災禍の洞窟における鉄道の敷設作業は、いくつかの段階に分けられる。
まず俺が掘削してその場で固めた外壁の強度検査と補強だ。
これは先日のように、穿孔サソリや
俺も割とカチカチに固めているつもりなのだが、それでも魔獣は思わぬタイミングで思わぬハプニングを呼び込む厄介者だ。備える分にはどれほど備えても足りないくらいだろう。
そもそも、業者も入れずに俺やメレディスといった地に属する適性持ちの魔法でずっとなんとかしてきたわけだからな。徹底的に検査の手を入れるのは当然だ。
それが終わると今度は鉄道を通すための作業だ。これまで俺たちは「とりあえず」で平地にレールを敷いてトロッコを走らせていたのだが、列車を走らせるとなればちゃんとした整地は必須だ。
事故防止の柵なども設けるなど、一般の客が利用する前提で用意しないといけないものも数多くある。
で、これらを用意し終えてからやっと鉄道の敷設になる。
「……って、説明されてたけど意外ともうかなり進んでるのね?」
「国には鉄道に関してはノウハウの蓄積があるからな」
さて、工事が始まり既にひと月ほど。大きな事故や想定されていた妨害などは特に起こらず――あるいは既に動いている両国の密偵組織に人知れず対処され――工程は既に後半に差し掛かりつつあった。
俺はいつも通りクリスとリンデとマリーとの4人で視察にやってきたのだが、プロの技を見ると色々と参考になる。俺はあくまで学院でかじっただけだからな。
ただ、鉄筋コンクリートを基礎としたり、コンクリート製の枕木*1をどんどん浮かして敷設していったりといった光景は、これまで俺がやってたこととそう変わりは無い。
「今は……線路を通すちょっと前の段階みたいだ」
「これからまた更に複数の駅舎だとかができるんだよね?」
「ハンターが魔獣の狩りに行くには途中下車できる設備が要るからそうなるな」
……こうして見てると、なんだか何もせずに見ているだけという状況がちょっと申し訳なく思えてくるな。
いや、村長という立場上何もしないことの方がむしろ正しいんだが……今までが今までだから……。
「そういえば今ってハンターたちはどうしてるんだい? トロッコ使えないから移動不便でしょ」
「基本は別の仕事で対応してもらってるよ。外にも魔獣はいるし、作業員の方々の護衛も仕事になる」
「個体数の調整についてはいかがですか?」
「流石にひと月ふた月じゃそう簡単には増えないさ」
さて、この工事、当然ながらやってる最中はハンターたちは洞窟で狩りができなくなってしまう。が、そこはまあそれ以外の仕事を斡旋することで対応している。
例えば工事の作業員の護衛。この場にも既に数名馴染みのハンターたちがおり、軽く手を振ればあちらも気づいて応じてくれる。
あとは村の外、森林地帯の狩りだろうか。以前のように火竜なども出没することはあるし、適宜対処は必要になる。
……中には、こんなクソ暑いのに仕事なんてやってられるか! と言ってプールに浮いている人もいるが、これはこれで仕方ないと思う。いくら魔道具のおかげで体感気温は下がっていると言っても、日差しやら湿度やらのせいで暑いもんは暑い。
正直俺だってたまにはプールに飛び込みたい。立場上できないけど。
「ひと月ふた月ってことは、工事もあとひと月くらい?」
「もう少し早いかもな。秋までには終わるだろうけど」
村の経営という観点ではそこからが本番だろう。魔獣肉の料理などの特産品を売り込む準備を整えていかないと……なんて頭の中でそろばんを弾いている時だった。
「大人しくしないか!」
「いやっ! 放してください!」
突如、トンネル内に女性の悲鳴が響く。何事かろ思いつつマリーをかばうように前に出る――直後に更に俺の前にクリスも出てくる――と、大量の荷物を背負った金髪の女性を捕まえ……ようとして引きずられている兵士の姿があった。
なんか悲鳴から想像してた光景とだいぶ違うな?
クリスたちも同じことを考えたらしく、どちらを止めるべきなのか困惑しているのが見て取れる。
これどういう状況? と押さえ込もうとする兵士に目線で問うと、彼は渋い顔で応じた。
「不法入国です!」
「私は地上へ行くんです! これ以上待てま……せん!」
「うおおおお力強ッ!」
「ねえ兄さま、普通不法入国ってもっとこう……問答無用で逮捕されたり追い返されたりするものじゃないの?」
「聖王国と帝国はその辺ちょっとユルいんだ」
聖王国と帝国は境界線が曖昧だ。正確にここからここまでが国境、と言ってみても気づいたら踏み越えていたりというのが割としょっちゅうある。なのでクリスたちの時もそれほど問題視はされなかったし、領民登録試験などを経て正式に聖王国に来たように事後処理もした。
それにしたってこんな強引に突破を試みる人は初めて見るけどな……ちゃんとした手続きさえ踏めばいくらでも通れるし……。
となるとこの人には、手続きの暇を惜しんででもこちら側に来たいという理由があるわけだが……そう考えたところである人物に行き着いた。
以前話に出た鬼人族……移住の届け出を出した、吸血能力を持つ氏族の人だ。
……え、マジで?
「胃が痛そうな顔してるけど」
「まだ平気だ」
「平気じゃなさそうな声色だけど」
できれば見なかったことにしたいけど、これ見なかったことにしたら後々問題になるだろうしなぁ……。
で、俺はこの不法入国を果たそうとしている暴走特急相手に何をすればいいんだ? 村に受け入れるべきなのか? いや、流石にそれはダメだろ……行政として。
かと言ってこのまま見て見ぬふりするのは色々と……色々とマズいことになりそうなので避けなければならない。
さて、どうするのが一番丸く収まるか……必死で頭を回しながら前に出ることにした。
「お二人とも、少しいいですか」
「何でしょうか! 太陽が! 私を待っているのですが!」
待ってねえよ太陽はいつでもそこにあるだけの存在だよ。
……と、余計なツッコミをしそうになるのを必死で押し留める。
そしてほぼ確実に移住希望者だということが分かった。この勢いは確実にそうだ。
「……私はサラク村の村長、レスター・コールリッジと申します」
「なんと奇遇な! 私、この先のジロール村に住んでおります、いえおりました、エリーカと申します! 以後お見知りおきを!」
「は、はあ」
もう既に引っ越した気になっていらっしゃる?
名前を聞いて改めて記憶から資料を引っ張り出す。確か……一番最初に移住届が来たからよく覚えている。
エリーカ・ヘッグストレーム。鬼人族の中でも吸血能力を持ついち氏族――吸血鬼、という俗称はあるが悪印象も強いためあまり好んで使われない――の女性だ。前職は村の事務職員を務めていたらしい。
この情報だけなら待望の新規事務員なのだが……ご覧の有様である。
「いずれ」村に来ると言うのなら問題なく歓迎できたのだが……できたのだが……ううむ……。
「村長さんでしたか。お疲れ様です。ではこの方はあなたに任せても?」
「……ええ、はい。そうしてください。クリス」
「はっ」
兵士は非常に疲れた顔で俺にエリーカさんを任せてきた。
これで断るというのもそれはそれで心苦しい。仕方ないということで、クリスにエリーカさんの拘束を任せてここから無闇に移動できないようにしてしまう。
「おや? 村長さん、これはいったい? ……全然外れない!」
「通達はしていたと思いますが、村に移住されるのでしたらあとひと月……せめて半月は待って、鉄道が開通してから来ていただけませんか?」
「はい、お聞きしています。ですがそれでは――」
「もしかして、村で何かあったりしたのかい?」
「いえ、単純に我慢なりません!!」
「この子とっとと帰そう」
「ああっ、そんな殺生な!」
よもや村の医療設備などに問題があったりしたのだろうか? そんな気遣いはまるで無用だった。
どうやら純粋にエリーカさん個人の堪え性の問題のようだ。マリーが呆れて頭を抱えている。マリーを呆れさせるとか大概だぞ。
「私は長年太陽というものを夢見て太陽賛美を掲げてきた太陽の信徒なのです。太陽こそ我が導き。この機を逃すことなどできましょうか」
「何が何でなんて?」
「様子のおかしい人よ」
エリーカさんはグッと握りこぶしを天井に突き上げた。
俺は徐々に胃が痛むのを感じているし、珍しくリンデが気圧されている。クリスは既に思考を放棄して仕事のことだけを考えているようだ。マリーは……半分ドン引き、半分は変な人を見て笑ってるって感じだ。
「ビバ太陽」
「…………」
「…………」
マジでこの人が移住して来んの?
というか太陽が苦手な一族が太陽を信奉してるって何よ?
色々なツッコミが浮かんでは消えながら、俺は必死に顔面の筋肉を取り繕い続けるハメになった。
……移住者一人目からこれかぁ……。