道路工事というのは本来、国や自治体が主導となって取り掛かるような大きな事業だ。
特にサラク村周辺のような未開拓地域では、石畳を敷くなどよりも先に、整地をして地面を均していく必要もある。
道幅を確保するために木を伐採、根っこを掘り起こして処理し、更に土を固めることで地盤を強化。そこまでやってようやくコンクリートなどを流し込む用意が整う。
加えてここでは魔獣の襲撃にも気を配らねばならず、はっきり行って工事は困難極まる環境だった。
だった。過去形である。
「終わりました」
縄張りに入った者を死ぬまで追いかけ邪視で殺すと言われる多頭の大蛇が全身を凍結させられ、火炎を操る
……槍って
「どうやったんだそれ……」
「突いて、刺した状態で、回してねじ切るんです」
「ねじ」
怖……。
俺の護衛がちょっと強すぎる。
おかげで作業はすこぶる順調ではあるんだが。
「……こっちも、今日の目標はだいたい終わりだな」
で、もう一方の俺だが……根や岩などの障害物の掘り出し、整地、固め、までがワンアクションでできる組み換え魔法のおかげで作業は捗っている。
ある程度は早めに終わるだろうとは思っていたんだが、妨害も視野に入れていた分、予想を遥かに超える勢いで一日のノルマを達成してしまった。
「早々に終わってしまった……」
まだ陽も高く昇り切る少し前だ。確かに昼前に一度作業を中断して昼食にしようとは思っていたんだが、昼からまた作業を再開する前提だったので、丸々時間が余ってしまった。
このまま再開して予定の倍作業を進めるというのも選択肢として全く無いわけではないんだが……。
(他にもやること多いんだよな……)
昼からは別の作業をするというのももちろんアリなんだ。畑の世話とか、家を建てるとか。
これが父上の下で働いていた時期だったら、キャパシティ以上に仕事が増えることになるのを予測してある程度報告の時期を調整していたものだが……今は立場も必要性も伴ってる。午後は休み時間にしておく、というわけにはいかないだろう。
「そろそろ一区切りつけて昼食にしよう」
「はーい」
リンデは今のところできることが多くないため、とりあえず落ちた枝葉や石ころなどを拾ってもらっている。そのせいかどこか声音に退屈げな色が混じっている。一方クリスはいつも通り――と思いきや返事が無い。振り返れば、クリスは炎上している火猪の前でわたわたしていた。
「何やってるんだ?」
「ひ、火が全然止まらなくて……!」
「ほう」
火猪は全身から炎を吹き出し操る危険な魔獣だ。体も大きく、街に現れようものならまず大規模な避難が行われるような存在と聞く。俺も実物は初めて目にしたが、体高はそれこそ俺の身長を超す。
炎を出すのは、魔力を全身に通しているが故の特異な能力だと考えられているのが一般的だが……。
「なるほど、可燃性の体液なんだな」
「燃える体液……」
「しかも外気に反応するだけで発火するみたいだ」
内側からどんどん油が出続けているようなものだろうか。
となると、火が出ること自体はあくまで生態。「操る」ことに魔力を使っているのかもしれない。平時は体内の圧力などで引火点が調節されているのだろう。任意に放出し、外気に触れることで着火……主体は火じゃなくて油だな。
今更名前が変わることも無いだろうけど、レポートにまとめておくのもいいかもしれない。
「それで、どうすればいいのでしょう」
「放っておく」
「放って……放って……!?」
「何せ危険だから」
そんな低い温度で引火し続ける油だか体液だかなんて、とてもじゃないがまともには扱えない。
工業的な用途はあるのかもしれないが、あいにく俺は専門外だ。破壊工作だとか爆弾だとか物騒な使い方しか思いつかない。
「折角の肉が……」
「それは俺も惜しい」
どんな味だったんだろう、あれ。
どうにかできる手段があれば食べてみたいとも思えるけど……獲物はもう一匹いるからヨシとしておくか、今は。
で、さて。問題の多頭の蛇だ。
「あたしもこの蛇みたいに丸裸にしようってムグググ」
「絶対言うと思ってたぞお前ほんと……」
爬虫類系という共通点を見つけたところでチャンス! チャンス! てなってるから分かりやすいんだよこいつ……。
ともかく蛇だな。この多頭のものはハイドラ種と呼ばれる、一般にもよく知られた魔獣だ。今回狩られたものは、全長にして10m近くある大物、高位魔獣だな。
こいつに関してまず最初にやらないといけないのは、丸太ほどもありそうなごん太の首を全部落とすことだ。
「うぷぇ……これ全部切り落とすのぉ……?」
「牙の毒と眼の魔力が危険だからな」
他の魔獣、いや、大抵の獣がそうなんだが、肉の解体というのはどうしても凄惨な光景になってしまう。
俺も正直それほど慣れてはいない。リンデの気分が悪くなるのも道理だろう。顔色一つ変えずに処理するクリスがすこぶる頼もしい。
けど蛇はな……きっちり処理しないと毒にやられる可能性も高いんだこれが。俺も昔三回くらい死にかけたよ。
怖いね蛇毒。
「眼を合わせることはしないようにな。こいつは視線に魔力を乗せるタイプだ」
「どうなるの?」
「体の周りの空気が固められて動きを阻害させられる。緑色だろあの眼。ついた名前も
「ほんとだ」
つまり風、空気の動きを司る魔法に適性があることを示す。こいつの「視線に魔力が乗る」という特性をそのまま備えた眼も、良質な魔道具に加工できることから市場価値は高かったりするのだ。
頭を落とした次は分厚い皮を剥く。サイズの小さな蛇なら引っ張っただけでも皮が剥げたりするんだが、これほどの大きさとなるとそうもいかない。
まず切れ込みを入れ、肉の側から削ぐようにして外皮を剥ぎ取る。そこまでしてようやく、鶏肉にも似たピンク色の肉が顔をのぞかせる。
「これでようやく食べ」
「られない」
「えっ……」
クリスがしょんぼりした。割と食いしん坊だよなこいつ。
自己主張もアピールもほとんどしないけど。
「蛇はちょっと難しいんだ。軟体動物のように見えて、実は全身に細くて硬い肋骨がある」
「確かに噛み切るのは少し難しいのですが……」
食ったことあんのかよ。
「いつどうやって食べたんだ?」
「丸焼きです。過去の行軍の際に」
「……味付けは?」
「…………」
調味料はつけていないと……。
さぞかし美味しくなかったことだろう。それでも食べないといけなかったあたりに当時の苦労が察せられる。
いや、この食欲だと案外おやつ代わりに食べてたという線も無いではないが……。
「流石にこいつを丸焼きというわけにはいかないが……」
軽くナイフを入れると、すぐに硬い肋骨の感触があった。この程度じゃ切れないのは明白だが……よし、ここまで感触が分かりやすいなら悪くない。骨から肉を削ぎ落としてしまうことができる。
「うん、これなら他の肉と同じように扱えるな」
「おお……」
「心配する必要あった? こんな大きいのに」
「一回中を開いてみるまで分からないから……それに、肉の中で無数の骨が交差して骨を抜くことすら難しい魚とかもいるしさ」
「何それ……」
この辺は師匠から聞いた話と俺の経験の両方だ。
蛇が食肉としてポピュラーでない理由は、見た目や毒を持つ生物という忌避感、捕獲しづらさもあるが、とにかく肉が食べづらいという点も大いにある。骨の多さと硬さで邪魔されるし、取り除きにくいし、オマケに肉自体の量も少ない。俺が前に調理した時も、背骨を取って肋骨ごと叩くことで肉団子にするとか、よく揚げてカリカリにするとか、基本的には骨を気にせずに済むような……骨の存在を前提にした調理だ。これを経験すると鶏や豚、牛がどれだけ食肉として完成されているかがよく分かる。
しかしこのハイドラ種、骨が硬くて太めで、巨体ということもあって肉も大きく、切り出しの一手間で他の食肉と同じように扱えるようになりそうだ。
(まずは何もつけずに味見から……)
台所に戻り、切り出した一欠片を軽く味見する。茹で、焼き、揚げ――魔獣肉はたいてい美味い、の通説通り、どれも問題なく美味だ。
味としては蛇肉の例に漏れず鶏肉に近いが、食感は魚と鳥の中間のような感覚。甘みがあり、親鶏のような深い旨味を感じられる。
が、茹でると弾力が強くなりすぎるな。円熟された旨味があって多少固くともまずいわけじゃないんだが、ゴムのような食感になってしまっているのは問題だろう。恐らく、茹でると肉汁が外に漏れてしまうんだ。脂もほとんど無く、淡白。今は茹でる手法は避けておこう。旨味が出て良いスープになりそうだし、煮込んで柔らかくなるか試してみてもいいんだが、検証は後日でいいか。
肉汁を外に出しすぎず、それでいて脂の足りていない部分ややや淡白な味を補える調理……よし。
「焼き……いや、揚げ焼きでいくか」
厚めに切り出した肉を軽く叩いて広げ、ハムとチーズを包む。あとはシュニッツェルと同じ要領で衣をつけ、揚げ焼きにすれば蛇肉のチーズ包み揚げが完成だ。
確か師匠はこういう料理をコルドンブルーとかって言ってたっけ? どういう意味か分からないので俺は見たまんまの名前しか使ったことは無いが。
付け合せは山菜の炒め物とニンジンのグラッセ。主食は米とパンを自由に選んでもらおう。
「どっちがいい?」
「じゃ、あたしパン」
「私はご飯を……」
「分かった」
午後からも作業はあるので、俺も今日は腹持ちの良さで米を選ぶことにする。
さて、まずは何もつけずに一口――うん、美味い。
やはりこの美味いけど絶妙にひと味足りない感じには、脂や塩気を足してやるのも正解の一つだ。
チーズの若干もったりしたミルク感が米の食べ味を損なうので、この調理法だとパンの方が合ってそうなのが難点と言えば難点かもしれない。けど、これはチーズの種類の選択や味付けによって改善できそうだ。挟むのもチーズである必要は必ずしもないわけだし。
「おいし――あっ」
味の要素を分析しながら食べていると、なにやら焦ったようなリンデの声が発せられた。
フォークから取り落としたりしてしまったのだろうかと視線をたどると――べっちゃりとソースをかけているクリスの、ちょっと青くなった顔があった。
「姉さま……兄さまがせっかく作ってくれたのにそんなたぱたぱかけて……」
「ち、違うんです。ただ少し味が薄いと思って、それで……」
「え、あ、うん。そっか」
……いや、俺の味付けが絶対ってわけじゃないし、口に合わなきゃ調味料加えるくらいなんとも思わないんだが。
むしろ何も言われずにいた方がよくない。本人の望まない味の料理をずっと提供するハメになるのだし。
「クリスはもう少し濃い味の方が好みなんだな。次からは気をつける」
「……お気を悪くされたというわけでは?」
「この程度で気分を害するほど狭量なつもりはないよ」
高級レストランになるとそういった事例もあるとは聞くが、もちろん今の俺はそんな立場じゃない。
それに実際のところ、一流店になるともっと客に寄り添った対応をするものだ。料理の高級さ、味などで差別化するのは当然としても、サービスも重要なファクターだから。
忌憚のない意見を言わせてもらうと、一定以上の水準超えたらあとはもう好みだからな料理って。付加価値が店選びの基準になってるって人も多いだろう。
客に合わせた味付けというのは、その中でも分かりやすい部分だ。
「味覚も大事な指標だ。体調によって簡単に変わってしまうし、生活習慣や体質によって個人差も激しい。口の大きさの違いだって食味に影響しうる。口に合わないとか食べにくいとか、そういうことがあるなら言ってくれた方が俺は助かるよ」
「ちょっと意外だわ。兄さまって『つべこべ言わず俺の飯を食え!』って言いそうに見えるのに」
「……師匠はそういうタイプではあった」
「要素はあるのね……」
自覚的な分まともな方ではあるんだが、改めて考えると破天荒な人だな……突如学院の食堂でバイトし始めたり、酒場で賭けして素寒貧になったせいで皿洗いするハメになったり、俺も散々反面教師にさせてもらったもんだ。
「で、味覚だけど……クリスは魔獣退治でよく体を動かすし、自主的に訓練もして汗をかくだろう?」
「おっしゃる通りです」
「そうすると、体の塩分が外に出ていく。濃い味の方が好みなのはこのせいだ。体が塩分を求めているんだな」
逆に普段からあまり動いてないし、体温の上昇が発汗にあまり寄与せず、記憶=経験も足りないことで味覚の土台ができてないリンデは薄味でもしっかり味を感じ取れる。
父上や上の方の兄上のように軍事に携わっている貴族はクリスの味覚に近く、王都で政治に携わっていて出歩く機会の少ない下の兄上のような貴族はリンデの味覚に近いはずだ。
あくまでそういう傾向があるだけで、絶対ではないけど。
「度を越さなければ俺も何も言わないから、気兼ねはしないでくれ」
「お気遣い痛み入ります」
「ねえ、ちなみに度を越したらやっぱり怒るの?」
「え、いや……まず体の心配をする……」
味覚の変化や食事量の増減は体調の変化を示す重要なサインだ。
過剰に調味料を足すなんて人を見かけたら……うん、まずは病院だな……。
二人は「ですよね」と言わんばかりに苦笑した。