ちょっと熱に浮かされてうっひょ~暗殺者叩き潰すぞ~! などと考えていた俺だが、少し時間を置いて冷静になると、そもそも自分から変なリスクを背負いに行くもんじゃないと思い直した。
トビーにしても襲われたところで俺ならなんとでもするだろうとしか言ってないんだ。積極的にやっちまえという話では一切無いのである。
あくまで念頭に置くのは、誰も犠牲を出さないことだ。変に誘い込んで破れかぶれになられて自爆とかされると困るのはこっちなわけだしな。
「本日はお招きいただきありがとうございます!」
「いえ、こちらこそお越しいただきありがとうございます、セラフィマさん」
というわけで、クリスが守りやすくなるように護衛対象をひとところにまとめることにした。
オズワルドさんが入院中の今、ずっと一人で家にいることになるのがあまり精神衛生上よろしくない。それに普段の様子を見る限り気丈に振る舞っている……というか、やるべきことに没頭して気にしないようにしているようなので、少し見ていられないような状態だったというのもある。
様子見と合わせて一石二鳥というやつだ。
「あれ、セラフィちゃんだ」
「セラフィです!」
そこで珍しい来客を見かけた風呂上がりのリンデがエントランスを覗き込んでくる。
いつの間にそんな親しく呼びかけるようになったんだと思ったが、セラフィマさんは言わずもがなの純朴さだし、リンデはリンデでエロへのドデカい興味を除けば人懐っこく物怖じしない性格だ。魔獣料理の勉強会などの時にもちょくちょく会ってるし、気が合ったのかもしれない。
「夜の呼び出し……家に呼び出し……そういうことするのね! 今! ここで!」
「お父さんが入院中で他に任せられる方もいないので、納税の申請書などの書き方を教えてもらいに来ました」
「あらやだごめんなさい。すごい真面目な話だったわ」
「真面目な話に決まってるだろ……」
裏にある事情を含めても超真面目な話だよ。
これで暗殺者の狙いとなりうる人間はだいたい屋敷に集まった。もう一人のターゲット、離反者であるオズワルドさんは病院にいるが、父上に言って護衛を寄越してもらっているのであちらは安心だ。本人が知っていることも多くないし、そもそも優先度もそこまで高くないだろうというのもある。
残るはどういう手で来るか……そもそも今日来るのかどうか、だ。
後輩やローリエさんと協議したところ、狙うと言ったらやはり皆の気が緩んでいそうな今日くらいのものだろうという結論に至った。しかし相手がどういう集団かによって予測を超えてくることもあるだろうし……逆に予測を下回ってくることもありうる。
たまにいるんだ、こっちがその道のプロを想定して動いてるせいで、素人みたいな動きされて逆に対応できずに素通し、みたいなこと。
まあその辺は罠で足切りされるだけだろうから心配は要らないと思うが。
「申請書類の書き方については家令のメレディスがお伝えします」
「村長さんが教えてくださるのではないんですか?」
「そうしたいところなのですが、明日の準備や仕事もありますので……申し訳ありません」
「そうですか、打ち解けられる機会だと思ったんですけど……残念です……」
「せっかくなんだし見てあげればいいのに」
「もっと時間があるならそうするけどな……」
ただ暗殺者対策をすればいいという話じゃない。なぜなら明日は普通に仕事があるからだ。
朝食の仕込みもしたいし、もしセラフィマさんが泊まっていくのならその準備も必要だ。パトリシアさんはマリーの護衛から離れられないことだし俺がやらないと。
明日は普通に畑仕事もしないといけない。洞窟も、開通したらそれで終わりじゃないんだ。ちゃんと管理、運営をしていかないといけない。すぐ翌日だからこそ様子を見て補修の必要性があるかを確認するのも大事だ。
「後で飲み物をお持ちします」
「ありがとうございます。でも……」
「はい?」
「村長さんは相変わらず他人行儀なのですね……」
「うっ……」
上目遣いでセラフィマさんが見つめてくるのと同時に、リンデのやらしい視線が絡みつく。
ええい誰でもいいのかコイツは!
曲がりなりにも色々と……こう……政略結婚を控えた身だぞ俺は。家柄や出自を考慮してもセラフィマさんとそうなる可能性は低い。変に近付いて心を傷つける結果にでもなったらどうする!
何事も大事なのは適切な距離感だ。親しみを持ってもらってもいいが、親しくなりすぎてもいけない。為政者なのだから。
「お客様相手に礼を失するわけには……」
「わ……私、そろそろ村の一員になれたと思っていたのですが、まだ『お客様』だったのですか……?」
「わー兄さまひどーい」
「ぬっ……!?」
ち、違っ……俺そんなつもりじゃ……。
ただ適切な距離感を取っていたいだけなのだが、どうやらセラフィマさんから見るとまだ遠いらしい。それに言っていること自体はすごく分かる……。
俺が為政者として手本にしているのは、もちろん最も身近な父上だ。当然、村民への態度も父上のそれを参考にしているんだが……領主と領民という間柄は、村長と村民のそれと比べると距離感が遠い。
こう考えると言葉の選び方も選択も微妙にミスってるな……。
「確かにお客様と言うのは良くなかったかもしれない。これでいいだろうか、セラフィマさん」
「うーん……リンデさんみたく愛称で呼んでいただいてもいいですけど……今までよりずっと近くに感じられるようになった気がしますっ」
「ふぅわっ」
セラフィマさんが俺の手を取ると同時に、リンデの口から興奮の声が発せられた。
この程度の接触でもいいのかお前。
『レスターの浮気者……』
「今なにか声が?」
「気のせいでしょう」
マリーのイタズラである。
屋敷中に色々備えてるからなアイツ。というか手を握られた程度で浮気認定は厳しすぎるわい。
さて、少し脇道に逸れたが、二人を見送ってから俺は屋敷の見回りに戻った。
地下は……なんとかなるだろう。パトリシアさんという強力な護衛もいるし、俺や麻偵の皆で監修した罠もズラリと並んでいる。迂闊に入り込んだ侵入者の命の方を心配しないといけないくらいだ。
対して、地上は今のところあまり備えが無い。これは元々マリーのための罠というのもあるが、住民が相談に来たりすることもあるのである程度オープンな空間にしていないといけないためだ。防備という面で言うとやや不安は否めないだろう。
来るとすれば深夜だろうか。しかしそんなに素直に来るか? 俺ならもっと時間をずらすか、いっそ白昼堂々普通の人のフリをして殺しに来るが……。
結局のところ、人はいいところにナイフを刺せば死ぬんだ。暗殺だって別に文字通り誰にも知られちゃいけないわけじゃないし夜にやるもんでもない。
だから来ないのも仕方ないかもしれない、と途中で思い始めたのは、深夜2時を回った頃のことだった。
「……来ないな」
あれから結局セラフィマさんは客間に宿泊することになった。俺は執務室に戻って仕事の続きだ。久しぶりの徹夜ということになりそうで、今から頭が重い。
もし仮に屋敷の中に来ると言うならクリスがそのまま降りてくるはずだし、この周辺にはまだいないのだろう――そう考えてペンを置いた時のこと。不意にタブレットが小さく音を立てた。
「クリスか?」
『はい。魔力の流れを感知しました。これから迎撃に向かいます』
「分かった。無理はしないでくれ」
『はっ』
短い返答の後、屋根の上から小さく音が鳴る。どうやらクリスが跳び出したようだ。
さて、こうなるとあとはクリスに任せておけばいいか――ということは無い。もしかするとこれが陽動という可能性も否定できないからだ。
俺は席を立ち、再び屋敷の見回りに戻ることにした。「槍」のレプリカがどれだけ使われているかは分からないが、希少品であることは間違いないはずだ。それほど多くは動員できないはず。
となればクリスの陽動に関しては動員数は多くとも2、3人。残りはこっちに来るとして……動員数は多くとも10人というところか?
マリーの方が本命で大半があっちに行くだろうから……。
(……こっちにも2、3人ってとこか)
カコン、と小さな音が階下から聞こえた。どうやら罠が作動したようだ。
同時にくぐもったような悲鳴がひとつ、ふたつ……流石にこれで罠があることは看破されただろうか。あとはパトリシアさんの管轄だな。
俺は……まあ、やることは単純だな。セラフィマさんを守ることだ。
メレディスとリンデに関してはターゲットに入っていない。が、二人とも別に弱くはない。特にリンデに関してはちょっとやそっとで傷をつけることも困難だろう。今はセラフィマさん……と、俺自身の身を守るだけでいい。
「ふぅ……」
客間の近くに到達し、神経が張り詰める――直後に俺は壁に軽く手を当てていた。
気配、などという曖昧な概念で表現するつもりは無い。音、空気の流れ、におい、そして視覚。総合的に判断すれば、自ずと
一息ついたところで襲ってくることも、概ね想定済みだ。
「ごっ!?」
背後から襲いかかろうとしたその影は、見る間に壁に――「岩」に飲み込まれ、動きを封じられた。
俺の魔力適性は大地。砂から岩までその対象は広く、少々のものなら容易にその形を変え組み替えることができる。それは屋敷に使われている建材もそうだ。
組み換え、飲み込む。1ミリたりとも体を動かせない状況に追い込んでしまえば、「槍」のレプリカを用いてどれだけ空間の穴を開こうとも別の場所に移動はできない。
「もう一人」
「――チィ!」
音と空気の流れからそれを察する。手持ち武器は恐らく音を最小限にするためにナイフ。月明かりに閃く刃がそれを示した。
が、次の瞬間その動きが止まる。何事か理解できずにもがく男が、こちらに困惑の視線を向けていた。
よく目を凝らせばそこに糸があることに気付くだろうが、今の彼にそこまで気は回らないだろう。
糸の正体は、ガラスを細く加工したグラスファイバー。ガラスもまた鉱物の一種である以上、俺に操れない道理はない。
「カッ……ア……!」
首に深く食い込んだ糸が意識を奪う。レプリカを使う間は一切与えない。しかし同時に、命は奪わない。聞き出すべき情報が山のようにあるからだ。
クリスの方はどうなっているか分からないが……ともあれ。
「これで終わりか?」
呼びかけに応じる声は無い。まあ、仮に意識がある人間がいたとしても応じるわけがない。しかし、空気も音もにおいも変わらないことが敵側の全滅を如実に物語っていた。
……ちょっと拍子抜けだ。
「……トビーの言う通りだったな」
地下の方も機構が動く音こそするが、戦闘音はほとんど聞こえてこない。恐らく大半が罠にやられ、仮にたどり着いてもパトリシアさんに倒されたことだろう。
セラフィマさんは何が起きたかも分かってないだろうし、報せるつもりも無いが……ともあれ、結局、初めて受けるこの本格的な襲撃は驚くほど静かに終わりを迎えた。