かなり想定外の事態である。
想定外のことが起きるのはありうると常に備えているつもりはあるが、このレベルの想定外はちょっと備えてきていない。
当然、呼び出したクリスもメレディスも状況を把握しきれず困惑しきりだった。
「パトリシアさんは急いでこれを解析に回してください」
「かしこまりました」
「斧」を受け取ったパトリシアさんは、入ってきたのとは別の隠し扉からマリーのもとへ向かっていった。
その光景を目にしたセラフィマさんは目を丸くして……ってそういや屋敷が仕掛けだらけなこと言ってなかったな。まあいいや。
「さて、慌ただしくして申し訳ありません。今から少し聞き取りをさせていただきたいのですが、よろしいですか?」
「はい。なんでもお聞きください!」
「今からアンタんとこの後ろ暗いとこあらへんか探るでって話しとんのにこんな明るい返事ある?」
「あるのだろう……多分……」
訝しむメレディスだが、嘘の判別ができるクリスはセラフィマさんが特に何の裏もないことを理解している。
軽く戦慄しながら俺は続けた。
「まず根本的なところです。あなた方がサラク村に来た理由は何でしょう?」
「お父さんが方針を決めてるのでこれって断言はできませんけど、これから大勢の人が来る場所がいい……らしいです」
「ほーん。なんや思ったより村の評価高いなぁ」
「それだけ信徒が獲得できると見込んだ可能性はあるが……」
帝国との直通路が開通したら、サラク村はそれだけ発展を遂げることになるだろう。
そこに集まる人も少なからず利益を享受することになるだろうが、問題はそうした恩恵に与ることができなかった人だ。
どうしたって成功者という光の影に埋もれていく人たちは現れる。そうした人に手を差し伸べることができれば、もしかすると宗教団体としては大きな発展を遂げることになるかもしれないが……。
「それと、できれば村の実権が欲しい、後ろ盾になってほしいと」
「その辺は普通やな」
「だな……」
急に普通に俗っぽい目的を提示されると逆に安心したよ俺は。
そうだよな。そういう方向だよな。そういうのでいいんだよ。
……いやよくないが。
「権力者を取り込めたら最善、有力者を味方につけられるならなおよし、ってところか」
「ほんで目標とか何をするつもりなんか分かるか?」
「お父さんは常々、限られた人でなく万民が神の恵みを受け取れるようになるべきだ、と……」
「抽象的やな」
「神の恵みとは?」
「私は食べ物のことだと思ってたんですが……」
実に曖昧な話だ。確かにセラフィマさんの解釈も分かるんだが、それならわざわざそんな婉曲的な表現をする必要は無い。彼女にもわかりやすいよう、すべての人が腹一杯に食べられる世の中、くらい言うのが妥当なところのはずだ。
そうでないとすると、「神の恵み」が示しているのは……神器とかか?
……決めつけるのは良くないな。情報も足りないし今は置いとこう。
「よし、とりあえず改めて話を戻そう」
「はっ」
ここまでの聞き取りはクリスのおかげで真実だと分かったし、共有できたのでよしとしておく。
あとは本題だ。
「セラフィマさんの話だと、お父上を助けてほしいということでしたが」
「待ちや。助けるってなんやねん。一応そのおっさん、ウチらに取り入って何かしようってハラやったんやろ?」
「はい!」
「元気でよろしい――いやそこは弁明するとこやろ!?」
「嘘をついても仕方がありません。お父さんには何か企んでいることがあります。けど今はそんなこともできないくらい弱りきっているんです」
とはいえ、だ。
今、体が弱っているからこそ余計なことができないのだと言うのなら、助ける……治療してしまうと再び村の実権を握ろうとして動き出す可能性が高いということだ。
……神の恵みとやらを与えるためになぜ村の実権を握る必要があるのだろうか。その辺の理由も知りたいところだな。
「せやけど治ったらまた同じコトやるんやないか?」
「ど……どうなんでしょう」
「えあぁ!?」
「説得はしてみますけれど……お父さん、どうするかは……」
「逆に誠実さを感じますね」
「説得してみせると根拠無く言われるよりはそうかもしれないが……」
クリスにとっては嘘をつかないというだけでそれなりに好印象なんだろう。簡単なようでいてこれが結構難易度が高い。
嘘やごまかしというのは人間にとっての武器だ。意識的にしろ無意識的にしろ、人は何かと嘘をつく。交渉であれ対話であれ、
あえて嘘を交えない姿勢には俺も好感を持ってる……が、今はどうやってでも俺たちを説得しないといけない場面だ。正直になりすぎてかえって不安になってしまうぞ。
「多少……強引な手は必要かもしれないな」
「せやな」
セラフィマさんには悪いが、その必要があるなら俺はオズワルドさんを拘束することも辞さないつもりだ。村に敵対してる状態だからな。
現状、実害こそ出さないから大っぴらに逮捕したりするわけにいかないが。
もちろん説得が成功するならそれに越したことはないが、可能性は低いだろう。サブプランもいくつか用意しておかないとだな……。
「せやけど
「これは推論だが、今オズワルドさんが苦しんでいるのは病によるものと言うよりも薬物が原因だと思う」
「クスリ……マジか」
「
む、流石にそういうものがあることは知っていたか。純粋すぎて、下手するとそこから説明する必要があるんじゃないかと危惧していたが……その知識はあるらしい。
「薬物の影響を除き、薬物そのものを断たなければ完全な治療には至らない……セラフィマさん、確か薬物を服用しているのは『神』とやらとの交信のためでしたね?」
「あ、はい。そう言ってました」
俺はメレディスと目を見合わせた。
セラフィマさんが嘘を言っているわけではないだろう。ただ、恐らくその情報源はオズワルドさんだ。彼が嘘を吹き込んでいたら……あるいはそもそもの認知が俺たちと違っていたら……。
「薬物の過剰摂取でトリップして見た幻覚」
「……が、妥当やろな」
そういう事例はよく知っている。
俺は神学者でもなければ精神科医でもないが、それでも単に違法薬物を摂取した程度でそんな上位存在と交信するなんて不可能だと理解している。
そもそも実在するのかどうかすらも疑問だ。もし実在してるならその辺の司祭が声を聞くより前に神器継承者が声を聞き姿を見ているべきだろう。父上や兄上がそんなことを言ってた記憶は無いし、もし仮にそうならもっとそういう話が広まっていないと道理に会わない。クリスももっと敬虔な正教の信徒になっているはずだろうな。
「え……いないんですか、神様……」
「どないしよ坊、いたいけな子にヤな現実見せてもうたで」
「どうしよ」
やっべ。ガチで信じてる子だったわ。
一応お題目は悪いものじゃなかったし、事実としてそれで助かってる人もいるから気にしていなかったわけか……。
……ま、まあ、なんだ。いずれ知ることが早くなったと思えばそれで……。
いやマジ申し訳ないんだが……。
「あなたは神が存在しているから自分の道を定めたのか?」
「!」
「大事なのはあなたの意志だ。神の実在ではない」
どこか実感の込められたクリスの言葉に押され、セラフィマさんの瞳に輝きが戻った。
……説明は下手なんだが、こういうのは得意なんだよな。頭でこね回して出てくる言葉じゃなくて、心から自然と湧いて出る言葉だからだろうか。
あと神器継承者*1*2のシンパシーもありそうだ。どちらも妙なところで純粋で天然だし……。
「セラフィマさん。話を戻しますがオズワルドさんの説得材料が欲しいのはこちらも同じです。あの神器……のようなものは、いつまでなら預かっていても問題ありませんか?」
「今晩は大丈夫でしょうけど、明日の朝起きた時に私が持っていないと大変だと思います」
「となると数時間程度やろか」
「ところで神器『のようなもの』って何ですか?」
「…………」
俺は意味深な笑みで応じた。
本物かどうかについて今論じている場合ではない。いや大事な問題だが、結論を出そうにもマリーの調査待ちなのでまだ何も言えないのだ。
タイムリミットはほんの数時間。だがもしかしたら、マリーの技術力なら既に解析が済んでいる可能性があるわけで……よし、ちょっと様子を見に行こう。
「クリス、メレディス、しばらく聞き取りを頼む。俺は『斧』を見てくる」
「はっ、承知しました」
「はよ戻りやー」
言われずとも、この後詰めないといけない話はいくらでもあるのでハチャメチャに急ぐ所存だ。
そんなわけで地下工房に向かうと、マリーは苦虫をまとめて10匹でも噛み潰したのかと言いたいような表情をしていた。
……流石に覗きに来るのが早すぎたか。しかし、どの程度で解析が終わる目処が立つか程度は教えてもらわないといけないし、仕方ない。扉を軽く叩いて来訪を報せる。
「村長様」
「レスター……」
「調子悪そうだな。何か問題でもあったのか?」
「問題っていうか……まあ、問題はあったけど」
「解析、終わらなさそうか?」
「んーん。そっちは終わった」
「え。早」
マジかよ。俺むしろちゃんと終わるかどうかって部分で危惧してたんだが早すぎないか?
いや、早い分にはむしろいいんだが……それでこんなに渋い顔してるって、どういうことだ? 何か技術者として敗北感でも覚えるようなことがあったとか、か?
でもむしろそうならそうで発奮しそうなとこなんだけどな……?
「でも……ちょっとまずいことが判明したっていうか……」
「言ってみてくれ。何か問題があるなら都度判断するから」
「後悔しない?」
「しない。むしろマリーがひとりで抱えてる方がまずいだろ」
どういう「まずいこと」かはともかく、あのマリーがまずいと断言するほどの何かだ。俺は魔道具技術は専門外だが、それでも何か問題を抱え続けるよりかはある程度打ち明けた方が心理的にマシになるはず。
パトリシアさんは……珍しく渋い顔をしているから、こちらもマリーから話を聞いたのだろう。俺だけ聞かないというのもそれはそれでなんというか不公平だ。
問題ない、と身を屈めて視点を合わせる。マリーは数秒ほどの躊躇を見せてから、意を決して口を開いた。
「この神器のレプリカ、材料は人間だ」
聞かなきゃよかったかもしれない。
2人とそっくりな渋い表情を浮かべながら、俺は自分の選択を少し後悔した。