雨タヌキの妊娠発覚からしばらく、流石に仕事を放り出して見守るというわけにもいかず、掘削や日々の事務作業の合間にタヌキ小屋に通い詰める日々が続くことになった。
時にはマリーの監視魔道具も併用し、基本的に屋敷に詰めているパトリシアさんとメレディスにも様子を見守るよう頼んで5日ほど。
ついに産気づいた雨タヌキは、びっくりするほどスムーズに3頭の仔の出産を終えた。
「こういうのって普通『頑張れ~!』とか言いながら見守って一喜一憂するものじゃないかしら」
「とことんマイペースだなこいつら……」
応援する気満々で集まった俺たちは……なんというか呆れるやら安心するやらで気勢を削がれることになった。
いや良いことなんだけどな。出産がスムーズなのは。どうしても母体に負担がかかることになるし……。
「母子ともに健康なご様子です、村長様」
俺たちと比べるとまだそうした方面の知識があるパトリシアさんが、雨タヌキの仔のへその緒を処理しながら告げる。
……まあ思いの外スルッと産まれたし、そうなんだろう。奇妙な説得力がある。
「なら良かった。セラフィマさんを呼ぶ必要は無さそうだな?」
「左様でございます。殿下も生身で触れ合うことができますよ」
「今ここで赤ちゃん触っちゃうのはちょっと良くないでしょ。それに、触れ合いはとっくにしてるし……」
「ぷぅ」
「ぶふ」
今日のマリーは周りに身内しかいないため車椅子のまま……なのだが、珍しく生身で来ていることもあって雨タヌキたちは興味津々で包囲してしまっていた。
膝の上にも乗っているし背中にもしがみついているし何なら車輪にも乗っかっている。もはや迂闊に動けない状況ですらあった。
ふれあいというか一方的にマリーが構われているまである。
「にしても雨タヌキって一度に産まれる子供の数そんなに多くないんだね」
「3頭もいるのに?」
「どちらかと言うと3頭『しか』だな。犬や猫なら5~6頭産まれることもザラだ」
野生環境のタヌキもそんな感じのはずだ。上位捕食者も少なくないし、エサが見つかるかも不透明な野生の環境においては、種の生存戦略のためにある程度子供の数は多くないといけないのだろう。そうすれば1頭でも生き残る確率が上がることになる。
「魔獣だからこそ、出産する数も普通の動物より少ないのかもしれません。魔力も仔に与えているようですし」
「なるほどな」
ここではそんな様子は見せないが、雨タヌキも一応は中位相当の魔獣だ。
主に防御能力に特化しているとはいえ、普通の動物よりは間違いなく強いし、生き残る確率も高い。1頭あたりに注ぐ栄養と魔力を多くしてより健康で強靭になるように産む……という生存戦略でもおかしくないわけだ。
多分雨タヌキ自身はその辺理解してなさそうだが……。
「一度にそこまで数多く産まれても困るし、これはこれでラッキーかもしれないな」
「これ以上産むな、なんてこと言うんはちと憚られるしなぁ……」
「彼らの賢さなら自主的に制限を設けていただけるかもしれませんよ、村長様」
「流石にそこまでの期待をするわけにはいかない……」
そもそも自力でそこまでやられると、人間として立つ瀬がない。
その人間だって人口調整は長年の課題だ。雨タヌキの方が理性的で人口調整も完璧なんてことにになったら各地の為政者が憤死しかねん。
「ともあれ、これで当面は安心でしょうか」
「ここまで慌てて準備するようなことにはならないだろうけど、まだ妊娠中の雨タヌキたちがいるんだから油断は禁物だぞ」
「産後ケアも考えなならんしな」
「それもそうですね……」
最初のこの1頭は特別出産がスムーズなだけだったかもしれない。逆子のような出産時のアクシデントだって起きるかもしれない。いずれにせよ全員のお産が終わるまでは万が一はあると考えておくべきだ。
今回ほどの厳戒態勢にする必要が無いというだけで、気は張っていないといけないだろう。
と、そんな風に気持ちを新たにして執務室に戻ると、フローが俺の執務机の上に陣取っているのを発見した。
なんだか全身が膨れていて絶妙にこう……怒ってますよというアピールをしているようにも見える。
「ホー!」
「な、何だ? どうした?」
「
「えぇ……?」
時期的にしょうがなかっただろうと思いはするが、フローが納得するかは別問題か……。
納得しながら謝ろうとすると、フローはそんな俺の機先を制するように、くちばしで服の袖を捕まえた。
「クー」
「え、何だ? こっち来いって?」
「ホー」
どうやら正解らしい。
肯定を示すようにひと鳴きしたフローは、そのまま部屋を出て俺を先導するように飛び始めた。
「ちょっと行ってくる」
「お土産期待しとるでー」
「
「あ、なんか言葉のニュアンスおかしいしええわ」
冗談めかしたメレディスの声を背後に、俺は再び屋敷の外に向かうハメになった。
「レスター様? また外出されるのですか?」
「何? 今度はフロー……って、なんかまた妙なことが起きる気がするわね……」
「不吉なことを言うな」
当然ながらクリスは護衛としてこれに帯同しなければならないわけで、申し訳ないがそのまま俺と一緒に往復だ。
その辺で暇してたリンデもまた急なことに興味を惹かれてついてくる。フローはそれでも特に気にする様子を見せずに飛び続けていた。
行き先は……。
「小屋に行きたいのかな」
「ホッ」
どうやら目的地はフクロウ小屋のようだ。なんだか妙に先日のタヌキ小屋に行ったときのことがフラッシュバックしてしまう。
……まさかな……いや、そんなすぐすぐリンデの言うようなことになるなんてこと無いだろ……。
そんな小さな危惧を抱えながら小屋に入って、俺はある種核心的なそれ――抱卵中の花フクロウを目にしたことで乾いた笑いを漏らした。
お前たちもか花フクロウよ。
「ど、どうなさったのですかレスター様?」
「……花フクロウたちも卵産んでる」
「え゛」
――サラク村の動物たちのベビーブームの到来である。
「交尾した……ってことね?」
「そうだよ」
当たり前のこと聞いてるんじゃないよ。
そんでもって肝心のシーンを見られなかったからって悔しそうな顔するんじゃないよ。品性に欠けるぞ。
「鳥の交尾は最速で1秒、長くても数十秒で終わってしまう激レアシーンなのよ。あたしとしたことが見逃すなんて……!」
「何がお前をそこまで駆り立てんの?」
というか何でそんな限定的な知識があるの? パトリシアさん教育中に変なこと教えたりした?
いや、単にタブレットで調べただけかもしれん。一応学術的な内容だから
「……まあ、これも目的の一つだったから良いことなんだが」
「保護対象という話でしたね」
「ああ。ちゃんと繁殖してくれることが分かったのは収穫だ」
雨タヌキだけでなく、花フクロウたちもたった一年でここに根付くことを決めてくれたわけだ。
フローたちにとっても安全な繁殖場所を見つけられたのは僥倖だろうし、サラク村の今後にも大きく影響する。驚きはしたし急すぎるとも思ったが、良い兆候には違いない。
「ただ……すまないが、2人とも。卵の数を数えてくれないか」
「……そうなるわよね」
「何羽生まれるのでしょうか……」
ひとつ問題があるとすれば、これから産まれる雛の数だ。
現在は既に3桁に届こうかという羽数がいるとはいえ、急に増えてしまうとそれだけ食事量も増えることになる。
つまりは花だ。例の愛好家たちの話によれば、親は花を食べやすくして子に与え、それが後々の花の好みに影響するのだという。
どれだけの数仕入れてもらわないといけないかを今のうちに試算しておかないと、経済的な影響がそこそこ大きいんだよな……。
「ちょっと卵の数だけ見せてくれないかな?」
「クー」
というわけで抱卵している花フクロウに語りかけ、急いで持ってきたおやつを与えながら少しの間退いてもらう。
抱えている卵は多くとも2個程度。1個しか抱えていないものもおり、総数もかなり控えめだ。合計も42個とそれなり程度の数だ。
見れば、俺と同じようにクリスたちも穏やかに語りかけながら観察させてもらっていた。
……普通の鳥だとこうはいかないだろうなぁ。
「あんまり数は無いのね」
「前にクリスが言っていたような理由だろうな。恐らく卵に魔力を注ぐために数を産めないはずだ」
「そうですね。見る限りそれなりに大きな魔力を感じます。母体の負荷もそれなりのものかと」
鳥類に限った話でもないが、産卵というのは相当に母体に負担をかけるものだ。
魚などは産卵と共に死ぬという場合もあるし、鶏……はともかく、小型の鳥などであれば卵を産むというのは体力も栄養も消耗することになる。花フクロウが必ずしもそれに当てはまるわけじゃないが、魔力を注ぐというプロセスを踏む以上は負担が無いとは言えない。
たまーに……こう……無精卵を産むのを見たことがあるが、産卵という機能上これにも魔力を注いでしまっていそうな気がする。かなり疲労していたようだし……この辺の産み分けというのは難しいのだろうな。
「そうだ、フローもよく教えてくれたな。ありがとう」
「お手柄でしたね」
「ホロッホー」
「ご機嫌ね」
ともあれこれも教えてくれなければ見逃すところだった。丹念に撫でて礼を示すと、フローは頭を擦り付けてきた。
後でちょっと豪華なおやつをやるとしよう。と、あとは……雨タヌキの産後ケアのために栄養のある食事、それに産卵した花フクロウのためにもカルシウムなどをよく含んだ食事を用意してやらないといけないな。
……俺が雨タヌキや花フクロウたちの食事まで全部用意しようとすると、メレディスやパトリシアさんに渋い顔されるからちょっと控えめにしておこう。