線路を敷き、壁面を整備して魔獣避けを施し、各セクションに駅舎を建設してハンター用の設備を整えるところまでやっておよそ2ヶ月弱。
この日、ようやく帝国と聖王国とをつなぐ新たな貿易路が完成し、落成式が行われることとなった。
村から式典の出席者は俺とマリー、その護衛としてクリスとパトリシアさんの4人となる。
聖王国側代表はうちの父上。こちらには護衛として領所属の軍が帯同している。移動時間なども考慮して前日入りした父上たちは、必然の流れとしてホテルに滞在することとなったのだが……。
「
「サービスじゃないけどサービスということでいいです」
「もふ」
客室から出てきた父上は、子タヌキを抱えてついでに撫でくり回しながら姿を現した。
雨タヌキたちは村の公共施設の中なら割とどこにでも出没する。というのも、花フクロウ用にあちこちに設置しているキャットウォークならぬ
ホテルに関しては……マリーが屋敷に移ってからというもの、罠を外した後の隠し通路を伝ってやってくるのでなおのことだ。
「まったく、この毛むくじゃらめ。危機感が足りぬのではないのか?」
「人は見て選んでいますよこの子たち」
「サービスなら連れて帰ってよいか?」
「それはダメです」
「残念だ」
「ぷふぅ」
子タヌキは無邪気に父上に撫でられているんだが、別に無警戒というわけじゃなかったりする。
野性はどこに行ったのやらという振る舞いを見せる雨タヌキだが、彼らはなにも全く無防備に出歩いているわけではない。言うなれば危機感知能力に野性の全てを注ぎ込んでいるような状態で、そもそも危険な相手だったり、敵意や悪意のある人間に近寄りすらしないというのが真相だ。無防備に見える時は無防備でいていい安全な状況というわけだ。
特にクリスがいる場所は安全だと認識しているらしい。が、常日頃から狩りなどで血のにおいが漂っているせいか、本人に近寄ることはしなかったりする。
……まあなんだ、雨タヌキの生態については一旦置いとこう。今はそれよりも落成式の件だ。
子タヌキを預かると、父上よりも護衛の騎士の方が名残惜しそうにしていた。好きなんすね動物。
「挨拶の準備はできていますか?」
「無論だ。お前こそ準備はできておるのか?」
「なんとかというところですね」
父上の名代として時折仕事を振られていた関係上、何度か挨拶のために式典に出席している。その時のものを参考にして、ある程度のものは形ができている。
マリーに関しては……そもそもその場にいるだけで挨拶をする気があまり無いようだ。まあこちらは笑顔で手を振ってくれてるだけでいいだろう。久しぶりに家族と会うのだから余計なことを考えずにいてほしいというのもあるしな。
「そのような調子で大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ閣下。レスター、実は結構練習してましたから」
「ほう、そうなのですか殿下?」
「ジグ兄のこともよーくボクに聞いてましたし、結構気合い入ってますよ」
「余計なことは言わなくていい」
俺は軽く手を振ってニヤついたマリーを止めた。
どうにもこういう話を表に出されるのは、気恥ずかしいというより抵抗がある。
と、そんな俺の様子を怪訝に思ったのか、クリスが軽く首を傾げた。
「努力しておられたというのは大事なことではありませんか?」
「父上曰く、貴族は水鳥なのだそうだ」
「……どういう意味です?」
「優雅な姿だけを外に見せる。水面下の努力は隠しておく」
「領民にとって領主が努力しているかどうかなど関係ない。民が見ることができるのは結果だけである故な」
「……だとさ」
「流石レスターの父親。真面目だね閣下も」
俺が真面目だと言うのならそれはまあほぼ間違いなく父上の影響だろう。
兄上たちがそれぞれちょっとずつハジけてたのもあるかもしれない。いずれにせよ俺がこうなるのはある程度既定路線だったと言える。
ともあれ立ち話もそこそこにして、洞窟の方の駅に向かうことにする。ジギスヴァルト殿下を迎える準備を整えないとだ。
そんなこんなで洞窟へ向かう道中、出店や露店を準備している住民や、ライブの準備に駆り出されているギルド職員などから頻繁に声がかけられる。
俺もこれに快く応じていると、父上が小さく感心の声をこぼした。
「なかなか慕われているではないか」
「小さな村なので、互いの距離が近いおかげですね。俺も皆さんには助けられていますよ」
父上のように侯爵という立場から所領全体を見守らなければならない状態とは異なり、俺はまだサラク村のごく小さな範囲を治めるに留まっている。
親しみを持って接してくれているのは、ひとえにそのおかげだろう。仕事も一緒にやることが多いし、半ば必然的にそうなっていると言えよう。
「レスターはちょっと前に出て仕事したがりすぎだけどね」
「そうかな」
「そうだよ」
マリーが唇を尖らせ、俺は苦笑いを返した。
そんなに言うほど? と思うのだが、隣でクリスも頷いている。
……言うほど?
「何でもできるから何でもやろうとするのはレスターの悪癖よな」
「父上まで……」
「実際自分でも分かっていようが」
「……そりゃ多少は、自分でやろうとする面はありますが」
「『その方が早いから』だろう?」
……俺の魔力適性、この2年の間に洞窟の掘削工事をずっと行ってきたことで培ったノウハウ、そうしたことを考慮すれば、俺が土木工事をした方が早い。というわけでトラヴァーズ港行きトンネル掘削を俺がやろうとしていたのは事実だ。
しかしなぜこうも俺の言わんとすることを先読みされるのか。
「人を使うことも覚えるのだな。でなくてはやっていけんぞ」
「信用の問題もあるのですが」
「ははは。時には妥協も必要だぞレスター」
なんか言外に信用は多少してなくとも人を使う必要はあるって言ってる?
いや、そりゃそうなのかもしれないが。父上ももしかして結構妥協してたりするの?
……するかそりゃ。侯爵領ってひと口に言ってもその範囲は広大だ。国の南部地域のかなりの部分を占めているし、他の貴族に統治を任せている土地だって結構な割合だ。父上も能力的に相応のものが備わっているが、それでも一人じゃ統治しきれない。
妥協、とは言うがどちらかと言うと信じて任せてみるというのが実態として近い。
父上もこういう、信用できる相手だけに任せたいけどそんな相手が多くいないというジレンマに悩んだこともあるんだろうなぁ……。
さて、そんなこんなで洞窟に入ると、周囲の光景から浮いたどこか場違いにも映る真新しい駅舎が待ち受けていた。
サラク村の古ぼけた最寄り駅とはまるで異なる設計思想で、ガラス張りになっている面も多くどこか未来的な外観をしている。この辺はマリーが設計に携わったというのもあるだろう。
あとはしばらくここで待てばいいのだが……。
「何事も起きなければよいのだがな……」
ふとこぼれた父上の言葉に、俺たちは揃って振り向き苦い顔をした。
「閣下ぁ……そういうこと言うと何か起きるんですよ……」
「な、なんですと?」
よくある話だ。父上はこういうジンクスはあまり信じない方かもしれないが、村でこういうことを言うとだいたい何かしら起きる。
まあその大半は大したことない出来事なのだが、こういうタイミングで言われると不穏だな。
「侯爵家現当主に加えて帝国の第一皇子と第二皇女が揃ってる状況。俺はオマケにしても何か起きたら問題の規模は大きくなりかねません」
「オマケなどとおっしゃらないでください。村長様は殿下の婚約者ですよ?」
「なぜお前はこう……微妙に自分を低く見るのだ。この状況を作った立役者だろうに」
「何でと言われても困るんですが……」
貴族たるもの優雅でありながらも謙虚であれと父上に教わったのもあるし、長兄が神器を継承したから俺が継げなかったのもあるし、師匠が俺に対して言ったことが最後の一押しになったというのもある。
結局のところ複合的な理由が大きいため、どれが一番大きなファクターかと言うのも難しいのだ。
「生まれ持った気質じゃないですか?」
「貴族に向いとるのか向いとらんのか分からん男だなお前は本当に」
「私は貴族はかくあるべきと思っております」
「息子がすまんなクリス」
「いえ」
実際俺が貴族向きかどうかと言われると言葉に詰まる。
クリスはクリスで俺に対して忠誠心がちょっと強すぎるし、「貴族」に対する基準が最も接した時間の長い爺様と俺に固定されてるところがある。そんなクリスがこう言ってもちょっと身内びいきがあるかなという印象だ。
さて、そうこうしているうちに遠方から灯りが近付いてくる。列車の先頭車両のようだ。
……先頭車両、だけだ。
「父上、今回の車両は何両編成ですか?」
「4両だな」
「あれは何ですか」
「1両……いや、半分しか無いな」
そうして俺たちの目の前に現れた列車は、肝心要の動力源である魔力炉心を載せた先頭車両が、その半ばから裂けていた。
なんだろうな。異常な状況すぎて逆に冷静になってきた。あれは何で裂けたんだ? 融解しているようだから熱か?
「父上」
「……私のせいか!?」
「いや、父上のせいだとは言いませんが」
なんか変なの回収しちゃったなという感覚だ。
もちろん父上が悪いと言う気は全く無い。父上が変なこと何も言ってなくとも、事件は起きただろう。
ともあれ、現実が見えてきたらどんどん汗が吹き出してきた。
「……まずいことになったな」
「まずいことになったね」
どうしよコレ。
大問題もいいとこだぞ。