一通りの作業が完了し、大扉までの道が完全に開通したその日の夜。俺たち村の行政側とハンターたちはホテルの食堂で一堂に会していた。
総勢100人以上の大規模パーティ、そのお題目はやはりこれである。
「では災禍の洞窟攻略と開通工事の完了を祝して、乾杯!」
「「「乾杯ー!」」」
俺の号令に合わせて、皆思い思いに近くにいる人たちとグラスを打ち合わせる。
計画、着工から一年少々。ハプニングもあったしイレギュラーも起きたしまだこれからも問題は山のように積み上がっているが、ともあれハンターたちも俺たちも大きなケガ無く工事を終えられたのは喜ばしい限りだ。
「本日はビュッフェ形式でお食事を用意しております。皆さん、是非ご自由にお楽しみください」
「いよっ、村長太っ腹!」
「今日のメインは何ですかー!」
「サソリ肉のフライと炒め物です」
俺の回答にサッと会場のハンターたちが引いていった。
……だよなぁ。普通サソリなんて食べないもの。
俺は食べられるって知ってたし、そのことを語ったローラン少年たちも大して驚いてはいないが、そうじゃない人にとってはゲテモノ料理にしか見えないことだろう。印象として。
「エビじゃねェのか?」
「サソリです」
「美味いじゃねェかサソリ」
皆がためらいを見せる中、いの一番にサソリフライに手を付けたのはトビーだった。
楕円形のフライにかぶりつくと、中からエキスが油と共に染み出してくる。
このサソリフライの原型はエビフライやエビカツレツなどだ。トビーが「エビ」と評したように味も似通っている。
サソリはカニなどと同じように、全身を覆う甲殻の下にしなやかで良質な筋肉を備えている。高さ8メートルなどという巨大サソリだけあって可食部はそれだけ多く、ハサミ肉などは俺の身長ほどもある塊肉が取り出せてしまったほどだ。
これを切り出して整形したのがあのサソリフライである。味はカニとエビの間の子と言った感覚。野性味を感じる黒光りした外見とは裏腹に、上品なエキスの味が特徴的な一品だ。
トビーがそうして味を評してくれたことで他の皆も安心したのか、続くようにどんどんサソリ肉が皿に取られていく。よしよし、どうなるかと思ったが好調だな。
「やれやれね。せっかく兄さまが作ったんだからあんなに疑うことないのに」
「まったくです」
そんなハンターたちにわずかに批難の色を込めた視線を送りながら、クリスとリンデが料理を山盛りにしながらこちらにやってきた。
……二人はサソリだの何だのって話に関しては特に気にしてないが、これは元々俺たちに信頼関係が構築されているからこそというのがある。
「サソリは少し躊躇するだろう。毒があるような印象があるし」
「本来は毒があるはずの尾で魔法を使おうとしていたのですから、毒は無いのでは……」
「言葉から受ける印象は変えにくいよ」
なんなら別にサソリに限った話でもない。毒があると言われているもの、例えばヘビなどに関しても忌避感を抱く人は多いだろう。
これは毒イコール危険とちゃんと紐づいて危機管理ができている証拠でもある。生物的な本能に近い部分が警告を発しているわけだ。
「そういえば、何人かいない気がするわね? サソリが嫌で逃げたとかそういうわけじゃ、流石にないでしょうけど」
「ああ、洞窟の監視と村の見回りだな。皆がこの会場に集まってる時に魔獣が村に来ても困る」
「ふーん……お料理食べられないの、ちょっとかわいそうね」
当番制でちょくちょく交代はしているとはいえ、順番や交代時間の問題から料理が食べられなさそうという問題があることは俺も承知している。リンデの懸念に軽く頷いて返した。
とはいえこれも大事な仕事だ。おろそかにされるとそれがそのまま村の危機に繋がりかねない。元「星の子」の一般人も大勢いるのだし、そちらの区画に行かれたら対応も難しくなるだろう。
「そうだな。だから一応、会場から食事は運んでもらうことにしてるんだ」
「外に出ている方がいらっしゃるのですか?」
「いや……花フクロウと雨タヌキたちに頼んで……」
「可愛い宅配ね」
夜目のきく花フクロウたちは偵察能力が高い。このため、食事を運んだらそのまま見回りに帯同してもらっている。
一方の雨タヌキたちは、別に偵察能力が高いわけではないので、監視用の魔道具の映像が送られてくる部屋へ行ってもらうだけだ。ずっと画面を見ているだけという状況に飽きつつあるギルド職員の方にもみくちゃにされるかもしれないが、雨タヌキたちは構われると喜ぶのでこれは問題ない。むしろアニマルセラピーで癒されてもらうのも目的と言えよう。
「博士ちゃんは?」
「屋敷で作って置いてきてる」
「万全なのね」
「もちろんだ。何せ大仕事をこなした後だからな」
一応このパーティは身内向けの慰労会だが、だからと言って手抜かりは無い。
俺はいつもより大げさに少しだけ笑って見せた。それにこれは俺だけで成し遂げたことじゃない。皆をねぎらうのに手を抜くなんてそんなことがあっても良くないだろう。
と、言ったところでどうやらクリスは違和感に気づいたようだ。わずかに首を傾げている。
「……クリス」
「は」
「突然何兄さまも姉さまも言葉無しで通じ合ってえっちなことするのね!?」
「しねえよ突然人聞きの悪いことを言うな」
一瞬ざわりと騒がしくなるが、リンデが言っているのだと気付いた端から「ああ、あの子か」とばかりに騒ぎが静まっていく。
……お前今までどんだけギルドの方で騒いでたんだ? よもや男女を見る度にえっちなことをするのかと聞いていたんじゃあるまいな?
いや、今はそれはいいんだ。置いとこう。ともあれ、変に浴びていた注目が霧散した今が好機だ。俺たちだけに聞こえるよう声をひそめる。
「暗殺者が狙ってくるとしたら恐らく今晩だ。警備は任せる」
「やはりそういうことでしたか。承知しました」
「へっ?」
今真面目な話するとこだった? とリンデは声を発さずに問いかけてきた。
……まあ、そう見えるよな。少なくともそう見えるように振る舞っていたからそれでいいんだが。
「リンデ。レスター様はわざと浮かれているように見せているんだ」
「え、そうだったの……?」
「俺が相手の立場なら、ひと仕事終えて精神的に緩んだところを狙う。隙を見せれば恐らく食いつくはずだ」
「え、つまり演技だったの今まで? 怖」
「いや、完全に演技ってわけでもないけど……」
半分くらいはそれを表に出した方が都合がいいって計算でやってる部分があるのは事実だが……怖いとまで言う?
いや、冷静に考えるとちょっと怖いかもな……なんか普通に楽しんでパーティに参加してるように見える人が、実は計算ずくって状況と考えると確かに……。
……でも俺貴族だしなぁ。そういうこと割とあるしな……立食パーティとかってぶっちゃけ政治の場だし。
「ともかく、この件の発端は神器のレプリカだ。見せしめとしてセラフィマさんを殺しに来るということもある。十分注意してくれ」
「心得ております」
既に国に神器のレプリカの件は報告済みだから、今更マリーを殺しても意味は薄い。しかし、マリーが正式に生存を明かして表に出る前に殺すことができれば、信憑性を削ぐことはできる。相手が狙うとしたらそこだろう。
感情的になるような相手ならもしかすると村の住人を殺して鬱憤を晴らそうとするかもしれないが、流石にその可能性は薄い。そこまで直情的な連中なら、そもそも裏に隠れていることもできないだろうしな。
とすると、考えうるのは数通り。本来のターゲットであるマリーを直に狙うか、神器のレプリカを所持しておきながら俺たちに与したセラフィマさんを狙うか……あとは……。
ともかく、魔力の流れを目で見ることができるクリスが警戒していれば、ほぼ確実にこの襲撃は防ぐことができるはずだ。
「急に真面目な話になって温度差で風邪ひきそうなんだけど」
「すまん」
その場にいて事情を知っているからそのまま連れてきてしまったが、リンデにはまだこの辺の話は早いようだった。
後でお菓子……は……まだ俺にはできないから果物を切って持ってきてやろう……。
と、あとは……クリスには言ったし、事情を説明するべき相手が他にもいるな。
というわけでこの日のパーティが一通り終わった後、俺はトビーとホテル裏の方で合流していた。
「ンだよ急に話ってよ。しかもギター持ってくるなとかお前……」
「悪いな。聞かれると危険な話なんだ」
「いつになく神妙だな。どした?」
ひとつ息を吐く。こいつとは長い付き合いだ。だから恐らく俺が危惧するようなことは無いが――もしかすると俺たちの事情に巻き込むかもしれないと思ってこれまでは避けてきた。
しかし、いざ危険を目の前にするとなると流石に黙ってるわけにはいかない。万が一のことがあった場合を考えて、ある程度事情を明かしておく必要があるだろう。
「『博士』のことだ」
「ああ、お前ンちの……何だ。ついに中身のこと明かしてくれるってわけか?」
「そうだな。実は命を狙われてたから表に出られなかったんだ」
「……おい、不意討ちでそういうこと言うのやめねェか」
「悪い」
でも不意討ちじゃなきゃ茶化すだろ、とツッコみたくなるのを抑え込む。
……逃げずに聞いてくれるだけでも正直ありがたくはあるんだけどな。
「『博士』の正体は、エーベルハルト殿下の姉だ。マルガレーテ殿下という」
「おい、そりゃ……」
「勘違いするなよ。帝室の一員であることと命を狙われてることは関係ない。マリ……マルガレーテ殿下の能力が原因だ」
状況を把握したせいか、トビーの眉間にシワが寄る。
ずっと顔を隠していなければならなかった理由が理由だ。何で黙ってたんだとも言い難いし、黙っていなければならなかった理由も推し量れるだろう。
「……随分親しそうな呼び方だな?」
「今それはいいだろ」
「ハッ、なら勘弁してやるよ」
トビーは少しだけ茶化すことで鬱憤を誤魔化してくれた。
こういう時には話の邪魔をせずにエアギターをする程度で済ませてくれるから……いや視覚的には十分邪魔だが、まあマシな方と言えるか。
「何でお前ンとこにいるんだ、ンな大物が」
「一回暗殺されかけたのをたまたま見つけて俺たちで保護したからだ。で、今度正式に帝国の方に生存報告を上げることになってる」
「そりゃ安心だ。で、本題は何だ」
これは全部前置きだろう、と、色眼鏡越しのトビーの目が雄弁に語りかけてくる。
確かにその通りだ……けど、状況を把握するのにこの前置きはどうあっても知っておいてもらわないといけない。
「もし俺に何かあったら、お前に村の采配を任せたい」
「…………おい。何かあったらって何だ」
「暗殺者と出くわした時、相手がそれと知らずに本名名乗っちまったんだよ」
「不用心なことしてんじゃねェぞお前……」
と言われても、他に手が無かったのも事実だ。そもそも暗殺者だということも知らなかったし、万が一本当にただの調査隊などだった場合に偽名を名乗った時の方がまずい。
……結果、俺の本名を知られてしまったのは失策と言う他無いが。
「今の時代少し調べればレスター・コールリッジ・アシュクロフトがサラク村の再建事業を行っていることはすぐ分かる。なら、まず先に殿下を保護してる俺を始末しに来る可能性は十分あるだろう」
「だから『何かあったら』ってか。クソ……なんつゥこと突然言いやがる。重すぎンぞ」
「悪い。だけど、家柄や人格も考慮するとお前以外に言える人間が思い浮かばなかった」
「チッ……」
トビーはこんなでも伯爵家の生まれだ。貴族としての機微にも聡く、普段の軽い態度を抑え込んで実務を優先することもできなくはない。向いてはないが。
実務的な問題ではなく、俺以外で一時的にでも村のことを任せられそうなのはこいつだけだ。
「だとしてもお前ほど上手くはできねェよ。クリスさんやリンデが慕ってンのはお前個人だ。俺が命令したところで聞きゃしねェ。何かあったらじゃなく、まず何も無いように努力しやがれ」
と――トビーは頭を掻きながら腹立たしげにそう返した。
俺は一応、万が一のためのことを話しているつもりなんだが……。
「万が一の可能性も考えてくれ」
「知るか。今の時点でンな『万が一』が起きたら村は終わりだ」
「そんなことが起きないためにだな……」
「俺ァな、お前に呼ばれたからこそ、この辺鄙な村に来てンだぞ。それがもし自分が死んだらだァ? ふざけンのも大概にしとけバカが」
「バカって何だバカ」
「俺に指摘させる時点でバカ野郎に決まってンだろ」
こ……こいつ……。
いや、しかし確かに色んな業務を属人化しすぎているきらいはある。正直、俺にしかできない業務というのが山ほどあるのは事実だ。
けど、万が一のことを考えるなと言われてもだな……。
「相手は暗殺者だぞ? 万が一が無いとは限らない」
「無ェよ万が一なんて。マルガレーテ殿下を取り逃がし、たまたま出くわしたお前を取り逃がし、結局ターゲット一人も殺せてないド三流じゃねェか。ンな相手に負けて死ぬタマか? お前が」
「…………」
……なんだろう。そう言われてみると、確かにそうかもしれないという思いが湧いてくる。
確かに奴らはマリーも取り逃がしてるし、洞窟でも遭遇する前に俺に気付かれてる。しかも直接戦闘になったら、そのまま一人制圧できてしまったほどだ。クリスもあの場にいたとはいえ、そんな対処不可能なほど厄介な相手じゃないような気がしてきた。
全員制圧したのに逃がしてしまったのは、神器のレプリカなんていう本来ありえないものが介在したせいだ。アレさえ無ければ完全勝利で終わってた……はず。
「言われてみれば……」
「だろ。ま、心には留めとくがよ、お前が心配するようなことにはならねェよ。絶対な」
したらな、とトビーは片手を挙げてその場を後にした。
改めて相談したおかげで、どことなく余裕すら生まれてきたような気分だ。もちろん油断するわけにはいかないが、だとしても過去の事例から考慮してどうにでもなりそうな予感が少しずつ湧いてくる。
よし。
……なら、いっそ迎撃するか、暗殺者。