深夜の襲撃事件から数日が経ち、あれからマルガレーテ・F・パラヘリオン殿下生存のニュースが……そこまで大々的には報じられなかった。
別に関心事じゃないというわけではないのだが、あくまで隣国の姫という立場だから聖王国内では新聞の一面まで飾ることはなかったと言うべきか。帝国に行けば恐らく大ニュースとして報じられていることだろう。
これがタブレット開発者のマリー・フレーベルということならもっと関心を惹くことになっただろうが、第二王女マルガレーテと魔道具技師のマリーの名義は分けておきたいとのことなので報道は前者の名義のみに留まった。
で。
「こちらのゴーレムに乗っていたのがマルガレーテ殿下です」
「うーん……」
「ふぼっ」
「ラシェルさんが倒れた……」
いつまでもそういうことを明かさないわけにいかないので、マリーを連れてラシェルさんやフェデリカさん、エーゴンさんなどの重鎮との顔合わせの席を設けたところ、まずラシェルさんが卒倒した。どうやら想定外が過ぎたようだ。
フェデリカさんが連れてきた雨タヌキが膨らんで受け止めたおかげで怪我は無いようだが、精神的ダメージは相当だろう。
「あはは……ちょっといきなりすぎたかな……」
「そりゃいきなりだしショックだよ……っていうかアタシも頭追いついてないよ……」
「ダハハッ、よう一年も隠し通しとったの!」
「いやまったく……」
パトリシアさんに来てもらったとはいえ、一年よく隠し通せたな俺たち。正直なところかなり奇跡的だ。
マリーもああいう性格だから隙も多いし、いつも一緒にいられるわけじゃなかったし……この辺はマリーが出不精だったのが有効に働いたかもしれない。外に出なくても苦にならないタイプみたいだしな。
「小僧は驚いておらんのう?」
「俺ァとっくに聞いてンだよ」
「へえ。いつ?」
「洞窟の攻略記念のパーティした晩」
「つい最近じゃん!」
誤魔化すようにトビーはギターを鳴らした。
俺から明かすまで想像もしてなかっただろうによく言うよコイツ……。
「と、ところで……なぜ帝国の皇女殿下がこちらに……?」
そこでようやく我に返ったラシェルさんが核心に触れてきた。
急に精神に負荷を与えて申し訳なかったが、理由を語るとさらに精神に負荷を与えることになりかねないんだが……とはいえ言わないと始まらないからなぁ……。
「彼女は元々暗殺者に狙われておりまして」
「…………」
ラシェルさんが雨タヌキの毛に深く顔をうずめてしまった。
限界が訪れたようだ。気持ちは分かるが。
「続けてください……」
「よろしいんですか?」
「聞かないわけにはいきませんので……」
流石は歴戦のマネージャーだ。必要性を感じ取ったらすぐに根性で起き上がって見せた。
……とはいえこの話、インパクトが強いのは最初のきっかけくらいのものだ。神器のレプリカの件については国家機密なので話すわけにいかないし、結果的にはそれほどダメージを与えるものにはならなかった。
要するに暗殺者に狙われないように身を隠してたってだけの話なわけだしな。
「なるほど……だいたい分かりました。この度はご無事で何よりです、殿下」
「いや~……今更殿下はもういいと思うんだけどなって……」
「そういうわけには参りません!」
「本人がいいっつってんだし別にいいじゃねェか。レスターとかずっとタメ口だしよ」
「ボクが頼んだことだしね。いいんだよ」
本来いいことじゃねえよ。渋々承諾したけど。
「そもそも帝位継承権は放棄してるし帝室からも出てるからほぼ一般人だし」
「通用すると思うかその言い分」
「自分で言っててだいぶ無理あるなと思うけどね?」
思うんかい。
……まあ、いずれ一般人になるという意味ではその通りかもしれない。結局帝室の出身とは言われるだろうけど、少なくとも殿下と呼ばれることはなくなるだろう。
「えっと……村長さんさ、これ、別に何か変わるってわけじゃないんだよね?」
「はい、そうですね。あくまでこれまでの経緯を知っていていただければと思い、この場を設けただけです」
「え? ボクらの婚約発表とかするんじゃなかったの?」
「ちょっ」
「婚?」
「約?」
「はぁ!?」
ぎゅるりと一気に全員の顔がこちらを向いた。お前バカそれ公式発表まだだから伏せとけって言ったろと思いつつマリーに目を向けるも、テヘペロとばかりの表情が返ってくるのみである。
こ……こいつ……!
「ほほう、殿下と村長が婚約のう。確かに家柄も実績も申し分無さそうだわい」
「そ、それは、お、おめでとうございます? 紹介されていきなり婚約と言われても、頭が追いつかないのですが……」
「すご……そういうこと本当にあるんだ……あれ、てか師匠、普段ならこういうの半ギレで妬むよね?」
「俺がすげェ見苦しいヤツみたいな言い方やめろや」
少なくとも俺の知る学生時代のトビーは、彼女持ちの学生に対して妬み嫉みを向ける結構見苦しい男だったのだが……。
過去のことは過去のこと、ということだろうか。いや、そんな感じとは違うな。やっぱり多少の妬みはあるようだが、一方で若干の哀れみを感じるような気がする。
……あー。そうか、こいつも曲りなりにも貴族だし、政略結婚ってことが分かったのか。
「こうまで急な話ってこたァ政略結婚って線もあるんじゃねェか?」
「あ……言われてみれば」
「そうなのですか、殿下?」
「まあ、一応そうなんだけど、ほら……別に知らない相手でも嫌な相手でもないし? むしろ渡りに船? みたいな?」
「思ったより前向きですね」
チラチラこっちを見るんじゃないよ。気恥ずかしい。
ただ、俺も別にマリーと同意見だ。知らない相手というわけではないし、気も合う方だし……立場を抜きにして言えば政略結婚として上々の結果と言えると思う。
懸念事項というのは意に沿わない婚姻ではないのかという点だったのだろう。こちらの様子を見てそうではないと理解したらしいトビーは軽く笑って俺の肩を叩いた。
「ならいいわ。おめっとさン」
「ありがとよ」
「驚きましたね、支部長ならもう少し騒ぐと思ったのですが」
「学院の学生じゃねェんだ。事情もあるのにそんな見苦しい真似できるかよ」
バンドを始めた理由はモテたいという学生の願望丸出しな男だが、相応に時間が経ったことも相まって成長したということ……なんだと思いたい。
あと、結婚すると言っても恋愛結婚じゃないというのもそれなりに大きいだろう。トビーが半ギレになる理由には乏しいようだ。
「そういうわけでボクは近々一般人になるのです」
「多分すぐ貴族になるから一般人じゃいられないぞ」
「皇女よりかは一般人に近いでしょ」
比較論にしても元の立場が高すぎんだよ。
世の中の普通の人は貴族って時点でそれなりに遠い存在なんだからな。
……いや、俺は今のところそうでもないけども。
「なんかレスター微妙な顔してるけど、君だって別に一般人と近くはないからね」
「なにっ」
そんなことないだろ、と返そうとした言葉は、無言で首肯する四人に堰き止められた。
……庶民感覚足りない系村長だったの俺……?
……何はともあれちゃんとした顔合わせが済み、仕事も終わらせて夕刻。俺は久しぶりにちゃんと外に出られるようになったマリーと一緒に、パトリシアさんを連れて屋敷のテラスに訪れていた。
机の上にはいくつかのジュースと果物が用意してあり、フローとシュネが近くでおやつをつついているのどかな光景が見られる。
「暑っっっつい!!」
「もうそろそろ夏だからな……」
そして久しぶりに陽の光に焼かれているマリーはグロッキーになっていた。
およそ一年ぶりの太陽光である。元々出不精だったことも相まって、この日差しはかなり堪えるようだ。早く戻ろうと視線が訴えかけてきている。
「たまには陽の光を浴びませんと、体調に障りますよ殿下」
「どうかなぁ……ボクら地下の住人だよ?」
「人工太陽があるだろ」
「……ボク当時からそんな外出てなかったからさぁ」
「…………」
相当である。
師匠に聞いたことがあるが、太陽光を浴びることで骨を丈夫にする栄養が作られるのだそうで……その話を前提にすると、今のマリーはちょっと骨が脆くなっている可能性があるのではなかろうか。
まあ素の能力が高いので問題は無いかもしれないが。
「俺ちょっと心配になってきたよパトリシアさん」
「ご安心ください。この私が目を光らせておきます」
「えっ、いや外出なくっても問題無」
「本当に問題がなければ村長様ももっと言葉が柔らかいかと存じますよ」
「ホー」
「えっ今フローにまで窘められたのボク?」
フローもシュネもあまり好き嫌いしないし、栄養管理もちゃんとしているので肉体的にはかなり頑丈だ。ぶっちゃけ不摂生な生活をしているマリーに色々言う権利は結構ある。言葉が伝わらないからあえて言わないだけのことだ。
……はぁ。しかしこの弛緩しきった空気だと切り出すに切り出せんな。別にホイと今切り込んでもいいんだが、なんだかんだ言いつつそういうの嫌がるだろうしな……。
そんなことを考えている俺の考えを察したのか、パトリシアさんはおもむろに席を立ってくれた。
気を使わせて申し訳ない限りだ。
「あれ、パットどこ行くの?」
「大事な用事でございます。ウフフ」
「何かあったっけ? っていうかボクらの護衛より大事な用事って――」
「マリー」
そこで、俺は差し込むように机の上にあるものを置いて見せた。
――赤い宝石が輝く指輪を。
「え? へ? 何? え? 何……何!?」
「突然ですまない。近く国からも発表があると思うが、その前に俺の方で言葉にしておくべきだと思ったんだ」
「あ、ええ? んん?」
マリーの表情が困惑でころころ移り変わる。が、途中で指輪の存在に気付いたらしく、そこで顔の色が真っ赤になって止まった。
「俺たちの婚姻は国同士の利益の絡む政略結婚の面が大きい。けど、だからと言ってそれだけに甘んじているわけにはいかない。マリーが永く幸せでいられるように、俺も頑張ろうと思ってる」
「え。ひゃい」
「この指輪はそのための証として作ってもらったんだ。勝手な真似かもしれないけど、一つのけじめだと思って」
マリーと俺が結婚するというのは、どうしても国の思惑が絡んでくる政略結婚だ。俺はそれで納得しているが、マリーの方がどうかと言われると……本人ではない俺には分からない。
少なくとも気の合う相手だとは思っているが、結婚生活という面で見るとどうなるか分からない。だが、だからこそと言うべきか。俺は「分からない」ことに甘えて努力を怠ってはいけないのだ。
一気に二人と結婚するという立場というのもあるが、何よりこれはマリーと親しいからこそ意識しておくべくことだと言えるだろう。惰性で過ごしていては、いつか忘れてしまう。だからこそ、形としてまず証を残しておきたかったのだった。
そのためにパトリシアさんに指のサイズを先に聞いておいたのだが……気持ち悪く思われてたりしないか心配だ。
「ぜ……ぜぇんれん勝手じゃないよ」
「なんか舌回ってなくないか? 大丈夫?」
「大丈夫!!」
「うお……」
よもや熱中症じゃあるまいなと思ったが、どうやら元気そうだ。
マリーは指輪を手に取ると、じっくりそれに視線を注いだ。
「……あ、ありがと。へへ。そこまで思ってくれたんだ」
「もちろん。当たり前だろう」
「か、返せとか言っても返さないからね!」
「言わん言わん」
さてはこいつまだ混乱しているな?
……いや、不意討ち気味にやった俺も悪いとは思ってるが。
「なんかさ、ボクこういう立場で色々なことがあって……正直諦めてたところもあるんだけど……なんだかんだでラッキーだったかも。大切にしてくれる人と巡り会えてさ」
「……なんかそうまじまじと言われると気恥ずかしいな」
「ありがとうレスター。これからもよろしくね」
「うん、よろしく」
「じゃ!!」
「え? あ、おう」
「ホゥ……?」
「グゥ……?」
ごく簡単な言葉で締めくくった直後、マリーは車椅子のジェット噴射機構を使って屋敷に即座に戻っていった。
……俺何か失敗した? いやでも、そこまで悪い反応じゃなかった……と思うんだが……。
状況が把握しきれていない様子の二匹と一緒に、俺も首を傾げて困惑した。
「ねえ兄さま、昨日の夕方からマリーちゃんずっと指輪見てニヤニヤして不気味だし姉さまはなんか気落ちしてて見てて可哀想なんだけどあたしどうしたらいいかしら」
「俺に言われても困る」
後日、本当に俺に言われても困ることがリンデの口から伝えられた。
……俺にいったいどうしろと言うのだ……。