「星の子」の件が一応の決着を見てしばらく経ったある日のこと。村のとある一画はいつになく熱気と人々の声に包まれていた。
火竜襲来による火炎と、指示を飛ばすハンターたちの怒号である。
場所は、畑として開拓を進めようとしていた予定地。俺たちは作業を進めようとしたその矢先に巻き込まれた形だ。
久しぶりに今日はいつもの4人――クリスとマリー、リンデと一緒に作業しに来たのだが、とんだ災難だ。クリスのおかげで被害は特に無いが、木陰に作った簡易シェルターから出ることができなくなってしまった。
空では火竜がぼうぼうと地面に向けて火炎を吹き付け、ハンターたちがそれを魔法で逸らし、弾き、時にまともに食らって吹き飛んでいく。大丈夫か最後の人。
『10メートルクラスの飛竜型かぁ。また大物だね』
「ああ……しばらくぶりに外に出たのに運が無かったな」
「ホントよね」
隣でゴーレムに乗ってるマリーからは、案の定ふてくされたような声が返ってきた。
「星の子」の件が片付いてしばらく、不穏分子が村にいないかを後輩たちに探ってもらってある程度の安全が確認されたことで、マリーもようやく(ゴーレム必須だが)外出を許可することができるようになった。
今日はその初日。俺が作業を進めるので、その手伝いもしてもらうつもりだったのだが――まあなんともタイミングの悪いことである。
俺としても最悪のタイミングだよ。何でわざわざ食料自給率高めるために耕地面積増やすぞ! って意気込んでる時に来るんだよちくしょうめ。
「見てるだけっていうのもまどろっこしいわね。あたしが出て片付けちゃおうかしら」
フラストレーションを隠すことなく、逆サイドからリンデが呟く。
ここ最近は会議の内容もショッキングなものが多かったし、国家レベルの機密がポンポン飛び出すのでリンデはトビーのところに預けて距離を一旦置かざるを得なかったんだよな……。
頭がいいから何で俺たちが構ってやれないかも察してくれて、仕事を終わらせるのを促してくれて……そうして「いつも通り」に戻った矢先にコレだ。
今のリンデも割と分かりやすくイライラしていた。
「騒ぎになるからこんなところで獣化はしないでくれ」
「ふふん、ただの獣化じゃないわ。姉さまとちょくちょく訓練して身につけた部分獣化よ!」
『どっちにしろ皆驚いて騒ぎになるしダメじゃない?』
「ぬーん」
俺もなぁ……正直、リンデに我慢させてたし、それが必要なタイミングならいくらでも後押しするんだが。
既にハンターも来てるしクリスもいるのだから、あまり危ない真似はさせたくないというかなんというか……。
「せっかくドラゴンとしての格の違いを教え込んでやろうと思ってたのに」
「野生動物相手に格付けしても仕方ないだろ……」
「村に来る頻度減らしたりとか」
『できるなら今ハンターが頑張ってないよね』
「だよね……」
「それにあいつは昇給試験に使うから手出し無用だとさ」
流石にクリス一人に任せるのもどうかと思ったのでトビーに連絡を入れたところ、飛竜型の魔獣相手ならちょうどいいということで、そのまま三つ星ハンター向けの昇給試験の題材にされてしまったのだ。
というわけで俺たちは手出し無用。クリスが適当にその場に縫い止めて、ハンターの到着まで待って対処開始となった。
もちろんその間、作業はストップである。正確に言うと昇給試験の試験官役を頼まれたので動けないのが実情なのだが。
「俺も試験官頼まれたし……」
『何でそんな背負い込むのさ。断ればいいのに』
「便宜を図ってもらってるのは確かだし、この程度はお互い様だよ」
「兄さまの『お互い様』の範囲広そうよね」
「……そんなことないと思うぞ」
多分。
それはそれとして、村という小さなコミュニティで暮らすにあたってはやはり助け合いが欠かせない。
俺も村長としてできることをやっているが、やはりプロフェッショナルの手を借りなければできないことはいくつもある。俺が「お互い様」でやることは基本、上の立場から一方的な援助のつもりではないんだ。
「そんなことあるからあのいかがわしい教団に手を焼くことになったのよ」
「風評被害になるから外でその呼び方するなよ」
『……まあいかがわしいのはいかがわしいかもね』
「いかがわしいの!?」
「マリー……」
『ゴメン』
信用できないし道徳的に問題があるって意味ではまさしくその通りなんだが……それも現在では過去形だ。そういう部分もオズワルドさんが基本的に一手に引き受けていたわけで、変なこと言って何もしてない人たちに風評被害を与えてしまってはそれこそ問題だ。
いや、あの「斧」の出自とか考えるとマジで不穏なんだよ。そこのとこいずれ追及していくのが今後の方針のひとつとして……。
……今はいいやそういうこと考えるの。ずっと神経削られ続けてたのがしんどいし。
「いかがわしい系だったのね……!?」
「いかがわしいという言葉の意味の一つを辿ればまあそうかもしれない」
「えらい婉曲ね。そういうのじゃないってこと?」
『よからぬことはしてたけど、今はそうじゃないってとこ』
「何よせっかくアレやコレやが見られると思ったのに」
「お前そういう態度でいると学院で良からぬ噂立てられるぞ……」
エロなネタが好きなのは別に個人としては問題ない。が、学院という社会に出てしまうとちょっと面倒なことになる。すなわち風評被害だ。
あくまで使用人枠とはいえ貴族家の縁者として学院に入学する以上、尻が軽いとか思われたら家に影響する悪評を立てられかねないし、何より良からぬ輩を呼び込んでしまいかねない。その時にリンデが痛い目に遭う可能性だって低くはない。
俺たちがいるサラク村なら「なんだいつもの村長たちのコントか」で済むんだが……アシュクロフト侯爵家の隙に繋がるかもしれないしなぁ……お前らどういう従者雇ってんだよと言われると色々と言葉を返し辛い。
『あの双子にも悪い評判が立つかもねぇ』
「それは困るわね……」
「あとお前自身も体目当ての奴が寄ってくるぞ」
「ええ……それは勘弁してよ……あたしえっちなの見るのが好きなだけで自分がそういうことやりたいわけじゃないのよ。せめて結婚して……婚約くらいしてからじゃないと」
『なんて難儀な性癖なんだ』
本当だよ。
脳味噌真っピンクのくせに貞操観念は鋼鉄ってどうやったらこんな育ち方になるんだ。
「主に兄さまを見て育ったせいだと思うわ」
「俺……俺のせい……!?」
俺のせいか……!?
なんかマリーも火竜を監視してるクリスも頷いているし、どうやら俺のせいらしい。
……気付かないうちに俺は妹分の何らかの価値観を歪めていたというのか……!?
『うろたえてるとこ悪いけど、悪い意味じゃないと思うよ』
「兄さまの背中見てたら流石にあたしも色々考えるわよ……」
「そっか……いや、良い方向ならいいんだが……」
『レスターの生真面目さってこういうとこで役に立つんだね』
「……個人差はあるだろうけどな」
リンデが影響を受けたのは、あくまで一緒にいる時間が長いためだろう。
どちらにせよ、それでまっとうな倫理観が身についたのなら俺としては喜ばしいことなのだが……。
「少し熱気が来ます。ご注意を」
「おっと」
少し感じ入っていると、クリスから警告が飛んできた。火竜のブレスの余波のようだ。
大半はクリスが冷気の魔法で相殺しているが、それでも防ぎきれない分はちょっとした熱風としてこちらに到達した。
うーむ……今吹き飛んだ彼は残念だが昇格は見合わせだろうな。火炎を吹くという攻撃にはどうやっても前動作が必要になる。それこそこうしてクリスが警告を放つ暇がある程度の隙だ。それで回避できないというのは注意散漫なところがあるのだろう。
「……減点、っと」
『話しながらあっちの様子も見続けるってだいぶ視野広いよね』
「慣れだよ。最近仕事が増えたせいで身についた」
『喜んでいいのか悲しんだ方がいいのか……』
「喜んでいいんじゃないか。仕事が増えてるってことは経営がそれなりに順調ってことだ」
「星の子」の集団がそのまま村に組み入れられたわけなので、それだけ仕事は増えている。
今までの流れで職業相談も請け負ってるし、農業に携わりたいって人もそこまで多くないから結局俺が継続して今までの農地の面倒も見てるし……流石にキャパ限界に近いかな? と思いもする。
思うけどいねえんだよなぁ……人材がなぁ……最近はセラフィマさんも顔出して手伝いをしてくれるんだが、それだけじゃ事務仕事終わるってほどじゃないし……。
「でも本来コレだって別の人に任せた方がいい仕事よね?」
「その通りだ。リンデには加点しよう」
「わーい」
『冗談言ってる場合じゃないよね?』
「まあ、そうだなぁ……」
幸い、徹夜しないといけないほど切羽詰まってるわけじゃないというか……徹夜しないように無理してでも調整してるから問題ないという部分はあるんだが、いずれ破綻するのは目に見えている。
欲しいなぁ、人材……特に事務……。今後のこと考えるとメレディス一人じゃ手に負えなくなるのは目に見えているし、絶対に必要なところだ。
かと言ってあまり屋敷に人を入れるわけには……っと、そうだ。
「そのうち暗殺者のこと気にしなくてもいいようにするか」
『天気が良いねくらいの調子で言うこと!?』
「思わせぶりに重ーく言ってもしょうがないだろ。算段自体は立ててあるし……」
『ねえそれ当の本人のボクに何で言わないの?』
「確証もないこと言って糠喜びさせたくない」
「でも兄さま、ひと口に言うけどどうやったら手を引いてくれるの?」
「ひとことで言えば、暗殺する理由が無くなればいい」
これが血に由来するものだったりするともうどうしようもないんだけどな。マリーの場合はそうじゃない。
……多分。推論でしかないが、先日の件で概ね確信に至った。暗殺者が狙っているのはマリーが皇女だからではない。
「奴らが狙っているのは恐らく、マリーがアレについて解析できるレベルの技術者だからだ。『
『アレ……あー。あー! そういうこと! アレについて解析させないために殺したかったわけか!』
「推測だけどな。ただ……可能性は高いと思う。共通項のある人が襲われたらしい」
マリー自身も、神器のレプリカの作り方を理解できそうな人間は数人心当たりがあると言っていた。
その内何名かが行方不明になり、不審死を遂げているという報告も
「……どういうこと?」
「えっとな……まあ、色々あったんだよ」
「えっちなやつ?」
「……まあ多少
「えっちなやつなのね?」
『
「悪い方のニュアンスなのは分かったわ」
察してくれて非常に助かるよ。
俺たちも色々説明しておきたいところではあるんだが、上からは国家機密にするから絶対漏らすなよと強く言い含められてるからな……この件は色々と複雑なんだ。
「……む、そろそろあちらもかたがつきそうですね」
「お」
と、複雑な方に話が入りかけて続き辛くなったところで、狩りの方にも進展があったようだ。どうやら前線をニネット嬢たちが張っているらしいが……魔杭投射機を持ち出している。もしかすると肌に合っているのだろうか?
同時に、この土砂を吸い込んだことでわずかに火の息の反応も止まった。その一瞬を付くようにして周囲のハンターが魔法を撃ち込んで空から叩き落とし、各々の武器を手に群がっていく。
「ニネット嬢の機転に加点、それから……たった一太刀でとどめを持っていったクジマさんも加点、と」
「ハンターの方は良い人材が揃いつつありますね」
「まったくだ。少し分けてほしいくらいだな」
少しほころびが出たらあとはもう見る間に全身を断たれトドメ、という手際の良さに感心してしまう。
もちろんクリスの方が一人で圧倒的な速度で仕留めてしまうんだが、こちらは外れ値なので一旦置いとくとして……普通の人間の範疇で言えば、今回の狩りは手際の良い方だったと言えるだろう。
減点となった人も中にはいるが……それは今この場でのことだ。トビーたちに言わせてみればまた別の指標はあるだろうし、必ずしも昇格がならないわけではない。厳しいかもしれないけど。
しかし、こうして見るとなんというか……俺も新人を雇って教育するところから始めるべき……なんだろうな、きっと。すぐに人材なんて集まらないだろうし。
……それはそうと、今晩は火竜肉だな。