俺たちが現地に到着した頃には、もう事態は収拾に向かっていた。
魔獣は騎士たちによって倒され、穴の空いた壁面はクリスが作り出したのだろう氷壁によって補修されている。そして当のクリスはと言うと、わずかに体に傷をつけながらもしっかり例の女を打倒して拘束していた。
「クリス!」
「はっ」
軽く呼びかければ、特に変わった様子も無く女を担いでこちらに向かってきた。
見れば、頬には火傷痕があるし出血もわずかにある。いつものクリスから考えると珍しい――というかありえない事態だ。
そもそも普段なら無傷で帰ってくるし。
「怪我をしているようだが……大丈夫か?」
「ご心配には及びません。かすり傷です」
「……の、ようだな」
もっとも、傷の具合はどうやらごく軽いものらしい。
動きに何ら支障はないようだし、服が焼けて煤けている程度――例の女の攻撃、俺は貫通して死にかけたけど――のようだ。
……俺の時と違って正面戦闘だしな。差は出る。うん。
ただ、いずれにせよクリスが怪我をするほどの相手ということには違いない。十二分に注意が必要だ。
「何があった?」
「……後ほど報告させていただきます。ただ一点、彼女はキメラです。身体能力は私と互角と見ていいでしょう」
「なら間違いなく俺たちの手に負えなさそうだな。悪いがしばらく拘束を頼んでいいか?」
「承知しました」
言うが早いか、クリスは女の体を鎖でギチギチに拘束し始めた。
……こ、ここまで警戒するのも珍しいな。そこまでの難敵だったのだろうか。
「治療は必要ですか? クリスさん」
「私は問題ない。それよりも殿下お付きの騎士たちを診た方がいい。重傷者がいる」
「わかりました」
どうやらクリスの傷は見た目通りに軽いもののようだ。
心配して声をかけるセラフィマさんへ、より早急に応急処置が必要な人たちを指して自分の治療を断った。
それに、例の女に対する視線がいつになく険しい。クリスじゃないとどうにもできない手合いだからだろう、その場から離れられないようだ。
「我々はいかがいたしやがりますか?」
「お前らは周辺警戒に出ろ。今の弛緩した状態で討ち漏らしでもあったらたまらねェ」
「了解です」
ニネット嬢たちはどうやら周囲の警戒に出るようだ。壁が破壊されたわけなので、変な魔獣が入り込んでもいけない。これも必要なことだろう。
さて、俺は……そうだな。壁をまず組み換え魔法で修復するとしよう。
浮き上がった瓦礫が次々形を変え元の壁に収まっていく。これくらいは慣れたものだ。本格的な補修は後でしないといけないが、当面はこれで十分だろう。
安全が確保できたことで次は状況の整理だ。修復した壁面をぽかんと診ている騎士に声をかける。
「少しよろしいですか?」
「はっ、あ、あなた方は……?」
「サラク村村長のレスター・コールリッジ・アシュクロフトと申します。こちらはハンターギルド支部長のトバイアス・マクレーン」
「どーも」
「そ、村長自らが救援を!?」
そこまで驚くべきこと……だな、うん……。
普通は後ろで指揮しているべき立場なのだが、今回は機密の問題もあるし必要に応じて出てきただけで本来はありえないことだ。
ま、今は置いとこう。人が足りないのはいつものことだ。
「感謝いたします村長殿、支部長殿!」
「いえ。ところでジギスヴァルト殿下はご無事ですか?」
「はい、多少列車内で体をぶつけたりはなさっていますが、ご無事です」
内心で胸をなでおろす。もし万が一襲撃が成功して殿下が暗殺されるなんてことになったら、大混乱じゃ済まない。
聖王国と帝国との間で再度戦争が……なんていうのは少々悪い方向に考えすぎだが、アシュクロフト侯爵家の管轄で帝国の要人に死者が出たりしたら国交には確実に影響する。
そうでなくともマリー曰く帝国の事務仕事の長のような人だ。何かあれば帝国はガタガタになって相当治安が荒れるだろう。何事も無くて本当に良かった。
「殿下へのお目通りはかないますか?」
「失礼ながら、村長殿が村長殿であると確認できないことには……」
「承知しました。では村に戻るまで待たせていただきます」
「……いいのか? あっちだって本人か分かンねェと困るだろ」
「こればかりはしょうがない」
安全確保のためだ。家紋を見せたところで偽造は難しくないし、俺が俺であることの証明にはなり辛い。
なら最初から近寄らせないくらいの方が警備としてはやりやすいことだろう。村に戻るまで殿下と会う機会が設けられないと言うのなら、それは致し方ない。
「失礼ですが、襲撃の理由に心当たりなどは?」
「
「だろォな」
ここは想定内だ。何なら心当たりがあってもらっても困るまである。
例の女がオズワルドさんを陥れた謎の教団の一員と同一人物だということなら、薬物の蔓延や神器のレプリカの材料を狙っている可能性が大いにある。
が、神器のレプリカだとか薬物だとかの裏事情を知らなければこの辺の推理にたどり着くことすら難しいので、いくら近衛騎士と言えど知らなくて当然だ。
「分かりました。では周辺の警戒を済ませ次第、サラク村に向かいましょう。我々が先導しますが、歩けますか?」
「問題は無いかと思いますが……少し確認して参ります」
「歩けねェ奴がいるなら言え」
「ありがとうございます。少々お待ちください」
相手が相手だ。動けなくなっている人も何人かいるだろうし、場合によっては死亡者が出ていてもおかしくない。
ともあれその辺の確認はあちらの仕事だ。俺は俺の方でタブレットを取り出し、父上に通信を繋ぐことにした。
「レスターです。殿下と
『そうか、よくやった』
「そちらの方はいかがですか?」
『帝国からも聖王国上層部からもひっきりなしに通信が来る。だがおかげで多少は減りそうだ』
「でしたら助けになって良かったです。これから戻ります」
『承知した。では重々気をつけるように』
「はい」
とりあえず報告はこれでよし、と……あとはどれだけ動けない人がいるかによるか。
次は……マリーに連絡だな。
「マリー、今いいか?」
『いいよ。何?』
「忙しいとこ悪いけど、牢屋作っておいてくれないか。ちょっと相手が相手で」
『えー……あー……そういえば作ってなかったねそういうの』
サラク村は基本的に平和でのどかな…………と言うとかなり嘘になるが、人間関係についてはすこぶる良好だ。
暴れまわったりするような人はいないし、仮にいたとしても2秒もあればクリスに鎮圧されてしまう。というか人間相手に暴れるような輩は魔獣の前に放り出して暴れてもらうことになりそうだ。
ともあれそういう事情もあるので基本的には牢屋というものを設ける必要が無かったのだ。
あったとしてもせいぜい反省室を作るくらいのもので、牢屋、となるとまた状況が変わってくるというか……専門知識が必要になるしな。
「あ? そういや牢屋作ってねェのか……?」
「要らないと言うのもなんだが、上から押さえつけとけばなんとかなったからな」
変な話、クリスが抑止力として優秀すぎるせいで必要じゃなかったというのが大きい。
暗殺者の時も、結局後輩たちに任せてあとは父上の方にお任せだったんだ。そもそもサラク村に留め置いておく理由も無いし。
ただ、今回は色々と話が違ってくる。
『じゃあなんとかしとく。相手はどんなの?』
「クリスと互角レベルのキメラ」
『……体裁を整える余裕は無さそうだね』
「すまないが任せる。こっちも少し……やることが多くなりそうだ」
『頑張ってねー』
間延びした声援を受けながら、タブレットの通信を切る。
次に目を向けたのは列車の残骸だ。一応は皇帝の血筋を乗せて運ぶ以上、それなり以上の備えはしてある。
医療用の物品は取り出して使っているだろうからこれはセラフィマさんたちに任せるとしてだ。
「トビー、少し手を貸してくれ。担架を作る」
「おう。布はあンのか?」
「毛布が積んであるはずだ。持ち手はあっちの残骸から取って使おう」
「適当な長さになンねェなら折っちまうぞ」
「人命優先だ。やってしまってくれ」
列車には手すりなどがあるのでそれを上手く組み合わせることで即席の担架が出来上がる。
これで足を怪我したりして動けない人なども安全に動かすことができるだろう。
さて、騎士たちを運び終えて村に戻れば、今度は例のあの女に尋問することになるわけだが……。
……俺は平静を保てるだろうか。今からそこが一番の不安だ。
・神器についてのおさらい
剣・斧・弓→行方不明
鎚→フェアバーンズ侯爵家所有(北方の国境側)
盾→アシュクロフト侯爵家所有(レスターの実家)
槍→回収されて次の継承者が出ないまま国の保管庫へ