「美味しい!」
「そっかー。美味いかー」
タブレットを購入してから少し。今度は市場にやってきた俺たちは、サバル特産の果物に舌鼓を打っていた。
俺はその場で桃を切ったので手ェべったべたである。曲芸みたいに皮むきできるからって調子に乗ったのが良くなかった。
「レスター様。丸かじりしますから……」
「丸々一個は多いよ。食べ歩きするなら余計にさ」
三分の一に切った桃を、クリスは氷の皿を作って受け取った。おかげでベタつくことなく清潔だ。
低温に耐性もあるようなので指の動きも損なっていない。羨ましい。
ともかく俺も桃を口に運ぶ。うん、瑞々しく柔らかで、余計な調理を加えると逆に無粋になってしまいそうだ。
「ねえ兄さま、こんなに美味しいならうちで育てても」
「お前さっきと言ってることが違うぞ」
「……えへっ!」
元々苗木の二、三本は買っていくつもりだったからいいけどよ……。
多少硬かったり不格好でも料理には使えるし、自分たちで消費する分にはちょうどいい。難点は実がなるまでに数年かかることだが……。
「じゃあ他にこれ育てたいってものはあるか?」
「今日食べたのぜんぶ」
「強欲」
特産の梨、それにイチゴにリンゴにブルーベリーにバナナ……って、いくらなんでもそれはキャパオーバーだ。育てる手間も畑の面積も。
とはいえいくつかはリストアップしておいてもいいか、と思いつつ横を見ると、クリスは珍しく少し悩んでいる風だった。
「何かあったか?」
「その……昔、サラク村で育てていた果実があるのですが、市場に取り扱いが無いようで」
「そんなのがあったのか。名前や特徴は覚えてる?」
「ナポという果物です」
「……えっちなやつ?」
「違う」
「音の響きだけで判断するのやめなさい」
というかお前……人の思い出の味をえっちなやつってお前……。
「特徴は……特徴……ええと……オレンジのように手で皮を剥くことができるのですが」
「うん」
「オレンジそのものではなくて、中身……身のことをなんと言うんでしたっけ」
「果肉?」
「……?」
「あ、それです。果肉は柔らかいんですけど、柔らかいだけじゃなくて、酸っぱくって、甘みがあって、それで」
「……兄さま」
「うん……」
「要領を得ないわ」
「そうだな」
忘れていた。クリスは説明が壊滅的に下手なのだった。
微妙な顔になる俺たちだが、そもそも手がかりを知っているのはクリスしかいない。話の内容がどんどん転がっていくので、ナポの実の想像がどんどん変な方向にカッ飛んでいく。
もうそろそろ二足歩行で走っていきそうな、甘くて酸っぱくて苦くて丸いような四角いようなよくわからん存在になっていってるぞ。
「……まとめるとだな。大きさはこぶし大、形はだいたい球状、オレンジのように皮を剥くことができて、バナナのようなねっとり気味の食感。酸味が少しあるが、甘めの味……で、いいのか?」
「そうです」
「だいたい分かったわ」
整理してみるとなるほど、見たことの無い果実だ。近いところでいうと、もうちょっと南の方で採れるマンゴスチンか?
あれはどちらかと言うと強い甘みが特徴だから、もうちょっと違う気もするが……近縁種だろうか?
「種はあったか?」
「あった……ような、無かった……ような?」
60年前の戦前、クリスから見れば10年以上前か。その頃の記憶を引っ張り出すのは簡単ではないだろう。
その上であったか無かったか悩むなら、十中八九種がある果実と考えていい。悩むだけの余地があるわけだし。
「サラク村だけで栽培してたんなら、特産にできるかもしれないな。森の方で野生化してる可能性も高い。お手柄だ」
「恐縮です」
「でも兄さま、美味しいなら普通は市場に並ぶものじゃない? これってつまり……まず……」
「かもしれない」
「えっ」
市場価格が低いから流通していないというのはさして珍しいことでもない。他にも腐りやすかったり旬が短かったり、市場に並ばないのは並ばないなりの理由があるものだ。
まさか変な麻薬なんかの原料になってるやつじゃないだろうなと一瞬頭によぎったが、それなら子供が果実を口にして味を知ることもあるまい。
というか麻薬原料なら
「それを売れるようにするのも工夫のしどころだ。品種改良してもっと美味くしたり、保存状態や収穫時期を考えたり、加工したり……時間もあるんだ。色々試してみよう」
「承知しました」
「意外な用途も見つかるかもしれないしな」
例えば甘くないバナナは調理・加工用として用いられるし、コーンは飼料としても使われる。毒があったとしても無毒化して食べられる手段だってある!
……いや毒の無毒化はちょっと行き過ぎだが。
とりあえず話がひと段落ついたところで、食べ歩きも再開だ。焼いた芋や鳥の串焼き、果実のジュース等々。大通りから街の中心に向かっていくように立ち並ぶ商店や屋台で買い食いしていくと、自然と噴水のある公園にたどり着いた。
領内も国内も色々巡ったが、大きな公園はだいたいが噴水つけて巨大さアピールするのなんとかなんないだろうか。特徴の一つにしたいんだろうけど、逆にどこもかしこもとりあえず噴水つけるせいで逆に没個性になっている。噴水そのものを個性的にしようとしているのが見受けられるのだけど、たまに……割と……しょっちゅう……スベってることがあるので見直してほしいのも正直なところ。
美脚が生えてる宝箱から水が吹き上がってる噴水なんて誰が何食ってて思いついたんだよ。
「え……っち……?」
「正気に戻れ」
造形の奇抜さでリンデの感覚が誤動作を起こしている。
足単体にエロスを見出そうとするんじゃないよ。確かに素足で美脚だが。
「他にも色々と店舗があるようですが、どうなさいますか?」
「今はいいだろう。そろそろ予算も尽きるし、帰るのが遅くなってもよくない」
当然の話じゃあるが、サラク村に戻るまでの時間も計算に入れないといけない。真っ暗な中で森の中を歩いて帰るというのは……クリスがいるから安全かもしれないが、それはそれとして荷物も多くなるから避けるべきなのは確かだ。
あとは町並みを見ていって村作りの参考にするくらいだろうか。そう思っていたところでクリスが何か感じ取ったように別方向に視線を向けた。
「どうした?」
「……あちらの方から何か食べ物の匂いが」
「ついでだし寄ってみるか」
公園の中で屋台なんて珍しいな。許可は取れているのだろうか――と思いつつ向かってみると、何やら行列ができている。
立ち並ぶ人たちの風体を見れば、どうにかその理由が見て取れた。
「ああ、炊き出しか」
「炊き出しですか……」
「炊き出し?」
どちらかと言えばクリスの方が今度の話に対してはピンと来たようだ。
まあそうか。戦時の人間だしそういう人たちもこういう光景もいくらでも見てるんだろうな。
「戦時は困窮者も多く、炊き出しも盛んでしたが今もあるのですか?」
「そうだな。理由はどうあれ生活困窮者は今も大勢いるよ」
「そういう人たちのためにご飯出してあげてるのね」
「うん……まあ、うん……」
歯切れの悪さに二人が首を傾げた。
いや……ね……失業者や求職者といった生活困窮者に関する諸問題は、国や公的機関や領主……つまり貴族が取り組んで解決しないといけないことなんだよな……。
つまり
戦後50年、セーフティネットも徐々に拡大していく必要はあるんだが、本当に必要な人だけじゃなくて悪用しようって人も出るだろうし……と、我が家でもその辺は頭を悩ませていた。
「
「……し、心中お察しします」
「ありがとう」
「あの人たち住むところや働く場所が無いってこと?」
「ん? ああ、そうだよ」
とはいえその理由は様々だ。魔獣のせいで家や職を失うという当人にとってどうしようもない理不尽の場合もあるし、田舎から出てきて一山当てようとしたけど夢破れ……って人もいる。自分に合う仕事が無いから仕方ないという微妙にナメたことを言う人もいる。当然、これら全部を一緒くたに扱うことはできない。四の五の言わず働けってだけの人もいるわけだし。
……仕事のえり好みをしているという点では俺も人のこと言えないのでこのくらいにしておくとして。
「じゃあサラク村で仕事あげて住んでもらったら?」
俺割とワガママかもしれん……と少し気落ちしているところに、虚をつくようなリンデの発言がスッと入ってきた。
言われてみると……確かにそう……か?
「アリかもしれない」
「ほんと!?」
「待った。まだ『なくはない』程度の話だ。いずれはそうしてもいいけど、まだ家も食べ物も何も無いんだから、ある程度余裕ができてからな」
「はーい」
言いつつ、炊き出しの運営側に目を向けると、いずれもそれほど裕福そうには見えない人たちの姿が見えた。
……リンデにも言った通り、炊き出しだとか住居の提供だとかは資金的、資源的に余裕があってはじめて成り立つことだ。
宗教関係者でもそれは同様。慈善事業だって、協会や傘下孤児院の管理運営に充てて職員への給金を出した残りの予算から捻出されるべきものだ。言っちゃ悪いが、列に並んでる生活困窮者とそう変わらない風体の彼らが、こんな慈善事業に身銭を切ることができるものか?
……少し探りを入れるか。
「クリス、近くでリンデと何か食べて待っててくれ」
「承知しました」
「兄さまは?」
「少し話してくるよ。時間は取らない」
軽くお小遣いを渡して下がらせ、俺の方は横入りに思われないよう林の方に迂回しながら行列の先の方に向かう。
身を隠したところで魔法で石英と鉱石を生成。「組み換える」ことで伊達メガネを作ると、上着を脱いで髪を掻き上げた。
――そうして視界に入ってきたのは、やや異質な雰囲気の黒衣に身を包んだ一団だ。
(……聖教の修道服とは違う。異教徒か)
俺たちが住まう聖王国は、宗教国家としての側面を持つ。人類が最初に神器に触れた土地であり、戦前は6本全ての神器を所有していたことから王都は聖地などとも呼ばれているのだが……意外なことにうちの国、異教には寛容な方だ。
これは神器という人知を超えた武具が身近にあるせいだろう。神器の威光とこれを創り出した存在を前提に据えた上で、「まあ他にも神と呼ばれるべき存在がいるかもしれないね」ということで、過激な組織を除いておおむね容認している。
実際、聖教は国内でも多くの人が信仰する最大勢力なのだが、異教徒だとか掛け持ちだとかも別に珍しくはない、わけだが……わざわざ異教の修道服を公衆の面前で着用している人は珍しい。
自分たちの存在を殊更にアピールしなければならない人たちなのだと考えると……。
(新興宗教か?)
それそのものが悪いとは言わないが、金の流れが不自然な時は得てして裏で犯罪かそれに近い動きがあるものだ。
スッと体温が下がるのを感じる。同時に表情は一切それを表に出すことなく、その場に合わせた人当たりの良いものに転じていた。
「すみません、少々お話よろしいでしょうか?」
「あ、はい……どちら様で……?」
応対してくれたのはやや覇気の足りない青年だ。修道服も着用していないことから中枢メンバーではないのだろう。
むしろその方が都合はいいか。
「私、記者のレックス・アンカーソンと申します。少しこの炊き出しについてお話をうかがえたらと思いまして」
「ちょ、ちょっと待ってください。責任者を呼んできますので」
青年が報告を上げているのは、集団の中でも異彩を放つ十代半ばほどの少女だ。
銀の髪に銀の瞳、白磁のような肌。これだけでも人目を引く容姿だが、何より目を引くのは彼女が背負っている身の丈ほどもある大斧だ。
普段から武器を持ち歩いている人間というのは、当然ながらそう多くはない。戦うことそのものが仕事の傭兵や狩人、衛兵などが挙げられるだろうか。聖職者が、となると余計に少ない。僧兵というものもいるが……流石に持ち歩きはしないだろう。
そして、こんな代物を背負っているにもかかわらず、少女はまるで体幹が揺らいでいない。それだけの筋力があるか、魔法でも使っているか、それとも――いずれにしても要警戒だ。
「取材をしたいと伺いましたが」
「ええ、小さな地方紙で恐縮なのですが、いかがでしょうか?」
「わたくしどもの活動を伝えていただけるのであれば歓迎すべきことです。どうぞ、お聞きになりたいことがあれば何なりと」
「ありがとうございます。ではまずお名前からよろしいですか?」
「宗教団体『星の子』、代表者代理のセラフィマ・ジートキフと申します」
しとやかに名乗る少女の名を、俺は手帳に記した。
聞き覚えのない家名だ。高い地位の聖職者が興した分派という線はこれで消えたか。
消えないでほしかった。
行列ができるような規模の炊き出しというのはそれなりの理由が無ければ成立しえない。資産家でもバックについていてくれた方がまだ分かりやすいんだが……。
「代理というのは?」
「父が本来代表なのですが、体調を崩してしまいまして」
「なるほど、お大事になさってください」
そこからの聞き取りの内容はごくシンプルだ。
いつから炊き出しをしているのか、活動理念は何か、団体の成り立ちについてなど。当たり障りのない回答を得られたら、あとはここの炊き出しの光景を写真に収めて
対応してくれたセラフィマという少女ともう一人の青年に頭を下げ、その場を離れる。
雑踏に紛れて自分の姿が目立たなくなったところで、俺はタブレットの連絡先一覧を開いた。通信先は
接続すると共に俺の声は魔法によって周囲の音から隔離される。こういう報告のためには重宝する技術だった。
『昨日の今日でどうしたレスター。それもこちらの回線を使うなど、穏やかな話ではなさそうだな』
「はい。本題からお伝えします。サバルに滞在している宗教団体『星の子』の調査をお願いします」
『何があった?』
「信徒の服装に気を使うような余裕が無いようなのに、炊き出しで行列を作るほど食料があるなど羽振りが良すぎます。裏に資産家でもいるなら話は別ですが、万が一麻薬取引の隠れ蓑などに使われているとするなら危険です」
推論を述べると、父上は向こう側で深々とため息をついた。
正直、俺もため息をついてしまいたいが、周りに人がいる状態ではそうもいかない。
『なぜお前は麻薬取締官を辞しているのに同じようなことをしておるんだ。しかも出先で偶然など……』
「俺が聞きたい」
『
「村の運営に忙しいんで」
麻薬等違法薬物調査役密偵、通称
色々あって耐えきれなくなった結果職は辞したが、理念や目的に反対しているつもりは無い。協力できる部分については協力したいというのも本音だ。
「あ、それから。また記者を装ったので、記事を適当な地方紙に掲載するよう依頼しておきます」
『お前の希望進路は何だったかな』
「シェフですが」
それが今や辺境の地で村長だ。
人生何があるんだか分かんねえな。
『いずれも結果はいずれ寄越す。だが他の案件も抱えているのでな、時間はかかるぞ』
「俺も出かけたついでに見つけただけですし、確証があるわけでもないのであまり急がれなくとも構いませんよ」
『そういうわけにもいかんのだ。特に薬物関係はな』
まあ……俺もその脅威は分かっているので否定する気は無いんだが。
金は製造元、恐らく他国に流れていくし、使った者は心身ともにボロボロになり国も領も生産力も落ちる。中毒者が増えればそれだけ犯罪も起きやすくなり、治安も乱れて他国が付け入る隙を晒すことになる。百害あって一利無しというやつだ。
「では方針はお任せします。こちらも手隙になれば気にしておきますので」
『うむ。ではな』
横道に逸れかけた話は程々にして、早めに通信を打ち切る。そこでようやく一息入れられた。
(シロならシロで全く問題は無いんだが……)
もし無実であってただの慈善団体だった場合、別にそれはそれで問題ない。というか、慈善団体が増える分には貴族でカバーしきれないような人を救える分、その方がいい。
しかし、理性はそんな都合のいい話があるわけがないだろうと延々警鐘を鳴らしている。
……早いところクリスたちと合流しよう。心をリラックスさせたい。
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