なんやかんやで軽い騒動こそあったが、時刻は回って夜。俺は火竜の肉を抱えてホテルの方の厨房にやってきていた。
一応、村で捕れた初めての種類の魔獣だが、バットワイバーンをはじめ飛竜種なら何度か調理をしたことがある。そこで、今後「星の子」――の、理念を継承した慈善団体の炊き出しやとギルドの食堂で提供する食事の参考に何か作って披露してみようという流れになったわけだ。
厨房にいるのはいつも通りのリンデと、炊き出しにも参加した経験があるセラフィマさん。それからギルドの食堂のご婦人である。
さて、以前にも触れたと思う*1が、ワイバーン肉というものは基本的に硬い。
並外れて高い運動量に凝縮された肉質、飛行のために軽量化の必要もあり……等々、ステーキなどの一枚肉で食べようと思うとかなり苦労することになる。
「つまり
「くそォ……ドラゴンステーキってロマンじゃねェかよォ……!!」
「ギターの人……」
そして実際に苦労するハメになっているのが、300gの厚切り肉を塩コショウだけで食べようとした
まあ気持ちは分かる。娯楽本とかに載ってる、尻尾をそのまま切り出したようなアレだ。俺も正直そういうのは好きだ……が、それと料理人としての見解は別問題である。
ドラゴン肉は硬い。これはもう魔獣肉を語る上で前提と言って過言ではない。
「どのくらい硬いんですか?」
「どうぞ」
実際に食べたことが無いらしいセラフィマさんが小首を傾げるので、細かく切った火竜の肉を差し出した。
サイコロ状の肉だ。一口噛んだ時は美味しそうにしていたが、噛んでいくにつれ徐々にその表情が陰っていく。肉質が硬いおかげで噛み切れないようだ。
「う、旨味が強くて味も濃くて美味しい……ですけど……」
「噛み切れないでしょう」
「はいぃ……」
味は悪くないんだ。味は。
野趣が強いがその分旨味も強く、噛めば噛むほど肉! という感覚がダイレクトに舌に伝わってくる。
が、とにかく噛み切れない。噛んでいるうちに肉の繊維がボロボロになっていって食感も悪くなり、そのうち飲み込むことも困難になっていく。セラフィマさんはもっきゅもっきゅ噛んでいるうちにそのことに気付いたようで、半ば無理矢理に飲み込んだ。
「それにしても何でドラゴンのお肉だけこうなるのかしら」
「ドラゴンの肉だけじゃなく、炎を操る魔獣の肉なら同じようになりうる。自分の放つ火で火傷しないように、タンパク質がごく短期間の高温状態では……あー……火傷しないように火が通りづらくなってるんだ」
「村長さんは物知りだねぇ」
「たまたまこういう話を聞く機会が多かっただけですよ」
食堂のご婦人に感心されるが、俺の知識は師匠から伝授されたものが多い。
あまり目はかけてくれなかったが、なんだかんだ基本は教えてくれている点には感謝である。
「話を戻そう。火が通りづらいから長時間火にかけてしまうことになるだろう? で、そうなると水分や脂分が外に流れてしまう。硬くなるのはそのせいもあるな」
普通の肉でも焼きすぎて硬くなる……というのはよくある話だ。
火竜などはその特性上、それが更に起こりやすくなるわけだな。これを防ごうと思ったら、超強火で秒単位の管理をしながら焼くとかの離れ業が必要になる。
師匠ならその辺をなんとかする手段はあるだろうが、今ここにいないので俺なりの手法でこれを解消することにしよう。
「それを解決するにはどうすればよいのでしょう?」
「分かりやすいところで言えば、煮込み料理ですね。例えば牛のスジ肉などは硬くてステーキなどにするには適しませんが、長時間煮込むことで繊維がほどけて脂もトロトロになります」
「つまり……シチューね!」
「そうだな。他にも煮込み料理はあるからこの機会におさらいしようか」
シチューは普段から作っているのでリンデもすぐに思い至ったらしいが、それ以外にももちろん煮込み料理というのは数多くある。
塩をベースにしたスープや、シンプルに醤油などを使って野菜と煮込んだもの、あるいはクリーム煮。ワイン煮にトマト煮……各種のレパートリーを示し、紙に書き写して掲示する。
「この中だと野菜と煮込んだ醤油味がいいかもねぇ。応用ができそうだわ」
「炊き出しに使うなら安価に作れそうなスープがよさそうです。後でレシピを教えていただいてもいいですか?」
「構いませんよ。別に一種類だけでないといけないということはありませんが」
「やあねえ。客層が違うんだから作るものはそれぞれ違う方が効率がいいわよぉ」
「そういうものなのね……メモメモ」
まあ、ご婦人の言う通り、ある程度はそれぞれ特化したものがある方がいいのは確かだ。
「ここでしか食べられない」というのは店舗ごとの売りになるし、客層の違いもある。例えばホテルのレストランで醤油煮込みが売られているとちょっと雰囲気に合わないし、炊き出しに高価なワイン煮を提供するわけにもいかない。そういう意味では専業を突き詰める方が効率は良いだろう。
「ある程度長時間、高温で火を入れる必要がありますので、今回は圧力鍋を使います。この方が時間もかかりません」
「実際どのくらい時間かかるの?」
「……できれば1時間」
「結構かかってない?」
「時間はかければいいってものじゃないが、これは時間をかけてこそ柔らかく仕上がるから……」
普通のスジ肉なら20分も煮込めばいいんだけどな。それだけドラゴン肉が硬いことの証でもある。
と、まあこの場でそこまで時間もかけられないので、俺は続いて別の鍋を取り出した。
「……その1時間かけたものがこちらになります」
「……兄さま、いつの間にそれ作ってたの?」
「帰ってすぐに」
「用意が早い……」
こんなこともあろうかと、昼に素材の分配をして処理を済ませたら俺はすぐに煮込みにかかっていた。
他の作業も済ませている裏できっかり合計1時間、香草と香味野菜を一緒に煮込んだ肉はしっかり柔らかくなり、脂も若干とろけてほどけている。これならシチューにしても問題ないだろう。
「思ったよりハーブが多いですね?」
「部位によっては臭みが出るのと……単に味のためですね。面倒なら種類を減らしても問題ありませんよ」
複数のハーブを束にしたブーケガルニを取り出しつつ応じる。
こうして風味付けをするのは別に必須というわけではなく、俺のこだわりのようなものだ。臭み消しのためにはやっておいたほうがいいが、比較的臭みの少ないドラゴン肉ならローリエ一枚入れておくだけでも十分臭み消しにはなる。熊肉なんかは十分に臭み取りしなければならないけどな。
さて、次はここにワインとトマトペーストを加えて……。
「ホテル用ならもうふた手間くらい加えますが、まずはこのままシチューにしてしまいましょう」
「ホテル用ならどうするの?」
「野菜とソースを潰しながら濾す。それから少し時間を置いて馴染ませるんだ。見た目がさらっとして、エキスが全部ソースに移るような感覚だな。これは肉をメインに据えたい時に使う手法だ」
「ほへー」
皿の中央にドンと大きく切った肉を置いて、そこにソースをかけて付け合せを添えて……という感覚だろうか。
肉も野菜も深皿に入れて食べるようなタイプのものとはやや違うが、これもシチューの一種だ。
「で、あとはちゃちゃっとブラウンソースにして……これでだいたい完成です」
「おおー」
「美味しそうだねえ」
「皆さんもどうぞ」
「兄さま、ご飯ちょうだい」
「いきなりお米ですか!?」
「あるよ」
「あるんですか!?」
「米は常に炊いているんです」
米どころだからね。アシュクロフト侯爵領。
もちろん俺はパンを合わせるのも米を合わせるのも好きだ。どちらにも良さがある。
……あと、地下のバットワイバーン肉の時もリンデは食べてるからな。味見を先にするよりも実食に入りたいというのがあるだろうか。
「おぉ、バットワイバーンの時より濃厚……あと脂が強いわね」
「脂肪で熱を防いでいるからだろうな」
「うん、美味しいです! とっても柔らかくって……お野菜もいい味が出ています」
「……レスター、それこっちにもくれねェか」
「あいよ」
というわけで試食に入ったが、横からまだ最初に口に含んだ肉と格闘しているトビーも声をかけてきた。
……なんというか、あまり良くない部分ばかり味わっていてもそれはそれで問題がある。ちゃんと美味いってところを見せないといけないので、ついでに用意しておいた皿に移して提供してやった。
「美味いじゃねェか……何で俺ァこんなに硬いモン食っちまったんだ……?」
「憧れが止められなかったんだろう」
ドラゴン肉の旨味に喜んでいるのか、今まで自分が食べていたものに対して嘆いているのか微妙によく分からない音がギターから発せられる。
……まあ、気に入ってくれたようで良かったのだが……もったいないなあの300gの肉。後で適当に加工して食って帰ってもらうか。
「……と、こんな風に手間をかけさえすれば、一見硬くて食べられなさそうな肉にも有効な利用方が見つかります。皆さんもどうぞ覚えていってください」
「ありがとうねえ村長さん。それからうちの支部長ちゃんが毎回ごめんねぇ」
「もう長い付き合いですから気にしてませんよ」
「支部長さんと村長さんは元々お知り合いだったのですか?」
「ええ……ああ、お伝えしていませんでしたね」
首を傾げるセラフィマさんのおかげで思い出した。そういえば俺とトビーの関係性のこととか何も話してなかったっけ。防諜目的もあったし。
今となっては別に大したことでもないし、話しておくのもアリか。そう考えつつ、俺たちも食卓について雑談に興じることにした。
――この後、俺がトビーやリンデに対して口調を変えていることに何か思ったらしいセラフィマさんが「私にももっと砕けた態度を取っていただけないでしょうか!」申し出てきたのはまた別の話である。