秘密の話をするにも専用回線を用いた機密通信という手段があるため――ユーニスのような空間魔法適性持ちなんて例外を除けば――会話が外に漏れることも無いし、俺も父上もよくそれで通信している。
とはいえ、旧来の通信方法も下火になっただけで現在全く使われていないというわけではない。
例えばタブレットの連絡先を知らない時や、相手に一定以上の礼を尽くさないといけない時などは、いまでも封蝋つきの手紙などが使われたりもするのだが……。
「実は帝室から来た手紙があるんだが」
「え、何だい急に」
駅舎の完成が近づき、数日後に落成式を控えたある日のこと。このご時世に珍しいことに、サラク村にある一通の手紙が届いた。
シムゾニア帝室の印が捺された、見るだけでも高級さが分かる見事なつくりの封筒だ。流石に帝国のトップだけあってこういうところでも見栄は大事にしてくるか。
ともあれ、宛先は俺ということもあってまずメレディスから俺に渡されたのがつい先程。差出人が差出人だけに、もしかするとマリーに対して何か伝言でもあるかもしれないということで、私室で二人で開封することにしたわけだ。
……まあ二人じゃないんだが。なぜか俺のベッドには子タヌキたちが山のように積み上がっているし、フローも見守る中で子フクロウたちが撫でろ撫でろと転がっているのでなかなか騒がしい。
雨タヌキも花フクロウも寿命が普通より長い分、半年経ってもまだ成体ほどは大きくないので圧迫感は少ないが。
「ハルくん?」
「いや、エーベルハルト殿下なら直接連絡をくれる。差出人は第一皇子のジギスヴァルト殿下だ」
「ジグ兄?」
「そういう呼び方するんだな」
「まあうん」
そういやエーベルハルト殿下のこともハルくんと呼んでいたか。まあマリーの性格も結構ざっくばらんだしそういう呼び方するか。
……俺の兄たち二人への呼び方が堅苦しいというのももちろんあるけども。
「で、なんて?」
「読み上げよう」
封を切り、慎重に手紙を取り出す。中身も実に豪奢だ。というかすげえ達筆だ。微妙に読みにくいな。
「……『拝啓、レスター・コールリッジ・アシュクロフト殿。灯火親しむ秋も近付いて参りました』」
「相変わらずまどろっこしいなぁ。前略!」
「『愚妹が望むのであれば時候の挨拶は省略しても構いません』と注釈がある」
「…………」
すごいな帝国長兄。流石に長年見てきたおかげか、妹のことをよく理解している。
予測されていたマリーはマリーで、微妙な顔をしながらストレスを解放するように子タヌキを撫でくりまわした。
「要約だけして、要約」
「仕方ないな……」
唇を尖らせたマリーを横目に手紙を読み進める。ええと……まあ概ね想像通りの内容か。
しかしそれにしても丁寧な字と文体だな。第一皇子だけあってこの辺りは徹底した教育を受けているのだろう。
……これを読み飛ばすのは気がとがめるな。後でしっかり読んでおこう。
「要するに、落成式にジギスヴァルト殿下が皇帝陛下の名代としてお越しになるということだ」
「それならそうとサバッと書けばいいのに、まどろっこしいなあ」
「形式は大事だろう」
特に血筋から来るものは、どうしても避けることは……と思ったが、実力と実績で全てねじ伏せて血筋から来る面倒を避けてたのがマリーだったな……。
まあ逃れきれずに政略結婚の流れにはなってるんだが。
「他に誰が来るんだっけ? 閣下?」
「ああ、父上が来る。あとは政務官が何人か。けどそのくらいだな。
次兄は政務官だが、外交関係の仕事してるわけじゃないから来ないだろうな。
対してジギスヴァルト殿下がこっちに来るということは、外交関係の仕事もしているということなんだろうが……。
「そういえばジギスヴァルト殿下はどんな仕事を?」
「外交内政、事務絡みなら何でもできるしやってるよ」
「すごい人だな」
「規模は小さいけどレスターも似たようなことしてない?」
「規模が小さいからできるんだよ」
国家規模でそれができてる人なんて文字通り格が違う。
俺なんて村という規模の運営ですらヒーコラ言ってるのに国だもんよ。何か参考になることでも聞けたらいいが……流石に大きすぎる相手だ。教えを請うのも難しいかもしれない。
……マリーを経由すれば話くらいは聞けるだろうか? いずれにしてもあまり期待しすぎるわけにはいかないが。
「というわけで、とりあえず迎える準備はしておいてくれ」
「準備ってボクが何すればいいのさ」
「……失礼にならないように?」
「兄妹で失礼も何もなくない?」
「あるだろそこは」
親しき仲でも礼儀を失してはいけない――というのは……なんだか俺の周りではあまり守られていない気もするが、気に留めておいた方がいいのは確かだ。
次兄やらマリーやら親しい相手だと遠慮なしになる人間はそれなりに多い。一応、俺は対外的な立場もあるしできるだけ忘れずにいた方がいいだろうな……。
「色々準備もあるから皆にも伝えてくる。今回の件をただの訪問で終わらせないためにも打ち合わせはしとかないと」
「んー。じゃ、待ってるから」
「たまには出ようって気は?」
「無い」
コイツ、今までロクに外に出られなかったから目立たないだけで、素で出不精なんだよな……。
俺の立場でそれに良し悪しを言うわけには…………いや、俺の立場じゃないと言えないなコレ?
でも嫌がってるのを無理に外に連れ出すのはそれはそれで何か違わないだろうか。
……となると、嫌がらないようなやり方を見つけるしかないだろうな。単に連れ出すだけじゃどうにもならないのは前提として。
さて、そういうわけなので、屋敷を出て次に向かったのはギルドの支部長室だ。
軽くノックして入室すると、待っていたのはトビーとラシェルさんの二人だった。
「打ち合わせに参りました」
「失礼致します」
「よォ」
「お待ちしておりました、村長さん」
いつものようにトビーはざっくばらんに手を挙げ、ラシェルさんは軽く頭を下げて応じてきた。
クリスも同行しているが、入室した後はいつものように扉の横で待機だ。横からいつでも口を挟める立ち位置だが……まあ、元からあまり口を挟んでくるタイプでもない。問題はないだろう。
「本日は落成式にあたってのお話に参りました」
「ンだ? 俺らにライブでもしてほしいってワケか?」
「そうだ」
半ば邪推に近いその言葉に頷くと、トビーはメタクソにテンションを上げてギターを掻き鳴らした。
マジで? と言わんばかりにラシェルさんがこちらに目を向けた。普段トビーのことを割合ぞんざいに扱っているから、その印象があるのだろう。
しかし別に俺はトビーのことを嫌ってるわけではないし、ぞんざいに扱ってるのは普段のあいつの言動のせいだ。ともあれ状況によっては当然、扱いを良くすることだってありうる。
「ライブだけじゃない。祭りを開催する」
「祭りか!?」
「祭りだ」
「祭りですって……?」
ラシェルさんの表情が険しくなった。支部長を甘やかさないでくださいと表情が物語っているようだ。
祭りとなればトビーは確実にテンションが上がって何かやらかす。そのあたりを危惧しているのは間違いないんだが、一応その辺はわきまえている……と、思いたい……。
「それは……だ、大丈夫なんですか? 村長さん」
「ヒョォ!」
「こんな状態になってますよ!?」
「……パフォーマンスは向上すると思います」
パフォーマンス「は」であるが。
実際ギャインギャインと鳴り響く音響は凄まじい技巧が凝らされており、もう当日のライブの成功が予感させられる。
同時に上がりすぎたテンションのせいで変なこと言い出すのも予想される。そこの手綱を引くのは極めて難しい。
「今の村の状況でお祭りなど、大丈夫なのでしょうか?」
「ごく小規模なものです。帝国からこちらに訪問してくる方々のために催すものなので、実態は歓迎会に近いものになるかと」
「承知しました。職員を動員して商品を作ってもらいましょう」
「お願いします」
「ライブの時間を教えろ」
「帝国からの来客の準備が整ってからになる。タイムスケジュールは数日以内にこっちから連絡するからそれまで待ってくれ」
「待ってるぜェ」
もうあからさまなほど既にテンションが上がっているトビーに若干引きつつ、俺はラシェルさんに資料を手渡した。
外部から人がやってくるのなら、祭りという枠組みを用いれば多少なりとも経済効果が見込めるだろう。ここで魔獣料理を広めるために手を打つのも悪くない。
帝国からの来客の数はそれほど多くはならないだろう。経済効果も「多少」で済んでしまう。それでもここで実績を積めば――それが成功にしろ失敗にしろ――今後本格的に貿易が始まった時のためのノウハウが蓄積される。
……準備期間はちょっと短いけどな。