サラク村の大事な仲間である魔獣たちの繁殖期が重なってしばらく。
花フクロウの雛の孵化を一喜一憂しながら見守ったり、雨タヌキたちのスムーズすぎる出産に皆して拍子抜けしたりと色々とあったが、ひとまずそれらも落ち着いて。季節はそろそろ本格的に夏に差し掛かりつつあった。
昨年も夏の時期には色々あったが、今年の夏はそれに輪をかけて忙しい。というのも災禍の洞窟の開通が目前に迫っているためだ。
「鉄道の敷設にかかる資材については聖王国と帝国の折半、列車は侯爵家持ち、駅舎の設営は帝国持ちで……えー……」
国家間貿易のルートが一つ増えるというだけあり、既にこの計画は俺たちだけのものではなくなっている。
このため、開通した後は聖王国と帝国双方の干渉を受けることになるのは免れられない。のだが……この計画の発起人は他でもない俺自身。必然的にと言うべきか、調整役は俺が受け持つことになってしまっていた。
結果、仕事が爆増。ここしばらくの俺はこの件にかかりきりになっていた。
まあ、コレに関しては仕方ないし納得はしてるんだけどな俺も。誰かがやらないといけないことで、その誰かが俺だっただけだ。
「
「水際で止めといてくれ。まだ鉄道は開通してないからこっちに引っ越せないだろ」
更に問題がもういくつかある。そのうちのひとつが、帝国側からこちらに移住を希望する者が思いの外多いことだ。
移住者のうち大半は洞窟が開通した先にある村からのもので、帝国の中でも端のほうに位置していることが原因だそうだ。
当然、帝都にある大昇降機を利用して地上に来たことがあるなんて人も極めて稀で……地上へのあこがれを抱いていた人が、こぞって移住を願い出たのだという。
勇み足が過ぎてこっちの準備は整ってないまま届けを出したので、どうしたって保留するしかないのだが。
手続き上は受け取らざるを得ないが、実務上は受け取れないという宙ぶらりん状態。今の俺たちにできるのは、いざ移住者が来た時に備えておくことだけだ。
「外が見たいなら旅行でもええやろに」
「下手したら一生太陽なんて見られなかったかもしれない境遇の人たちだ。せっかくなら、という思いがあってもおかしくないだろうさ」
「でも長年そんな環境におった人らが急にお天道さんの下に出て大丈夫やろか」
「……サングラスと日傘を用意しておこう」
あまり無い話だが、亜人種の中には特定の環境に適応しすぎてしまっている例がある。
高温環境に適応しすぎてしまって、その逆が苦手……みたいな。同じように、暗所に適応しすぎてしまっていて明るい場所がダメ、なんて人がいてもおかしくない。
一応外に出ようって言うんだからある程度光への耐性はあると思いたいが……それでも構わんという気合の入った人がいるかもしれないのがなぁ……。
「どういう種族かって情報はあるか?」
「鬼人種の一派、血ィ吸うてる氏族やて。バリバリ陽光苦手やで」
「どうして彼らは地上へ???」
俺が知りうる限り最も太陽に弱い人たちである。
わけがわかんねえよ。
流石に日光に当たっただけでどうこうなるとは言わないが……軽い火傷くらいはするし危ないんじゃないか。
あと、併せて血液の用意が必要だな。人血が必要となると、医師の誘致をしてから献血を呼びかけるのが妥当か。
獣の血でいいなら日々ハンターたちが狩ってくる魔獣で問題ないだろう。地下での生活を考えると後者の可能性が高いとは思いたいが……。
「……と、ともかく、この人たちだけじゃなく、もっと別の亜人種が村に来るのは十分ありうるし、今のうちに対応できるようにはしよう」
「はいな。まずは竜人族で?」
「あー……そうだな」
マリーとの関係を茶化そうとしたメレディスは、俺の反応を見ておや、と軽く顎をさすった。
俺もな……なにも無ければ求める反応をしてやれたかもしれないけどさ……。
「なんやそのけったいな反応」
「いやさ、来るか来ないかで言うと来るだろ。マリーの親族」
「……せやったな……」
少なくともエーベルハルト殿下は喜び勇んで来るだろうし、という点だけ考えても竜人族云々以前に帝室関係者を招く準備が必要だな。ははっ。
ははっじゃねーんだわ俺。
「そう遠からず、ここは王都の次に多人種が入り混じる人種の坩堝と化すだろう。その時に備えても配慮は必須だ」
「ほいほい。まあ執事はんおるしなんとかなるやろ」
「そうだな」
元々帝室に仕えていたこともあって、パトリシアさんは帝国にいる人種にも造詣が深い。聞けば大体の問いには応じてくれるだろう。
「なあ坊」
「ん」
「工事に対して妨害、来ると思うか?」
「無いわけがない」
先程までとは温度差のある問いに、俺は目を伏せながら応じた。
これから行われる地下工事に妨害が入る可能性は非常に高い。
というのも、聖王国と帝国の両国が同時に関わる工事な上に侯爵家の介入もあり……と、関わる勢力が大きい上に多すぎて、ちょっと妨害を受けると色んな方面に迷惑がかかってしまうせいだ。
「国家事業として2つの国が関わってくる上に複雑に利権が絡んでくるんだ。聖王国と帝国の友好関係を崩したい他国にとっては絶好のチャンスだろう」
「やなくっても面倒な輩もおるしなぁ」
恐らく、ここで俺とメレディスが同時に思い浮かべた「面倒な輩」は同じだろう。オズワルドさんを操っていた何者かが属する、神器のレプリカを作り出した集団だ。
連中の目的は未だに分からないが、少なくとも既存の秩序と相容れるものではない。嫌がらせをするのにこれほどちょうどいい機会も無いだろう。洞窟の崩落くらいは狙うかもしれない。
「正規軍が警備に当たるはずだからある程度は大丈夫だと思いたいところだがな……」
「おらんことなったらマズいっちゅーことやないか?」
「いなくなることはないだろう。どっちの国にとっても貿易路を失うのは痛手だから正規軍を常駐させるくらいはするはずだ。その上監視用の魔道具も設置してる。イレギュラーさえ無ければそう突破はできないだろうよ」
「あるんやろうなイレギュラー」
「言うなよ」
あれだけ人の命を軽く扱う連中だ。断言してもいいが、自爆テロなり採算度外視の特攻なりを仕掛けてくる可能性は否定できない。
転移のための「槍」のレプリカらしきものは、あの時の様子を見る限り一度仕えば崩壊する代物だ。人の命を簡単に使い捨てにしやがって……という憤りは一旦置いといて、アレを使われると対応はほぼ不可能だ。一番やられて嫌なのはこれだろう。
どうにか対策を練りたいところだが……逆に考えるとこれも、謎に包まれた敵を引きずり出す好機にもなりうる。リスクは高いが、捕らえて情報を吐かせられれば……。
……くそ、ちょっと処理しないといけない情報が多すぎてややこしくなってきたな。一度切り替えるか。
「何にしても開通してからの話だな。今日の作業に行ってくる」
「はいな。今日で区切りやったっけ?」
「上手くいけばな」
前も上手くいけば年明けにはなんてこと言ったっけな。
結局「星の子」の来訪で上手くいかなかったりしたが、流石にこんな目前も目前の状況だ。上手くいかないなんてことは無いだろ。うん。
人生というのは上手くいかないものである。
屋敷を出て2時間ほど。トロッコと徒歩とを併用して最深部の大扉前にやってきたのだが、俺たちはごく当たり前のように高位魔獣と遭遇していた。
「――――!!」
穿孔蠍、体高8メートルほどはあろうかという異常成長した怪物だ。
本来は人の身長と同じくらいにもなれば巨大と言われる方だというのに、この洞窟ではどうやら4倍以上になるらしい。ふざけんなよ。
穿孔の名を冠するだけのことはあって、この蠍には地面を穿ち進む能力が備わっているのだが、それをなしているのは尾から発せられる超音波だ。凄まじい振動を引き起こすことで岩をも砕き、砂にしてしまうほどの威力を持っている。
更に、それを掘り進むためのハサミも強靭そのもの。高位魔獣の中でも上位の戦闘力を持つことは間違いない。
――のだが。
「そちらは任せる!」
「了解!」
そんな高位魔獣は、クリスとフェデリカさんというサラク村の戦力ツートップにズタボロにされていた。
尾は魔力の流れを見たクリスによって初手で凍結させられ、ハサミは関節の継ぎ目を見極めたフェデリカさんが高速で切断。あとはもう悪あがきをするヤツをどう被害を抑えながら倒すかという段階である。
「もうあの人たちだけでいいんじゃないでございますかね」
「お嬢様。見て学びましょう」
「物理的に見えやがりません」
当然のこととして他にもハンターたちは連れてきているのだが……流石にあの二人の戦闘に割り込むのは難しいようだ。
クリスはクリスで鎖を上手く使って立体的に立ち回るし、フェデリカさんは雷の魔力適性を利用した高速機動で縦横無尽に動き回るし……ニネット嬢が「何でお二人を同時に連れてきやがりましたので?」と視線で問いかけてくる。
すまないニネット嬢。大詰めも大詰めだからと思って協議の上で二人とも連れてきたんだ。
結果的にこうして過剰とも言えるこの備えが役に立ったのでヨシとしておこう。うん。
「なあ村長さん、あのサソリどうすんの?」
勝手に一人で納得していると、ローラン少年が周辺警戒をしながら問いかけてくる。
この場面で俺に聞いてくるということは、要するに食えるのかどうかを問いかけているのだろう。
もちろん食べることはできる。
「甲殻は素材として加工する余地があるので市場に卸します。肉はカニやエビに似て美味ですよ」
「マジか」
「マジです」
「ごくり」
「喉鳴らすなよ」
近縁種……と言うにはちょっと遠いが、それでも不思議と似たような味をしているのがサソリと甲殻類だ。
俺も師匠に叩き込まれたジャングルで食べた経験がある。というわけで今晩はサソリ料理だな。ただのサソリと言うにはちょっと食いでがありすぎる巨大さだが……。
オマケに高位魔獣だからそれなりに味が保証されているのだ。ノエラさんがつばを飲み込むのもちょっと分かる。
「その前にまずは倒せなければなりませんよ」
「言うけどさ……もう倒しちまいそうだぜ」
「……まあ、ええ」
負けじと凍ったままの尾を振るった穿孔蠍だが、それがよくなかった。クリスは片腕を部分獣化して装甲で覆い、火花を散らしてこれを受け流しつつ背に槍を突き立てた。
サソリの心臓は背中にある。急所を穿たれたヤツは大きく暴れ始めたが、それを見越していたらしいフェデリカさんが回転と共に双剣で左側の脚を全て削ぎ落とし、体勢を崩して阻止して見せた。
結果だけ言えばかすり傷すら無い完勝である。
「討伐完了致しました、レスター様」
「お疲れ、よくやってくれた。フェデリカさんもありがとうございます」
「お安い御用ってね」
二人は涼しい顔をして、武器の手入れをしながら戻ってくる。穿孔蠍の遺体の処理は専門の職員に任せることにして、再び警戒態勢につくつもりのようだ。
実態として、このような怪物が入り込んできた以上第二波、第三波が来ないとは限らない。クリスたちだけでは手が足りず、この場の他のハンターたちに手を借りる必要は出てくるかもしれないわけだ。
ともあれ――これで安全を確認できたら、俺が後片付けしないとだな。
穿孔蠍が入り込んできた大穴は、壁が砂と化していて耐久力が大きく削がれている。単に穴を塞ぐだけじゃない、その先にある通り道まで塞いでしまう必要もあるだろう。
この先の苦労と「上手く行けば」なんて甘い考えを抱いていたさっきまでの自分を思い、俺は小さくため息をついた。