色々と思う所はあるが、俺たちは一度地上に戻ることにした。
話し合いの席を設けるにしても、作業員詰め所しかない地下でやるには少々不便だし、
「太陽ぉぉ――――っっ!!」
そして俺の選択は少々失敗した気がする。
地上に出て早々に太陽を目にしたエリーカさんは、その場で五体を投げ出し体いっぱいに日差しを浴び始めたことで後悔が溢れ出しそうになった。
彼女たちは日光に弱い。それはもうかなり弱い。瞬時に肌が軽い火傷のように赤くなり始めたのを見て、思わず組み換え魔法で岩の日傘をその場に作り出したほどだ。
「ああっ!」
「いきなり何をしているんです!?」
「太陽を堪能できると思ったら抑えがきかなくなって……すみません」
亜人種故の回復力の賜物か、真っ赤になった肌は見る間に回復していくのでいいのだが……いや、いいのか……?
だとしても直に日光を見たりしては視力などにも障るだろう。そうなるといくら回復力が高くとも元に戻らないということがありうる。危険なことには違いない。
「大丈夫ですかこの方は……」
「…………」
クリスの懸念に返すことのできる答えが用意できなかった。
何を言葉にしても問題になりかねないからだ。時に
あと、俺たちには想像もできないしな。太陽が無い生活っていうのも、それを生まれてから今までずっと経験していたというのも。何を言っても上から目線になりかねないだろう。
「ちゃんとお話をうかがう必要がありますので、応接室へどうぞ」
「あ、はい! 失礼します!」
屋敷への案内はパトリシアさんに任せるとして……俺は一度その場に留まり、わずかに顔をしかめながら3人に問いかける。
「どう思う?」
「おかしな人」
「制御不能な人物です」
「そうなんだがそうじゃなくて……」
「レスターが聞きたいのは敵かどうかってことでしょ?」
「マリー正解」
先日の件があって過敏になっている自覚はあるが、万が一は考えておくに越したことはない。
いや、ないでしょとばかりに苦笑いするリンデに対して正直同意したい気持ちはあるが、一応だ。一応。
「派手に動きすぎです。あえて自ら警戒を深めるようなことをするでしょうか?」
「同感。ボクのこと見ても気にする素振りも無かったし、在野の変人でしょ」
「まあ……だよな……」
「何で分かりきったこと聞いたの兄さま」
「俺はどうしても怪しむ癖がついてるから、違う視点の意見を聞きたかったんだよ」
クリスには軍での経験と嘘を見抜く能力があるし、マリーは技師としての視点もある。リンデは先入観無しにものを見ることができるので思わぬことに気付いているかもしれない。
どうやら何事もないようだけど……そもそも移住届がこちらに届いているような人になりすますかって問題もあるか。精査されるに決まってるのに。
「ともかく話を聞かなきゃいけないな。皆はどうする?」
「……ボクはいいや」
「あたしも」
「私は護衛として帯同します」
マリーとリンデは露骨に苦笑いをして退いていった。
……分かるよ? 気持ちは。分かるけどこう……もうちょい道連れになってもちよくない? ダメ? ダメか。
というか俺が求めちゃいけないよな道連れ……。
ともかく気を取り直して応接室に向かうと、エリーカさんは意外にも大人しくお茶を飲んで俺たちの到着を待っていた。
「お待たせ致しました」
「いいえ、ちっとも待っていませんよ。むしろもう少し待たせていただいても問題ないくらいです。ウフフフ!」
テンション高ぇ。
大人しく待っていたのは偽装か? などとつい思ってしまうが、窓から外を眺めるエリーカさんの目はワクワクした感情を隠しきれていない。これでもかというほど楽しそうだ。
「何かご覧になっていたのですか?」
「ええ、村の……いえ、太陽の光あふれる地上の様子を見ていました。ジロール村ではこのような光景など見られませんでしたので」
「なるほど」
余計な同情も憐憫も入れず、ただ納得だけを込めて頷く。
エリーカさんの暮らすジロール村は、人工太陽から最も遠方に位置しているため常に薄闇の中で生活することになっている。光を放つ魔道具くらいはあるだろうが、熱量も光の質も太陽のそれとはまるで異なるはずだ。生まれて初めて見る地上の光景に多少目が奪われても仕方のないことと言えるだろう。
にしても地上に出てきてすぐは様子がおかしいとしか言いようがない状態だったが。
「ご存知かもしれませんが、私のいたジロール村では人工太陽の光も薄ぼんやりとしか届きませんでした」
「存じております」
「そのせいで農作物の育ちが悪く、中央から遠いため産業も発展しておらず……近年は激しい過疎化に悩まされています」
「過疎化ですか……」
辺境ではありがちだが、同時に深刻な問題だ。
単に過疎化とひと口に言っても原因は様々だ。人口流出が主原因だったり、死亡数が出生数を上回る自然減だったり、その両方だったり……。
現在のところ、徐々に人口増加を目指して邁進しているサラク村にはあまり関係無い話と言えば話だが、だからと言って軽視できない問題だ。
それに足る理由がひとつあれば過疎化は急速に進行しうる。経済的に旨味がなくなればいずれ捨て置かれただの通り道と成り果ててしまうこともありうる。そうならないようにするのも俺の仕事であるわけだが……流石によその村のことまで分かんねえよぉ。いや、弱音を吐く姿見せられないからこんなこと絶対口に出せやしないんだが……。
「特に深刻なのが人口流出です。娯楽もごく限られていますし、そうなるのも致し方ないのですが……」
「確かに帝国内では中央に向かわなければ……どうしても難しいですね」
「しかし太陽の光あふれる地上への道が拓かれた今こそ! 復興の時なのです!」
「うおっ」
急にエリーカさんはその場で机をバンと叩いて立ち上がった。
この人の情緒大丈夫か。感情が乱高下してるぞ。
「村長さん!!」
「あ、はい」
「この村ではちゃんと作物は育っておりますでしょうか育っているはずですきっとそうでしょう!」
「そうですね」
「そうでしょうとも!! 食料生産の問題はこれで解決できるはずです。そして今後は貿易路の発展と共に様々な産業の発展も見込めることでしょう!」
サラク村の辿るであろう道筋とほぼ同じことが向こう側の村にも言えるだろう。その辺は俺の考えとも合致している。
食料問題はもちろんのこと、物流も改善するだろうしこれまでよりも遥かに豊かな生活ができることだろう。
国や関係各所の手が入ることは確実なので、産業の発展が見込めるというのも事実だ。
事実なのだが……。
「それは……移住しないといけませんか?」
「え?」
「そもそも仰っていることは分かりますが、それはサラク村に向かって人口流出が起きるということでは……?」
「…………」
エリーカさんは愕然とした様子で俺の方を見た。
……いや、あなた自身がサラク村に移住しようとしているんだから気付いてくださいよ。
人口流出による過疎化の原因が環境に由来するものだと言うのなら、それが解決できる地上に来るというのはごく自然な選択だ。もちろん生活基盤をやすやすと捨てられない人も多いだろうから全員が全員移住はしないだろうが、下手をすると人口流出の方向性が帝都方面からサラク村方面に変わるだけになりかねない。
「言われてみれば……!? つまり村長さんは……敵……!?」
「敵か味方かという問題ではないと思います」
「敵ではない……!?」
「あのですね。まずちょっと落ち着いてください」
確かに村の人口を奪う敵と言われると否定し辛いところがあるが、ちゃんと業務提携ができればお互いに味方になりうるのだ。安易に敵認定しないでほしい。
混乱しているのが目に見えて分かるのでまずは適当になだめて落ち着かせる。お茶をグイッと行ってもらうと、回していた目が徐々に元に戻っていった。元の状態がよく分からないが。
「落ち着きました」
「それなら何よりです。では、建設的な話をしましょう」
確かに今のままでは流出先がサラク村になるだけで根本的な解決にはならない。
もちろんサラク村にとっては好影響だが、そのために近隣の村のリソースを吸い上げるのは本意ではない。双方にとっての利益にならなければ余計な恨みを買うだけになりかねないだろう。
「よろしくお願いします!」
「重要なのは一方的な繁栄ではなく、双方が協力していくことです。極端な話ですが、出ていく以上に入ってくる人が多くなればジロール村の人口減少も食い止められるかと思います」
「それはそうですね。しかしどうすればいいのでしょう?」
「まずはジロール村の強みというものを見出すことです」
「強みなんて大層なものが思いつきません……!」
なんだとぉ……。
……いや、長年住んでいるからこそ足元がおろそかになっていることは十分にありうる。灯台下暗しというやつだ。
それに鉄道の開通で色々状況も変わっている。物流が改善されるということは、ジロール村に来る物資だけでなく、ジロール村から出ていく方の物資についてもより円滑化されるはずだ。
「時間はありますので今すぐに見いだせなくとも構いません。地元の方から見ればあまり価値がなくとも、外の人間から見れば価値があるものはあります」
「そういうものですか」
「売り出し方もあります。直接地上に移住しなくとも、ジロール村を中継拠点とすれば宿場町としての需要も見込めるでしょう。現在の村のあり方を維持し続けることは難しいかもしれませんが……」
「そこは承知している……はずです!」
断言してほしかったなぁ。
……まあ、住民感情なんてその時になってみないと分からないことではあるな。それに、時によっては強権を使う必要があることもある。過疎化が深刻でこのままでは立ち行かないというならなおさらだ。
「では早速これからそのための仕事を――」
「いや、それはまだお待ちください」
「なぜです? 善は急げ! と言いますでしょう?」
「いやあなた今不法入国中なの分かってます?」
「…………」
ぎくりと軽くエリーカさんの肩が揺れた。
流石に自覚はあるようだ。こうして呼んだ以上、俺にも多少は同情や共感はあるが……それは関係ない。村長という立場がある以上、言うべきことは言っておく必要がある。
「エリーカさんがジロール村のためという部分もあって地上に来ようとしているのは分かりました。しかし、まずはルールを守ってください。正当性が担保されなければどれだけ高潔なことを言っても説得力に欠けます。まず公式に鉄道が開通してから改めてお越しください」
「それは……そうなんですが」
「ではこう考えるのはいかがでしょうか。先程申し上げたような、村の強みを見つけたり改革を行ったり……鉄道が開通するまでの期間を、そのための準備期間とするというのは」
「はっ!?」
一度地上に出たからこそ見えるものというのはあるだろう。それに、こちらとしてもただ無鉄砲に出てきただけの人を迎え入れるというのはよろしくない。
……いや、正直なところ村の経営のためには多少そういう人がいてもいいんだけどさ……それはちゃんと正式に迎え入れる準備が整ってからというか。
熱意は認めるが、せめてルールを守り、計画を練って交渉を試みてからというのが筋だろう。
「分かりました。ではまた改めてよろしくお願いします!」
「こちらとしてもちゃんとルールを守っていただけるなら何も申し上げません。次にお越しになるのをお待ちしております」
「太陽!*1」
珍妙な締めくくりの後で、エリーカさんは応接室を後にした。
とりあえずこれで一旦は解決か。パトリシアさんに案内してもらって、侯爵家の兵士に元の村に戻してもらうよう頼んでおこう。
……なんだかどっと疲れた気がする。胃の痛みとはベクトルが違う。とにかく疲労感がすごい。
エリーカさんが単にとびきり変……個性的というだけならいいんだが、もしもこの調子の人が増えたらどうなってしまうのだろうか。
……目の保護用サングラスやその他諸々の準備を早急に整えるか……。