歩けない人を担架に乗せて運び、全員で歩いて一時間以上。流石にここでは襲撃など受けることは無く、俺たちはなんとかかんとかサラク村側の駅舎に到着することができた。
殿下を囲んで厳戒態勢を敷いている一団は到着時点で即時離脱。父上がいる駅舎内部へ向かっていったので結局ジギスヴァルト殿下とのお目通りは未だ叶わない状態だ。
マリーとの婚姻の件もあるのでできれば早いところ会いたいところなのだが……優先順位を考慮すると父上優先になるのは仕方ない。
とはいえそれも悪いことばかりじゃない。父上とジギスヴァルト殿下が女の処遇について舌戦を繰り広げている間に、俺は襲撃者の女の尋問をする時間が多少与えられることになる。
「お待たせーい」
駅舎に到着してジャスト5分。再び周辺警戒に移ったトビーや怪我人の治療のために駅舎に入っていったセラフィマさんたちと交代するように現れたマリーは、キャスター付きの簡易的な牢屋を転がしながらこちらにやってきた。
外観は牢屋というか……猛獣用の鉄檻というのがどちらかと言うと近いだろうか。大きさはせいぜい2メートル四方。とりあえず留置するだけならこれでいいだろう。
かける時間が少なかったせいで見た目に関しては仕方ない。俺が頼んだことだ。むしろ無茶ぶりによく対応してくれたと言うべきだ。
「ありがとうマリー。助かる」
「どういたしまして。で、その人がさっき言ってたキメラの?」
「ああ、そうらしい。クリス、拘束したまま連れてきてくれ」
普段はできるだけ平静を装っているが、今回に限っては女を見る目が険しくなるのは致し方ないこととしてもらいたい。
こちらに連れてこられている女の安穏とした寝姿を見ていると、昔のことが思い出されて腹がじぐじぐと痛む。近寄られると更に強まりそうだが、これも必要なことだ。
「は。しかし近寄らせるとリスクが……」
「俺も正直近寄りたくないがそのリスクを弱めるためなんだ」
「魔法刻印の拘束を強めて普通の人間と同じ程度に力を落とすんだよ。これで檻からは出られない」
「なるほど」
キメラの肉体各所に刻まれている魔法刻印は、単に肉体を人間の枠に留めるためだけのものではない。万が一犯罪に手を染めたりした時のための拘束具という側面もある。
これによって強制的に普通の人間と同程度の腕力しか出せないようにできる……のだが、村の中ではこれができる技術者はマリーくらいのものだ。技術者としてのレベルもそうだが、それ以上に専門性の高い分野のため、マリー以外がなかなか手を出せないとも言う。
ともあれ体の各所の刻印にマリーが手を加え、襲撃者の女の出せる力は大幅に制限されることとなった。
「牢……というか、檻は大丈夫なのですか?」
「そこもボクのお仕事。魔力を散らすように刻印を施したよ。これで魔法も使えない」
人類が魔力という巨大な武器を手にしてからというもの、その力の抑制は常に問題としてつきまとってきた。
これを抑制しないことには拘束も拘禁もできず、司法というものがまともに機能しない。正常な社会を形成するためには必ず解決しておかなければならない問題である。
故にこの辺りは昔から様々な手法が取られてきた。昔なら、魔力を散らすような性質を持つ鉱石がよく採掘できる土地に犯罪者を閉じ込めたり、これを技術で再現する手段を構築して牢屋にしたり……マリーに頼んだのはこれだ。
「色々任せてしまってすまないな……」
「ボクしかできないでしょ? なら仕方ないよ。他の仕事は全部レスターがやってるし……いつも通り、分担ってやつだよ」
いや本当に申し訳ない。負担を減らすためにももう少しマリーの下についてくれる技師が欲しいところだ。
……いや、部下が欲しいのはマリーだけじゃないんだが。何ならリンデを除けば全員必要だ。が……それは別の話なので一旦置いとこう。
ともかく、あとは檻に女を閉じ込め、機密を扱うために人気のない場所に向かえば準備は完了だ。
「ともかく助かったよ。一度戻るか?」
「一度関係したことだし最後まで付き合うよ。もしかするとボクのこと暗殺しようとした人かもでしょ?」
「そうだな……」
情報を整理していくと、どうも色んなものが一つに繋がってくるんだよな……。
トラヴァーズ港の大火に関わった麻薬組織、オズワルドさん親子を陥れた謎の教団、神器のレプリカ、マリーを狙った暗殺者……これらの根が全部一つに繋がっているとなると、相当なことだ。胃が痛くなってくる。
根っこが一つならそれさえ解決してしまえば、なんて楽天的な考えが浮かばなくもないが……事態がどんどん大きくなっていって今度は俺の手に負えなくなっていきそうで怖い。
「トラヴァーズ港の件もある。長くなるかもしれないぞ」
「トラヴァーズ港の件? どういうことです?」
「クリスには言ってなかったか。この女はトラヴァーズ港の大火に関わった麻薬密売組織の一員だ。その上オズワルドさんに神器のレプリカを供与し、彼らの教団の裏側にいたようなんだ」
「サンドリーヌはそんなことを……!?」
「………………」
「…………すまないクリス、俺の耳がおかしくなったようだ。何だって?」
何で今突然サンドリーヌという名前が出てきた? クリスの言うサンドリーヌというのは……弓の神器継承者のサンドリーヌ様のことだよな? 何で?
俺の耳がおかしくなったのでなければ、突然脳に異常でも起きたのか? いや、仕事でクソ忙しいとは言ってもそこまでじゃないだろう俺?
確かにクリスを殺した相手としてサンドリーヌ様の名前が挙がっていたし、あの方にも何らかの裏があることは理解できているが……今ここで名前出てくる普通?
「彼女はサンドリーヌです。弓の神器継承者の」
「………………」
「………………」
ドがつくほど説明下手なはずのクリスのいつになく明瞭な説明に、俺は卒倒しそうになりマリーは耳を塞ぎかけた。
どういう状況だこれは。
正直、嘘や勘違いであってほしいが……よりにもよってクリスが嘘なんてつくはずがない。じゃあ事実なんだろう。
……神器継承者が? キメラになって? 友好国の要人を暗殺しようとした???
聖王国上層部とにこんな情報流れてきたら情報流した人の正気をひとしきり疑った後で何人かストレスで死ぬぞ。現に俺は既に胃と頭が痛い。
「……根拠を聞かせてもらっていいか?」
「まず顔です。当時のまま……いえ、どちらかと言うと若返っているのですが、形や特徴は変わっていませんので判別そのものは簡単でした。それに……」
余分な話は一旦流しておいて、つまり顔がサンドリーヌ様のそれだったと。
ううーん……根拠としては若干弱いか……。
「あちらも私のことが分かった様子でした。サンドリーヌ自身も呼びかけに応じておりましたし、あ、それと体捌きと弓の扱いも」
「ストップだクリス。言いたいことはだいたい分かったし、俺もクリスの言うことなら信じるが今のままだと奴が『そう』だという確証が無い」
「状況証拠だけで物証が無いからね」
「む。それは……確かに」
俺たちはクリスの言うことなら無条件で信じるが、他の人間もそうだとは限らない。ショッキングな話なら余計にそうだ。
一定以上の人格を持つ者こそが神器を手にするという継承者に対する一般的な考え方も相まって、安易に公にしたところでクリスの弁が信用されるとも限らない。
「弓の継承者なんでしょ。肝心の『弓』は持ってないの? 彼女」
「弓は持っていたが神器ではない。レプリカだ」
「サンドリーヌ様本人なら神器を持っているはず、と言われる可能性は高いな……」
「何で持ってないんだろうね」
「継承者から外れたか、そうでないにしろ神器が力を貸さなくなったか……」
万が一、十全に使えるのなら使わない理由は無い。アレがあるだけで俺たちは完封されかねないしジギスヴァルト殿下だって即死だ。
となれば使えないと考えるのが自然だろうし、それなら手元に置いておく理由は無い。こんな風に倒されてしまえば奪い返されるリスクが生じるわけだしな。
「何にしても、当人に聞けばいいことだ」
俺は檻を軽く叩いて音を響かせた。
マリーが不可解そうな顔をしているが、戦いの機微に疎いなら女が
「真横でこれだけ話してたんだ、とっくに起きてるだろう」
「……流石は元麻偵の一員。鋭いですね」
こちらの指摘に反応した女は、静かに起き上がり目を開いた。
左右で色の異なる両目がこちらに晒される。炎の適性を示す赤と、神聖の適性を示す銀。まさしくキメラであることを示す身体的特徴だ。
女は牢に閉じ込められていることなど感じさせないような穏やかさで軽く頭を下げると、俺に向かって微笑みかけてきた。
「お久しぶりです。あれからお加減はいかがですか?」
「加減というのはお前が撃ち抜いた
「ええ、無駄に人の命が失われていくことは悲しいことですから」
「腹ぶち抜いてトラヴァーズ港を燃やした張本人が何を言っている……」
大火と称するだけあって、トラヴァーズ港の事件における被害者は100や200では済まない数だ。
そんな事件を引き起こしておいていけしゃあしゃあと……という怒りが湧いてくるが、どうにかこうにか抑え込む。怒らせておいて主導権を握るつもりかもしれない。
ペースを乱されては思う壺だ。まずは冷静にならなければならない。
「……まず最初にこれだけは聞かせてもらう。ジギスヴァルト殿下を襲った理由は何だ?」
気を取り直し、本題について問う。
こちらには嘘が分かるクリスがいるため、意識して虚偽を述べればすぐにそれと分かるだろう。
サンドリーヌ……(仮)は少し考える様子を見せると、変わらぬ穏やかな顔で口を開いた。
「我々の目的には殿下の存在が邪魔でしたので排除させていただこうと思いました」
「目的とは?」
「全世界に麻薬を蔓延させることです」
思わずクリスを見た。「
ここで殺しておくか――と思わず指先が動きかけるが抑え込む。それを判断していいのは俺じゃない。
「随分下衆な野望だなサンドリーヌ。何があなたをそうさせた?」
不快感と純粋な疑問を発しながらクリスが問う。
俺とマリーは「サンドリーヌ」という名を聞いて思わず肩がぴくりと跳ねたが、仕方ないこととしてほしい。
だって認めたくねえもんサンドリーヌ様(真)って。内心でも(仮)としか呼べてないもんよ。
「あなたは変わっていませんねクリス。無垢で純粋なあの頃のまま……
「わ……わ! あ! わァ!?」
俺とマリーは二人してクリスを見た。
今サンドリーヌ(仮)、「神器が扱える」っつった?
クリスはいつになく大声を上げているが流石にもう遅い。ずっと黙ってたもんだから焦るのも不安になるのも分かるけど、今までになく顔が青くなっている。
「クリス、あなたまさかそのような肝心なことを伝えていなかったのですか……?」
「おぁぁぅ……」
サンドリーヌ(仮)……いや、クリスが「そう」だと確定した今、あちらもサンドリーヌ(真)だな……こうなるともう流石に「様」付けする気も起きない。
ともかく彼女からすら素で呆れられる中、クリスがこぼすことができた声はごく弱々しいものだった。
まあ、嘘があれだけ大嫌いなのに自分のことをずっと黙っていたというのは、なかなか精神的ダメージが大きいのだろう。
「……クリス」
「は、はい……」
「気にするな。そうだろうなと思っていた」
「……え!?」
「皆だいたい察してるよ」
「え!?!?」
具体的に言うと出会った頃からそんな気がしていたが、そこまで言って追い打ちをかける必要も無いだろう。
……今そこ本題じゃないしな!!