さて、鉄道の開通に合わせてなんか急に隣の村という概念が生えてきたり、太陽信奉者が村にやってきたりと色々あったものの、秋に入ってからのサラク村は穏やかに時を刻んでいた。
「ハイドラ種が出たようなので少し行ってまいります」
「分かった。気をつけてな」
……訂正。魔獣がちょいちょい出没するなど、「サラク村基準で」穏やかだった。
一般的な村なら上から下まで大騒ぎになるのだが、タブレットによる通報が入り次第いつものようにひょいとクリスが屋敷を出て片付けに行くだけであとは放置である。中位から高位の魔獣を相手にあるまじき対応だった。
「いやぁ……他の村ならこのような報告が入れば軍でも動かす事態になるのですがな……」
「サラク村が色々特殊なだけですよそれは」
軍が組織されてなくて、ハンター過多で、更にクリスという特級の戦力をある程度自由に動かせるサラク村だからこその日常風景だ。普通の村や街ならオズワルドさんの言うような状態になるだろう。
ちゃんと軍を組織すれば、サラク村でもとりあえずクリスに任せるというような状況は……魔獣の強さの関係上、それほど減らないかもしれないが。多少は減るだろう、多分。
ともあれこの状況は、村として比較的落ち着いていると言える。
……落ち着いていると言いつつ、半年後に控える結婚式の準備やらで色々とやることは多いのだが、それはそれとして。
ジロール村からの人口流入とそれにかかるひと騒動も解決したし、実は今、俺の仕事は普段の業務以外は特に無かったりする。
もっともその普段の業務というのがクソほど多いんだが……ある程度はコントロールできる量ではあるんだ。オズワルドさんにセラフィマさん、加えてエリーカさんという新戦力も増えたので、仕事を増やすにはちょうどいい時期である。
俺は軽く咳払いをして、皆の注意をこちらに向けた。
「ところで少しいいだろうか」
「何やヤブから棒に」
「今後の展望について少し話したい。具体的には来年以降の話になってしまうんだが……」
「少々気が早くありませんかな?」
「そうでもないですよ。今から取り掛からないといけないことも多くありますので」
というか結婚式のことなんかは、来年のことだけど今から取り掛からないといけないことの代表例だ。
今からスケジュール押さえないと来られないって人が結構いるからな……うちの兄上とか父上とか、帝室関係者とか。
父上はちょっと無理してでも仕事を片付けて来ると言っていたが、皆がそういう無茶をできるわけじゃない。まずは無理のない範囲で予定を定めることからだ。
と、話が逸れた。
「それで、具体的にはどういったお話なんですか?」
「トラヴァーズ港のことだ。次の春、マリーだけじゃなくユーニスとの婚姻も成立するわけなんだが……」
「政略結婚と知らんとドエラい女たらしみたいやな」
そこはほっとけ。
「これによってトラヴァーズ港が俺たちの勢力圏に組み込まれる。ただ、問題が一点あるんだ」
「リンデさんが興奮する?」
「それも問題ではあるが」
ちなみに次の春にはリンデは学院に入学予定なので、そもそも海へはまだ行けない。
よってまだ問題とは言えない。……学院の方で別方面に興奮してそうな気がするが、そこも一旦置いとこう。話が進まん。
「6年前のトラヴァーズ港の大火から、あの土地はずっと放棄されている。管理者である貴族もいないし、立ち入る人間も制限しないといけないから鉄道も廃線になってしまった。つまり、今のままじゃあっちに行く手段が無い」
「歩いて行きましょう。太陽を感じながら!」
「最終手段やんけ」
「いや……どうしても一回は行っておかないといけないから、一概に否定しきれない……」
「どええ」
もし魔獣の巣……とまでは言わずとも、海賊が根城にしていたりしたら問題だ。
安全を確保してからルートを確立しないといけないので、結局のとこ一度は徒歩でトラヴァーズ港に行かないといけないわけだ。
……で、まあ俺が言いたいのはつまるところ。
「ともかく、トンネルでも鉄道でもなんでもいい。できればユーニスが卒業するまでにトラヴァーズ港までの道を整備しておきたい」
「なるほどなぁ。に、しても豪勢な卒業祝いやで」
「むしろ結婚祝いでは?」
お祝いと言うにはちょっと……どうだろう。
元々トラヴァーズ港はユーニスが受け継ぐはずだった領地だ。感覚的にはあの時取りこぼしたものを返そうとしているのに近い。
「話は理解したわ。けどどうするん?
「ダメかな?」
「ダメですな」
「ダメです」
「ダメかと!」
「アカン」
「そんな勢いよく否定する?」
俺がトラヴァーズ港に行く案はその場で却下されてしまった。
……いや分かるよ? 危険な可能性高いしな。魔獣だとか海賊だとかがいるかもしれないし――いても多分クリスが全滅させるだろうけど――村長なんて立場の人間が行くべきじゃない。
行くべきじゃないのは分かるけど、およそ太陽の下に出るべきじゃないのに毎日のようにひゃっほうと浮かれながら走ってくエリーカさんまでそれ言う?
現場指揮した方が話が早いのは事実なのだし……ダメかな?
ダメだろうな。自分で考えてて無理がある。
「ちゅーか廃線にした鉄道の再建じゃアカンの? それは」
「山を避けて大きく迂回する路線だから遠回りになるんだよ。ある程度短時間で直行できるようにしないと統治する上で不便なんだ。どっちに行政拠点を置くかって問題もあるし……」
「こちらではないんですか?」
「利便性次第というか……日によってどちらに行くか決まるなんてことすらありうる」
サラク村はサラク村でこれまでの実績があるから離れがたいし、かと行ってトラヴァーズ港を放置するわけにもいかない。
できれば10分くらいでホイホイ行き来できる手段があるならいいんだが、そんな手段があるなら誰も苦労しないって話だ。
「……まあ復旧しない理由も無いし、鉄道は鉄道でなんとかするよう父上に働きかけてはおくけど、できれば直通のトンネルを掘りたいんだよ」
「それにしたって直線距離で30km弱やろ。まあまああるわな」
「仮に鉄道を通してもそんなに早くは行けないか……」
ゴーレム車を使って平均時速60kmで走り続けたとしても30分以上。鉄道を通しても、そこまでの高スピードで走ることができないので似たようなものだろう。
まあ30分前後で行くことができればそれで問題ないと言えば問題ないが……往復1時間はちょっとな。移動中に魔獣と出会わないとも限らないし、クリスも常時警戒していないといけなくなるだろう。
何かこの辺を解決する手段があればいいんだが……そう思っていると、掛け時計の部分の壁が裏返って壁面からマリーが姿を現した。
「お困りのようだね!」
「何事!?」
「殿下ぁ!?」
「おーおーそういや皆がこの突飛な登場見るん初めてか」
「マリーは勝手に屋敷を改造してあんな風に登場することがあるんだ。悪いが皆には慣れてほしい」
「勝手に屋敷を改造!?」
「いいんですかそれ……」
もちろん良くない。良くはないんだが、だからと言って止められることでもない。これまでの経験もあるしな。なので俺はもう諦めている。
あと、どうせ屋敷もそのうち共同名義になるしな。多少好き勝手やられても……いや、気にするが、諦めよう。
でもちょっとプライバシー確保できないかな。割と真面目に。
「話は聞かせてもらったよ」
「いつの間に話を?」
「まあ細かいことは横に置こう」
「細かいですか?」
そこを追及し始めると終わらないので横に置いておこう。
実際細かいことだ、俺が気にしさえしなければ。安全確保のためには色々と……いや盗聴まで必要だろうか……。
「ともかく。レスターは素早く移動できる手段が欲しいんだね?」
「まあそうだな」
「そこでボクが紹介するのがこちら。ババン!」
と、マリーは大型タブレットの画面を示すが、そこに表示されているのは……正直何ともつかない流線型の物体だ。
見た目はカプセルという感覚だが、移動手段ってもしかしてこれに乗ると?
隣に表示されているのは、棒と柱と円形の……何だコレ? いや、想像はできるが想像したくないというか……正直まさかというか……。
「何だコレ」
「
「俺お前の恨み買うようなことした?」
「え、いいや?」
いくらなんでも死ぬわ。
確かに色々経験と技能はあるが、遥か上空まで打ち上げた挙句地面に激突するのに無事で済ませられるかは分からんぞ。
「マルガレーテ殿下……いくらなんでもこれでは乗っている者が死にます」
「……なるほど、言われてみれば」
「お前今の今まで考えてもなかったの?」
「だってボクならどうとでもなるもん」
自分基準かよ。
確かにマリーは肉体的に頑丈な竜人族で、その上魔法の腕も極めて高い。流体金属を駆使して衝撃も殺してしまうだろうし
なお俺は普通の人間だし魔力適性は若干違うのでそれと同じことはできない。死しか待っていない状況である。
「物資輸送のアイデアとしてはええんやないか?」
「運べるものは限られるだろうけどな。まあアリだ。一案として書き留めておいてくれ」
「はいはーい」
「えっと……手続きとかいらないんです?」
「……普通は良くないが、まあサラク村に限ってのことということで」
まあ、なんだ。人員が少ないこともあってサラク村の気風は基本的に極めて自由だ。
マリーに限らず、多少突飛なことを言ってもそれを受け入れるだけの土壌ができている。
それがいずれ、もしかするとスタンダードになっていくということも……。
…………流石にないな。あの弾丸輸送法は。