結論から言うと、手術が全て終わるまでには半日ほどの時間を要した。
単に切って貼ってと表現するだけではどうにも簡単なように思えてしまうが、腹を開けばそれだけ人間というのは強い負担がかかる。
本来であれば臓器を新たに作り出して切り貼りして機能再建……なんて、緊急避難的な手技だ。手術医がそれだけ慎重になるのも当然のことと言えた。
しかしながら、それだけ細心の注意を払ってもらったことで、オズワルドさんの手術そのものはなんとか成功した。
とはいえこれで治療完了、というわけではない。これから数日かけて体から薬を抜く必要があるし、これから長く禁断症状に苦しむことになる可能性は高い。薬物の誘惑も、これから先一生ついてまわるだろう。
――それでも彼は、比較的幸運な方と言えるかもしれない。
命を失っていないことと、何より精神的に支えてくれる家族がいるからだ。
おおよそ、薬が抜けただろう3日後。俺たちは再びサバルの病院を訪れることとなった。
今回も同行者はクリスとセラフィマさんだけという最低限の人数だ。あまり大勢で行って威圧してしまう形になるのが良くないし、他の面々はそもそもオズワルドさんとの面識が無いため行く意味があまり無い。
「星の子」信徒の方も表に出ているセラフィマさんには世話になっている人も多いそうだが、オズワルドさんはずっとあの体調だ。お大事にという伝言こそ受け取ったが、その程度だった。
「体調はいかがですか」
「……村長殿。それにセラフィと……護衛の方」
「…………」
一人だけ呼び方に圧倒的な距離を感じるが、クリスはあまり面識が無いので仕方がない。
若干不服そうにしながらもクリスは一礼して、不測の事態に対応できる位置に移動した。
「もう喋っても大丈夫なんですか?」
「ああ……頭はガンガン痛むし、お腹も……良くは無いがね……」
「た、確かに頭は……髪がなくなってます」
「それはただ手術のために剃ってるだけです」
オズワルドさんはまだ術後3日しか経過していないため、当然ながら復調しきっていない。
あと髪もなくなっているがこちらも手術の影響だ。脳手術のためには頭蓋を開かないといけないので髪を剃っておく必要があったのだ。
腹を開いて頭を開いて、という大掛かりな手術をした直後だ。いずれにせよ、薬も抜いて内臓も治療して数日休んだこともあって、倒れる直前よりは顔色はマシになっているが、喋るまで回復できているのは奇跡的と言っていい。
さて。本当なら治療成功を祝ってセラフィマさんとしばらく親子の交流をしていてほしいところだが、助けた理由が理由だ。先に手っ取り早くこちらの用事を終わらせるとしよう。
「さて……起きたばかりで申し訳ありませんが、先に仕事の話を済ませてしまいましょう。セラフィマさん、少し席を外していただけますか?」
「えっと……私が聞いてはいけないことですか?」
「ええ、あまり耳に入れていただきたくないことです」
「うう……仕方ありません。また後で、教えていただけるならお話くださいね……」
「引き下がるのが早い」
「セラフィ……なぜそうも素直なんだ……」
素直に退室するセラフィマさんに揃って困惑しつつ、その姿が見えなくなったところで部屋に緊張感が走る。
ある程度こちらの言いたいことを理解しているのだろう。オズワルドさんは表情を引き締めた。
「あの神器の贋作について話を聞きたい」
「贋作……ですか。そう言い切るということは、調べはついているのですかな?」
「あなたを助けることと引き換えに、しばらくお借りして調べさせてもらった。優秀な技師がいるから、既にどういうものかは判明している」
「なるほど、良からぬことを企むなら自分の体調も叶えるべきでしたかな……」
まったくだ。
単に自滅するだけならまだしも、そんな状態を見かねた娘に心配されて計略の核になる部分ぶちまけられてるんだからな。コントか何かかよ。
「いくつか聞かせていただきたいことがある。まずあの贋作の出処、それから……素材について」
「出処と素材ですかな。あれは……『星の子』の支援をしておられる方です。名は……自称しか存じ上げませんが、彼女は『使徒』と」
彼女……そういえばセラフィマさんも、オズワルドさんに接触しにきた女のことを語っていたな。
わざわざ「使徒」だなんて大仰な名前を自称するあたり、やはり異教の神の信奉者か何かか……。
「怪しいですね」
「怪しいな」
「今思うと怪しむべきだとは思うのですがな……」
どうもオズワルドさんにも怪しいのに引っかかったという自覚はあるようだ。
単純に奥さんを亡くしてそれだけ判断力が鈍っているのもあるだろう。違法薬物も併せてドン。黒幕と思しき使徒とやらが自由に動かせる生ける屍の出来上がりだ。
ふざけやがって、と内心かなり火が点いた。
よりによって俺が受け持っているサラク村でそういうことを企てやがるか。そうか、そうか。
「素材については?」
努めて態度に出さないように問う。
俺の私怨は仕事に関係ない。まずは話を聞かなければ。
「星鉄……と呼ばれる希少金属を用いていると聞いておりますが」
「星……? 隕鉄?」
「かは分かりませんが、特殊な金属だと……」
クリスに視線を送るも、軽く首を横に振って俺の懸念は否定された。
どうやら本気で知らないみたいだな。
クリスの嘘を見抜く特技は、少しコツを掴めば多少は欺瞞できる。自分の本当に知っていることを話しつつ、あえて核心に触れずに話を遠回しに避けることだ。まあそれでもなんとなしに察知はされるが。
しかし、オズワルドさんはどうやらそういう小技を使っている様子は無いし、そもそもクリスの特技自体を知らないので誤魔化すも何も無いだろう。
……とすると、例の件を話すのは少し気が引けるが……避けて通れないな。
「隕鉄なんてものじゃない。あの『斧』の材料は人間だ」
「なっ……」
「え?」
……あ、そういえばクリスに伝えそびれたままだったわ。
今初めて聞いたんですけど? と言わんばかりにクリスの目が見開かれ、オズワルドさんもまた唖然としている。
クリスは本当に申し訳ない。オズワルドさんの顔に浮かんでいるのは……恐怖だろうか。強い混乱も見て取れる。先にマリーに聞いていた俺たちも大概混乱していたが、娘であるセラフィマさんにそれを使わせていたのだから、怯えもあるだろう。
「私を……
「本当にあなたを騙すつもりならもっとマシな嘘をつく」
「しかし……護衛の方もまるで今初めて聞いたかのような……」
「今初めて聞いたのだが……」
「あ、あなた方は……主従で情報共有をしていないのか……!?」
「普段はしています」
やべ、威圧的に行くとこ普通に応対しちゃった。
……今回は特に、早急に色んなこと片付けなきゃいけなかったし、一度サラク村に戻った後はメンタルケアのためにセラフィマさんと行動することも多くて、話すタイミングがな……。
ともかくそのせいで逆に怪しく見えてしまっているのは申し訳ない限りなのだが、他でもないマリーが断言したことだ。報告のためにデータもまとめてあるし、受け入れてもらえないと話が進まない。
「証拠は既にまとめてある。必要ならいくらでも見せるから今はそういうものだと認識していただきたい」
「はあ……いや、しかしそれを認めるというのは私が……ぐっ……!」
「オズワルドさん!」
「医師を呼んできましょうか?」
「お……お構いなく」
気の焦りが手術跡に障ったのだろう。ほどなく、オズワルドさんは体を起こしてこちらに向き直った。
「村長殿。私は……限られた人間だけでなく、もっと多くの民が神器の恩恵に与ることができる世の中を求めておりました」
「それが『神の恵み』?」
「おや、ご存知なのですな。それもセラフィから?」
「断片的には」
どこまで喋っているんだ、とオズワルドさんは困ったような表情を浮かべた。
……知る限りだいたいのこと喋ってるとは普通思わないよな。俺たちだって思わなかったよ。ここまで喋る!? って困惑したしさ、実際……。
「10年以上前……災害で妻を喪った時に思ったのです。誰もが神器のようなものを手にしていたのなら、このような犠牲も出ないのではないかと」
「考え方は理解できる。だが……」
「ええ。仰る通りです……人を救うための手段を求めたのに、犠牲を強いるのでは本末転倒だ……」
「セラフィマさんに俺を籠絡させようとしていたのは――」
「村の実権を得ることで、神器の贋作を量産する体制を整えられると聞いていたのですよ。だが……それは、つまり……」
つまるところ、オズワルドさんの思っていたように、村を支配して工業的に量産体制を整える……というのはただ「使徒」とやらが掲げただけのお題目。
実際は、今後大勢の人間が集う場所になるから、生贄を確保するのに都合が良くて目をつけたということなのだろう。
「あなたの理想は性急に過ぎた。確かに誰もが神器と同じだけの力を振るうことができるなら助かる人も増えるだろう。けどそれ以上に、過渡期には混乱が生じることになる。強すぎる力を持てば人間はそれを持て余す。神器モドキのために強いられる生贄以上に数多くの人間が犠牲になる」
「ではどうすれば良かったのですか?」
「強い力を得ても理性でそれを制することができるまで成熟するのを待つこと……自然と技術が発達し、それを受け入れる準備が整うまで待つこと。人の営みと技術は日進月歩だ。10年で……
俺は自分のタブレットを取り出して示して見せた。
このおかげで様々な問題が発生しつつ、しかし世界各地で情報が伝わる速度は圧倒的に早くなった。
災害対策だって様々なノウハウが構築されており、今では10年前の比ではない。それと同じように、技術進歩が追いつくのを待つべきだった、と俺は思う。
……それでも今出てる犠牲を見逃せないと、言われればそれは俺も同意する。だからこそ今できることで最大限力を尽くすんだ。
「そうだ、セラフィに『斧』のことは……!」
「まだ伝えていないし伝えるつもりも無い。いずれ材料のことを伝える必要があるかもしれないが、少なくとも今じゃない」
「なら良かった……」
オズワルドさんの表情は憑き物が取れたようだった。
実際、長年妻の犠牲という想念が憑いていたのは間違いないだろう。ずっと後ろ向き、破滅的な形で憑いてきてたそれが少なからず改善された……と思いたいところだ。
……あと、病的に痩せてたのがちょっと改善されて、オマケに目を隠すほど伸びてた髪が剃られてスッキリしたのはあるかもしれない。
「……申し訳ありませんでした、村長殿。それに、ご心配をおかけしました」
「ご理解いただけたのなら俺から言うべきことはこれ以上ありません。どうか、娘さんを大事になさってください」
「ええ、もちろんです」
さて、一応これで説得はできたと考えていいだろうか。
元々、彼の目的はあくまで人を救うことだ。そこの手段さえ間違えなければ、本来争う理由は無いんだ。むしろ協力し合うこともできるはずだ。
「それと問題がもう一点。あなたが使っていた薬物についてはこちらで預からせていただきます」
「処分していただいて構いませんぞ?」
「解析させてもらえれば黒幕を引き出すのに使える可能性がありますので、処分はまたいずれさせていただきます」
オズワルドさんが服用していた麻薬は何らかの特殊な調合が行われている可能性が高い。この調合方法さえ分かれば、もしかすると裏にいる「使徒」を引きずり出すのに使える可能性があるはずだ。
そうでなくとも成分を分析することで、過去の何らかの事件との繋がりを見いだせるかもしれない。これは証拠品として有用だ。
「では、我々はこれで。行こうクリス」
「承知しました」
とりあえず、今やるべきことは終えたとして俺はクリスを連れて病室の外に出る。
と、そこにいたセラフィマさんが俺の方を見るなり急に顔を強張らせた。
「だ、大丈夫ですか村長さん? どうしたんですか?」
「大丈夫――とは?」
「何か……その……怖い、ですよ」
「…………」
……そうか。部屋を出て改めてオズワルドさんの裏にいるであろう人間に対する感情が再燃したらしい。
歯噛みしかけるのを理性で留め、シワの寄る眉間を揉みほぐして整える。今は……感情を表に出すべき時じゃない。
「すみません、少し……麻薬の話をして気が立ってしまっていたようです」
「ごめんなさい、村長さん。お父さんが……色々と」
「いえ、いいんです。色々と分かったこともありますし……お父上も、決して悪意でやったわけではなかったのですから」
そうだ。
俺が怒りを向けるべき対象はもっと違う方――違法薬物を悪用する連中だ。
ひとつ、息を吐く。判明したこと、判明していたこと、色々踏まえてやるべきことがまた増えた。
「少し席を外します。またお話が終わった頃に」
「え、あ、はい。また後で……」
俺はクリスを伴って病院外のベンチに座り込んだ。
今度は心の内側の炎が消えてくれない。いや、消す気も起きない。
「……クリス」
「はっ」
「すまないが、少し手を貸してもらうことになる」
「――仰せのままに。私はそのためにおります」
「ありがとう。頼りにしている」
この件の黒幕は、俺たちの手で潰す。
その指針がはっきりと、心に突き立った。