まってい貴族とTSキメラの地元復興計画   作:桐型枠

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100.助けを求めて求められて

 

 

「神よ、なぜあなたは私の妻を、あの子の母をお見捨てになったのか」

 

 古い記憶を辿った時、セラフィマが思い出す父は礼拝堂でそんな呪詛を呟く姿だった。

 原因は、過去に例を見ないほどの酷い嵐だった。当時、()()()敬虔な信徒だったオズワルドとその妻は、駐在していた村で風雨への対策を余儀なくされていた。

 タブレットも生まれていない時期のことだ。地方を治める領主の支援を受けるにも苦労を要するこの頃は、村々に設置された教会とそこに赴任した神職者が行政機能を代行することも多かった。

 オズワルドたちもその例にもれず、山間部に位置する村の苦境を救うべく奔走し――彼の妻は救助作業の末に自らを犠牲に十数人もの被災者を救うことになった。

 この時、元々体の弱かったオズワルドは更に体の調子を悪くしており、妻の苦境を知りつつも駆けつけられなかった己を悔いた。自らをこのような体に生んだものを恨んだ。

 

 彼が正教の信仰を捨てたのはこの頃だった。理不尽に愛する者を喪ったことの苦しみと悲しみが、神への信仰を上回ったせいだ。

 唯一、彼は愛娘への愛情を失うことは無かったが、弱った体では外に出ることすら叶わない。

 そうして数年が経つ頃、彼は奇跡と出会った。弱りきった肉体に精気が戻り、自由に動くだけの活力を得られたのだ。

 これを真なる「神」の導きと感じ取った彼は、宗教を興した。それが現在の「星の子」の原型である。

 

(思えば、お父さんがおかしくなったのはその時じゃなかった)

 

 しかしながら、オズワルドは決してその頃から様子がおかしくなったわけではない。

 依然として体は弱く無理はできないが、表に出ることを娘に任せきりにすることはしなかった。対外的な交渉も基本的には彼自身が受け持っており、レスターに対する時のような怪しげな雰囲気も発していなかった。

 彼の心身に本格的な変調が起きたのは、今から数年前。神器の「斧」とされる魔道具を手にしてからのことだ。

 由来も知れぬ薬物を摂取し、礼拝室で「神」に祈りを捧げる。弱った肉体を酷使し、果ては最愛の娘すらも交渉の道具として扱おうと画策しかける。以前のオズワルドであれば考えられないことの連続である。

 

(「斧」のせいか、それともお父さんに何かを吹き込んだ人のせいか……)

 

 原因は未だに漠然としており、セラフィマが考えても答えにたどり着くことはない。

 父の代理として表に立つ日々は彼女を疲弊させ、組織の頂点という立場故に他人に頼るという選択肢も奪われ続ける。異教徒という境遇も、人を無意識的に遠ざける結果となった。

 唯一残った家族を疑いたくない、邪険に扱いたくないという彼女の思いも、これまでセラフィマが行動を起こすことを躊躇させていた。

 しかし、もしも彼女が頼ることのできる人間がいるのならば。味方として立ってくれるならば。

 

(――相談してみる必要がある)

 

 異教徒と知りつつ、思惑があることを理解しつつ、それでも親身に接してくれる人物であるなら、あるいは。

 そんな一縷の望みを賭けて、父が寝入った黄昏時の隙を突いてセラフィマは村長の屋敷へと駆けた。

 

 


 

 

「村長さん、相談がありますっ!」

 

 夕刻。今日の外作業を終えて今から夕食の準備を、と思っていた矢先のことだ。唐突に、なにやら得体のしれない決意をみなぎらせたセラフィマさんが屋敷を訪れた。

 屋敷は俺たちの暮らす家であると同時に、村の行政機関でもあるのだが、何かあったらとりあえずこちらから出向いて解決を目指すスタンスの都合で実は来客が少ない。大した目的も無く遊びに来るような人も、ある程度親しい人――フェデリカさんやトビーくらいに限定される。

 なので、珍しくそれ以外の人が来たと見てやってきたのは、野次馬根性丸出しのメレディスだった。

 

「何や何や逢引きかぁ~?」

「よくわからないけど多分そうです!」

「ちょいちょいちょい」

 

 想定外の一撃によってメレディスは瞬時に正気に戻った。

 やらしい感じの言葉全般を知らないからなこの子。その点だけ言えばリンデと正反対だ。

 迂闊にもシモなネタを使うと全部自分に返ってくるぞ。

 

「セラフィマさん、逢引きというのはいわゆる交際している者同士に対して使われる言葉で……」

「説明せんでええわ!」

「いえ、説明は大事です! また……は、恥ずかしい言葉の意味もわからないまま使ってしまってはいけませんので……!」

「『また』って(なん)?」

 

 すごいなこの子。メレディスが押されている。

 とりあえず、ちゃんと説明しないことには納得しないだろうということでちゃんとした意味と、それを用いてからかっているだけということを伝えておいた。

 相変わらず「ひゃあ」とか「ぴわ」とか「わァ……」とか言っちゃうくらい免疫がないのだから、よせばいいのにと思うんだが……責任感が強いのか何なのか……。

 

「ところで相談とは?」

「あっ、そうでした」

 

 さて、そろそろ話を戻すとしよう。変にこの話掘り下げると軽いセクハラになってしまうからな……。

 何かあったのかと問うと、セラフィマさんはメレディスに対して遠慮がちに視線を向けた。

 どうやらよく知らない相手には聞かせたくないようだ。

 

「すまないメレディス、応接室の方に行く」

「はいな」

 

 場所を変えても多分マリーには聞こえているだろうが、あいつはどこにいても多分聞いているので置いておく。

 ともかく場所を応接室に移した後、お茶を用意してセラフィマさんへ差し出す。彼女は警戒心無くそれを普通に飲んでしまった。

 ……いいんだろうか。いや、別に何か仕込んでるわけでもないんだが、こう……貴族的には、差し出された飲み物にすぐ口をつけるのは戒められてるから、その辺の印象がだな……。

 

「相談というのは……お父さんのことなんです」

「お父上――オズワルドさんのことですか」

「はい……あのっ。お父さんの体の調子が悪いのは……もう見ていると思うんですけど」

「ええ」

 

 その姿ははたから見ていて不安になるほどに頼りない。普段は寝込んでいて表に姿を見せないのも、至極当然のこととして納得できるほどだ。

 実の子供から見れば不安は余計に強まることだろう。とはいえそういった状態について相談を受けても、俺は医師ではない。言えることも限られるが……。

 

「実は……」

「実は?」

「……お父さんを助けてほしいんです」

「た……助け……なんです? 助けてほしい……?」

「はい……あ、順を追って説明しますね」

「はあ……」

 

 順を追って、という言葉でクリスの曖昧な説明を思い出した俺は、無意識的に少し身構えた。

 大丈夫なんだろうな。冗長じゃない説明が来るんだろうな……というちょっとひどい危惧とは裏腹に、セラフィマさんの説明はごく簡素で分かりやすいものだった。

 10年以上前に起きた天災によって妻を喪ったらしいオズワルドさんは、それを期に正教の信仰を捨ててしまった。この時に体を悪くして数年ほど寝込んでいたが、ある時を境に新興宗教を立ち上げるほど回復したのだそうだ。その後、「斧」らしきものをセラフィマさんに譲って以降は再び病床に臥せった。時折回復しているように見えるのは、セラフィマさんが「斧」の権能を用いて回復させているから――だそうだ。

 思っていたよりもだいぶ壮絶な話に言葉が詰まった。しかし、同時に再び疑問が生じる。助けてほしいというのは一体どういうことなのか?

 

「話はおおよそわかりました。それで、助けてほしいというのは?」

「最近のお父さんは少しおかしいんです。急にこの村に来ることを決めたのもそうですが、病気の体で無理をして外に出てきたり、神と交信すると言っては妙な薬を飲んで苦しんでいたり……」

 

 娘の目から見てもおかしいんだそれ。

 元々はそういうことしてなかったってことなわけだから何かしらきっかけがあってそんなこと始めたのだろうけど、昔からやってたわけじゃないのならいくらなんでも急にハジけすぎだろう。

 

「どうしてそんなことになったのか、心当たりはありますか?」

「変になったのはお母さんが亡くなってからだと思いますけど、今みたいになったのはここしばらくの間です。この『斧』を貰って、私が使うようになってから……」

「その頃にどなたか接触は?」

「知らない女の人と話していたと思います。フードを被っていて、顔は見えませんでしたけど……本格的に体調が悪くなってきたのもその頃でした」

 

 うーん……あんまり決めつけたくないが、何らかの薬を飲むようになったのはその頃からか?

 状況証拠だけで言えば薬物の売人との取引現場とみなすこともできるが、実際に服用しているものが何かまでは見ていない。ここはひとつ、調査のメスを入れるべきか……。

 

「私ひとりでは、どうにもできそうになくて……なんとか、お力を貸してもらえはしないでしょうか?」

「…………」

 

 さて、これはある種のチャンスだ。ここで取引をして平和的に「斧」を借り受けることができればマリーの手で解析ができるかもしれない。

 問題は、「助ける」とひとくちに言っても又聞きの症状では病状を特定できないこと。以前にも示したが、もし彼が本当に薬物中毒者だった場合、本気で治す気がないことには薬物の誘惑を振りほどくことは難しい。

 できれば本人をちゃんと診察して、協力するにしても状態をちゃんと調べてからにしたいのだが……。

 

「ひとつ条件があります」

「何でも仰ってください」

「その『斧』を、しばらく預けてはいただけませんか?」

「はい、どうぞ!」

「……えっ」

 

 その場であっさりと引き渡してきたセラフィマさんに、俺は思わず目を瞬かせた。

 今、俺の手元には模造品の「斧」がある。あれほど大事そうに抱えていたというのに、これほどあっさりと俺に手渡している。

 重みはそれほど無い。かつて兄上が持たせてくれた「盾」よりも存在感の淡いそれは、ただ持っているだけだと……なんだかすぐに消えていってしまいそうだ。

 

「えっ」

「必要ならお渡しします。ご協力してくださるなら、どうぞ調べてください! 全部差し上げます!」

「待った待った待った!」

 

 思わずにじり寄ってくるのを止める。いや、流石にこれは……これはどうだ!?

 ちょっと待ってほしい。まるで心の準備ができてないし、何より何言ってるんだこの子は!?

 

「ぜ、全部あげるなどと言ってはいけません。確かに要求したのはこちらですが、『全部』などと軽々しく言っては相手から何を求められるとも知れないんです。尊厳を切り売りするようなものですよ!?」

「そ、そうですか? 失礼しました……?」

「あなたは無防備すぎる。もう少しご自分を大事になさってください。何をするにもまずそこからです」

「は、はい……すみません……」

 

 俺は一体なんの説教をしているんだろう。

 一応俺たち、対立している間柄だよな? 何でセラフィマさんは自分に差し出せるものを必死で差し出そうとして、俺はそんな彼女を押し留めているのだろう?

 いや、別に対立してるからって険悪にするつもりは無いのは以前も言ったとおりなんだが……何かおかしくね? という気持ちそのものはどうしようもないのである。

 結果的には良い方向に向かってるのはそうなんだが……これ本当に良い方向に向かってるやつ? 順調すぎて逆に心配になってきたんだけど俺の胃爆発しないよね? 大丈夫?

 

 

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