「乗組員の安否確認を頼む!」
「「「はっ!」」」
皆が唖然とする中、俺は先んじて父上が連れてきた護衛の騎士たちに指示を飛ばした。
おそらく今は一分一秒を争う状況だ。父上に目配せすると、俺の指示を追認するように静かに首肯を返した。
騎士たちは元々アシュクロフト侯爵領に仕えてくれている古株だ。俺からの指示にも淀みなく動いてくれた彼らが、車両から機関士と運転士を救出してきたのはほどなくしてのことだった。
「閣下、生存者です!」
「うむ」
「どうした、何があった!?」
「う、うう……何者かの襲撃が……」
「襲撃だと?」
介抱されながらなんとか喋る機関士たちの顔は青白い。どうやら炉心を強引に動かすために自らの魔力を呼び水にしていたようだ。魔力枯渇時の特有の症状が見られる。
比較的状態の軽い運転士が、息を切らしながらも膝をついて父上の問いに応じた。
「走行中、列車の外から熱線による狙撃を受けました。連結部が破損、我々はジギスヴァルト殿下からの命で、先に行ってサラク村へこのことを伝えるようにと……」
「うむ、よく伝えてくれた。まずは休め」
「もったいなきお言葉……」
同時に、運転士の体が横に傾きかける。それを横から支えたパトリシアさんはすぐさま二人の体を米俵のように抱え上げて駅舎の休憩室へと走っていった。
「……レスターやマルガレーテ殿下でなくジギスヴァルト殿下を狙った奇襲か。想定外であったわ」
珍しく、父上は腹立たしさを隠さない険しい表情でつぶやいた。
両国の友好が盤石となるめでたいイベントのタイミング、その上狙う相手も襲われ慣れている俺たちじゃなくてジギスヴァルト殿下だ。最悪の噛み合い方をしているのは疑いようもない。
俺は歯噛みしながらタブレットを取り出し、トビーに通信を繋いだ。
「緊急の用がある」
『あ? ……とりあえず言え』
「信用できる護衛を何人か、洞窟の駅に寄越してくれ。早急にだ」
『分かった。選定してくるから待ってろ』
トビーは何事かと聞き返すようなこともなく、即座に俺の要請に応じた。
俺が「緊急」と言う以上はまずい状況だということで信用してくれているのだろう。こちらとしても仕事が早いのは助かる。
と言っても流石に緊急にも程がある。来てくれるのは数名だろうが……。
「父上、今は一分一秒を争う状況です。クリスを先に向かわせることを提案します」
「クリスを? ……普段なら、『自分の護衛をいの一番に遠ざけるものがおるか』と言うところだが……今は状況が状況か」
「頼めるか?」
「ご命令とあらば」
クリスは今俺が動かせる中で最強の人材だ。それゆえ手元から離すことには大いに不安が残る。場合によってはこれが陽動で、クリスを誘い出すための手段とも考えられるからだ。
そういう場面に備えてハンターを呼んだものの、彼らは対魔獣のスペシャリストであって対人戦闘に長けているわけではない。
……それでも一分一秒を争う状況だ。他に手も無い。
「じゃあ今から線路を伝ってジギスヴァルト殿下の乗った車両を探してくれ。こっちも監視魔道具の映像を確認し、準備が終わったら早急に向かう」
「承知致しました。急行します」
言うが早いか、クリスは音もなく凄まじいスピードで駆けていった。
あの調子なら数分もあれば車両は見つかるだろう。敵がいたとしても、まあクリスの実力なら問題あるまい。むしろ相手が何秒もつかを心配したほうがいいかもしれない。
と、それよりもだ。
「父上、現地には怪我人がいる可能性が高いはずです。もう何人か呼んで医療物資を運んでもらおうと思いますが、構いませんか?」
「うむ、ではレスター。お前は捜索隊の指揮をとれ。私はこの駅舎を拠点として、情報の統括をしながらその他の雑事に対応する」
「閣下、ボクは?」
「殿下にはできれば動いてほしくないのですが……」
「今回の襲撃犯の目的が読めませんからね」
それに、機関部を失って立ち往生している車両の回収や、襲撃者の侵入経路の特定、場合によっては崩落した壁の修復など、技術者の仕事は数多くある。
とりあえず今してほしいことは……。
「マリー、パトリシアさんと一緒にギルドに行って、今日の監視映像を確認してほしい。何かしら前兆はあったはずだ」
「そうだね、了解」
ギルド支部内なら戦力も充実しているし、これでマリーの安全も確保できるだろう。
パトリシアさんも同行するならより盤石だ。あとは捜索隊の方だが……。
「セラフィマさん、今いいだろうか」
『はい、セラフィマです。何でしょう村長さん?』
「緊急事態なので洞窟駅の方に来てほしい。怪我人がいるかもしれないんだ」
『そうなんですか!? 任せてください!』
……速攻で来ることが決まってしまった。いや確かに助かるが、多少危険があることを承知しているのだろうか?
いや、呼んだ俺がそれを問題視してはいけないな。何が起きても問題無いように守るというのも俺の仕事だ。
「おい、来たぞレスター!」
「トビー!」
そうして声のした方を向けば、そこには武装したトビーと、なぜ連れて来られたのか分かっていなさそうなニネット嬢ら4人の姿があった。
……なるほど、この陣容なら確かに信用はできるか。ただ……。
「支部長が直々に来ていいのか?」
「緊急なンだろ、今回限りだ。それとも俺じゃ不服ってェ言うか?」
「いや、頼もしい」
トビーの実力は学院時代からよく知っている。フェデリカさんとクリスを除けば、今村にいる者の中では最強クラスのコイツがいるなら安心だ。
「いったいぜんたい何事がありやがりましたか?」
「……何やら大事が起きていることは見て取れますが」
半壊した列車の機関部に目を向けてフレデリクさんが冷や汗を流す。
ローラン少年も顔をしかめているあたり、状況はだいたい読めているだろうがここは簡潔に説明を済ませよう。
「落成式にお越しになるはずだった帝国第一皇子ジギスヴァルト殿下が、この通り襲撃を受けて行方不明になった」
「穏やかじゃねェな」
「大変なことじゃないすか」
「そういえば、クリスさんがいらっしゃっちゃいませんね?」
「クリスは先行して調査に行っています。我々はその後を追う形で向かうつもりです」
戦闘自体はクリスが終わらせている可能性が高い。
……っていうのと、場合によっては暗殺に成功して、戦闘にすら発展していない可能性がある。
殿下の護衛もきっと実力者揃いだろうから、そうなる可能性は低いが……いずれにせよアフターフォローを考えると頭数が要ることは確かだ。
状況の深刻さを理解してゴクリと息を呑むニネット嬢たち。いつも通りなのはぼんやりしているノエラさん一人だけだ。
「遅くなりました~!」
「あン?」
一足遅れてこの場に現れたのは、いくつかの医療用具を手にしたセラフィマさんだ。
何でコイツが? と言わんばかりに顔をしかめるトビーだが、俺は一歩前に出てそれを制した。
「神聖魔法の熟達者だ。怪我人がいるかもしれない以上は必要だろう」
「ならいい。お荷物にはならねェな?」
「いざという時は俺が背負ってでも行くさ」
整備されているとはいえ、線路を辿って数キロは歩かないといけない。それなりに疲労は溜まるだろう。
しかしセラフィマさんは一見華奢に見えるが、駅からサラク村までの20キロ以上の道のりを徒歩で歩ききった実績がある程度に体力がある。問題は無いだろう。
それに言った通りいざとなれば俺が背負ってでも行けばいい。それで問題なく動ける程度には俺も鍛えているつもりだ。
「じゃあ急ごう」
「おゥよ。俺が先頭、お前らはレスターを中心に四方の警戒。行くぞ」
どのくらいの距離を行くべきかいまいち分からないので、走って無用に体力を使うようなことは避けつつ、早足で線路を伝って行く。
とにかく前に進んで約5分。ガシャガシャと金属音が鳴り響く中、不意にタブレットに着信があった。送信者は……マリーだ。
「何か分かったか?」
『面倒なことになったよ。監視魔道具が破壊されてる』
「本当か?」
『映像が送られてこないから十中八九ね』
……言う通り、面倒なことだな。監視魔道具が破壊されているということは計画的な犯行ということだ。
「落成式の準備で人手が取られているところに重なったか。破壊されているのはどのくらいの数だ?」
『最低限。だから逆に法則性が見えやすいよ。映像が寸断された場所にジグ兄がいるってことだ』
手際は良いが、逆に手際が良すぎるということか。
暗殺者の腕前もそれほどではなかったし、暗殺のプロというわけでもないらしい。
……別の畑の人間がそういうこともやらざるを得ない状態と考えるべきか。
「次は映像が途切れたら警報が鳴るようにしておいてくれ」
『そうだね』
「で、場所は?」
『駅から直進6キロ弱。水路が通ってるとこ』
「あそこか……次は埋め立てるか暗渠にでもするか……」
『で、一応映像が途切れる直前、ギリギリで記録できてた犯人の姿があるんだけど送った方がいい?』
「送ってくれ。確認する」
言うと、マリーは即座にその画像をこちらのタブレットに送信してきた。
姿を隠しているせいで全身は見えづらいが、それでもマリー特製の魔道具の記録映像だ。解像度の高さで強引にその人物の顔が鮮明に映るようになっている。
「私も見ていいですか?」
「それは構わないが……」
横からセラフィマさんが画像を覗き込む。しかし彼女が見て分かることが何かあるだろうか――そう思っていた俺の思考は、セラフィマさんの「あ」という声によって断ち切られた。
「……この人、お父さんと話してた人です!」
「何!?」
想定外の一言に思わず眉根が寄る。
彼女の父と話していた人……ということは、つまりあの偽神器をやり取りしていた相手ということか?
怪訝に思いつつ、俺もよく目を凝らしてその人物を見れば、不意に過去の記憶がフラッシュバックした。
じぐりと脇腹の古傷が痛む。まさか、という思いとともに絞り出すような声が漏れ出した。
「こいつ、トラヴァーズ港の大火の……!」
「え!?」
――ここに来て、なぜか二つの事件が重なってしまった。