、彼は小さくつぶやいた。

誰にも聞かれないように、ただ独りで。

 

---

 

回想:静寂の学舎(まなびや)

 

前線から離れた山間部――

霧の深い朝、アドリアンを乗せた軍用車両が、森の奥深くにある旧全寮制学校の敷地へと入っていった。

 

建物は、廃校になった寄宿制の学校だった。そこは今は帝国軍の秘密部隊、**特別戦闘兵育成部隊(通称:第54SS部隊)**の教育・訓練施設および宿舎だった。

 

「ここか?……」

 

アドリアンは無意識に眉をしかめた。

一見すればただの古びた寄宿学校。だが、その空気はあまりに静かで、あまりに冷たい。

アドリアンには転属先は突撃攻撃軍としか知らされていなかった。

ほんとうにここがそうなのかと思った。人気もあまりない…

軍の部隊がいればそこそこ騒がしいのがお決まりだからだ。

遠くから微かに聞こえるのは訓練用の笛の音と教官らしい言葉使いの声だけ。

 

木々に囲まれた中庭を歩くと、廊下の奥から足音が聞こえてきた。

小柄な、軍服姿の少女が一人、廊下を横切った。

その少女は長い髪を後ろに束ねていた。

アドリアンと偶然目があった。

その目には、年齢に見合わぬ沈黙と緊張が張りついていた。

 

「……子ども?軍人?」

 

アドリアンが呟いたとき、後ろから声がかかる。

 

「“子ども”ではありません。“兵士”です」

 

振り返ると、そこには彼の転属先の指揮官――部隊長、マティアス・ヴァイスナー中尉が立っていた。

 

背筋を伸ばし、眼鏡の奥で鋭い眼差しを向けながらも、どこか穏やかで理知的な空気をまとった男だった。

 

「君はファン・デ・レーフェン軍曹ですね。こちらでの任務は、“あの兵士たち”の護衛と後方支援です」

 

「……本当に、あれが兵士か?」

 

ヴァイスナー中尉はじろりとアドリアンの方を見ていた。

 

「ええ。かれらは選ばれ、訓練され、戦果を挙げてきた。……君のような“自暴自棄な兵”よりも、よほど冷静に戦場を見ている」

 

言葉に棘があったが、それは苛立ちではなく、忠告だった。

 

 

---

 

施設内案内と最初の出会い

 

中尉に案内され、アドリアンは施設の奥、かつては教室だった部屋へと足を踏み入れた。

そこには、制服を着た12歳から16歳ほどの少年少女たちが整然と並んでいた。

 

彼らの目には怯えも、感情もなかった。

まるで命令を待つ機械のような静けさ。

 

「彼らは感情を制御する訓練を受けています。だが……一人ひとりは、戦争が普通の生活全てを奪った“普通の子ども”です」

 

ヴァイスナー中尉の声が小さくなった。

その目だけが、少しだけ寂しげだった。

随分と遠回しな言い方をする人だとアドリアンは思った。どう言いたかったのか、なにをいいたかったのか…

そのとき、一人の少年兵が視線を上げ、アドリアンと目を合わせた。

 

小さな体。だがその目は、鋼のような硬さを持っていた。

 

アドリアンの心が、わずかに軋んだ。

 

「……俺はこの子供達と何を、守るんだ?」

 

彼は誰にともなく、そう呟いた。

 

執務室でアドリアンは中尉から部隊の詳細の説明を受けた。

アドリアンには護衛任務というのが少し引っかかっていた。

「お話うかがったところ攻撃地点まで護衛というのは分かります。その他にそういう場合はありますか?」

アドリアンはわざと聞いてみた。

中尉はどんな答えを出すのか。

中尉は背中を椅子に預けて話した。

「そんなことはわかってるんだろ。戦場には敵も味方もない。狂気の世界だ。そこに子供を送り込むんだからな…」

中尉は少し不機嫌そうな言い方だった。

そんなことは聞くな。聞かなくても分かるだろ。と言いたげな。

 

 

 

回想:獣のような静寂 ―

 

目標は、共和国軍が構築した後方砲兵陣地。

深夜、雨は降り続いていた。明け方近くになると雨は小雨となり、霧が出てきた。足元はぬかるんでいる。駐屯地から前線までは車両だったが、前線からは雨の音に隠れて敵の前線を越えていく。。アドリアンは支援兵として、彼らの後に続いて行軍する。前方にも支援兵。彼らを挟んでの行軍。

時折道なき道をいく。足元を取られる。支援兵は彼らの手を取り助けながら進んでいく。 

 

アドリアンは小さな手を握った。

この段差を越えるために手を貸しながら。

その手をとった時自分の中に自然と何かが湧いてくるのがわかった。

親としての経験がそうさせるのか。

アドリアンはおかしかった。

子供の手をこんなふうに感じて握ったことがあっただろうか。

いつも忙しさや、何かにイライラしてた。

子供の手を取ることさえ煩わしい。

なんでこんなことをとさえ思ってたかもしれない。

これが親の感じることか?

自分は親としての資質がない。

そうとまで思っていた。

ところが雨の中、ただの兵士といってもいいこの手を握ってしまうと過去の自分をないことにしたかのように自然と何かが湧いてくる。

どうかしてるとさえ思えた。

攻撃までに体力をできるだけ消耗しない。怪我をさせない。そのためにこうやって手を貸しながら歩いているだけなのに。

こんな気持ちはなくさなければならないはずだを

おそらく似たようなものは大人の兵にはあるんだろう。

なぜなら大人の兵の多くは子持ちだからだ。

でもこんな気持ちは誰も一言も口に出さない。

あっても表には出さない。

それは隊の方針でもあるし、自分の心をまもるためでもある。

それでもアドリアンは自分の心にしたがった。

「エリス上等兵、俺の背中を貸してやる。」

アドリアンはぬかるみでなかなか進めないエリスに声をかけた。

 

「え?いや、それは…」

 

「なにを言ってる。おまえの足が鈍ると全体の行軍にも響くんだ。わかるだろ。さあ」

アドリアンはエリスに背中を向けていた。

「わかりました。」

 

軍人としての訓練を重ねてきた少女はきっぱりと言って、アドリアンの背中を借りた。

 

「あ…ありがとうございます。軍曹」

 

「礼はいい。ここは戦場だ。おまえの無事を祈ってる。俺も精一杯支援する。安心してやれ」

アドリアンとエリスのやり取りを最初は怪訝な顔をして、躊躇していた他の兵も手を引き、彼らを背負って険しい道を進んでいた。

みんな自分の子供のように…

これがこの子らの生き残るための一歩のために手を引き背負うならもっと晴れ晴れとしていただろうに…

これからのこの子らをどこに連れて行くためにこんなことをしているのか…

そんなことを誰が思い、誰がそうしているのか…

そんなことを洗い流すように雨は降り続いていた…

ひたすら進んでいくだけだった…

 

誰かが言った

「大丈夫か。もうすぐだぞ。がんばれ。」

そう言って手をつかんで斜面を引っ張り上げてやる。

「中尉。だいぶ隊の雰囲気が変わりましたね。前は割と事務的というか機械的に接していましたけど。」

少尉がそう言っても中尉は無言だった。

「士気が上がってる気がします。あの子達に対する支援兵の態度が変わってから

「少尉はそれがうれしいのか?」

少尉は思わぬ返答に驚いていた。

「うれしいとかではなく戦果が上がってるといいたかったのですが…」

「そうか…」

士気が上がればそれだけ死にも直結するかもしれない…

中尉の心にはそんなことが浮かんでいた。

 

 

もうすぐ攻撃地点につく。

 

 

攻撃地点に着いた。

行軍が想定以上にはやかったのは誤算だった。

 

各自配置につく。

アドリアンは少し後方の配置

少年兵部隊の突入を見守っていた。

 

「接敵まで……60秒」

雨はすでに上がっていた。

双眼鏡の先、霧の向こうに並ぶ砲塔と照明。

警戒中の兵士たちが、定時の巡回に出る。

その一瞬の隙を突くのが、彼らの戦術だった。

 

アドリアンの隣にいた指揮担当の補佐官が呟く。

 

「今から、本当に始まるぞ。……見ておけ、あの兵たちのやり方を」

---

陣地ギリギリまで近づく。

味方の銃声が鳴る。陽動だ。

それと同時に

突入 ― 音もなく

 

煙幕弾が放たれる

と同時に、少年兵たちが影から飛び出した。

 

小柄な体が、ぬかるんだ地面をものともせず加速する。

手にあるのは、拳銃、ナイフ、そして手榴弾 -それだけ。

 

だが、その突入速度は異常だった。

照明灯の下を一瞬で駆け抜ける。それぞれが所定の襲撃地点を目指して。視界に入る敵兵に次々と飛びかかる。

 

倒れる敵兵のからだを踏み台にして跳躍し、次の敵兵の喉にナイフを突き立てる。

 

叫ぶ暇も与えず、ナイフが喉を切り裂く。

 

別の少女兵は、土嚢の上から飛び両足で跳び蹴りを放った。

倒れた兵にそのまま喉にナイフを突き立てる。また別の少年兵は敵の背後に回り、拳銃を頭部に当て一発。

全ての動作が無駄なく隙なく進む

 

動きはまるで舞い踊るようだった。だがそれは殺戮の舞だった。

 

一人が敵の背後に張り付き、ナイフで静かに心臓を突き刺す。

別の一人が、塹壕の中に転がるように降り、手榴弾を敵陣中央に滑り込ませて脱出する。

 

爆発。断末魔の叫び。

時には3人で1人の兵を襲う。それはミツバチが一斉に一匹のスズメバチに襲いかかるように。

 

 

戦闘後:沈黙の影たち

 

アドリアンは、唖然としてその光景を見ていた。

あれは訓練で簡単に身につけたようなものでは無い、あとから身につけた“技術”ではない。成長期にある彼らに植え付けられた“育てられた”ものだ。

部隊は完全に陣地を占領していた。

各所に爆薬を仕掛けて砲を無力化するのみとなっていた。

 

 

-

 

 

回想:影たち

 

-帝国軍西部戦線、。

 

山の稜線を越えて、帝国軍の前線にまで届く重砲の音が、夜を裂いていた。

敵の砲撃が続く限り、味方の突撃は不可能。ここを叩かなければ、戦線は動かない。

 

アドリアンが配属された**少年兵突撃部隊「第54SS部隊」**に与えられた任務は、

この砲兵陣地への夜間強襲だった。

闇の中で砲撃だけが雷鳴のように響く。

その下でたくさんの兵士が死んでいく。

闇と音に紛れて陣地に近づく。身体の小さな突撃隊はそれだけでも有利だ。

鉄条網も小さな穴だけで通り抜けていく。その後を大人の兵が遅れないようについていく。

所定の位置につく。

 

「あと2分で突撃開始。煙幕支援、頼むぞ」

 

指揮官の言葉に、支援部隊のアドリアンと仲間たちが無言で頷く。

彼の手には、特製の煙幕弾。視界を奪い、敵の視界を無効化する役割だ。

 

少年兵たちは、爆風の音と火光の中で一列に並んで伏せていた。

みな小柄で、だがその目は冷静だった。銃ではなく、拳銃とナイフ、手榴弾だけを携えている。 顔はゴーグルと口を覆っているので表情はわからない。姿勢を低くした猫が今から獲物を襲うような構え。

 

「……まるで……狩りに行くみたいだな」

 

アドリアンの隣で、支援兵の一人がぽつりとつぶやいた。

 

彼らは、何も答えなかった。

 

 

時間だ

 

襲撃、開始

 

砲撃が一瞬間断した瞬間、号令が響く。

 

「投弾っ!」

 

アドリアンら支援部隊が、陣地全体に高濃度の白煙を巻き上げる煙幕弾を投擲する。

 

辺りは視界が真っ白に染まる。それに気付いた敵の砲兵たちは、急な煙と異音に混乱し始めた。

 

その中を -塹壕を影のように滑るように動く少年たちの姿。

次の瞬間一つまた一つと小さな影が塹壕から飛び出し砲兵陣地に飛び込んでいく。

 

あとに続いたアドリアンは、ただ見つめるしかなかった。

銃声はない。

一人、また一人と敵の砲兵が小さく声を上げて倒れていく。

それでも抵抗する兵を大人の兵がとどめを刺す。

そうやって薄く開けてきた空がわずかに影を映し出す。

 

煙の中、走る足音。影が浮かんでは降りて消える。影が飛んでいる。その下では敵の兵が死んでいく。

影に気づく頃には、すでに首を切られ、手榴弾を胸に押し込まれていた。

 

「早い……!」

 

思わず口に出していた。

**銃の射線など意味をなさない。**小柄で俊敏な彼らは、構えた銃の射角の外を走る。

 

砲撃指揮所が破壊されると、次第に砲撃が崩れ始めた。

混乱に乗じ、主力部隊が突撃を開始。丘の下にいた歩兵隊が前進を始める。

 

「前進!」

 

兵士の叫びを聞きながら、アドリアンはまた戦場を見ていた。周囲からの反撃を阻止しなければならない。部隊が撤収するまでは。

全員が配置につく

 

煙の奥――

刃物を拭う少年、息を切らして手榴弾のピンを抜く少女。

その姿が、自分の子どもたちの面影と重なって見えた。

 

何を、見せられているんだ、俺は。

 

心の奥でなにかが叫んでいた。

 

 

---

 

戦闘後の静けさ

 

作戦は、わずか20分で終了。

砲兵陣地は前進してきた歩兵隊により奪取された。味方の前進は成功した。部隊はほぼ無傷。

 

少年兵たちは、再び一列に整列して、口を閉ざしていた。

その目には、喜びも達成感もなかった。

 

アドリアンは、血と煙の匂いの中で、拳を強く握った。

「兵士」として接するよう命じられていたが、それでも**“子ども”を戦わせている現実に心が揺れていた。

 

だがまだ、今彼はそれを言葉にできなかった。

 

朝がまたきた。

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回想:朝焼けの断罪

 

-夜明け前の敵前線塹壕への奇襲任務。

次々と塹壕に飛び込んでいく。アドリアン達も後に続く。

小さなからだを最大限に活かして塹壕をかけていく。前線の各所から侵入。

塹壕にいる兵士は挟み撃ちに。

夜の闇が少しずつ青く染まり、朝焼けの気配が空に滲みはじめていた。

作戦は成功するかに思えたその時

敵の動きが早かった。アドリアンがいた塹壕では敵の増援と交戦が始まった。

撤退の笛が鳴った。脱出地点まで撤退するのだ。

 

塹壕から次々と出て味方の前線に戻る。

アドリアンは少年兵の撤退を支援するため撤退ルートで敵の追撃に備えていた。

次々と駆け抜けていく少年兵たち

多くの兵士が負傷をしながら必死に駆け抜けていく。

 

「早く行け!」

 

アルトもここが徹底ルートのはずだがまだ見かけてない。

通り抜けていく少年兵をつかまえて尋ねた。

 

「アルトは見たか?」

 

「アルトは今来ます」

 

「ここを頼む!まだ残ってるやつがいる!」

 

そう言うとアドリアンはアルトを探しに戻っていった。

もう共和国軍が迫っていた。

銃声がする。

まだ残っている。

塹壕の角を曲がる。

銃声はもうその先からしている。

敵の様子を伺うために角の向こうを覗き込む。

誰かが銃声の中にみえた。

 

1人はアルト

もう1人は別の少女兵エリスだった。

アルトはぐったりしているエリスを引っ張っていた。

声を出そうとした瞬間アドリアンに

銃声の中やっとかすかに聞こえるアルトの叫び声

なにをするつもりなのか。

 

「エリス…心配しなくていいよ…僕が君を守るから…」

 

「ありがとう。アルト…」

 

エリスは微笑んでいた。

そう言うとアルトは拳銃でエリスの頭を撃ち抜いた。

そして手榴弾をエリスの制服にねじ込んで走り出した。

爆発する手榴弾。

 

アドリアンは全部みていた。

なにもせずに…

 

アルトがアドリアンとすれ違う。

一瞬アドリアンとアルトの目が合う。

アルトの目は

おまえになにがわかる

とでも言いたげだった。

そしてアルトはなにも言わず走っていく。

その後姿を追いかけながらアドリアンも走り出していた。

 

 

焦げた木々の残骸の向こうで、煙がゆらゆらと漂い、辺りには火の粉が舞っていた。

 

炎と煙の中、うっすらと赤く染まりはじめた空を背景に、音は風にかき消された。

朝焼けの光が、その直後、ようやく山の稜線を照らし始めた。

 

 

---

 

引き上げ後:静かな問い

 

野営地へ戻ったあと、

少年兵たちはいつものように無言で装備を整え、支援兵たちは死者の確認と記録を取っていた。

少年兵たちは何事もなかったかのように整列し、報告を始めた。

 

「敵兵27名、殲滅完了。砲撃能力停止確認。」

 

泥に濡れた制服。返り血を拭きもせず、無表情のまま。

 

だが、その小さな肩が、手が確かに震えていたのをアドリアンは見逃さなかった。

 

心がある。

この子たちは“兵器”ではない。

人間だ。恐れている。怯えている。だが、それを隠す耐える術だけを教え込まれてきた。

 

アドリアンは、焚き火の近くでナイフを研いでいたアルトの隣に静かに腰を下ろした。

 

しばらく沈黙が続いたあと、低い声で問いかける。

 

「……あれは、命令か?」

 

アルトは手を止めず、ただ静かに答えた。

 

「規則です。重傷で戦線を離脱できない者は、情報漏洩を防ぐため……処理する決まりです」

 

表情はない。

声の調子も変わらない。

 

アドリアンは何も返さなかった。

ただ、じっとアルトの目を見つめた。

 

-その目には、怒りも、悲しみも、悔いもなかった。

 

ただ、「規則を遂行した」者の目だけがそこにあった。

 

アドリアンは言葉をのみこんだ。

軍人として、「規則の意味」は理解できる。戦場がどんなものであるかわかっている。

だからこの規則があることも。

たとえ戦場でも少しでも尊厳みたいなものを形だけでも守ることも必要だということも。

子供が一人残されたらどうなるかも。

 

けれど――

 

あの引き金を引いたのが、わずか13歳の少年であるという現実だけは、心に刺さって抜けなかった。

 

彼は黙って立ち上がり、その場を離れた。

アドリアンの胸が、鋭く痛んだ。

 

「……これは、戦争だ。でも、なんでこの子たちを使って…」

 

だんだん彼らとレーネやルーカスが重なって見えてきた

この瞬間から、アドリアンは“ただの支援兵”ではなくなった。

 

この子たちの盾になると、誓った。 

そして一人も戦場に残さないと。

 

その夜、アドリアンは眠れなかった。

 

アルトの目が、あのエリスが何度も夢の中に現れた。

 

 

--

回想:夜の焚き火のそばで

 

作戦終了後の夜、少年兵たちは後方の集基地に戻り、道具の手入れと記録を淡々と行っていた。

笑い声も、談笑もない。ただ淡々と、まるで作業のように戦闘の整理が進んでいく。

 

一方、外に設営された簡易テントでは、支援部隊の数名が焚き火を囲んでいた。

 

アドリアンもその一人だった。

彼は黙って、ぬるくなったスープを口に運ぶ。

 

やがて、火の向こう側にいた男――**支援兵リュカ・ハーゼ**が、ぽつりと口を開いた。

アドよりは年上のその男はがっしりとした体つきで軍服をみれば古参兵らしい着崩しかたですぐにそうとわかる。

この部隊の大人はほぼみんな子持ちだった。

そのためそこそこ年齢の高いものが集まっていた。

帝国軍の兵士不足は深刻だった。

その点でもこんな歪な年齢構成の部隊は効果があった。

 

 

「お前、あの子たち見て、何を思った?」

「お前、なんでこんな部隊ができたか知ってるか?」

 

アドリアンは答えなかった。

リュカは煙草に火をつけ、少し間をおいて続けた。

 

「お前も聞いたことあるだろ。共和国の特殊部隊の兵隊のこと。あの殺人機械だよ。」

「あれがこの部隊の生みの親だ。あれが共和国で戦果を挙げたからなあ…上がすっかりその気になってな。あいつもほんとはこの部隊になる予定だったんだ。それがあんなことになって、すっかり自信つけたんだ、上がな。」

「皮肉なもんだ…もともと育てたのがこっちで、向こうで出来がよかったから、こっちでまた同じもの作るんだからな。敵さんにいい評価してもらってな…」

 

アドリアンにはそんな話はどうでもいいとさえおもえていた。

戦争なんて所詮狂った者同士がやってることだ。

ましてや子供を戦場に送り込むなんて。

どんな理由があるにせよ、それが帝国だろうが共和国だろうが。

 

「俺にはな、娘が二人いたよ。」

リュカはしばらく無言だったが話を始めた。

 

「爆撃で……まあ、どっちももういないがな」

「大人が子供を戦場に送り込むんだ…そんな大人のせいで娘は死んだ…」

 

アドリアンは、それでもまだ目を上げなかった。

 

リュカは煙を吐きながら、静かに言葉を継ぐ。

 

「それがあんな子どもと戦場にいるんだからな……皮肉なもんだ」

「おまえも知ってるんだろ。」

 

リュカはなにかを言わせたいような口ぶりでアドリアンに問いかけた。

アドリアンにはわかっていた。

軽くうなずいた。

 

「こんな子持ちの兵隊ばかり集めて子守させるんだからな…上はなに考えてるんだってことだ…」

「まあうまくできてるとは言えるかもな…」

アドリアンはようやく顔を上げた。

「ああ…」

「子持ちならあいつらの護衛にも都合がいいとでも思ってるんだろうな…敵からも味方からもな…頭のおかしいやつはいくらでもいるしな…」

焚き火の揺れる光の中で、リュカの顔には微かな笑みと、深い皺が刻まれているのがはっきりとした。

 

アドリアンは少しだけ沈黙し、そして口を開いた。

 

「……俺にも、子どもがいる。娘と、息子。だからここに来たんだろうな。だが俺は……子供となかなか向き合えなかった…逃げてたんだ…気持ちが…ついていかなかった…逃げて、手放した。」

 

リュカが少しだけ眉を動かす。

 

「だから、死に場所を探して戦ってた。こんなやつ生きててもしょうがないと…死ぬなら妻じゃなくて俺でよかったんだ…間違えたんだ…誰かがな…だから俺が死んだらそれでいいんだから…そんなだからみんな褒めてくれたよ。『勇敢な戦士だ』ってな。笑えるだろ」

 

「……ああ」

 

「でも、あの子たちを見て……俺は何をしてるんだ、って思った」

 

アドリアンの声が、かすれて震えた。

 

「自分の子どもになにもしたやれなかったのにあの子たちになにかをなんて考えてるんだ笑わせるだろ」

 

リュカは煙草を指で弾き、火の中に投げた。

そして、ただひとこと呟いた。

 

「……違うな」

 

「何が?」

 

「誰とか関係ない。我が子にできなかったからなにもできないことはない。あの子たちに今できるなら何か抱えたままでも、思ったことをしてあげればいい。今でも誰かにできるさ。」

 

アドリアンは、火を見つめたまま言葉を失った。

 

夜風がテントを揺らし、遠くで少年兵の訓練靴の音が響いた。

彼らは明日もまた、誰かの命令で前線に立つ。

 

アドリアンは、その音を聞きながら、ようやく心のどこかに小さな炎が灯るのを感じていた。

 

「見殺しにはしたくない…今度は離さない」

 

そう、心の中でだけ、固く誓った。

 

回想:名前を呼ぶこと

 

基地に戻ったその夜、アドリアンは宿舎の廊下を歩いていた。

規則正しく静まり返った廊下には、人の気配がほとんどなかった。

 

だが、奥の訓練室から微かな音が聞こえた。

金属が床に当たる音。短い吐息。何かを我慢するような――そんな音。

 

そっと扉を開けると、月明かりの差し込む薄暗い室内に、一人の少年兵が座り込んでいた。

 

制服の袖が破れ、腕から血がにじんでいる。

足元には、使い込まれたナイフと砥石。それと、折れた刃の断片。

 

「……おい」

 

アドリアンが声をかけると、少年は即座に立ち上がろうとした。

だが、腕の傷が思った以上に深かったのか、顔をしかめて膝をつく。

 

「じっとしてろ」

 

アドリアンは歩み寄り、少年の腕を取る。少年は抵抗しようとしたが、それは本能的なものだった。

 

「別に怒られやしない。手当てくらいは、できる」

 

床に膝をつき、軍用の応急手当セットを取り出す。

消毒液をかけると、少年が小さく息をのむ。

 

「痛いか?」

 

少年は首を横に振った。

表情は、無し。感情を削ぎ落とすように訓練された“戦闘の顔”。

 

アドリアンは、その表情を見て、ふと手を止めた。

 

 

「お前、何歳だ」

 

「……13です」

 

「13か」

 

アドリアンの手が止まった。

レーネと同じ歳だ。

 

「怪我は……演習中か? それとも、また実戦の準備か」

 

「……砥石のかけ方が甘くて、刃が折れました。新しいナイフを支給されるまで、自分で何とかしようと」

 

その言葉に、アドリアンは少し黙った後、小さく苦笑した。

 

「13の子どもが……砥石を握って、血を流して、それを当たり前だと思ってるのか」

 

彼は何も言わなかった。ただ、じっと彼の手元を見つめていた。

-

 

小さな違和感、微かな光

 

手当てが終わり、包帯を巻き終えたとき、アドリアンはぽつりと言った。

 

「俺は、お前たちの“守り役”だと思うか?」

 

少年兵が顔を上げた。

 

「違います。我々の攻撃を支援していただける大事な兵士の皆さんです」

 

アドリアンは、少し考えて、そして答えた。

 

「……たしかにな…だが俺は命令がなくても、お前らを見殺しにはしたくない。しない。それだけはな……できない」

 

彼は、言葉を返さなかった。

どう返答したらいいかわからなかった。今までそんなことは考えたことはなかった。出撃すれば生死は誰かがなにかをしてくれることとは無関係におとずれると思ってたから。彼の目が一瞬変わったように見えた。

それは、機械ではない、兵士ではない。誰かに頼れる“子ども”の目だった。

 

 

---

その夜、アドリアンは、少年兵の中に「戦うために作られた兵器」ではなく、誰かの子として生まれた小さな命を感じ取った。

 

その感覚は、翌日の作戦記録写真に残された一枚――

ほんの少しだけ、無表情の中に柔らかさを見せた少年兵の顔に、わずかな変化を刻んでいた。

 

 

---

 

回想:笑う、ということ

 

次の作戦の合間、演習地での訓練が予定されていた。

標的確認、夜間行軍、装備点検。すべてが規律正しく、無言で進んでいく。

 

アドリアンは訓練終了後の見回りをしていた。

空は曇り、森の中には風が吹き抜けていた。

 

そんな中、木陰の奥から、かすかな声が聞こえた。

 

「……それ、俺のだろ」

 

「違う。さっき落ちてたやつ」

 

「嘘つけ」

 

ひそひそとした、どこか年相応の口喧嘩のような声。

気配を消して近づいてみると、数人の少年兵が集まっていた。

 

その中心には、昨日手当てをした少年兵。

そして、小柄な少女兵が手にしていたのは――小さな木彫りの動物の人形だった。

 

「……なにしてる」

 

アドリアンの声に、少年たちがピタリと動きを止める。

まるで怒られるのを恐れるように、息をひそめてこちらを見た。

 

「それ、誰のだ」

 

少年兵が口を開いた。

 

「……僕のです……」

 

彼の言葉に、他の子たちも静かに頷いた。

誰かが木の枝を拾い、削り、渡す。それを繰り返しながら、手のひらに収まるような動物を彫っていたらしい。

 

アドリアンは、それを受け取り、じっと見た。

拙く、歪なカタチだが、それは確かに「遊び」だった。

彼らがまだ、“子ども”だった証拠だった。

 

「……ひとつ、作り方を教えてくれないか?」

 

その言葉に、子どもたちは驚いた顔をした。

そして、ほんの少し――彼の口元が、緩んだ。

 

 

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あの写真

 

後日、訓練報告用に記録写真を撮影が行われた。

全体写真。少年兵たちが一列に並び、支援兵たちが後ろに立つ。

 

 

記録写真:第54部隊 訓練棟前にて(機密指定)

 

そこに写っているのは、12歳から16歳程度の少年少女たち、12人。

全員が軍服を着ており、階級章も付けられていない。

髪型は男女ともに短く統一され、表情はまるで“感情の存在を否定されたかのような無表情”。

目だけが、不自然なほど冷たく澄んでいる。

 

背筋を真っすぐに伸ばし、横一列に整列。

一糸乱れぬ姿勢。手は背後で組まれ、顔は正面をまっすぐ見据えている。

少し大きめの戦闘帽が彼らの視線を隠している。

しかし、その目線には誰も映っていない――まるで、「命令」を見つめているようだった。

 

背景には、苔むした石造りの旧校舎。割れた窓と、掲げられた帝国軍旗。

 

写真の色調はくすんだ灰色。

構図の奥には、護衛役の兵士たち数名が控えているが、誰一人として少年兵の方を向いていない。

 

その中に、アドリアンの姿も小さく写っていた。

まだ彼が“距離”を取っていた頃の、硬い眼差し。

 

この写真は、帝国軍に残された数少ない「第54部隊」の記録の一つ。

のちに帝国軍内でも処分対象となり、正式な記録からは抹消されたとされる。

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アドリアンは、彼らの表情を一人ずつ見つめた。

最初の記念写真――少年たちは、皆が同じ無表情だった。。

 

 

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記録写真:第54部隊 後方野営地・訓練休息中(撮影:支援兵リュカ)

 

写真は、黄昏どきの柔らかな光に包まれている。

背景は森の中の一角。薪が組まれ、火がほのかに揺れている。

 

前列には少年兵たちが並んで座っている。以前と同じ制服、同じ装備。

だがその表情には――かすかな変化があった。

 

中央の少年が、ほんのわずかに口元を緩めている。

隣の少女は、膝の上に小さな木彫りの動物を乗せ、目を細めている。

他の少年たちも、顔を強張らせることなく、カメラの方を見つめていた。

 

皆、まだ“笑顔”と呼べるほどではない。

けれど、それは確かに**“子どもらしさ”が滲んだ表情**だった。

 

後列の男の姿――アドリアン・ファン・デ・レーフェン。

 

彼は膝をつき、子どもたちと同じ高さに合わせて並び、少しぎこちない笑みを浮かべていた。

右手で軽く、1人の少女兵の肩に手を添え、左手には焚き火で焼いた小さなパンを持っている。

 

それは明らかに“戦場”ではない空気。

ほんの数分だけ訪れた、「日常のような時間」が切り取られていた。

 

だが今、彼の表情には、かすかに笑みの影がある。

その隣の少女も、目が少し柔らかい。小さな変化だった。

 

アドリアンはその写真を見ながら、胸の奥に温かさのようなものを感じていた。

 

「……この笑顔を、次は守りたい」

 

戦場では不要な感情だった。

だが、それでもアドリアンは思ってしまった。

 

「この子たちが……人として、生きて帰る未来があるなら」

 

守りたい、と。

 

 

 

 

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回想:叱るということ

 

訓練日は雨上がりの湿った空気の中にあった。

地面はぬかるみ、装備は重く、気温の低さが兵士たちの動きを鈍らせる。

 

そんな状況下でも、少年兵たちは一言も弱音を吐かずに走っていた。

 

いつものように夜間強襲を想定した訓練。

匍匐前進、遮蔽物間のダッシュ、隠密行動、そして即座の撤退。

 

支援部隊は後方から見守る。アドリアンは双眼鏡を片手に、いつもより胸の奥がざわつくのを感じていた。

 

「……おい、あれ……」

 

仲間のリュカが指さした先。

一人の少年兵が、体をふらつかせながら走っている。

 

あの少年兵だった。

 

顔色は青白く、額には冷や汗が滲んでいる。それでも彼は止まろうとせず、列に遅れまいと歯を食いしばっていた。

 

「止まれ……、止まれっ!」

 

アドリアンは思わず叫び、走り出した。

 

訓練担当の教官が制止の声をかけるよりも早く、アドリアンは泥を蹴って彼に追いついた。

 

「止まれと言ってるだろうが!!」

 

その怒鳴り声に、少年兵は足を止め、次の瞬間――崩れ落ちた。

 

アドリアンはすぐに抱き起こし、脈をとる。

息が荒く、呼吸は浅い。明らかに脱水と過労だ。

 

「水、すぐ持ってこい!」

 

リュカが水筒を手渡し、アドリアンは彼の口に少しずつ含ませた。

少年は苦しげに咳き込みながらも、少しずつ意識を取り戻していく。

 

 

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怒りの理由

 

「なんで……なんで倒れるまで言わなかった」

 

アドリアンは低い声で、彼に問いかけた。

 

「訓練だからです。評価が……」

 

「評価だと? お前は道具じゃない!」

 

怒鳴った後で、しまったと思った。だがもう止まらなかった。

 

「お前は生きるために戦ってるんじゃないのか! 死ぬために走るなら……俺は、お前を支援なんかできない!」

 

周囲の少年兵たちが静まり返る中、アドリアンの怒声だけが響いていた。

教官も、止めようとはしなかった。

 

彼は、小さく呟いた。

 

「……誰にも、止められたことがなかったから」

 

その言葉に、アドリアンの胸が締めつけられる。

 

誰にも、止められたことがなかった――

倒れるまで、命令を守ることしか知らなかった。

だからこそ彼らは「兵士」ではあっても、「子ども」ではなかった。

 

アドリアンは静かに膝をつき、額をつけるようにして彼の手を握った。

 

「もう、俺が止める。倒れる前に、絶対に止める。だから……お前は、生きろ」

 

少年兵の目が一瞬緩んだ気がした。

 

 

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回想:命令ではない、意志としての防衛

 

深夜、夜の間雨は降り続いていた。その中で湿った土の匂いとともに、出撃命令が下された。

目標は共和国軍の前線補給拠点。前回よりも防備は固く、かつてない規模の交戦が予想されていた。

 

森の奥、出撃前の準備小屋。

 

少年兵たちは淡々と装備を整えていた。

だが以前とは違い、皆が互いに言葉を交わすようになっていた。

誰かが手榴弾のピンを確認すれば、別の誰かがナイフの鞘を直す。

“戦友”ではなく、“仲間”のような空気が流れていた。

 

アドリアンはそんな様子を静かに見守っていた。

一人ひとりの顔が、頭に焼きついている。

それは「隊員の顔」ではなかった――自分が守るべき子どもたちの顔だった。

 

 

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作戦開始、激戦の森

 

軽機関銃の乾いた音がが森を裂いた。

煙幕が張られ、視界が遮られる中で、少年兵たちは影のように動いた。

 

アドリアンは後方から状況を見守りつつ、異変を察知する。

 

「早いな…敵が、こちらの動きを読んでいたのか?」

 

敵の陣地が、通常よりも早く反応している。

 

アドリアンは狙撃手に気づいた

。1人の少年兵が敵の射程に捉えられそうになっていた。

 

アドリアンは迷わず走り出した。

爆風で揺れる木々の中を駆け抜け、彼の背を押し倒すようにして庇った。

 

パンッ――パンッ!

 

弾丸がアドリアンの肩をかすめ、血が飛び散る。

アドリアンは狙撃手に応戦する。

 

周囲の少年兵たちが反応する。

だが、アドリアンは倒れず、彼の体を覆うようにして叫んだ。

 

「後退するな! 突っ込め――!!」

 

彼の声に、少年兵たちは即座に動いた。

一斉に手榴弾を投げる。後方からは煙幕弾が

ナイフを構え、敵陣に切り込む。

アドリアンも手榴弾を投げ彼らと共に突っ込んだ。

 

今や、彼らにとってアドリアンは“ただの支援兵”ではない――背を預けられる、大人だった。

 

 

---

 

戦闘後:焚き火のそばで

 

作戦は成功。敵の補給拠点は制圧され、共和国軍の前線は後退した。

 

その夜、負傷したアドリアンは包帯を巻かれながら、焚き火のそばに座っていた。

 

あの少年兵が、彼の隣に静かに座る。

 

「……どうして、俺を庇ったんですか」

 

アドリアンは笑いながら、肩をすくめる。

 

 

「俺にも子供がいたからな。親じゃないけど、お前たちが傷つくのを見ていられない。……もう、何も失いたくないんだよ」

 

彼は、小さく頷いた。

 

「……じゃあ、俺も、あなたを守ります。仲間だから」

その言葉に、アドリアンは一瞬だけ目を伏せ、そして笑った。

「そうか……よろしくなアルト」

心の奥で、ずっと崩れかけていた何かが、わずかに支え直された気がした。

 

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回想:その心に踏み込むな

 

出撃前夜。中尉に、アドリアンは呼ばれていた。

「……入れ」

 

扉を開けると、地図を眺めながらヴァイスナー中尉が静かに立っていた。

 

 

アドリアンが敬礼する前に、中尉は振り返りもせず、低く告げた。

 

「貴様に一つ、警告しておく」

 

アドリアンは黙って耳を傾けた。

 

「あの子たちに、情を持つな。」

 

淡々とした言葉だったが、その声にはどこか冷たさとは違う、深い影があった。

 

「お前がしていることは、彼らにとっては“毒”になる。感情を抱くな。彼らは兵器だ。お前もそれを忘れるな」

 

アドリアンは一瞬、黙っていた。

だが、拳を握りしめ、ゆっくりと答えた。

 

「それは……違います、中尉」

 

ヴァイスナーは初めてこちらを振り返り、鋭い目を向けた。

「……………」

 

「俺は……子どもたちを守りたいと思っている。結果それが作戦にいい結果をもたらすこともあるのではありませんか。明らかに行軍ペースは上がるし、攻撃での圧力も増してると思います。それが命令違反だというなら……俺は喜んで違反します。」

 

「屁理屈だな…」

中尉はなぜかニヤリとしていた。

 

「君はどうしてそこまでしようとする。」

 

アドリアンは、ゆっくりと口を開いた。

 

「俺には、子どもがいました。娘と、息子です。けれど……俺は、あの子たちを守れなかった。

妻を亡くして、自分を見失って、父親として生きる資格を……捨てたんです」

 

「酒に逃げ、泣いている子どもから目を背けた。何も与えられなかった。ただ……失っただけです。だから……」

 

アドリアンの声が、震えた。

 

「だから、もう絶対に失いたくないんです。自分のためでもです。」

 

「俺が今やってることは……俺自身のためかもしれない。でもそれでもいい。彼らが生きててくれるなら、守れるなら、俺はそれでいい」

 

ヴァイスナー中尉は黙ってアドリアンを見つめていた。

その瞳には、かすかに揺らぎがあった。

 

やがて、彼は静かに背を向け、机の上の分厚い書類に手を置いた。

 

「本当は、君と同じ気持ちだ。だが、私は彼らに生き残る道を与える立場にはない。

私は“命令を伝える者”であって、“未来を与える者”ではない」

 

中尉は小さく息を吐いた。

 

「……だが、君がそう言うのなら、否定はしない。最後まで、“君のやり方”で、彼らを守ってやれ」

 

アドリアンは、静かに敬礼した。

 

「ありがとうございます、ヴァイスナー中尉」

 

その敬礼に、中尉はわずかに口元を緩め、そして再び背を向けた。

 

「――ファン・デ・レーフェン軍曹」

 

「はい」

 

「この戦いが終わったら……その“守りたい”という思いを、どうか君自身の子どもたちにも向けてやれ」

 

アドリアンは目を伏せたまま、そっと頷いた。

 

 

 

---

 

回想:最後の任務 ― 小さな橋の上で

 

夜明け前、霧が川面に立ち込める中――

帝国軍の防衛線が崩壊し、共和国軍の進軍を止める地点として指定されたのが、この橋だった。

 

長さ十数メートル、幅は馬車一台が通れる程度。

こちら側には小さな町があった。すでに砲撃で廃墟同然の街が。橋の向こうは周囲には民家もなく、ただ静かな川の流れと森だけが広がっていた。

 

そこを、守れ――。

 

本来ならば歩兵隊が担うべき任務を、命令によって少年兵部隊が担当することになった。

 

アドリアンは命令書を読み、唇をかみしめた。

 

「ここは……突撃部隊の任務じゃない。撤退線でも、待ち伏せでもない……ただの“消耗”だ」

 

ヴァイスナー中尉は、命令に逆らうことはなかった。

ただ淡々と、配置を指示しながら、最後にアドリアンを呼び止めた。

 

「……君にしか頼めない。あの子たちが、どうしてここに送られたのか、わかるな?」

 

アドリアンは無言で頷いた。

少年兵部隊を“存在ごと消す”ための任務。証拠を残さず、目撃者も残さず。

 

 

 

---

 

戦闘開始 ― 鋼鉄の咆哮

 

帝国側の制空権はなく、援軍も来ない。

橋を渡って来ようとするのは、共和国の歩兵中隊――主力部隊だった。

 

「突撃隊の仕事じゃない、これは……処刑だ」

 

それでもヴァイスナー中尉は指揮を取った。

「迎え撃つしかない」と。

 

少年兵たちは泣かなかった。叫ばなかった。

 

ただ一人、アルトがアドリアンに言った。

 

「……軍曹、あなたは最後まで、俺たちの味方ですか?」

 

アドリアンは、彼の肩を力強く叩いた。

 

「当たり前だ。」

 

アルトが、小さく笑った。

 

 

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突撃 ― 闇に光る刃

 

アドリアンたちは、橋の対岸に積み上げた土嚢や川沿いの塹壕から煙幕弾と迫撃砲を撃つ。

 

少年兵たちは、側面の茂みに潜みそこから再び音と煙の中を駆ける。

だが、今回は違った。夜が白み始める頃、遠くからエンジンの低音が響いてきた。

 

「……戦車だ」

 

 

煙の中を貫く機銃掃射。

戦車からの砲撃が続く

側面から少年兵たちが手榴弾を次々と投げる。と同時にすぐ走り出す。位置を変えるために。そこに戦車の砲身が向く。

砲弾が炸裂する。

戦車の前進は止められない。後退しては手榴弾を投げる。また走る。橋にだんだん本隊が近づくため橋は包囲されつつあった。

銃撃の規模が大きくなり野戦砲や重機関銃がうなる。

一人、また一人――小さな身体が、地面に倒れていく。

砲弾で空に舞い上がる。

側面からの攻撃は効果はなく前進は止められない。少年兵たちは橋に向かって退却を始める。アドリアンたちが援護する。橋のこちらにくるまでにも何人もの少年兵が倒れていった。

アドリアンは悔しかった。 

なんで大人の俺が支援で後方なんだ

それでも彼は少しでも前に出た。

前方の土嚢まで飛び込んでいく。

そこから彼らの撤退を援護する。何人かの兵もそれに続いた。

次々と橋を駆け抜ける少年兵たち

いい標的になっていく

川を渡るには彼らは小さすぎた

それでも何人かは渡ろうと泳ぎだす

塹壕からは援護の射撃

それでも岸にたどり着けたものは誰もいなかった

 

「――アルト!!」

 

アドリアンの目の前で、アルトが倒れた

 

「動くな、いいか、今運ぶ!」

アドリアンは土嚢を越えてアルトに向かった

袖をつかんだ

そのまま引き摺る

あ…こんなに軽いのか…

アドリアンはなぜかこんなことを思っていた

アルトは、震える手でアドリアンの袖を掴んだ。

 

「行って……ください……。次の子を……守って……」

 

「黙れ……しゃべるな……!」

 

「……俺、名前で呼んでもらえてうれしかったです……ありがとう――」

 

次の瞬間、

アルトの身体から、力が抜けた。

 

アドリアンは叫ばなかった

 

“これ以上は、失わせない”

 

 

 

 

---

 

崩壊する戦線

 

次々と後退してくる少年兵たち

その間にもその小さな身体は倒れ宙に舞い上がる。

あの嫌な音が聞こえてきた。

榴弾だ。

一人の少女兵が弾薬を抱えて後退しようしていた。

「そんなもん置いていけ!

後退しろ!」

その少女兵は泣いていた。

初めてみた顔だった。

少女兵は走り出した。

次の瞬間彼女を砲弾が直撃した。

アドリアンは思わず身を起こす。

それからは榴弾が次々やってくる。

 

砲弾の破片とあらゆるものが飛び散る。

血や肉片…

手や足内臓…

 

 

 

アドリアンが倒れながら見えたのは――

橋の向こう、ゆっくり進んでくる共和国兵の姿。

 

耳に残るのは、血と砲弾の土煙の中で叫ぶ少年兵の声。

 

「軍曹――! 助けて!!」

 

アドリアンは助けようとするが身体が動かない…

目の前で砲弾とともに肉片となって少年兵は飛び散る。

アドリアンの顔に血や肉片が張り付く…

 

砲撃の轟音とともに、アドリアンの意識は暗闇に落ちた。

 

 

---

 

回想の終わり ― 闇の中の揺れ

 

――ごとん、ごとん。

 

貨物列車の揺れ。

包帯に覆われた体、閉じられたまぶたの奥に浮かぶのは、血まみれの橋と、倒れていく子どもたちの姿。

 

少年兵たちの声。

アルトの笑顔。

あの橋に残した“名前”も、“夢”も、すべてがアドリアンの胸を締め付ける。

 

「……なぜ、俺だけが、生き残った」

 

その問いだけが、ずっと答えを持たぬまま、彼の心に焼きついていた。

 

 

-

 

 

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【訂正・再構成】前章:最後の任務 ― 小さな橋の上で(修正版)

 

戦局は完全に共和国に傾いていた。

帝国は制空権・制海権を喪失し、各地の前線が次々と崩壊していた。

 

アドリアンの部隊に突如下された命令は、「橋の防衛」。

 

場所は帝国北東部、戦略的価値の薄い小さな川沿いの集落。

ただの撤退遅延を目的としたこの任務に、なぜか少年兵部隊が投入された。

 

アドリアンは作戦図を見ながら、血の気が引いていた。

 

「この橋の防衛に、彼らを……? これはただの……処分だ」

 

部隊長・ヴァイスナー中尉は、地図をたたみ、静かに言った。

 

「彼らに“相応しい最後”など、最初から想定されていない。命令は絶対だ。……だが、戦術は任せる」

 

アドリアンは部屋を出たあと、ひとり廊下に立ち尽くした。

 

――死なせたくない。

 

そう強く思った時、もう自分はただの軍人ではなくなっていた。

 

 

---

 

続き:夜明けの血

 

橋の周囲には粗末な土嚢と対戦車障害が設置されていた。

 

アドリアンは、子どもたちをできる限り「後方」に置く配置を提案した。

 

だがヴァイスナー中尉は、それを許さなかった。

 

「彼らは彼ららしく戦わせる。最期まで。彼らの努力を無駄にはしない。戦える者は前に立つ。全員が。たとえ名を残せなくてもだ。」

 

アドリアンは食い下がった。

 

「それが死ぬためならなら、意味なんてないのではありませんか!」

 

中尉は長い沈黙の末、低く答えた。

 

「……なら、君が最後まで彼らを守れ。私は、ここで終わる」

 

 

---

 

戦闘開始

 

霧が薄れていく明け方。

共和国軍の先鋒が、橋の向こうから現れた。遠くからエンジンの低音が響いてきた。

 

「……戦車だ

 

戦車、歩兵、火炎放射器部隊。

想定されていたよりかなりの重装部隊

ここは前線の端の方

側面から突破するつもりらしい

アドリアンは覚悟した

その時浮かんだのはアルトやクララの下手くそな笑顔

ため息が漏れた

 

 

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攻撃、そして崩壊

 

煙の中を貫く機銃掃射。

戦車からの砲撃が続く

側面から少年兵たちが手榴弾を次々と投げる。と同時にすぐ走り出す。

位置を変えるために。そこに戦車の砲身が向く。

砲弾が炸裂する。

戦車の前進は止められない。

後退しては手榴弾を投げる。また走る。橋にだんだん本隊が近づくため橋は包囲されつつあった。

銃撃の規模が大きくなり野戦砲や重機関銃がうなる。

一人、また一人――小さな身体が、地面に倒れていく。

砲弾で空に舞い上がる。

敵戦車が橋に近づくと、少年兵の一人が爆薬を抱えて突撃した。

戦車にたどり着く前にその小さな身体はバラバラに飛び散った

一瞬の静寂。次の瞬間、共和国軍の機銃掃射が始まる。

「――アルト!!」

 

アドリアンの目の前で、アルトが被弾した。

 

「動くな、いいか、今運ぶ!」

 

だがアルトは、震える手でアドリアンの袖を掴んだ。

 

「行って……ください……。次の子を……守って……」

 

「黙れ……しゃべるな……!」

 

「……俺、笑えたんです。初めて……ありがとう――」

 

次の瞬間、

アルトの身体から、力が抜けた。

 

アドリアンは叫ばなかった。ただ、彼の体を抱き走り出した。

 

“これ以上は、失わせない”

彼はアルトを土嚢の影に置くと立ち上がり、銃を拾い、また彼らの元に走った。

橋から敵に向けて必死に援護射撃をする。自分が標的になれば少しでも撤退する彼らを援護できる。

仲間が機関銃を抱えてやってきて橋の反対側から援護射撃をする。

アドリアンは弾丸を補充するために橋の反対側の仲間に援護を頼もうとした。

その瞬間機関銃の銃声がとまった。

「クソ…」

アドリアンは反対側の機関銃に走った。

足に激痛。

なんとか機関銃にたどり着いたアドリアンは仲間に代わって機関銃の援護射撃を行った。その間にも少年兵の何人かは後退できたはずだ。

アドリアンは一人の少女兵が動けなくなっているのを見つけ、駆け寄った。

 

「立て! 死ぬな!」

 

「軍曹……怖いです……」

 

彼女の涙が、泥と血にまみれた頬を伝う。

 

アドリアンは彼女の手を握り、引き上げた。

 

「いいか……怖いままでいい。でも、生きろ。俺が絶対守る」

 

その時――少女の手から力が抜けていた…アドリアンは何発も撃ち続けた。

なにも考えてなかった。

そのうちアドリアンも意識が薄れていくのがわかった。

彼らの叫びが、次々と襲う砲弾の着弾音の中に消えた。

 

 

 

---

 

続き:囚われの闇

 

――うっすら開いたまぶたに映ったのは、

瓦礫に埋もれた橋。バラバラの少年兵たち。泣き叫んでいる顔。

 

ヴァイスナー中尉が、自ら銃を口に運ぶ最後の姿。

 

アドリアンは声を出そうとしたが、喉から血があふれた。

 

「……なんで、俺だけが……」

 

彼は貨車の血の匂いの中でつぶやいた。

 

 

――帰らない。俺には、帰るべきところも帰る顔もない。

 

 

-

 

---

 

回想:帰る場所はない

 

戦争が終わって数か月

敗戦国である帝国の兵士、そして同盟国の兵士であったアドリアンは共和国の第8戦区捕虜収容所にいた。

 

空気は冷たく、陽の差さない灰色の天井の下、無言の捕虜たちが整列していた。

 

係官が前に立ち、書類を読み上げる。

 

「帰還希望者は、左へ。共和国滞在希望者は、右へ」

 

捕虜たちは次々と嬉々として左の列に並んでいく。

誰もが“祖国”という言葉にすがっていた。

 

アドリアンの名が呼ばれる。

 

「ファン・デ・レーフェン軍曹」

 

彼はゆっくりと係官の前に歩き出し――数秒だけ立ち止まった。

 

係官が苛立ったように促す。

 

「どうする。帰還か、滞在か」

 

アドリアンは、小さく答えた。

 

「滞在する。共和国に、残る」

 

少しだけ視線が集まる。だが誰も彼がどうしょうがそんなことはどうでもよかった…係官も理由も問わなかった。

 

彼には故郷に帰る勇気がなかった。

故郷に帰ってどうするというのだ。

子供達と暮らすわけでもないのに。

もう今さら一緒には暮らせない。

どうやって暮らせばいいのかわからない。

もう何年も別の生活だ。

おまけに戦場にいた。

子供の好きなものはわからない。

どんな子だと聞かれても、わからない。

自分の子供なのになにもわからない。

自信がない。

当たり前のように親子揃って生きてきた人にはわからないだろうと思った。

今は自分の子供より戦場に置いてきた別の子供に心が向いてしまっている。

人間としておかしいとさえ思う。

そう思われるのも分かる。

周りはきっとそう思うだろう。

それでも今さらだった。

アドリアンは自分からまた子供から逃げる選択をした。

2度目の。

 

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共和国・郵便会社倉庫部門

 

それから数週間後。

今は共和国の北部の都市、かつて長らく帝国の占領下にあった街で

郵便会社は元帝国の郵便局を接収していた。

アドリアンは、そこで共和国最大の郵便会社**《CH郵便会社》の支社の倉庫係**として雇われていた。

 

職員たちは、最初は彼を警戒していた。

元敵軍兵士。無口。いかにも戦地帰りという軍人の癖が抜けない。

 

だが、黙々と働き、誰にも迷惑をかけず、地味で確実な仕事ぶりが徐々に信頼を得ていった。

しかし戦場での記憶は時々彼を苦しめていた。

それは誰しもが経験する苦しみだった。

彼にとってはあの少年兵たちの最期がいつまでもその苦しみとなっていた。

同じ年頃の子供達を見かけるともしかして生き残りなのではないかと思った。

時には声をかけそうにすらなっていた。

そのたびにそんな訳はないと自分に言い聞かせることも。

 

彼の仕事は、戦中・戦後に宛先不明で届いた膨大な手紙の分類と保管だった。

元帝国領だったが今は共和国となったこの土地。郵便局には帝国時代の郵便物もかなり残っていた。

彼は毎日そんな手紙達と向き合った。

差出人が死亡し返却できない

そもそもその住所へ配達してもそこは破壊しつくされて誰もいない

宛先人がいないのはもう当たり前にすらなっていた。

差出人と宛先人両方がいないのだ。

戦争は届くはずの言葉や気持ちを届かなくしていた。

支社のある地域は戦場だった。

少しずつ人は戻りつつあったが戦場の風景は消え去ってはいなかった。

 

 

ある日、奥の棚を整理していた時だった。

傷んだ箱の中に、一束の手紙が入っていた。

 

ふと、彼の指が止まった。

 

差出人:レーネ・ファン・デ・レーフェン/ルーカス・ファン・デ・レーフェン

宛先:アドリアン・ファン・デ・レーフェン 共和国内所在不明

 

封筒は何通もあり、時系列に並べられていた。

最初は拙い字。次第に文章はしっかりし、大人びた言葉になっていく。

 

なんでこんなところに…

 

アドリアンは、しばらくその場に立ち尽くしていた。

震える手で封を切り、一通だけ――最も古い手紙を開いた。

 

> 「パパへ。私たちは元気にしていますか。ママのこと、私たち悲しいけど、頑張っています。パパも、頑張ってください」

 

 

次の瞬間、何かが胸から崩れ落ちた。

 

彼はその場に座り込み、顔を手で覆った。

 

誰にも見られないように、誰にも気づかれないように。

 

手紙は何通もあった。

本来なら開封は法律違反。

だがアドリアンは別の手紙を開けていた。

「おじいちゃんが怖くて嫌いです。好きなことをさせてくれない。私は音楽を続けたかったのに。」

 

「お父さんはなんで返事くれないの?私たちのこともうどうでもいいの?」

 

「ルーカスが学校でイジメられてる。私はなんにもしてあげられない…」

 

ルーカスは姉のレーネの手紙に何行か拙い字で書かれていたがすぐにそれもなくなっていた。

 

手紙もだんだん少なくなっていた。

返事の来ないのだからだんだん手紙を書くことがなくなるのは当然のことだとアドリアンにも想像できた。

子供達もこうやって少しずつそれなりに心の中で折り合いをつけていったのがよくわかった。

 

その日から、アドリアンは戦時中の郵便物と向き合うことが、ただの仕事ではなくなった。

 

失われた手紙。届かなかった言葉。

戦争が奪った「つながり」を、一つひとつ、手繰り寄せるように仕事をこなした。

-

 

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回想:許されない幸せ

 

倉庫係として働くアドリアンは、窓口担当のマリエ・ブランという女性と、少しずつ親しくなっていった。

 

マリエは20代後半、しっかりした雰囲気を持ちながら、どこか憂いを帯びた目をしていた。

彼女は一人で幼い娘を育てながら、日々を懸命に生きていた。

 

「シングルマザーってのも、なかなか楽じゃないわよ」

 

笑いながら言うその姿に、アドリアンは救われるような思いを感じた。

無理に明るく振る舞うその裏に、孤独と闘う姿が透けて見えたからだ。

 

互いに大きな声で笑い合うことはなかったが、

そっと、隣にいるような温かな空気が、二人の間にはいつしか生まれていた。

 

 

心の壁

 

しかし、アドリアンは心のどこかでいつも、

マリエと手を取り合う未来を想像することに罪悪感を覚えていた。

 

「俺は、子どもを捨てた男だ……」

 

笑顔を向けられるたび、心が痛んだ。

幸せになってはいけない…

この手で新しい幸福をつかめば、

それは――かつて自分の子どもたちを見捨てたことを、妻を自分のせいで失ったことをなかったことにしてしまうような気がした。

 

そしてマリエもまた、苦しんでいた。

 

彼女の娘、エリナはまだ幼く、実の父親の帰りを待っていた。父親は戦死だった。

 

「ママ、パパ……帰ってこないのかな」

と、時折ぽつりと呟く声を、マリエは何度聞いたかわからない。

 

もし自分がアドリアンと結ばれたら。

それは、娘の願いを踏みにじることになる――娘はまだ父親が帰ってくると信じている。帰ってきてほしいと願って毎日を過ごしている。

 

二人は互いに苦しんでいた

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すれ違いと別れ

 

ある夜、アドリアンとマリエは小さな食堂で食事をしていた。

 

普段なら交わされるはずのない鋭い言葉が、ふとアドリアンの口をついて出た。

 

「……俺たちは、なにかをきっと……間違ってる」

 

マリエの手が、スプーンを握ったまま止まった。

 

「なに?」

 

「君には、娘さんがいる。父親を待っている子供が…

俺には……子どもたちを裏切った過去がある。このままなにもせずに一人で

……幸せになったら、俺は俺自身を絶対に許せなくなる…そんな後ろめたい気持のまま君たちを幸せにできるとは思わない…もう誰も不幸にしたくない…君の娘も裏切ることになる気がする。」

 

マリエも静かに答えた。

 

「私だって、怖い。

娘を……自分の幸せのために、裏切るかもしれないって思うと……怖い…もうどうしていいか分からなくなる時があるの…あなたのことと娘のことどっちも大事…でも私はだめね…あなたを選んでしまいそうになる…そうなれば娘を不幸にしてしまう気がして…」

 

沈黙が、二人の間に落ちた。

 

それはどんな言葉でも埋められない、深い断絶だった。

 

そして――アドリアンは、言ってしまった。

 

「もう、やめよう。……これ以上、踏み込んだら戻れない」

 

マリエの目に、一瞬だけ悲しみが浮かんだ。

でも、彼女は頷いた。

 

「そうね。……私たち、間違ってたのかもしれない」

 

アドリアンは立ち上がった。

マリエは静かに席を立ち、エリナが待つ家へと帰っていった。

 

互いに、何も言わなかった。

 

最後まで、「さよなら」とも言えなかった。

 

 

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その夜

 

アドリアンは酒場にも寄らず、まっすぐ寮の部屋に戻った。

何もない天井を見つめ、ただ、静かに思った。

 

「また、誰も守れなかった」

 

自分に許されるものなど、もう何もない。

その確信だけが、心の底にずっと沈んでいた。

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回想:帝国支社へ ―

 

共和国北部、アドリアンが勤務していたCH郵便会社支社の掲示板に、一枚の紙が貼り出された。

 

> 《帝国支社開設に伴い、語学・事務に明るい人材を募集中》

 

 

アドリアンはその紙の前でしばらく立ち尽くしていた。

マリエンの前からいなくなったほうが彼女も幸せになれるかもしれない。

わざわざ彼女の前からいなくなる理由を考えるとき卑怯な理由が浮かんできた。

 

郵便倉庫で出会ったたくさんの“届かなかった手紙”

ほんとなら誰かの手に渡るはずだった手紙…

それは探せば宛先人がわかるかもしれないといつも思わせてくれた。

そう探せばわかる…

そう思ったとき

“あの戦場の子どもたち”が、どこで生まれて、どんな生活を送ったのか…彼らは何者だったのか…生き残ったものはいたのか…彼らになにかをしなければならないという衝動が彼を立ち止まらせなかった。

 

「逃げてばかりだな…とんだゲス野郎だよ」

 

数週間後、帝国支社へ赴任が決まり、彼は列車で再び戦場だった大地へ向かうことになる。

 

 

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回想:その声が聞こえた日

 

郵便会社の中庭。昼休憩のざわめきの中で、アドリアンは倉庫の裏で煙草をくゆらせていた。

 

そのとき、休憩所のテーブルから二人の若い社員が話す声が聞こえた。

 

「帝国支社、本格的に設立だってさ。人員も募集するらしいよ。語学できるやつが重宝されるって」

 

「……あっちで働くのか。戦争中に家族やられた人間からすれば、複雑だな……」

 

アドリアンは煙草の火を落とし、じっと空を見上げた。

 

帝国支社。

敗戦国の地に、戦勝国の会社の一員として。

 

自分がその“負けた側”の兵だったことを、思い出させられるようだった。

 

掲示板に、一枚の紙が貼り出されていた。

 

> 《帝国支社開設に伴い、語学・地理、に明るい人材を募集中》

 

--アドリアンはその紙の前でしばらく立ち尽くしていた。

 

あの場所に戻る気など、ないはずだった。

 

だが、郵便倉庫で出会った“届かなかった手紙”と、“記憶の中の子どもたち”が、彼を立ち止まらせなかった。

 

 

葛藤と記憶

 

夜。

アドリアンは寮の部屋で、小さな木箱を開けた。

 

中には、少年兵部隊と撮った最後の写真と、

自分の子どもたち――レーネとルーカスの小さな頃の写真が入っていた。

 

それを一枚ずつ、ゆっくりと見つめる。

 

一枚は、火のそばで肩を寄せ合う少年兵たち。

もう一枚は、ピアノの前で笑う娘と、スケッチ帳を持つ息子。

 

――どちらの笑顔も、今の自分には耐えられない笑顔。笑顔に背を向けた自分。

 

心の奥で、アルトの最期の声が蘇った。

 

> 「軍曹……僕たちのこと、……忘れないで……」

 

 

 

アドリアンは額に手をあて、ベッドに崩れ落ちた。

 

「……俺は、逃げてるだけだ……」

 

 

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決意と出発

 

翌朝、アドリアンは何も言わず、帝国支社への異動希望書類を提出した。

 

数週間後、帝国支社へ赴任が決まり、彼は列車で再び戦場だった大地へ向かうことになる。

 

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帝国支社:新たな地で

 

帝国の都市。駅を降りた瞬間から、アドリアンは周囲の視線を感じていた。

 

買い物中に無視される。

道を訊ねようとすれば、露骨に避けられる。

 

郵便会社の制服を着ている自分は

街のざわめきの中で、何者でもないことを痛感した。

---

帝国支社は復興が進む帝都の外縁、かつての軍政庁舎の一部に設けられていた。

アドリアンは倉庫と記録室の担当となったが、ある日、上司の隙を突いて、旧軍記録の保管庫へ忍び込んだ。

 

探す記録は一つ――第54部隊の存在証明。

 

だが、いくら探しても部隊番号が欠落している。編制表にも、戦果記録にも、まるで最初からなかったように消えている。

 

「……この部隊だけ、消されてる……」

 

わずかに残っていたのは、戦場で撮られた1枚の写真と、破り捨てられたような補給申請書の一部。

 

その用紙の隅に、かすれた手書きで記されていた。

 

> 「任務:前線第7拠点、小橋防衛」 「指揮:ヴァイスナー中尉」

 

調査の第一歩:隊長の家族を探す

 

少年兵部隊の記録は、保管庫から消されていた。

あるいは意図的に“整理されて”いた。

 

このまま資料を探すのは無理だ――

そう判断したアドリアンは、人をたどることに決める。

 

最初に探すのは、あの最期の夜に自分に本心を語ってくれた男――

ヴァイスナー中尉。

 

資料の隅に残された休暇申請の住所欄。

かすれた筆跡の地名。

かつて貴族階級だった家系――

 

 

 

---

 

回想:目立ってはいけないとわかっていたが

 

帝国支社に配属されて数か月。

アドリアンは、平日は真面目に勤務をこなしながら、

休日や振替休暇を使って、旧軍事施設、地方の村役場などを訪ねていた。

 

最初は「旧戦時郵便の調査」と説明していたが、

徐々に――彼の“探しているもの”が、普通ではないと周囲も気づき始める。

 

> 「また休み? あの人、何してるんだろうな」

「軍の公文書館にも行ったらしい」

「誰か探してるのか……? なんでそんなに本気なんだ?」

 

---

 

軍の窓口と証明

 

ある日、アドリアンは帝国軍記録部門の受付に現れ、

身元を証明する古びた兵士証と、戦後の捕虜登録記録を提示した。

 

「私は……元々、帝国と軍事同盟を結んでいた国の兵士だった。

共和国の捕虜収容所から帰還し、そのまま共和国で民間人として生きてきた」

 

> 「なぜあなたが今、この国で“旧帝国軍の少年兵部隊”を探しているのか?」

 

 

係官の冷たい視線に、アドリアンはただ静かに答えた。

 

「……私の仲間だった。守れなかった、子どもたちだ」

 

その言葉に返答はなかった。

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広がる噂と疑惑

 

やがて噂は広がっていく。

 

> 「共和国の郵便会社に勤める元兵士が、帝国軍の機密を探っている」

「正体は帝国側に潜入したスパイでは?」

「いや、元帝国兵を装った“共和国の二重スパイ”かもしれない」

 

 

何者かに尾行されている気配。

部屋のドアに差し込まれた脅迫文。

一度、夜道で背後から殴打され、数日出勤できなくなった。

 

上司には「目立つ行動は控えろ」と注意を受け、

仲間の何人かも距離を取るようになっていく。

 

 

---影の妨害者たち

 

その後もアドリアンは、少年兵たちがかつて暮らしていた旧教育施設――廃校となった全寮制の学舎を訪ね、周辺住民に話を聞こうとする。

 

だが、誰も口を開こうとしなかった。

 

「そんな部隊はなかった」

 

「子どもなんて、軍にいたはずがない」

 

何度も言葉を濁され、調べていた文書が翌日にはなくなっていたこともあった。

 

そして、ある日。

 

郵便会社の寮の前に、一枚の紙が差し込まれていた。

 

> 「帝国の名誉に泥を塗るな。これ以上調べるな。元軍人らしく黙っていろ」

 

 

 

それは、軍の秘密を追いすぎた者への、無言の脅しだった。

 

アドリアンは震える手で紙を握りしめ、破った。

 

「黙るわけにはいかない。あの子たちを“なかったこと”にはさせない」-

 

このままあのことを消し去ることはまた子供の手を離し逃げることのように思えた。

守れなかった自分への罰だった。

 

 

 

決断:ヴァイスナー家を訪ねる

 

ある夜、アドリアンは手帳を見つめながら、独り言のように呟いた。

 

「……もう限界だ。これ以上、書類だけじゃ辿り着けない。

あの人の、家族に……直接会おう」

 

彼は手に入れた軍籍簿の地名をたどり、

ヴァイスナー中尉の家族の居所を探す旅に出ることを決意する。

 

暴力や疑念の渦中でもなお、アドリアンが動くのは――

アルトの“忘れないで”という声が、まだ胸の中で生きているからだった。

 

–ヴァイスナー中尉の家族を訪ねて

 

手がかりは少なかったが、申請書の住所欄を頼りに、アドリアンはある村を訪ねた。

かつて貴族階級だった一族の名残をとどめる、田園の中に立つ古い別荘のような家。

 

門の前で、幼い少女がボールを蹴って遊んでいた。

 

アドリアンが近づくと、少女は家の中へ駆け込み、やがて一人の女性と少年が玄関に現れた。

 

ヴァイスナー中尉の妻と、子どもたちだった。

 

 

---

 

応接間での対話

廊下には無造作に積まれた本の山

静かな応接室。壁際には積み上げられた本――ほとんどが詩集や文学作品だった。

 

「戦後、都の屋敷は手放しました。夫が……戻らなかったので」

 

中尉の妻は、静かに言った。

もともと貴族の出なのか佇まいには身についた上品さと落ち着きがあった。

子供達も年の割には落ち着いた子供だった。

上の男の子は母親の座るそばに立っていた。その姿は中尉を想像させるほど姿勢がよく、おそらく父親である中尉に厳しく育てられたのだろう。

下の女の子は年相応に元気よく動き周り、時折母親の顔をみて甘えたがっていた。でも大き声を上げるでもなく、育ちの良さがもう身についている感じだった。

 

「彼は……国語教師だったんです。

ここにある本は、彼の本と息子に読ませたくて買い揃えたものです」

 

アドリアンは言葉を失った。

 

「私たちに来たのは、『戦死』という事務的な通知だけでした。遺体も戻らず、各所に問い合わせはしてみたのですが…部隊名も伏せられたまま……」

 

--:中尉と“機密資料”

 

ヴァイスナー中尉は、少年兵部隊の編成・任務・記録に関する機密文書の一部を預かる立場にあった。

 

それらは本部から与えられたもの、または作戦記録として中尉の指揮範囲で管理された。

 

最期の作戦(小さな橋の防衛戦)の直前、ヴァイスナー中尉はすべての機密書類を自らの手で焼却した。

 

それは「証拠隠滅」の命令だった。

だがそこに「この子たちを記号として残させない」という個人的な想いもあるような気もした。

 

いずれにしても、彼の家族は何も知らず、知る術もなかった。

 

 

アドリアンが少年兵たちの存在について話し出したとき、

奥さんは最初、戸惑いながらも「知らなかった」と正直に答える。

 

> 「……ごめんなさい。あの人が、そんな任務を……。

私は、ただ“普通の軍務”だと……それも、詳しくは聞けなかった」

 

 

 

アドリアンは頷く。

少し沈黙のあと、こう話す。

 

> 「作戦の最終前夜、彼は……書類の束をすべて焼却していました。

彼が抱えていた任務の内容、その痕跡は……もう残っていません」

 

 

奥さんは驚き、しばらく言葉を失う。

 

> 「それは……記録が、何も残っていないということですか?」

 

 

 

> 「はい。だから私は今、彼らがいた“証”を、人づてに追っています。

あの子たちが、生きて、戦ったという事実を、なかったことにされたくない」

 

 

 

奥さんは静かにお茶のカップを見つめたあと、こう答える。

 

> 「……あの人、そうすると思います。

休暇最期の夜、子どもたちの部屋のそばで、ひとりでずっと……火を見つめていました。」

しばらくの間の後

「あの人らしいかもしれません。その…その子たちには優しくしていたでしょうか?あの人は子供には優しい人でしたから。」

 

どうだったろうか…

 

あの人は俺の勝手を最期は許してくれた…自分にはできなかったからだろ…立場が立場だ…最期に…最期のあれだったのかも

 

「任務と立場がありましたからなかなかそれは難しかったと思います。ですが私には優しくするなとは言いませんでした。」

 

「そうですよね。でも忘れてたわけじゃなくてよかったです…これで子供にもちゃんと話できます。パパは最期まで人に優しくすることを忘れてなかったって」

 

これでいい。これでいいんだとアドリアンは思った。真実を全て知ることがいいわけじゃない。真実を全て語ることが正義とは限らない。

奥さんは安堵してる。それでいい。

それは子供にもいいことだ。

子供に世界は残酷だということをわざわざ語ることはない。

いやでもわかるときが来るのだから。

優しいパパをわざわざ壊す必要なんてどこにもない。

 

「…それで…あの人は…その…」

 

「奥さんよろしいですか?お話ししても…」

「はい。お願いします。」

奥さんはキッと姿勢を正して覚悟をしたようだった。

「中尉は私に最期に命令とは別に兵たちを、その子らを守れとおっしゃいました。激しい砲撃の中で多くのものと同じように…」

 

「わかりました…最期にあなたに子供達を守れと…」

 

「はい」

 

「それだけ聞けてよかったです…」

 

奥さんの膝では娘が不思議そうな顔をして母親をみつめていた。

 

「ママ…ないてるの?」

 

奥さんは必死にこらえているのがわかった。

そして後ろに息子が寄り添っていた…

 

似てるな…

 

そしてその顔がアルトたちの顔にも見えてきた。

全ては話せない。

それでもここでやっと誰かの記憶に残せた。

 

 

> 「中尉の代わりに、私が“記憶”を残します。

……それが、今の私にできるすべてです」

 

 

アドリアンが語り終えると、奥さんは少し考えるように目を伏せて立ち上がった。

しばらくして、部屋の奥の古い引き出しから、厚手の封筒を取り出して戻ってくる。

 

「これを……お渡ししたいんです」

 

差し出された封筒には、重みがあった。

宛名は手書きで、細い筆跡。だが、その名は――**“リヒャルト・ヴァイスナー陸軍中将”**とあった。

 

アドリアンは、目を見開いた。

 

「……中将?」

 

「主人の兄です。今でも、軍の中枢にいます。

 この封筒は、最期の前夜に、私に託されました。

 “信頼できる部下が、もし生きて訪ねてきたら――渡してくれ”と」

 

奥さんの声は静かだった。

 

「……あなたが郵便会社にお勤めと聞いて、これ以上の人はいないと思いました。

 どうか、正式な手続きで、この封筒を届けてください。

 それが、主人の……最期の望みです」

 

アドリアンはしばらく封筒を見つめ、そして静かに頭を下げた。

 

「……必ず、届けます」

 

 

---

 

帝国首都郊外・ヴァイスナー中将邸

 

アドリアンは、休日を使い、郵便会社の制服を整え、

中将邸へと向かっていた。

 

門の前には、二人の兵が直立不動で立っていた。

 

> 「共和国郵便会社帝国支社、配達任務でまいりました」

 

一人が鋭い視線を向ける。しばし無言。

やがて門がギィ、と音を立てて開いた。

 

> 「行け」

 

 

敷地内の石畳を進むアドリアンの前に、

一人の男が現れた。

 

がっしりとした体格、年齢は五十代後半か。

厳しい眼差しに軍帽をかぶっている。背筋は寸分の歪みもない。

 

リヒャルト・ヴァイスナー中将――亡き中尉の兄。

 

その傍には、無言の副官が控えている。腰には拳銃が見えた。

 

アドリアンは、思わず背筋を伸ばし、深く礼をした。

 

> 「配達物をお届けにあがりました。中尉殿のご家族より――」

 

 

 

男は短く言った。

 

> 「ついてこい」

 

---

 

応接室

 

古い屋敷の一角、厚い扉の奥の一室。

中は書棚と重厚な机、簡素な応接ソファがあるだけの部屋だった。

 

副官に促され、アドリアンは腰を下ろす。

すぐに中将と副官が入ってくる。

 

副官が低く言った。

 

> 「変な気を起こすなよ」

 

 

その言葉と拳銃の位置に、アドリアンの喉がわずかに動いた。

 

それでも彼は、淡々と話し始めた。

 

> 「……私はかつて、貴殿の弟上官の指揮下におりました。

あの部隊で、共に戦いました」

 

 

語る内容は簡潔で、しかし一つ一つの言葉に重さがあった。

アドリアンは中尉が語った少年兵たちへの想い、

そして妻に託された封筒をここに届ける経緯を話し終えた。

 

部屋に、沈黙が満ちた。

 

中将は一言も発さず、ただじっとアドリアンを見つめていた。

副官も同様だった。二人の視線に、アドリアンは自分が“測られている”ことを悟る。

 

やがて中将は静かに副官に指示を出す。

副官は無言で退出し、しばらくで

黒革のブリーフケースを手に戻ってきた。

 

中将はそれをアドリアンの前に置いた。

 

> 「好きにしろ」

 

 

アドリアンは一瞬、言葉の意味がわからなかった。

恐る恐るケースを開けると――

 

最初に目に飛び込んできたのは、

**「最高機密・焼却指示済」**の赤い印が押された文書。

 

次の瞬間、彼の手は震えていた。

 

資料の中には――

アルト、クララ……かつて共に戦った少年兵たちの詳細な記録、写真、行動報告書。

 

アドリアンは思わず手で顔を覆った。

目の奥が熱くなるのを、止めることができなかった。

 

それを見た中将は、静かに呟いた。

 

> 「……あの女房が、お前を信用した理由がわかった」

 

 

そして一言、アドリアンに背を向けた。

 

> 「貴様がどうするか知らないが、ここでのことはすべて忘れろ。なかったことだ。

 だが、さもないと……お前がここまで来た意味も、無くなる」

 

 

脅しだった。都合が悪ければアドリアンの存在ごとなかったことにすると…

だが、アドリアンは理解していた――

これは、“命じる”でも“助ける”でもなく、

“判断を委ねる”という軍人なりのやり方だということを。

 

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記録者として

 

副官の監視のもと、アドリアンは資料を開き、

自らの手帳に要点を書き取っていく。

副官の鋭い視線…

戦争帰りには問題はなかった。

きっとこの手帳ごと処分されるかもしれない…そういう意味だった

そう思いながらも続けていた。

 

名前。コードネーム。任務内容。

彼らが「記号」ではなく、「確かに存在していた人間」であったという記録を。

 

子供はみんな孤児だった。帝国全土の孤児院などから送られてきていた。

開戦以降急に増えていた。

戦争が彼らを生み出す。

そしてまた戦争によって潰されていったのだ。

彼らの記録のページに

《処分》

の印が毒々しく押され、まるで全てを無いことにしていた。

 

 

すべてを記し終え、外に出た時――

空は薄暗く、夕暮れの色が街を覆い始めていた。

 

アドリアンは手帳を強く握った。

 

彼はついに、“証拠のない記憶”ではなく、“記録された存在”としての彼らに辿り着いたのだ。

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---

 

 

 

 

場面描写:質素な孤児院にて

帝国北部の地方都市。

駅から歩いて30分ほどの場所に、その孤児院はあった。

駅からも誰かの視線を感じていた。

中将の家を一歩出た瞬間から時折誰かの視線を感じていた。

 

任務に忠実な軍人…優秀だと思った…

 

アドリアンは郵便会社の身分証と、

事前に作成した「旧友の足跡を辿っている」という書面を持って、慎重に訪ねた。

 

孤児院の門には装飾もなく、建物も石造りで簡素。

庭の隅に小さな祈祷堂があり、

修道女たちが手入れをしている姿があった。

 

修道院の応接室。

年季の入った木の机と、聖母子像が静かに置かれた部屋。

 

アドリアンは郵便会社の身分証を示し、丁寧に頭を下げた。

 

> 「……アルトとクララという子たちのことを調べています。

昔、少し関わりがありまして……彼らがこちらの孤児院にいたと聞いて、お伺いしました」

 

 

年配の修道女は、静かに頷いた。

 

> 「ええ、確かに二人とも……私たちがよく覚えております。

少し大人びていて、でもいつも一緒にいて。

兄弟のようでした。

それで……彼らは、どうして?」

 

 

アドリアンの目がわずかに揺れる。

 

ほんの一拍、時間が止まったかのように見えた。

 

だが彼は静かに口を開いた。

 

> 「……彼らが通っていた軍の学校が、戦時中に……砲撃を受けました。

詳しいことは分かりませんが……二人は……その時、亡くなったと聞いています」

 

 

修道女の顔に陰りが落ちた。

 

手を組み、小さく祈る仕草。

 

> 「……そうですか……。あの子たちが、そんな最期を……」

 

 

 

アドリアンはそれ以上、言葉を続けなかった。

それが自分にできる精一杯の“嘘で守る”行為だった。

修道院のある一室

修道女は、奥から古びた台帳を持ってきた。

 

> 「確か……アルトは“オーバーシュタイン村”の出身。

クララは“カレンベルク市”からでした。

どちらも……あの頃は激戦区で……」

 

「……あなたは、その記録を、誰かに……伝えるおつもりですか?」

「いいえ。ただ彼らが……“いなかったこと”にされたくはなかったのです。それだけなんです。私はあの子たちの声を聞き、話をし、手を携えて生きてきました。誰かがそれを覚えていなければならない。ただそれだけなんです。」

 

修道女は少し驚いたようだった。

 

アドリアンは、台帳の記録を静かに手帳に写した。

 

 

---

 

別れ際の会話

 

> 「……あの子たちは、最後まで、穏やかに過ごせたのでしょうか」

 

 

 

アドリアンは、ほんの一瞬目を伏せ、

そして小さく、でもはっきりと頷いた。

 

> 「……ええ。二人とも、最期まで、お互いを支えていました」

 

 

修道女は目を閉じ、小さく十字を切った。

修道女の目に、一瞬だけ、深い悲しみと祈りのようなものが浮かんだ。

 

 

「お願いがあります…こんなことは私からいうのは大変な失礼にあたるかもしれません。でも、もしまだあの子たちのなにかが残っているなら祈っていただけませんか?」

アドリアンは必死に願った。

自分の子供のことのように語っていた。自分に言い聞かせるように。それは自分の子供も同じだからだ。

忘れてはならない。決して。ただそれだけだった。

 

修道女は一瞬驚いたようだった。

しかし、すぐ元に戻った。

「あの子たちは戦場で死んだのですね…あんな子供が…なんで…そんなことなら送り出さければよかった…」

そう言うと修道女は両手で顔をおさえた。

アドリアンにはそれがなぜか不思議だった。

軍の関係なら最初から不吉な予感?みたいなものはしていなかったのか?

それでもその修道女の気持ちには偽りはないのだろう。

「わかりました。私にも責任があります。あの子たちの命が神に召されますように祈ります。」

「そしてあなたのことも祈らせていただけますか。」

自分がなんで祈られることになるのだろう。

「あなたは私にあの子たちのことをおしえてくれました。それは私の罪の深さをわからせるためだったのだと思います。あなたはこうして生き残って伝えてくれました。そして私に祈ってとおっしゃる。私があの子たちを忘れないように。これも神のご指示だと思います。」

 

 

 

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一旦戻る日常 ― 支社と倉庫の生活へ

 

帝国支社の倉庫、紙の匂いと埃の積もる記録の山。

アドリアンは再び、何事もなかったかのように勤務をこなす日々へ戻った。

 

だが、かつての彼とは違っていた。

空いた時間には旧記録を整理し、あらゆる資料を漁り、断片的な証言を拾い集めていた。

 

 

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出身地調査:現実の重さ

 

彼は休日を利用して、クララの出身地のカレンベルク市を訪ねた。

激しい砲撃の跡の中でもなんとか人々の生活が維持されていた。

だが、生き残った者はほとんど他の安全な都市に避難や移住していた。

なんとか業務を遂行している市役所を訪ねた。

しかし、貴重な住民に関する台帳は焼失していた。

仕方なく職員に尋ねてはみたが案の定なにも分かることはなかった。

 

 

 

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訪問:焼け跡の故郷

 

季節は晩秋。

アドリアンはアルトの出身地にオーバーシュタインに一人、汽車で向かった。

 

目的地に着いたとき、そこには村も町の痕跡しかなかった。

ただ、瓦礫と風に舞う灰と焼け焦げた匂い。

 

家は崩れ廃墟のようだった。

教会跡の鐘楼は、鉄骨が剥き出しになっていた。

 

アドリアンはしばらく、言葉を失ってその場に立ち尽くした。

住民がいる痕跡はなにもなかった。

歩いていると崩れた家々がやがて少なくなった。

大きな穴がいくつも辺りに散らばっていた。

砲撃の凄まじさを感じさせる光景だった。

その光景がずっと続き

しばらくそのまま歩いているとやがて少し高いところに来た。

振り返ると辺り一面の大きな穴砲撃跡のなかに人々の住んでいた痕跡がなにもない崩れた街並みがポツンとあった。

 

この小高い丘はかつて墓地らしかった。

 

砲撃がなにもかもを消していた。

大きな穴とその中に

名もない石、折れた墓標。

もはや“弔う”という行為すら許されていないような場所だった。

 

> 「……ここに……何が……残っているというんだ……」

 

 

アドリアンはひざまずき帽子を取り、深く頭を下げた。

その姿は、まるでそこに昔からある墓標のようだった。

 

 

---

 

歳月と他の子どもたちの記録

 

その後も、アドリアンは諦めずに、他の少年兵たちの痕跡を追った。

かつての写真の笑顔、声、癖――その一つひとつを手掛かりに、

教会や孤児院の記録、戦災者名簿、難民センターの残存リスト……あらゆる可能性を考え探した。

しかしやっと戦争が終わったばかりで混乱がすべてを覆っていた。

 

 

だが、次第に時間は流れ、季節はめぐり、周囲の人間も変わっていった。

 

そして――気づけば、月日が過ぎていた。

だが、手帳の中に刻まれた少年兵たちの名と写真の顔は、

あの戦場のまま止まっていた。

 

-

 

 

帝国での年月

 

郵便会社は帝国国内で徐々にネットワークを拡大し、各地に支社を設けていった。

 

アドリアンは軍経験を活かして開設支援に奔走する。

 

その合間を縫って、地方で旧軍関係者や戦災資料をあたるが、成果はわずかだった。

 

時間の重みと、情報の風化が進み、調査は限界に近づく。

相変わらず正体不明の尾行は続いていた。

 

 

 

だんだん少年兵部隊の記録を残すという情熱が“仕事の流れの中に埋もれていく”ような感覚におそわれていた。

「まだ何もできていない」という焦りも抱えていた。

 

「結局俺は誰もなにも守れない……………」

自分の弱さと無能さ…

なにより卑怯だと…冷酷だと…

自己中心…

誰かのためにといっても最期はこうなるのか…

自分の子供にもそうだった…

最期は自分だけ…

情熱も意欲も責任感もなくしてしまう

 

「クズだな…」

なにかがふっと消えていくのがわかった…

---

 

■ 共和国本社への転勤命令

 

共和国本社が東部統括支社を統合し大幅な人員増強をかけることになった。

 

アドリアンは経験者として呼び戻されることになった。拒否はできない。

 

帝国でやり残したことは多かった。しかし人生にある種の区切りが訪れることになることはたしかだった。

 

あと数日で共和国本社へ戻るためアドリアンは引き継ぎのため帰宅が遅くなっていた。

今日もすっかり遅くなり、帰宅を急いでいた。

いつもの道を歩いていると、後ろから人の気配がしてきた。

監視されてる気配は中将に会ってからずっとはしていた。

だがそれは離れたところからの視線のようなものだ。

こちらにわざと視線を感じさせて圧力をかける。それだけで十分なのだ。

だが、今のは明らかにこちらに来る気配。

隠しもせず近づいてくる。

「アドリアンさん」

後ろから声がした。

慎重に振り向いたつもりだったがあっという間に殴られた。

その男はアドリアンを見下ろしていた。

「よく覚えといてください。共和国へ行っても私達の目は届きますから。戦争が終わったおかげでね。」

暗くて顔はわからなかった。

帝国の軍人はよく訓練されていた。

男は軽く挨拶すると去っていった。

アドリアンは殴られた顔を撫でながら帰宅の道を歩き出した。

こうやって突然殴られるのはよくあることだった。命取られないだけましだとしか思ってなかったしあまり気にはならなかった。

 

 

 

 

---回想:海の祝祭と、あの名前

 

共和国暦〇年、夏の終わり。

港町で開催される**「海のフェスティバル」**は、年に一度の大きな行事だった。

 

海への感謝と、戦後復興を祈る祭り。

町のあちこちに旗が掲げられ、人々は色とりどりの服を着て広場に集まった。

 

郵便会社も臨時窓口を設け、アドリアンも手伝いに駆り出されていた。

---

 

偶然の出会い

 

昼過ぎ。祭りの喧騒の中、休憩時間にアドリアンは、ふと掲示板に貼られた新聞の特集記事に目を留めた。

 

> 「海への感謝の朗読文――戦争を生き抜いた少女から」

 

写真には、静かに微笑む一人の女性――ヴァイオレット・エヴァーガーデン

その背景には、陽光にきらめく海と、白い花が映っていた。

 

アドリアンは記事を読み進めながら、眉をひそめた。

 

「共和国軍の特殊部隊出身……」

 

ふと、記事の一節が目に留まった。

そうだった。帝国支社に行く前に彼女のことは聞いていた。

戦争で両手を失いながらも義手で代筆をしている。

しかし元軍人だとまでは知らなかった。

 

アドリアンの胸に、微かな引っかかりが生まれた。

 

戦争。特殊部隊。孤児。

何かが、過去の記憶と微かに重なる。

噂になっていた共和国軍の殺人機械…

その活躍が部隊の創設の要因の一つになってたこと…

 

だが、彼女がそんなものと関係があるわけがない。

それほどまでに記事の写真の少女は儚かった

ましてやかつて関わった部隊―第54部隊―との接点はあるわけがない。

 

それでも。

 

アドリアンは、

彼女の表情に宿る、背負ったなにかを見逃さなかった。

 

「……あの子たちと、何か……そんなことはあるわけないなあ」

 

思わず鼻でわらってしまう

はっきりとは言えない。

証拠もない。

 

ただ、胸の奥で、確かに何かが鳴った。

 

アドリアンはそれをそっと胸に閉じ込めた。

 

 

場面:海のフェスティバルの夜、カーニバルにて

 

港沿いの石畳の広場では、色とりどりの紙灯篭と海風に揺れる飾り旗が舞い、

町全体が一年で最も賑やかな夜を迎えていた。

 

アドリアンは人混みの外れ、ふとした好奇心で夜の海辺のカーニバルに立ち寄っていた。

 

そのとき、近くの屋台の陰で、困った様子の若い女性と小さな子供の姿が目に入った。

 

子どもは泣いていて、女性は一生懸命なにかを話しかけているがその子は泣きじゃくっていて全くどうしようもない状況だった。女性もぎこちない手つきで背中をさすっていたが、

まるで“どう慰めていいかわからない”という空気がにじんでいた。

 

アドリアンは一歩近づき、そっと声をかけた。

 

> 「……どうしたんですか?」

 

 

 

女性が振り返った。

街灯の下で、彼は一目で気づいた――ヴァイオレット エヴァーガーデン

 

新聞で、支社で、その名と写真を何度も目にしたその人が、

今、戸惑いと焦燥を隠せないまま、幼い女の子の手を握っていた。

 

ヴァイオレットも、驚いたように彼を見つめ返す。

 

> 「……この子が、親とはぐれたみたいで……泣き止んでくれなくて…でも、私……どうしていいか……」

 

 

その声は震えていた。

冷静を装っていても、明らかに“人の扱いに慣れていない”感覚が伝わってきた。

 

アドリアンは静かに膝を折り、子どもの目線に合わせて話しかけた。

 

> 「お嬢ちゃんお名前は? お父さんとお母さんと一緒に来たの?お父さんかお母さんの名前言えるかな?」

アドリアンはそのあとも優しく話しかけた。お祭り楽しかったのかとか、なにか好きなものある?とか関係ない話題で子供を落ち着かせようと話しかけていた。

その間ヴァイオレットはずっとその子の手を握っていた。

 

しばらくして、だんだん落ち着いてきて泣きやんだ子どもは自分のことを話し出した。

アドリアンはお父さんお母さんを探しに行こうといってその子の手を引いて歩き始めた。

ヴァイオレットもその子の手を握ったまま一緒に歩き始めた。

その子はアドリアンとヴァイオレットの顔を見あげながら楽しそうに歩いていた。さすがに親子三人には見えなかっただろう。

アドリアンは子供の温かな手からなにかが伝わってくるものがあった。

そういえばあの子たちの手もこうやって握ってやったのだろうか?

今思い出せるのは戦場で握った彼ら。

子供なのに妙に硬い感じのする手だった。

我が子の手はもうとっくの昔に手を離したままで思い出せなくなっていた。

隣を見るとヴァイオレット エヴァーガーデンがずっとその子の手を握っている。

なにか特に話しかけるでもないがその子をみる目はどこか温かかった。

アドリアンはそう感じていた。

 

祭りの関係者のテントまで来ると二人はそこでその子を探していた両親に引き渡すことができた。

 

-

 

会話の始まり:

 

子どもが保護されたあと、ふたりきりになった。

 

ヴァイオレットは少し顔をうつむき加減にして言った。

 

> 「……助かりました。あのままだったら、私……たぶん何もできなかったんじゃないかと」

 

 

 

アドリアンは、静かに返す。

 

> 「人間、誰しも得意不得意がありますから。

あなたが誰かに手を貸せなかったとしても、他の誰かが手を貸せばいい。それだけのことです。」

 

ヴァイオレットがふとつぶやく。

 

> 「……お子さん子に慣れていらっしゃるんですね…」

アドリアンは少し間をおき、

視線を逸らしながら変な苦笑いを浮かべる。

 

> 「……まぁ……これでも一応は…」

 

それだけだった。

子供になれるようなことはなかったと思ってたがそう見えるのか…

 

その“鈍い反応”に、ヴァイオレットはすぐに察してしまう。

そして小さく言う。

 

> 「……すみません、聞くべきじゃなかったですね」

「別に気にすることでもないですよ(笑)ただもう何年も会ってないだけで…」

 

アドリアンはそれ以上何も言わず、ただ黙って下を向いていた。

 

 

ヴァイオレットはその言葉に、わずかに目を細めた。

どこか、痛みと慰めの両方が滲むような表情だった。

 

> 「あなた、……CH郵便会社の方ですか?」

 

> 「どうしてわかったんですか?」

 

「臨時窓口にいらしたのをお見かけしたので…」

 

「そうでしたか…最近帝国支社から、本社に転勤してきたばかりです」

 

 

> 「……そうですか。じゃあ、同じ会社ですね」

 

「私はアドリアンです。こちらこそよろしくお願いします。エヴァーガーデンさん(笑)」 

アドリアンがそういうとヴァイオレットは少し驚いたようだったが

 

「あなたを知らない人のほうが少ないんじゃないですか(笑)」

「いえ…そんな」

こんな人が英雄といわれる兵士だったとはとてもアドリアンには思えなかった。

あの子らももしかして彼女と同じように生き残っていれば同じように…

そんなことはないと一瞬で打ち消した。勝者と敗者では違うことはあの子たちをたどっている間にいやというほど身にしみた。

でももし戦争もなくてこうやって街で偶然会えば同じなのかもしれない。

そう思うとなおさらあの子らの人生を取り戻してあげたかったと思う。

 

「あの子らもあなたみたいになれたんですかね…」

 

つい口に出してしまった。

 

「あの子ら?……………」

 

ヴァイオレットが不思議な顔をして問いかけた。

 

「あ…つい…あなたと似たような子供達を知ってたものですから…気にしないでください」

アドリアンはそう言ってその場を離れた。

 

それだけの会話。

戦争の後を静かに生きる者同士としての、小さな接点。

 

夜の風が、遠くの海から届いた。--

 

---

 

場面 :会社内のアドリアンの噂

 

後日、ヴァイオレットが代筆部の同僚と昼休みに話をしている。

 

> 「海のフェスティバルで……助けてもらって。

子どもが迷子になって……すごく落ち着いていて……」

 

 

同僚が笑いながら返す。

 

> 「ああ、あの人。帝国支社にいた頃、ちょっと噂になってらしいよ。

郵便の仕事そっちのけで、孤児のこと追ってたって話。

戦争中の孤児の兵隊を探してたとかなんとか……」

 

 

ヴァイオレットの表情が変わる。

笑顔が消え、まばたき一つ、そして短い沈黙。

 

「……孤児の兵隊…」

 

それは、自分がかつて呼ばれた言葉。

そして、自分と同じ境遇に重なった言葉。

「なんかやばいことしてきたみたいだとか誰かが言ってたかな…」

「ほんとかどうかはわからないけどかなりひどいことしたらしいよ…あ…ごめんこんなこと聞きたくないよね…ほんとごめんなさい」

「いえ…大丈夫です。気にしないで(笑)」

 

ヴァイオレットはまさかアドリアンがそんなことをするとはとても思えなかった。彼は子供が好きそうな人に思えてなおさら信じられなかった。

でもふと少佐も同じだったのかもしれないと。

少佐ももしかしたら周りからはアドリアンのように見られていたのかと…

 

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場面 :再会、そして静かな問い

書類確認後の一室にて

 

部屋の中には、書類を束ねる音と、わずかに差し込む午後の光。

アドリアンとヴァイオレットは、同じ案件の確認作業を終え、無言のまま立ち上がった。

 

ヴァイオレットが軽く頭を下げる。

 

> 「この前は……助けてくださって、ありがとうございました。

子供……慣れてなくて」

 

 

 

アドリアンは少し笑って、

 

> 「ああいう場面に慣れることなんて、なかなかないと思いますよ」

 

静かな空気が流れた後、ヴァイオレットがふと尋ねる。

 

 

 

> 「……孤児に、その…関心がお有りなんですか?」

ヴァイオレットが義手の手袋を直しながら尋ねた

 

 

アドリアンは、あまりのストレートな問いに思わず視線をヴァイオレットに向けていた。数秒の沈黙のあと、言った。

 

> 「……そうですね。少し、調べていることがありまして」

 

「なにかご存じではないですか?」

アドリアンは尋ねた。

 

「軍にいた頃に帝国軍の少年兵のことは…」

 

「いえ…私はただの兵士でしたので…なにも…」

 

アドリアンにしてみればその答えは至極当然のことに思えた。敵軍の機密情報なんて知るわけは無いのに…

 

少し迷ったように、アドリアンが一歩、踏み込む。

 

> 「……エヴァーガーデンさんは、少年兵……でしたよね。共和国の英雄…ですか…」

 

ヴァイオレットの表情は暗かった。

たぶんこれは彼女にとっては触れられたくない話題なのだ。

それでもなにか聞かずにはいられなかった。

 

「ごめんなさい(笑)…つい変なこと聞いてしまいました。」

 

 

「私はただ…アドリアンさん…その…」

 

ヴァイオレットはアドリアンの噂を信じてたわけでは無いが、少佐と同じような立場にいたのなら彼に聞くことで少しでも少佐がなにを考えてたのか、自分に何を考えて接していたのか、少佐のことがわかるかもしれないと思ったのだった。

 

 

「私は元敵国の兵士ですからね…」

 

「いえ…そんなつもりではなくて…」

 

「私も少年兵として戦争を体験しました…実は私の上官…少佐はどんな気持だったのか…私になにを思いながらとか、少しでもわかりたいのです…少佐のことが…」

「その少佐の方は…」

 

「わかりません…ただ必ず生きていると思います…」

 

「信じているんですね…」

 

アドリアンにはその少佐と言われる人が彼女にとってはただの上官ではないということがすぐにわかった。

 

 

 

> 「……そうですか。私は……少年兵の部隊にいました。……彼らと共に戦って、生き残って、……彼らのことを残そうとしました。でもほとんどなにもわからなかった…」

「その少佐の方がどんなことを思いあなたとともに戦場にいたのかは正直わかりません…ただ…私は彼らを守ってあげたかった…でもいつも戦場にいました。あの子らに人を殺させたくはなかった。それでも戦場に出してきた。私も狂ってたのかもしれません。今思い返すと…戦争だから命令だから…それを考えることもなく…ほんとなら別の人生もあったかもしれない彼らを…戦場を生き延びてちゃんと生き続けてほしかった…あなたのように…」

 

 

「少佐も私にいろんなものをみろと言ってくれました。いろんなことを教えてくれました。それは私には別の人生があるということを伝えるためだったんですね。

生き残って人生をしっかり生きろと。」

 

 

彼の言葉を否定せず、同情もせず、ただその存在を“聞き取る”ように。

 

やがて、彼女は低く言った。

 

> 「……生きていた証を遺すこと。

それは、……あなたにしかできないことなのですね」

 

光はいつしかオレンジに変わっていた

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場面:会社の屋上、休憩中のふたり

 

ビルの屋上に小さなベンチがある。

昼休み、人混みを避けてアドリアンはそこにいた。

 

そこへヴァイオレットがふらりと現れる。

アドリアン別にあまり驚かず、ヴァイオレットは自然に隣に腰を下ろす。

 

しばらく沈黙ののち、ヴァイオレットが言う。

 

> 「……手紙って、不思議ですね。

書いてると、相手の顔が浮かぶ。

書き終える頃には……ほんの少しだけ、自分の表情も変わってる気がします」

 

 

 

アドリアンは彼女の横顔を見つめる。

 

> 「……自分の顔、ですか」

 

ヴァイオレットは小さく笑った。

 

> 「私、たまに思うんです。

代筆って、“言えなかったこと”の代わりなんだって。

……言えないまま終わった気持ちって、どこにも行き場がなくて、

でも、書くと……ほんの少しだけ、自分の中で形ができる」

 

アドリアンはしばらく黙っていた。

遠くに港の鐘の音がかすかに響く。

 

> 「……もし、手紙を出す相手が、もう返事をくれないと分かっていても?」

 

ヴァイオレットはすぐには答えなかった。

だが、静かに、そして確信を持って言う。

 

> 「それでも、書く価値はあると思います。

誰かに届かなくても……自分に届くから」

 

アドリアンの胸に、何かが静かに落ちた。

「あのことを他の人に話したのはあなたが初めてでした…あなたならわかってくれるんじゃないかと…」

 

あの写真の子どもたち。

アルトの声。

レーネとルーカスの幼い字の手紙。

封も切らずにしまい込んだ束。

 

> 「……届かなくても、自分に届く……」

 

 

彼はその言葉を、繰り返すように呟いた。

 

 

---

 

場面:屋上のベンチの会話

 

ヴァイオレットの「手紙は自分に届く」という言葉に、アドリアンの手が膝の上で動いた。

 

しばらくの沈黙のあと、彼はふと呟いた。

 

> 「……昔、子どもがいました。

娘と、息子。まだ小さくて……パパと呼ばれるたび、胸が詰まるような日々でした」

 

 

ヴァイオレットは何も言わず、彼の言葉を待った。

 

> 「……妻は私の失敗で……目の前で、死なせてしまった。

……何もできなかった。何もしなかった…そうして私はあのこたちから母親を奪ってしまった…」

 

 

彼は言葉を選ぶように、ゆっくりと続けた。

 

> 「その後……なんとか一人で頑張ってはみました。けどうまくいかなかった。親とも関係が悪くて…もともと結婚自体が反対されてたんです…

それでも結局私は子供を置いて家を出ました。

子どもたちは、親に引き取られました。俺は……酒に溺れて、家にも帰らなかった。

それでも手紙は、子どもたちから届いていた。

……でも、俺は、一通も返せなかった。返そうとしなかった…書けなかったんです…辛くて…」

 

 

 

ヴァイオレットがアドリアンの手を握り締めた。その手の感触は硬い金属の手だった。それでもアドリアンの手にはヴァイオレットのぬくもりが伝わっていた。

 

アドリアンの声は、しだいに低く、かすれていった。

 

> 「だから……俺は幸せになっちゃいけないと思ってた。

愛される資格も、家族を名乗る資格もない。そう思って生きてきました。

戦争中は自分の子供と同じような年頃の少年兵達の部隊にいました。

それもあの時…私だけ生き残っています…また子供達を犠牲にだけして自分は生き残っています…ひどい人間です…

……そんな人間が、いまさら手紙なんて、書けるはずがないと……そう思ってたんです」

 

 

 

しばらくの沈黙があった。

 

ヴァイオレットは静かに言った。

 

> 「……私は、逆にずっと……ある人に手紙を書き続けています。届かないこともわかっているんですが…だからといってやめようと思ったことはありません。

届かなくてもいいんです。でもいつかは届くと思っています」

 

彼女の目はまっすぐ、でも柔らかかった。

 

> 「……だから、届くかどうかじゃなくて。

書くこと自体が、あなた自身を過去から“いまの場所”に引き戻してくれる気がします」

 

 

アドリアンは、目を伏せたまま、静かにうなずいた。

 

そして、ぽつりと一言。

 

> 「…書いてみようと思います。エヴァーガーデンさん」

 

「アドリアンさん。ヴァイオレットでいいですよ(笑)」

そういうとヴァイオレットは微笑みながら立ち上がっていた。

---

 

場面:夜、会社の一室。窓の外に灯り、手元には白紙の便箋

 

アドリアンは、机に置いた便箋の前で、しばらく身じろぎもせず座っていた。

万年筆は手の中で重く、指先だけが微かに震えている。

 

最初の一行が書けない。

「レーネ、ルーカスへ」――そこから先に言葉が出てこない。

 

彼はそっとペンを置いた。

なにを書けばいいんだ。

浮かぶ言葉はありきたりの元気かとかの言葉。

それからは申し訳ない。すまなかった。そんな情けない謝罪にもなってるのか分からない言葉だけ。

こんなものを送ってあの子たちは今更なにを思うのか。

見放して見放されて無いもの、存在しないものと思いながら生きてきたんだ。

そうしないと生きてこれない。前を向いていけない。それはあの子たちも自分も同じのはずだ。

もう別の方向に進んでるのに今更過去に戻って引き戻すことはあの子達には迷惑なだけなのでは。

無いはず、存在しないものの手紙がなんの意味があるのか。

一文字も書かれてない白紙の便箋は存在しない父親のようだった。

 

 

---

 

翌日資料室でヴァイオレットと再び作業することになった。

 

ヴァイオレットが資料をまとめていたとき、アドリアンが声をかけてきた。

どこか浮かない顔だった。

 

> 「……エヴァーガーデンさん。

昨日……書こうとしたんですが……何も、書けなかったんです」

 

 

ヴァイオレットは驚かず、ただ、そっと彼を見つめた。

「ヴァイオレットでいいですよ(笑)」

> 「あ…そうでしたね」

 

「……手紙って、“誰かに何かを書こうとする”より、“自分がなにを思ってるのか、どこまで自分の気持の本心に触れられるか”だと思います」

 

 

アドリアンは無言で頷いた。

 

> 「でも、書きたい気持ちはあるんですね?」

 

 

 

> 「……ええ。でも、書こうとすると……

自分がいかに何もしてこなかったか、あの子たちにどう見えてるか……全部、いろんなこと頭に浮かんできてしまって。

手が、止まるんです。怖いんです…自分が傷つくのが…私はあの子たちのことを忘れてはいません。でも、思い出さないように、いないものとしてやってきました。それ自体が私にはあの子たちを裏切ってるような気がして…ずっと裏切ってきた…ひどい親です…でもそうしないと自分を見失ってしまいそうになって…」

 

もうなにも言えないと思った。これ以上何を話しても同じことしか言えない。話し続ければいいわけにしかならない。

 

「もう何をいっても遅いし、いいわけにしか…」

 

ヴァイオレットは、ほんの一瞬目を閉じ、そして言った。

 

> 「……じゃあ、“書く”代わりに、私に“話して”みませんか?

あなた自身のことを。気持ちを断片的でもいいですから」

 

 

アドリアンは驚いたように彼女を見た。

 

> 「話す?……私のことを?」

 

 

ヴァイオレットは微笑んだ。

それは、強さでも優しさでもなく、“もうなにかに気づいている者の静かな微笑”だった。

 

> 「もう……あなたは、ずっと私に、あなた自身のことを話してくれてますよ」

 

そう言うとヴァイオレットは微笑んでいた

 

その言葉に、アドリアンは胸に引っかかっていた何かが、やっとはずれた気がした。

 

沈黙の中に、初めて“何かの兆し”が芽生えたような感覚。

 

> 「……ありがとう」

 

その一言は、書かれていないけれど、

確かに「手紙の第一行目」だった。

---

 

場面:郵便会社の一室、昼休みの静かな時間

 

机の上には、紅茶の湯気と一台のタイプライター。

 

ヴァイオレットはそれを前に、静かに言った。

 

> 「今日は、あなたの話を聞かせてください。

書くことに抵抗があるなら……“話すこと”から始めましょう」

 

アドリアンは少しだけためらったあと、うなずいた。

 

> 「……じゃあ、どこから話せばいいでしょうか

 

 

ヴァイオレットは微笑みながら答える。

 

> 「あなたが、“話してもいい”と思えるところから」

-

 

アドリアンの語り、ヴァイオレットの記録

 

アドリアンは語り始めた。

まだ若く、無力で、愛する者を失ったあの夜のこと。

妻の手を握りながら、目の前で命が離れていったこと。

それを止められなかった自分のこと。

 

子どもたちの泣き顔。

震える小さな手。

誰にも触れられたくない自分の醜さ。

何もできない、ただ生きていた男の姿。

 

ヴァイオレットの指は動き続けた。無機質な指がアドリアンの言葉を綴り続けた。

言葉を正確に打ちながら、彼の呼吸の乱れや目の揺れも、心で受け取るように。

その無機質な音が心を語っていった。

 

アドリアンの語りは、やがて少年兵の話へと移っていく。

 

> 「……子どもたちは、ほんの一瞬……本当の笑顔を見せるようになった。

それだけで、“戦って生きていた”ということを……誰かに知ってほしくなったんです」

 

 

ヴァイオレットの指が一瞬、止まった。

そしてまた、静かに進み始めた。---

 

語り終えたあと

 

アドリアンは語りきったわけではない。

でも、ある一線を超えたことは分かった。

 

> 「……変な話ですね。

他人に話して初めて、自分がなににつまずいているのかが、わかったような気がします」

 

 

ヴァイオレットはタイプから手を離し優しく言った。

 

> 「書くのが難しければ、まず“話す”ことからでいいと思います。

言葉は、形を変えても、必ずどこかに届きます」

 

アドリアンはその言葉を、噛みしめるように聞いた。

 

> 「……これ、手紙に……なりますかね」

 

 

 

ヴァイオレットは、はっきりと頷いた。

 

> 「ええ。あなたの言葉は、ちゃんと“始まって”ます」

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面談記録 第001号

 

記録日:共和国暦 〇〇年8月14日

面談開始時刻:14:00

面談終了時刻:15:10

面談場所:C.H.郵便会社 本社 記録室第2

面談依頼者:アドリアン・ファン・デ・フリース

代筆・記録者:ヴァイオレット・エヴァーガーデン(代筆部所属)

 

 

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【記録目的】

 

本記録は、面談依頼者が自身の過去について語った内容を、本人の意志に基づき記録・保存するものである。

当記録は私信としての「手紙」ではなく、あくまで語られた言葉の記録であり、いかなる編集や解釈を加えず、代筆者は一切の私的感情を挿入していない。

面談依頼者の許諾のもと、全文を保管記録とし、提出先は未定である。

 

 

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【面談内容記録・抄出】

 

> 「妻が死んだ夜のことを、たぶん私は何千回も夢に見ています。

目の前で、息を引き取っていくのを……私はただ、見ていただけだった。

子どもたちは小さかったのでなにもわからなかったと思います。でも私には、もうどうなってるのかどうすればいいのか、なにもわからなかった……なにもできなかったんです。夢の中の出来事…目の前で起こってることは現実には思えなかった。人が死ぬところを初めてみました。全く現実感がなくて演技でもしてるような錯覚さえ感じました…」

 

 

「必死に子供たちと毎日を送りました。なんなのかよくわかりませんが、必死でした。辛かったのだけは覚えています。怪我をしても子供がいるから入院もしませんでした。まあそんなことはどうでもいいことなんですよ。子供にしてみれば。今更いうことでもないとは思います」

 

「だんだん気持ちに余裕がなくなってたんだと思います。少しのことでイライラして、子供にも当たりました。特に息子には申し訳ないことばかりでした。」

 

アドリアンが話してる間もヴァイオレットの指は機械的に動いていた。

 

「子供置いて家を出るなんて、それもたった一人の親なのに…なにがあったとしても、どんなに非難されてもなんの反論もできません」

 

アドリアンの話しは続く。 

 

> 「……あの橋で、私は少年兵たちと一緒にいました。

彼らは必死にただ戦って、死んでいきました。

あの子たちは自分が消されると知っていて、でも最期の瞬間まで、生きようとしていました。

私は彼らの名前を、存在を覚えています。私は自分の子供にちゃんと向き合えなかったから彼らに向き合おうとしたのかもしれません。

でも……私の子どもたちからは、ずっと目を背けていた…

代償行為と言われても仕方ありません。」

 

タイプライターの乾いた音が止まないで続いていた。

こうしてアドリアンの言葉はヴァイオレットの手で形になっていった。

-

 

今日も部屋には古びた手動タイプライターの打鍵音が一定のリズムで響いていた。アドリアン・ファン・デ・フリースは無言で座り、目の前のヴァイオレットが言葉を記録していく様子を見ていた。

 

もう何度目かの面談記録だった。最初の頃の緊張感は和らぎ、二人の間には静かな信頼が生まれつつあった。アドリアンは、少し砕けた口調で、自分の過去を語ることに慣れてきていた。

 

彼の視線は時折、ヴァイオレットの手元に向けられた。義手の指が、正確に、素早くキーを打っていく。滑らかで無駄のない動き。その機械のような正確さに、どこか魅入られるように目が留まる。

 

ヴァイオレットがふと顔を上げた。 「……どうかしましたか?」

 

アドリアンは一瞬たじろいだ。 「いや、その……。その義手で、こんなに正確にタイプできるなんて……感心してしまって」

 

ヴァイオレットは静かに微笑んだ。 「訓練の賜物です」

 

彼女の表情に、誇りも苦しみもない。ただ、そこに“あるべきもの”として義手があるだけだった。

 

アドリアンはそれ以上何も聞かなかった。彼にはわかっていた。 戦場という共通の過去を持つ者同士、言葉にしないことで守られるものがあるのだと。

 

ヴァイオレットの義手が叩くタイプライターの音が、一瞬だけ乱れた。

 

アドリアンが気づいて、首をかしげる。 「……どうかしましたか?」

 

「打ち間違えました。」 ヴァイオレットはあっさりと答えた。

 

「あなたでも、ミスするんですね。(笑)」

 

「よくしますよ。最初の頃なんて失敗だらけでした。」 ヴァイオレットは微笑みながら言った。

 

アドリアンは少し肩をすくめて、冗談のように呟く。 「俺なんか、人生そのものが失敗だ。(笑)」

 

ヴァイオレットはその言葉に、ふと真顔になって言った。 「そんなことはありません。」

 

一瞬、空気が止まる。 アドリアンは遠くを見つめた。

 

「“失敗は成功の母”とか言うけど……人生にはしなくていい失敗もある。命に関わるような失敗は、取り返しがつかない。」

 

二人の間に沈黙が落ちた。

 

しばらくして、ヴァイオレットがそっと口を開いた。 「……何か、心の中に重いものを抱えておられるように感じます。もし、それが“失敗”だとしたら……」

 

言いかけて、ヴァイオレットは目を伏せた。 「……すみません。いまのは、失敗でした。」

 

アドリアンはゆっくりと首を振った。 「いや……いい質問だった。ありがとう。」

 

「……どういう意味でしょうか?」

 

アドリアンは少しの間を置いたあと、静かに言った。 「これから話すことは、人にはあまり話したくない。でも……子どもたちには知っていてほしい。だから、必ず記録に残そうと思う。そうでなければ、俺は子どもに“大嘘”を遺すことになる。」

 

その言葉の重さに、ヴァイオレットの表情が引き締まった。

 

「……本当に、記録してもよろしいのですね?」

 

「お願いします。」

 

 

ヴァイオレットは深くうなずいた。 「……分かりました。」

 

アドリアンはしばらく沈黙していた。

 

そして、ゆっくりと口を開いた。

 

「……あれは、結婚して三年目のことだった。子どもはまだ小さくて、妻と三人で暮らしていた。ある日の午後、妻が突然気分が悪いと言って、吐いた。俺は驚いて、咄嗟に背中を叩いてしまった。……何の知識もなかった。ただ慌てて、どうにかしなきゃと思って……」

 

ヴァイオレットのタイピングは規則正しく響いていたが、アドリアンの声に含まれる震えに、キーの音が次第に不規則になっていった。

 

「俺は、妻を横に寝かせて、子どもたちの面倒を見にいった。下の子が泣いてて、あやしてるうちに時間が経ってしまった。……戻ってみたら、妻は口から泡を吹いていた。すぐに異常だとわかった。俺は走って、近くの医者のところに行った。ドアを何度も叩いて……やっと出てきた医者に、妻の様子を伝えた。医者はすぐ来てくれたけど……」

 

アドリアンは目を伏せた。

 

「……間に合わなかった。医者は、小声でこう言った。“吐いた後に仰向けで寝かせたらいけない。横にしないと、詰まってしまう”って。……つまり、俺のせいだったんだ。」

 

言葉が止まり、しばらくの沈黙が流れた。

 

ヴァイオレットの手元から、タイプの音が完全に止まっていた。

 

アドリアンは静かに息を吐いた。

 

「……やっぱり、話すべきじゃなかった。すまない、記録から削除してくれ。」

 

ヴァイオレットは無言だった。

 

アドリアンが彼女を見つめる。 沈黙のなか、ようやくヴァイオレットがゆっくりと口を開いた。

 

「……私も、人が目の前で死ぬのを見ました。戦場で、たくさん……。大切な人の死も、ありました。」

 

その時、ヴァイオレットの脳裏に、笑顔を浮かべる少佐の姿がよぎっていた。

 

「でも……あなたの話は、それとは違うと思いました。」

 

アドリアンは息を呑む。

 

「人の死には違いはありません。……でも、やっぱり……違うと思います。」

 

そのあとの言葉は、ヴァイオレットの口から出てこなかった。

 

 

 

ラスト:返事は書かれなかったが……

 

返事の手紙はなかった。

 

だが、ある日、C.H.郵便会社の本社に一通の封筒が届く。

 

中には、アドリアン宛ではないが、代筆部ヴァイオレット宛の一枚の便箋。

 

 

> 「父の言葉を受け取りました。

今なら、少しだけ話せるかもしれません」

 

ヴァイオレットはそれを静かに封筒に戻し机の上に置いた。

ようやくアドリアンとその子供たちの空白が埋まるのかもしれないとヴァイオレットには思えた。

空白…少佐と自分の間にある空白はどうして埋まらないのだろう…

でもきっといつかは埋まる日が来る…

アドリアンと子供たちのこれからが少しでも埋まることを思うと、なぜか自分の空白も埋まる気がした。

 

戦争はたくさんの空白を生み出した。

みんなそれをなんとかしようとする。

それがすべて埋まるわけではない。

でも埋めようとする時にまた何かが始まっていくのだとヴァイオレットは思った。

 

 

 

 


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