「予定変更だ」
「急にどうなさったんですか?」
厨房。
応接室でラッセさんの対応をしているはずの俺とクリスがなぜか突然現れたことに、リンデたちは首を傾げた。
「元々の予定に無かった食材が追加された。これを調理するために少し時間を稼ぎたい」
「そうなんですか? その食材ってその……なんなんでしょうか、それ?」
調理台に置いた洞窟ウナギを見てセラフィマさんが更に首を傾げる。
半透明で細長く、普段俺たちが口にする食材とは少々毛色が違う。これをウナギと言われても結びつけるのは難しいだろうなと思っていると、リンデの目が好色に輝くのが見て取れた。
「半透明で細長くて……卑猥な」
「今ちょっと真面目な場面だから後にしてくれるか?」
「はい」
釘を差されたリンデは、言葉を続けないよう自らの手で物理的に口を封じた。
口が開いていたら自動的に喋ってしまうのも……まあ、だいぶアレだが……それを自覚して抑えられるのも何気にすごいなこいつ。
「端的に状況を説明する。今メレディスに対応してもらって30分ほど時間を稼いでもらってる。その間にこの洞窟ウナギの特性を把握し、外に向けて売り出せるレベルの料理を作りたい」
「た、たったの30分ですか……!?」
「もちろん30分じゃ調理時間が足りないのは承知してる。だからセラフィマさんたちは、もう用意してあるヤミガサタケ料理を順番に出してほしいんだ。これを食べてもらってる間に調理を済ませたい」
「かなりその……分の悪い賭けになるのではないでしょうか……」
まあ、その……相手任せということだからな。クリスの危惧も間違ってない。
しかし現状ではこれしか手がないのも事実。あとは師匠から学んだスキルを活かしきれるかだな。
包丁を用意し、洞窟ウナギの表面のぬめりを水で洗い落としていく。触れた感触は確かにウナギのそれに似ているが、何かが違う気もする。昔こういうものに触れた覚えもあるんだが…なんだったっけか。
と、それはともかく。
「料理を出す順番で時間をコントロールする。スープ、クリーム煮、肉詰め、パスタ、リゾット……これで行こう。あっちも名産品になりうるものを探しているんだから、ちゃんと味わって食べるはずだ」
というかそうであってくれないと困る。
わざわざこっちのこと試そうとしているのだから、それなりの対応をしてくれないとお話にならん。
なにも料理評論家レベルの繊細な舌を持てとは言わないが、それなりに味に対する鋭い感性を持っていてもらいたいところだ。逆にここはこっちが試させてもらうぞ。
「とりあえず捌いてみないことには始まらないな……」
さて、ともあれまずは洞窟ウナギだ。ウナギと同じ要領で……と行きたいところだが、光のない場所に生息しているせいか、退化していて目そのものが無い。
これを「目打ち」と呼ぶのかは分からないが、ともあれ釘を打って頭部を固定する。それから包丁を入れるわけだが……これまた感触がちょっと奇妙だ。違和感を拭いきれないまま開きにしてみると、そこにはウナギに本来存在するべきものが無いことに気付く。
「これは……骨が無いのか?」
「そんなことがありうるのですか?」
「そうだな……無いこともない」
そこでようやく違和感の正体に思い至る。これは恐らく普通のウナギじゃなく、ヤツメウナギやヌタウナギのように骨格が軟骨で構成されている種なんだ。
だから開いてみても脊椎*1じゃなくあるのは脊索。全身の骨も細くて入り組んだものではなく、これも軟骨になっているわけだ。
「ヤツメウナギなんかが、この洞窟ウナギのように軟骨で構成された骨格を持ってる。普通のウナギじゃなくてそっちの近縁種なんだろうな」
「村長さんは色々物知りですけど、いったいどこでそんな知識を?」
「料理の師匠にちょっとね」
「お師匠さんですか……きっとすごい方なんでしょうねぇ」
「…………」
「そ、村長さん? 今まで見たこと無いような顔をされていますが大丈夫ですか?」
……いや、その、すごい人だよ? 紛れもなく世界でも五指に入るレベルの料理人だし、帝国の宮廷料理人の第一候補に入るほどだったし、人の才能を見抜くなんてわけのわからん能力があるから人材発掘能力も高い。
が、すごくダメな人でもある。コミュニケーション能力に難があるし倫理観にも乏しいし、我欲優先だからあちこちでトラブルを起こすし、そのせいで宮廷料理人の候補から降ろされてるし……俺も最後は事実上喧嘩別れしてる。
おかげで素直に「うん」とは頷けないのが困ったところだ。
「すごい人では……ある……」
「レスター様とはあまり相性の良い方ではなかったようだ」
「そ、そうなんですか」
さて、気を取り直して。
脊索を除去して小さくぶつ切りにする。これをいつものように茹で、焼き、揚げで一通り調理してその特性を掴んでいこう。
まず茹でたものだが、淡白な味わいとともにわずかな臭みが感じ取れる。普通のウナギのふわっとした食感とも違って弾力が強いが、これは種の違いのせいだろう。
次に焼いたものだが、これは茹でたものよりも身のほぐれ方が良い。淡白なところは変わらないが、脂が前面に出るので臭みはこちらの方が強いか。
最後に揚げたものだが……。
「脂っこい……」
「重いです……」
「し、しかしこれはこれでアリでは?」
好きな人は好きかもしれない、という仕上がりだ。
どうやら油をよく吸うので、その分臭みは薄まるが重くなってしまうようだ。
クリスのようによく動く人間ならいいが……ラッセさんがそういうタイプには、残念ながら見えない。やはり無難なのは茹で……というか煮込みと焼きか。
味は適宜見ながらやるしかない。レシピは概ね構築できたが残り全部アドリブだ。
「クリス、ワインを取ってきてくれ」
「はっ」
「セラフィマさんには野菜の処理をお願いしたい。玉ねぎとにんにくを適当な大きさに」
「はい!」
「兄さま、あたし疑問あるんだけどそろそろ喋っていい?」
「いいぞ」
「あんまり横暴なこと言われるようならマリーちゃんに言ってなんとかしてもらったらいいんじゃないの?」
あー……まあ……その手もアリっちゃアリなんだが……。
確かに俺も色々と必要に応じて権力は使うが、今回はそういうつもりは無いんだよ。
「それは無しだ」
「断言するんだ」
「村長同士のちょっとした腹のさぐりあいだ。これくらいのことなら俺だけでなんとかしないと、俺は今後もずっと困ったらマリーの権力に頼るだけの無能に成り下がる」
「え、ごめんあたしそんなつもりじゃ……」
「分かってる。けどそういう考え方もあると理解してくれ」
少なくとも俺の
マリーの権力を使えば当然、ある程度の問題は解決できるだろう。しかし、それを乱用しては為政者としての在り方に大きく関わる。
俺も遠からず爵位を賜る。あまり無用に権力を乱用しては、俺はただの悪徳貴族でしかなくなるだろう。
「言い方を変えようか。この程度なら俺だけでもなんとかなる」
「……それならいいんだけど」
「はずだ」
「急に頼りなくなったわね」
世の中に絶対なんて無いからな。
……例えば万が一、ラッセさんが俺を遥かに超える料理人だったりしたら流石にどうにもならない。万が一の可能性でもゼロってわけじゃないからな。
変なタイミングでフラッとうちの領に現れた師匠みたいな例もあるし、どんな可能性でも否定はしきれない。
さて、ともあれなんとかすると言った以上はなんとかしないとな。
煮込み料理は……シンプルに行こう。ヤツメウナギなどと類似したところがあるなら、適しているのは……ワイン煮。これは以前から作っているから問題ない。
そして焼きものとなれば、師匠に教わったアレがちょうどいいはずだ。焼きの技術は……ま、1.5流と言われている自分を信じるとするか。
タレは醤油や酒を使って作る。で、開いた洞窟ウナギを……流石に炭火はこの厨房じゃ使う設備が無いな。オーブンを使おう。
あとは……。
「白米だな」
普段、食器は東国風のものなんて用意してないが……まあいいだろう。
あっちも急な話だったのだし、こっちも用意できるものは限られる。この際だから、味も含めて聖王国風ということで勘弁してもらうとしよう。
「お楽しみいただけていますか?」
「おお、レスターさん。実に素晴らしい食事をいただけて満足しておりますよ」
それから1時間ほどして、完成した料理を手に俺は応接室に戻っていた。
見ればメレディスが疲労困憊の様子で顔面に笑みを貼り付けている。
……合計1時間も知らない相手とよく時間をもたせてくれたよ。今月の給金上乗せしておこう。
「でしたら良かった。こちらとしても準備した甲斐がありました」
「ですがいずれもヤミガサタケの料理。洞窟ウナギはいかがですかな?」
「ご安心を。こちらにご用意しております」
差し出した皿に乗せられていたのは、赤ワインで煮込んだ筒切りの洞窟ウナギ。色味は濃く、暗褐色のソースと対照的な白い身が目を引く出来になっている。
そしてもうひとつ。深皿に収められた白米の上に、タレを絡めて焼いた洞窟ウナギが鎮座する――うな丼である。
本当はお重を用意してうな重にして、蒸したり白米で挟んだりといった仕事を加えたかったのだが、時間がないので諦めた。
それでも師匠から教わった技法を用い、最大限米に合うよう調理を施したこの洞窟ウナギ丼はそれなり以上の自信作だ。
「洞窟ウナギの丼と、赤ワイン煮です。どうぞご賞味ください」
「ほほう、これはこれは!」
まだ味見段階だが、俺としても出来には結構満足いっている。
少々硬いが実質骨無しのうな丼という感覚である。小骨が気になるのでウナギが好きではないというような人でも食べられるだろう。
「先程のリゾットも楽しませていただきましたが、米はジロール村にはあまり入ってこないものでしてな」
「米はアシュクロフト侯爵領の特産品です。今後は流通の手も広がりますので手に入りやすくなりますよ」
「主食になるかもしれませんな。ははは。では、こちらもひとつ……」
箸……は、流石に扱いが難しいので、スプーンを使ってうな丼を掬うラッセさん。
ごくシンプルな素材ゆえに最初はそれほど期待していなかったようだが、口に運ぶと彼はすぐに目を見開いた。
「これは……シンプルながら実に美味い……!」
「それは良かった」
次いで赤ワイン煮に手を付けると、これに関してはやや渋い顔をされた。
もしや上手くいかなかったのか……なんて思うが、どうにも反応が違う。
「仕事中ですから酒が呑めんというのが実に辛い」
「酒に合いますか」
「赤ワインに特に。これを本当の意味で楽しめんというのは残念です」
どうやら想定とは違う方向性らしい。俺は内心でほっと胸をなでおろした。
……酒か。確かにこういった味の濃い料理には酒が合う……と主に師匠が話していた。米どころ出身の俺個人は米と合わせたいのが本音だが、酒好きな人にとっては酒に合わせたいものなのだろう。
「
「そうですね、
互いに符丁めいた言葉を伝え合う。元々、この料理会が始まった理由が理由である。互いに今後の利益を確信できたことで、その目的も達成できたと考えていいだろう。
マリーの力も無闇に借りる必要も無かったし、結果は上々かな。
なお、この後味が気になったセラフィマさんやリンデたちにうな丼をせがまれたりしたのだが、洞窟ウナギそのものの入荷数が少ないため味見程度の量となったので消化不良な結果となった。
ちなみに、やはりと言うべきかエリーカさんは洞窟ウナギの件を黙っているよう頼まれたようだ。本当は養殖もしていて、あの村の事業として確立しているものらしい。
……ことが済んでからとはいえ、そのこと喋っちゃうのはいかがなものだろうか、と思わなくもない。