色々と激動だった夏が去り、徐々に秋の色が濃くなってきた頃。
鉄道の敷設が無事に終了し、村は帝国からの客人を迎え入れるための準備を整えていこうという空気になりつつあった。
まだ中継地点に駅舎を建てたりといった工事は続くが、洞窟を抜けてくるだけならこれで十分可能となる。そう遠からずマリーの関係者……つまり、帝室関係者も訪れることになるだろうということで、俺たちはその準備にも追われていた。
「太陽!」
「「「太陽!」」」
「様子のおかしい人たちよ」
「…………」
――更に、列車を走らせることができるようになったということは、これまで実務が伴わないからということで留め置いていたジロール村からの移住届を正式に処理できるようになるということだ。
大通り……は流石に迷惑がかかることを把握しているらしく、場所を移して住宅街の空き地。ジロール村からやってきた太陽信奉者たちは全身で陽光を浴び、案の定全身をチリチリと焼き焦がしていた。
「ち、治療をした方がっ」
「いや……しばらく放っておこう……」
「ええっ?」
「あれは我々にはどうしようもできない」
「ええっ!?」
事務員見習いとして同行しているセラフィマさんが心配で声をかけようとするが、俺たちは揃って首を横に振った。
よりにもよってクリスまでもが諦めているので余計にビックリしている。しかし俺たちは知っているんだ。彼ら彼女らが異様に回復力に優れているから、ちょっと焼け焦げたところですぐ治るということくらいは。
変な影響が残りそうなら流石にちょっと神聖魔法で介入してもらおうと思うが……あの人たち、いくら日陰に連れて行っても何度でも太陽の下に出るだろう。何度も何度も同じように治療するというのでは流石にセラフィマさんの魔力の方がもたない。
「村長さん! 我々にこのような機会をありがとうございます!!」
「どういたしまして。肌焦げてますよ」
「それも太陽の御力!」
「そっすか」
ご覧の通りである。
エリーカさんは全身にダメージを負うのを厭わず大きく天を仰いだ。
ふと、「神」とやらを奉じていた狂気に満ちたオズワルドさんのことを思い出したが、これは明らかにあれとは方向性とか趣旨が異なる。
というかいっそこっちの方が狂気じみてる気がしないでもないが、ともかく背景はしっかりしているのでツッコむところでもないだろう。
もうツッコむ気力が無いとも言う。
「うちの村の若い衆が申し訳ありません」
「いえ……長年の夢だったようですし……」
陽光から身を守るための黒いローブに身を包んでいる老人が頭を下げる。ジロール村の村長であるラッセさんだ。
彼もまた長いことエリーカさんたちの奇こ――衝動的な言動と接してきた故か、諦めやら呆れやらの方が先に出てしまっている。
しかし、それにしたって自ら太陽の下で身を晒すのは異様な光景なのだろうが。ドン引きしてるし。
「夢と言うにはいささか熱烈に過ぎますがな」
「熱に身を焦がすのも若いうちの特権ですよ」
「物理的に焦げていますが」
「あなたも十分お若いのでは……」
「今は勢いに身を任せられるほど立場が軽くありませんので」
俺も学院時代は好き勝手やってたが、村長という立場がついてきてオマケに結婚まで控えて更に爵位を賜ることが内定している現在、勢い任せにできることはそう多くない。
暗殺者の撃退とか勢いでやっちまった事例もあるが……それもやっちゃいけない事例の一つだ。弁えよう。
「あのぉ……いいんですか村長さん……だんだん焦げた臭いが……」
「本人たちも喜んでおりますぞ。あの者共はしばらく焼かせておればよいのです。仕事となれば目も覚ましましょう」
「……ですね!」
あなた自身本当にそう思われているのか?
その疑問が一瞬口をついて出そうになるが、俺はそれを無理やり飲み込んだ。
きっと大丈夫と信じよう。こっちは仕事が控えているのだ。ドン引きしながら周りも様子は見ているだろうし、ヤバくなったら流石に自分でも分かるはず。
……はず。
あれだけ人並み外れてると流石に分かんない……。
「ではどうぞ、屋敷の方にお上がりください。これからの話を詰めていきましょう」
「そうですな。よろしくお願いします」
ともあれ、そんなわけで一旦エリーカさんたちは置いといて、ラッセさんを屋敷の応接室に上げることにした。
全体的に素朴な方なのだが……なんと言うのだろうな。それと同時にどこかこちらを値踏みするような視線を感じる。
それなりに良い調度品を揃えているのだが、そちらに目を向けてもそれほど興味を惹かれるような様子は無い。流石に長く村長をやっている人というところだろうか、隙は見せてくれなさそうだ。
リンデとセラフィマさんは、既にある仕込みをしているのでそちらに向かってもらう。応接室に残るのは俺とクリスだ。
「おかけください」
「では遠慮なく」
さて、今回ジロール村の村長をこちらに呼んだのは、双方の村の今後について話し合うためだ。
以前もエリーカさんには語ったが、現状のままではどうしても立地的にサラク村がジロール村の人口を吸い上げるような形になってしまう。しかしそれではいけない。村の運営をする以上、双方が利益を享受する関係でなければならないわけだ。
まあ、本心を言うならあっちもちゃんと人口を増やすよう努力してほしいというのはあるんだが……こちらからは何もしませんよ、というのでは禍根を生みかねないからな。協力体制を敷くことも重要だ。
「本日はどうもお招きいただきありがとうございます。ジロール村のラッセ・マルコと申します」
「改めまして、サラク村村長レスター・コールリッジです。では、事前にお願いしておりました件ですが……」
「はい。我が村の名産ということでしたな……と言っても大層なものは無いのですが」
言いつつも、ラッセさんはにこやかにいくつかの品を机の上に並べ始めた。
ひとつは黒い傘のキノコ。もうひとつは薬草の束。最後に白い……というか透明な体色をした細長い魚類だ。
「村で生産しております薬草と、近くの川で取れる洞窟ウナギ……それから、ヤミガサタケというキノコです」
「アミガサタケ?」
「いえ、ヤミガサタケです」
……別な高級キノコと聞き間違えてしまった。
いや、正直そっちならそっちで販路作れば一定以上に売れる見込みがあるからいいんだが……調理法も確立されているし。
ヤミカサダケはシイタケなどに似た大きな傘を持っており、全体的に黒みがかっている。中でも傘は特に真っ黒で、暗闇の中では視認が難しいくらいだろう。だから「闇」なんだな。
「ラッセさんたちは普段これを食べていらっしゃるのですか?」
「それなりと申しますか……毎日のように食べるものではないのです。主食は中央から届く農産物でして……」
「なるほど」
地域に根付いた食料ではある。が、改めてこういう機会がないと注目を向けることが無かった食料というところか。
たまにあるんだよな。その土地でしか食べられない珍しいものにもかかわらず、名産とは言われてないものっていうのが。
言い方は良くないが、要するにそういうのはあんまり美味いものじゃないんだ。なんか無駄に手間がかかったり、普通と違う手順を要求されたり……あと地理的な問題もあるな。冷蔵技術はそれなりに発展しているとはいえ帝国の端のほう、それも俺たちが洞窟を攻略するまで外部と交流する機会があまり無かったと考えると、そもそも特産品なんて考える余裕も無かった可能性が高い。
とはいえ……。
「…………」
わずかにクリスが顔をしかめた。俺も一瞬顔をしかめそうになった。
俺たちはそもそも事前にエリーカさんを通じてこの辺のことは予習している。特産品を料理にして出せばそれなりの効果が見込めると思ったからだ。レシピを考えるには時間がかかるので、どうやっても多少ならず時間をもらいたかったというのは大きい。リンデたちに裏に行かせたのも先に用意していた料理を持ってきてもらうためである。
……が、この内洞窟ウナギというのは事前情報に無かった。
意図して隠していたのか、単純に伝え漏れか……いずれにせよ面倒なことになったのは間違いない。
俺は何食わぬ顔をしながら、符丁でクリスにメレディスを呼びに行くよう伝えた。
「薬草は種類にもよりますが、医療に役立てられる可能性もあります。こちらの販路は探してみましょう」
「おお、ありがたい」
「それからこちらのヤミガサタケと洞窟ウナギですが……少々お時間をいただきたく思います」
「と、言いますと?」
「料理を用意して参ります。活用法が提示できれば、それだけ購買意欲に繋がる……地域の活性化にも貢献できますので」
「なるほど、なるほど」
ラッセさんの値踏みをするような目の色がやや濃くなった。
あー……まあ……そうだよなぁ。あっちからすると俺のこと何も知らないわけだし、そうなるか……。
「非才の身ではありますが、料理の修行も経験しておりますのでそれなりのものをご用意できると自負しております」
「失礼ながらどのような経歴で?」
「まあ色々ありまして。では、当家の家令が参りますので少々お待ちください」
言って、俺は手元のヤミガサタケと洞窟うなぎを手にキッチンへ向かうことになった。
道中、なんやなんやと困惑しながらメレディスが降りてくる。説明が上手く行かなかったのだろう。まあ説明下手のクリスだから想定通りだ。
「先方が予定外のものを持ってきた。この場で対応する」
「了解。どのくらい引き伸ばした方がええ?」
「1時間は欲しいが……仕方ない、30分でいい。こっちで調整する」
「あいよ。急いでな」
「分かってる」
軽くこの場で説明を済ませ、クリスと合流する。
先に説明を済ませておくことができずにものすごく申し訳なさそうにしているが、今はその辺をフォローできる時間がない。ともあれメレディスを連れてきてくれただけで仕事はこなしてくれたんだ。これでヨシとする。
「レスター様。なぜあの方は予定にないものを持ち込んだのですか?」
「さてな。本当に忘れてたのかもしれないし、こっちの対応力を見たいのかもしれない」
「対応力を見るにしても今でないといけないのでしょうか……」
「急にやるからこそ意義があるのかもしれない」
いずれにせよ「かもしれない」であって、真実はラッセさんにしか知り得ない。推測くらいは立てられるが、断言はできない。
クリスからすれば隠し事をされたようで大いに不満なのだろう。しかし、村長という立場上腹芸はどうしたって必要になってくる。
「今日が初対面だ。あっちは俺がどういう人間で何ができるのか分からないだろう。できる限りのことはして、隣人としてどれだけの価値があるかを知っておきたいんじゃないか」
「それは……いささか冷たい印象があるのですが……」
「あっちも長く村長の座にいる人だし、村の人間を食わせていかないといけない。利害関係にシビアになるのはある程度当然だよ」
それにしたって急だとは思うけどな。
料理の話ならいくらでも食いつくし、必要ならできることはやるんだからある程度落ち着いた場でやってくれても良かったんだが……。
まあいい。いや良くないが、全力は尽くすしかない。
「逆に言えば、価値があると証明できれば今後の関係に好影響があるってことだ」
「……私としては、このような場で人を試そうとするのは快い気持ちになれませんが」
「……否定はできないが、そこも含めて度量と思って流しておくさ」
今後爵位を賜るというのなら多少の理不尽に遭っても受け入れる覚悟は必要になるかもしれない。
――と、半ば無理やり自分に言い聞かせながら、俺は驚くセラフィマさんやリンデを尻目に厨房に立った。