まってい貴族とTSキメラの地元復興計画   作:桐型枠

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 話の流れもあって若干シリアスを入れておりますが、基本は日常もののつもりなので次話以降は今話のような雰囲気は控えめです。



14.未知の勢力

 

「止まってください」

「ん」

 

 本日何度目かの警告に足が止まる。

 知能と警戒心が高い魔獣は少なくないが、その力の大きさゆえに特に何も考えずに闊歩する個体というのも少なくはない。

 大抵はクリスがひとつ脅かしてやれば危険を察知して逃げていくが、そうでないものは問答無用で襲ってきて――その場で返り討ちにあう。

 おかげで台車の上は、周囲の光景と負けず劣らずの死体の山だ。今回もそういうものだと思っていたが、どうにもクリスの様子がおかしい。確信を持てない様子で、しきりに首を傾げている。

 

「どうした?」

「……説明が難しいです」

「姉さまの説明いつも難解じゃない」

「えっ」

「とりあえず言ってみてくれ。こっちで解釈する」

 

 まさかリンデに説明下手を指摘されるとは思っていなかったのだろう。しょんぼりしながら、ぽつぽつとクリスは語り始めた。

 で、やはり要領は得ないが――要するに、死臭の中を、においのしない「何か」がかき分けてきているという話だ。

 俺は台車の足を一気に止め、クリスを手で制した。目を剥いたクリスだが、俺に質問するよりも先に彼女はリンデの口を手で塞いで声を上げるのを止めさせた。流石に戦いの嗅覚が鋭い。

 

「どうなさいましたか」

「誰か入り込んでいる。密偵の可能性が高いな」

「ミ゛ッ」

「理由を、お聞かせ願えますか」

「一つ。臭いを『ごまかす』ならともかく、消す事ができるのは人間の魔法だけ。二つ、そうする必要がある人種は限られる。三つ、無断で国境を越えてきている」

 

 動物が自らの臭いを消すという事例はあるが、それは泥をこすりつけたり水量の多い川を渡るなどして臭いを「ごまかす」手法だ。根本的な体臭を消すには程遠い。

 こういうことができるのは大抵が魔法の作用だ。俺も使ったことがある――主に麻偵の仕事で。

 これは獣を欺く役に立つが、全くの無臭であるからこそ生じる違和感に気付ける者なら、こうして事前に察知できるため万能というわけではない。

 クリスは眼帯を上げて魔力の流れを見通すと、槍の持ち方を少し変えた。対人用、ということだろう。

 

「ご命令とあれば始末しますが」

「待て待て。相手の素性次第じゃ国際問題になる」

 

 通常、国境侵犯はそれなりの重罪だが、聖王国の直下に地下帝国があるという関係上、ちょっとしたことが国境侵犯に繋がりかねない。このため、状況によっては無罪放免になることもあるし、注意だけで済むこともある。

 というかクリスやリンデだって厳密には密入国者だ。これに関してはアシュクロフト家で承認を受けたことで解決しているが。

 この先にいる者たちも密偵の可能性は高いが、敵対的な人間かどうかは分からない。先手を打って始末するというのは悪手だろう。

 もし密偵は密偵でも、国の委託を受けて魔獣の死体の山を調査に来たとかいう人だった場合、それこそ大変なことになりかねない。

 

「それにもし、本当に不法侵入した犯罪者だとしても、殺すのはなるべく避けたい」

「なぜです?」

 

 うっ。本当に分かってないっぽいぞこれは。

 ……とはいえ、戦時から急に今の価値観に合わせるっていうのも難しいだろう。

 

「時代……かな……」

「じ、時代……ですか」

「50年前と比べると戦いってものは身近じゃないし、殺人もきっちり原因を追求して裁かれる例が大多数だ。犯罪、殺人……に限らず、暴力そのものに対する忌避感が強い人も多い」

「時代……なるほど、時代ですね……」

 

 過去、クリスが活躍していた戦乱の時代の倫理観は少々……なんというか未成熟だったと聞く。

 まず何より戦争のせいで人が死ぬのが「当たり前」。それに伴って各地の治安も悪化し、犯罪件数が増加。私刑も横行していたという。

 人殺しも状況によっては容認されていたし、隠蔽すればそれが通った――が、今ではそうもいかない。治安の向上に伴い人々の意識改革もなされており、領内で人殺しでも起きたらそこそこ大きなニュースになる。隠蔽したとしても色々な要因ですぐに露見する。諜報機関とか密偵とかな。

 クリスも納得してはくれたらしい。しみじみと呟くその声音からは、虚しさと共に小さな安心が見え隠れしている。

 

「……あの戦乱にも意味があったのでしょうか」

「かもしれない……けどその話は後にしよう。もし相手が犯罪者でも、生け捕りにして正規の手続きのもと裁いてもらう。これを念頭に置いてくれ」

「承知しました」

 

 面倒かもしれないし、実際面倒だろう。俺個人としてもそこまで気にすること無いんじゃないかなと思わないでもない。元々俺も麻偵……密偵だからな。人死にを見たことだって一度や二度じゃない。

 ……が、それもこれも今の時代に合わせるには必要なプロセスだ。クリスにもリンデにも安易に殺人を手段とするのは控えてほしいし、しっかり明言しておくのがいいだろう。

 統治者として、安易に殺人という手段を取るわけにいかないというのもある。いざという時の引き締めは必要だが、直接出向いて殺す、では市民の支持は得られない。

 クリスは説明して理解してくれれば律儀に守ってくれるだろうが、一見聞き分けの良いリンデは地頭が良い分どこか冷徹な部分を残している。どちらも同じく50年前の価値観を残している以上、このギャップを埋めておくのは必須だ。どこかでふとした拍子にポロッと殺しでもされたら、困るどころじゃ済まない。

 

「さて……」

 

 必要なことを伝え終わって数秒。相手の足音は……特に聞こえない。死体に反響音が吸われているということでもないなら、かなりの手練れだろう。

 内心嫌だなあという気持ちを抱えるが、相手が止まってくれるはずもなし。闇の中からヌッと姿を現したのは、黒衣を身にまとった獣人の男たち――それも三人だ。

 

「そこで止まれ!」

 

 驚きでかすかに目を丸くする彼らへ、鋭く声を発する。少なくとも、あの風体でまともな人間ということはあるまい。帝国側の飛び地から派遣されてきたうちの軍人ってこともまずありえない。

 

「私はアシュクロフト侯爵家三男、レスター・アシュクロフト。故あって洞窟の調査を行っている」

「侯爵家だと……!?」

 

 横からじとーっとリンデが「あたしたちにはそんな名乗りしなかったのに」みたいな批難の視線を向けてくる。

 ……状況が違うんだよ。あの時は二人の身柄を保護しないといけなかったから、無闇に威圧感を与えるような立場を提示するわけにいかなかったんだ。

 けど、密偵らしき相手に不法侵入の件を問い詰めている今、威圧的でも立場はあった方がいい。いちいち貴族全員の顔を知らなくとも、照会すればすぐに分かることだ。ここは上から強く出るに限る。

 正当性が無いと話を聞いてなんてもらえないしな。

 

「あなた方はシムゾニア臣民とお見受けする。何故(なにゆえ)国境を越えて洞窟に侵入したのか、まずは理由をお聞かせ願いたい」

「…………」

「…………」

 

 男たちは互いに目配せをすると、両手を上げて敵意がないことをアピールした。

 一応、言葉が通じる相手と見ていいだろう。一応――だが。

 あくまでこれはそういうアピールをしただけだ。油断はできない。

 

「我々は魔獣の異常死について調査に来ただけだ。全員、武装を解除せよ」

「しかし……」

「命令だ。……どうぞ。身体検査をしても構わない」

 

 剣や槍、魔杖(まじょう)といった武具がガラガラと音を立てて地面に落ちていく。よくあんなに持ち込んだなこいつら。

 クリスが訝しげに魔杖を見るが、そういえばあれは近年になって急速に発展した武器種だったか。異邦人(ストレンジャー)の持ち込んだ銃の概念を基礎として、魔法で技術再現してついでに強化改良もすればいいじゃん――という理念のもと造り出された代物だ。火薬や銃弾は必要とせず、専用のシリンダーに魔法式が刻み込まれており、前準備・予備動作を必要とせず、魔力を注ぐだけで望んだ魔法を「撃ち出す」。兄上曰く次代の戦争のスタンダード。

 実際便利だとは思うんだが……俺は次代の戦争の標準装備って面にはちょっと懐疑的なんだよな。なんというかもう何段階か進んだ技術になりそうな……いや、その辺はいいや。

 

「わかった。失礼ながら少し検査をさせていただく」

「レスター様、それならば私が……」

「……身体検査の心得あったっけか?」

「……うう、ありません」

 

 だろうな。俺の予想が正しければずっと最前線で戦い詰めだっただろうし、礼節はともかくそういったものを学ぶ環境にも無かったはずだ。

 それに……かなり直接的に槍を握ってるクリスが相手だと相手も萎縮してしまうことだろう。ここは俺が行くしかない。

 

「では……」

 

 少し身をかがめてボディチェックをしようと近付く。その時、不意に視界の端で男の肘が揺れたのに気がついた。

 ()()()()やつかと察すると同時に、経験を元に体が半ば勝手に動き出す。膝を更に曲げてより姿勢を低くしてタイミングをずらす。更に、前に伸ばしかけていた腕を、相手と同じように肘から先だけ動かして迎撃――相手の腕を取って引き倒す。倒れ込んだ男の手元、服の裾から覗く仕込み刃を視認した俺はその場で腕をへし折りながら声を上げた。

 

「確保!」

「があっ!!」

 

 これはどう見てもただの密偵じゃない。それを察したところで自然と声を飛ばしていた。

 残った二人のうちの一人が逃走を試みるが、瞬時に先回りしたクリスがその顔面を鷲掴みにすると、岩盤に叩きつけて意識を刈り取った。

 見るからに凄まじい威力だ。岩が陥没し半ば埋め込まれてしまっている。殺さないよう言いつけていたはずだが……大丈夫だろうか。

 もう一人の男は、先程武器を投げ捨てた場所に飛び込んで魔杖と剣を手に取った。直後、雷の魔弾がクリスに向け乱射される。

 

「――――」

 

 それを――彼女は、槍の一本で難なく打ち払って見せた。

 雷という特性を理解しているためか野生のカンか、冷気と金属製の槍を組み合わせることで超伝導を起こして電気を外向きに「流して」いるようだ。

 しかし、クリスといえども流石に全てを流しきることは難しい。わずかに体に到達した電撃で痺れた瞬間を狙うように、魔杖がこちらに向けられた。

 

「レスター様!」

「構うな」

 

 直線上には俺。そして対角線上にはリンデ。最初に武器を放棄する段階で最も効果的になる位置取りを決めていたのだろう。

 だが、弱い者を先に狙うというのは一種のセオリーだ。敵に足手まといがいるなら当然狙う――だからこそ行動が読みやすくもなる。

 組み換え魔法を用いて俺とリンデの眼前に壁を作り出す。防ぐことができるとしても数秒程度だ。だが数秒、あるいは瞬きほどの間があればことは済む。

 

「――――」

「ッ!」

 

 魔弾の嵐が収まった隙を突いて踏み込んだクリスが、男の手に握られた魔杖を槍の一撃で叩き落とす。しかし男も手練れのようだ。剣でこれを弾くと、返す刃で一気に己の間合いに踏み込みをかける。

 槍のリーチは長いがそれ故に至近距離となると取り回しが悪くなる。狙いはそこだろう。しかしクリスはこれに対し、あえて退くことをしなかった。

 槍の持ち手を回転させることで短く持ち直す手間を取らず牽制。巻き取るようにして、剣を持つ腕を下から槍の柄で叩きつける。

 

「はぁっ!」

「!」

 

 男は――怯んだ様子を見せなかった。

 金属製の槍だ。今の一撃で確実に折れただろうに、あらぬ方向に曲がった腕を振るい攻撃を仕掛ける。

 それを目にしても、クリスは一切動揺する様子は無かった。丁寧にその一撃を捌くと、石突を用いて顎に一撃。更に柄を用いて幾度となく打ち据える。

 一応は俺の言うことを聞いてくれているのだろう。命を奪うならひと突きにしてしまえば終わりだが、そうしていないということは多分そういうことだろう。

 ……ちょっと攻撃が苛烈に見えるのだが。

 

「……その辺でいいんじゃないか?」

「いいえ。嘘……裏切り……騙し討ち。こういうことをしでかす輩は、確実に意識を摘み取らねばいけません。何をしてくるか分からない」

 

 ……しかし、意識を刈り取るには必要だとはいえ、いくらなんでも執拗な攻撃に見える。

 あんまりこういうこと聞くのもアレなんだけど、流石にこういうのを直に見せられちゃあちょっと……なぁ。

 クリスが倒した男たちは意識こそ失っているがピクピク痙攣してしまっている。命を奪わないようにという言いつけを聞いてくれたのはいいんだが、話を聞けそうなのは今俺が制圧した一人だけだろうな。

 

「クリス……昔何か酷い裏切りにでも遭ったのか?」

「そ……そそそそそそのようなこてゃ」

 

 何かあったんだな……。

 誤魔化すならもっと上手くやってくれよ。俺だってこう思わせぶりなこと言われると色々疑いを持ってしまうんだから。いや半分確信に近いけど。

 昔何かあったんだろうなぁ……主に爺様が関わってない場所……クリスがあのクリスだとして……爺様は同行していなかったと聞くから、最終決戦の場とか? 結局死体は上がらなかったらしいし、そういう線もあるか。主戦派の敵将を討ち取って停戦の障害を無くしたところを、後ろからグサリ……みたいな。

 

「普通はいちいち聞きはしないけどさ……流石に人殺しかねないとまでなると事情を聞く必要はあるぞ」

「ま、まま、お待ちを。色々と準備もございますので……そのっ」

 

 準備って何だよ。

 言いつつ手を緩めることはせずにゴリッゴリに二人の男を拘束しているのが怖い。あまりにも軍人の手つきだ。

 確かに俺個人としても……彼らについては気にかかる部分はある。特に先の男の、痛みすら気にせず反撃してきた異様な様子だ。もしかして、あれは麻薬を使って痛みを誤魔化しているのではないか? そう思うと、元麻偵としては少なからず疑いと怒りも感じる。

 

「レスター様!」

「!」

 

 嘘が大嫌いなくせに隠し事はするんだよなぁコイツはなぁ、なんて思っていると、組み伏せている男を見てクリスは警告を発した。

 声に導かれるまま男を見ると、魔力を見る素養のない俺でも分かるほど濃密な魔力が凝り集っていくのが見えた。

 

「まっ――ずい!」

 

 この反応、まさか自爆か!?

 思わぬ事態に飛び退くが、その判断がある意味で誤りだったと気付いたのは、魔力の波動が体内から噴出したものではないと分かった時だ。

 

「これは!?」

「魔道具……!?」

 

 それだけの膨大な魔力を放っていたのは、男の腰元に提げられた謎の物体だ。

 血のような赤い色味の、ごく短い棒状の物質。魔力の放出に合わせて自壊していくそれは、他の二人の持つ同型の魔道具と共鳴して何らかの魔法を発動させる。

 

「――捕縛されるわけにはいかんな。帰投する」

「なっ……おい、待て!」

 

 空間が、鳴動する。何かに気付いたようにクリスが瞬時に踏み込むが、それは一歩遅かった。

 男たちを囲うようにして生じたごく小さな歪みが、彼らの姿をその場から消失させた。クリスが投擲した槍の穂先が消失しているあたり、転移していると見るべきか。思わず、息を呑んだ。

 

 ――空間転移。

 

 空間に作用する魔法は数あれど、人間の身でそれを扱える者はまずいない。莫大な量の魔力を使用するのみならず、適性を持つ人間があまりにも限られているからだ。

 それを為した実例を、俺は知っている。かつて「槍」を携え大戦時に活躍した救国の英雄。個人としての能力ではなく、その力を与えたもの。

 

「「神器……?」」

 

 疑問の声が重なった。

 ただ一つ、この世において空間の転移という神の御業を再現できるものがある。

 ――聖王国の「槍持ち」、大戦の英雄クリスのみが扱えた神器。

 それは未だ次の継承者が定まっていない。当然、誰一人としてこのような現象を再現できるはずのないのだが――確かに、俺たちの眼の前で引き起こされていた。

 

 

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