「――ですから父上、理屈は分かりますが兄上まで動かそうとしないでください。国境の警備どうするんですか」
『むむむ……しかしなレスター。危険が除かれたのならば、洞窟の帝国側出入り口も国境に違いないのだぞ?』
「安全になったというのがそもそも勘違いです。特定の道だけ一時的に魔獣の個体数が減少しただけで、時間が経てば流れ込んできます」
『だからそれを軍事力で食い止めるべきだと言っている。暗殺者の存在も報告していたな? そんな連中が流入する可能性など、領主として見逃すわけにはいかん!』
「それは理解していますが、だったらまず飛び地の側からアプローチを――」
村に戻って翌日、ようやく一晩眠れて(比較的)頭がスッキリした俺は、急ピッチで駅までのメインストリート作りを進めながら、併せて父上との通信を行っていた。
議題は当然、地下の状況とそれに伴う対応についてだ。傍らで護衛にあたっているクリスは、話がヒートアップするごとにオロオロしているし、リンデはそんな姉の姿を見て苦笑いしている。
……残念ながら現状、二人は蚊帳の外である。
「軍を動かすにも大義名分が必要なのは父上が一番ご存知でしょう? 映像か、さもなくば暗殺者がいた物証が無い限り、国内からも言いがかりと批難を受けますよ」
『密偵や暗殺者が入り込んで困るのは我が国だろうにまったく……! フレーベル女史の身柄は証拠とならないか?』
「それこそダメでしょう。顔写真との照合はできていますが、俺たちが攫った、脅されて証言した、と文句をつけられるだけです」
さて、父上との議論にも上げている災禍の洞窟だが、俺たちからのアプローチはしがたい。こっちはひとまず後回しだ。他に優先しないといけないことが多すぎる。
まず、マリー女史の受け入れ準備をはじめ、金のために魔獣の解体も急がないといけない。それと比べると、洞窟に関しては暗殺者と遭遇したあたりまでひとまずの整地と安全確認ができているし、出入り口も塞いでいる。予断を許さない状況であることではあるものの、まだ後回しにしていい理由は一応……ある。
ただ、対処できるならしておきたいのは本音だ。そのために軍まで動かすんじゃない、という話でもあるのだが……。
「まだどうなるともわかりませんので、父上が誰か動かしていただけるなら少人数に留めてください」
『私が個人的に動かせるのは麻偵くらいのものだぞ』
「普段大概便利にあちこち派遣しているんだからいいでしょう。俺が所属してた時と運用基準が変わらないなら、ちょっとこじつけ気味の理由ででも今から動かすこと可能ですよね?」
『……なら、洞窟の未発見ルートを利用した密輸の可能性を示すとしよう』
「ありがとうございます」
実際麻薬を使ってるようなそぶりもあったからな。この辺を追求してくれれば、筋道も立つだろう。
『以前といい今といい、いざ働き始めるとことあるごとに問題を持ち込むものだなお前は』
「問題の方が勝手に寄ってくるんですよ」
『よく言うわこいつめ』
「というか報告されない方が良かったですか? 問題」
『分かっておる! その方が怖いわ! でもせめてもっと普通の問題を持ってこんか!』
思うに、父上が考えていた「問題」というのは金が無いとか食料が足りないとか、そういう方向性だったんだろう。
何事も無ければ、俺もせいぜい「人口が足りないから移住者を募れないか」というまっとうな方向だったと思う。
結果はこの通りだが。
別に俺個人は望んで問題を起こしてるわけじゃないので諦めてほしい。というか大半が外部要因だよ。
『次の連絡は普通の定期連絡で頼むぞ!』
「善処はしますが期待はしないでください」
そんな不毛なやり取りの後、俺は通信を打ち切った。
……別に俺も好きで問題を報告してるわけじゃねえんだわ。でも報告しなかったらコトが大きくなったときに手遅れってこともありうるし、そんな時に被害に遭うことになるのは主に領民だ。ちょっと
師匠もよく、こういう時は人を巻き込めと行っていた。今思うとニュアンスが違う気もするが、置いておこう。
「……ご報告は終わられましたか?」
「ん? ああ」
と、そこへクリスが恐る恐るといった様子で話しかけてきた。父上共々アツくなりすぎたから、内容がよくわからないと喧嘩しているようにも見えたかもしれない。反省だな。
「お父上はなんと?」
「そのうち例の件の調査に人を寄越してくれるそうだ」
「軍とか言ってたのは何よ?」
「父上の気が逸っただけだ。気にしなくていい」
確かに異常事態なのはそうだが、いささか気が早すぎる。
軍を動かすくらい本気で怒ってるんだぞ、と対外的にアピールすることは悪くないとは思う。威圧にはなるし。ただ、それもあくまで相手が何者かが判明している場合に限られる。
怒ってます、相手はわかりません、では恐怖を煽るどころか闇雲さを嘲笑されるだけに終わるだろう。
「さて……」
で、一方、メインストリート作りだ。こちらは急がないといけないので、今は一旦道幅を狭くした状態で造っている。
メインストリートなどと呼ぶにはかなりしょっぱい見た目になってしまったが、致し方ない。一度、先に狭い道を通して徐々に横幅を広げる方向に方針を変えていくことにする。
ただこのおかげで作業そのものは以前よりも遥かに順調だ。直線距離にしておよそ20km強。村の跡地までたどり着くのに一日半かかっていた頃が今となっては懐かしいくらいと言える。いやあの頃がおかしいんだが。
元来た方に目を向けると、災禍の洞窟の入口はすっかり遠くに見えた。この調子なら、退院予定日までには間に合うはずだ。
「そろそろいい時間だし、昼食にしようか」
「お待ちください。連日の作業でレスター様もお疲れのはずです。ここは我々が」
「えっ」
「えっ」
自信満々に名乗り出るクリスに思わず魔法の発動が止まる。更に、勝手に数に入れられてしまったリンデも驚きに身を固めた。
――その瞬間、俺たちの脳内に蘇るのは先日の記憶だ。
一昨日、俺はその日の間村に戻れないだろうという前提のもと、二人には弁当を買って持たせていた。しかし昨日の朝にはもう全部食べきってしまっていたので、俺が帰ってくる昼過ぎにはだいぶ腹が減ってしまっていたという。なのでちょっと肉を切り出して焼いて食べようとした……結果、消し炭が出来上がった。
多分、俺が「よく焼いて食べるように」と注意したのをよく聞いていたのだと思う。まあ結果はクリス自身が冷や汗を流しながら首を傾げ、リンデが半泣きになる代物だったのだが。
「やめて姉さま、無茶しようとしないで」
「いやしかし主君の補佐も従者の仕事で」
「姉さまは護衛だけやってて……!」
「え、酷い」
「あとえっちなこと」
「それは違うぞ」
サラッとお前の個人的な欲望を混ぜ込むな。
……しかし、しょんぼりしているクリスには悪いが、戦闘力全振りでそれ以外のアレコレに関してはかなり不器用なのは事実だ。代わりに料理するというのは、ちょっと……食材に限りもあるし遠慮してほしいかなって……。
「料理は俺がやる」
「うぐぅ……も、申し訳ありません……」
「あたしも見ていい?」
「そうだな」
小器用で地頭も良いリンデなら、飲み込みも早そうだ。俺が外出した場合のために料理を教えておくのもいいだろう。
となると……今日は簡単な方がいいか。
「なら、リンデでも作れそうなものにしようか」
「どんなの?」
「肉焼くだけのやつ」
ステーキは、あれで火加減とか焼き時間とか肉を休ませるとか、追求すると果てがないので初心者向けと言うにはちょっと欺瞞がある。それと比べると、ただ雑に焼いても一定程度に美味いという方が入門向けだ。
「まず肉を薄めに切ったら、そいつをボウルに入れる」
「うん」
選んだのは、ちょっと固くはなっても美味く食べられる沼熊肉。クリスに冷凍してもらったものは、まだしばらくもつはずだ。
「で、そこに塩、砂糖、醤油と酒、酢、スパイス。これを混ぜて揉み込むんだが」
「揉む!?」
「言うと思ったわお前はよォ」
調味料を染み込ませるために揉むなんて料理じゃよくあることなんだぞ。お前料理見る度に変な興奮するつもりか?
……するかもしれない、リンデなら。鶏の丸焼きとか見て曲線に艶かしさを感じるとかやってもおかしくない。
「ねえ、この調味料の配分覚えなきゃなの……?」
「っていうのは難しいだろうから、調味液は先に作って保存しとく。好きに使っていいぞ」
「ありがとう兄さま、助かるわ」
こんな感じの調味液をそのまま売る手法は、街の方でも確立されている。
俺は一応ひとりの料理人として独自の調合を見出してはいるが、日々の生活で料理についてまでそこまでこだわっていられないという人は多いだろう。味の基準がよく分からないという人も少なくないだろうし、市民としてはたいへん役立つ代物だと思う。
「で、これで味がついたから、あとは油を引いて、適度に焼くだけ」
「……適度ってどんな?」
「一緒にやってみるか」
「うん」
フライパンを持たせて熱調理器にかける。獣脂を溶かして油を引けば、これで準備は完了。肉を乗せると、ジュッ、という小さな音と共に香ばしい匂いが広がった。
「ふわ」
「あとは全体的に焦げ目がついて色が変わったらだいたい完成かな」
半分くらいは俺がお手本を見せ、残り半分はリンデに加減を見てもらう。早すぎたり遅すぎたり、慣れてないため失敗しそうな部分は俺の方で適宜指示を出すことで調節する。
そうこうしてしばらく経てば、見た目こそ拙くともちゃんとした味の熊肉焼きが完成だ。
「おー……おおお」
「初めての料理でよくできたな、上手いぞ」
「そう? そう!?」
肉を盛り付けられた皿を前にしてむふっと薄い胸を反らすリンデ。そんな微笑ましい光景に思わず顔をほころばせつつ、俺は並行して炊いていた米と山菜の煮物を用意して食卓に向かうことにした。
「……いつの間に用意してたのそれ!?」
「リンデが目の前のことに集中してる間に」
「むぅ」
なぜか悔しそうにしているが、そもそも料理の品数なんて競うことでもあるまい。
俺自身も師匠から指導を受けた身だ。スタートラインが違うのだから、対抗心を燃やされても困る。
……が、対抗心があるくらいの方が上達は早いだろう。必ずしも料理の道を進むわけではないが、こういう精神は他にも通ずる部分でもある。いずれにしても将来が楽しみだ。
「で……」
料理初挑戦で普通に食べられるものを作ることができたリンデを、二人でベタ褒めしてひとしきり照れさせた後、そろそろ話を切り出すことにした。
「村の今後についてちょっと話があるんだ」
「!」
ピリッと空気が引き締まる。緊張感の発生源はクリスだ。
さすがは戦争経験者と言うべきか。一人だけ迫力が桁違いだ。今必要無いけど。
「……悪い方の話じゃなくてだな」
前置きを入れると一瞬にして圧迫感が消え失せ、クリスが恐縮し始めた。
いや、まあ、今のは俺の切り出し方もまずかった。単に村の今後なんて言ったら身構えるだろう。
「中間目標を定めたいと思うんだ」
「あの大通りを作るとか、洞窟の中まで入ってって整備するとか?」
「そうだな、大目的としては復興、発展。リンデの言ってた『領都みたいな街』を掲げているところだが」
「そういえばそうだったわね」
これは最初に定めたことだ。今後、修正や方針転換をすることはあるだろうけど、このあたりは芯に据えておきたい。
あくまで俺たちがやりたいのは、サラク村の復興、発展だ。
「当然すぐに目標が達成できるわけがない。だから、できることから始めて徐々に手を広げていくわけだ」
「駅までの道みたいね」
「まさしくそんな感じだな」
洞窟と駅をつなぐ巨大なメインストリートを作りたい! というところから始まったものの、今は喫緊の課題に対応するためにせいぜいちょっと広い獣道程度のものしか作ることができてない有り様だ。
けど、この先ちょっとずつでも拡大していくことができれば、そのうち目標は達成できる。この「少しずつ」のモチベーションを維持するのに欠かせないのが、節目節目の目標設定だ。
「色々考えられることはあるけど、まずは村の成立要件……人口をどうにかしたい」
「まあ……最大の問題よね」
「せめて100人、まずはこれを目標にする」
「ひゃ……100人……」
医師に言質を取った……というのは、今は伏せておこう。あくまで立ち話だし、彼は俺が貴族なのを知っている立場だ。リップサービスとして、希望的観測を口にする可能性は低くない。
とりあえず、今は単純にキリが良いからという理由でも通用はするだろう。
「こんなところにそんなに人が来ると思うの兄さま?」
「『こんなところ』!?」
「ショック受けてるところ悪いが否定要素無いぞ」
「そんな!」
むしろどこに勝算があると思っとるんだお前は。
衣食住のどれもロクに満たせないし、なんなら命の危険もすごいぞ。まあ「だから無理だ」と後ろ向きになっても仕方ないんだが。
「だけど、俺の仕事はこの村を『こんなところ』で終わらせないようにすることだ。独自の魅力を見つけ出し、創り出せば必ず移住者が現れる……はず」
「魅力って?」
「……ああ!」
一週間も経ってないのにそれが分かるなら苦労しないとも言う。
こういうのをすぐにパッと出せないから凡庸なんだろうな俺は……。
「見ての通りだから俺のことはあんまり頼りにしないようにな。俺って一番替えがきく人材だし」
「この中で一番いないと困るの兄さまでしょーが」
「あまり御自分を卑下するようなことを仰らないでください」
「事実だ」
極めて希少な腐敗魔法の適性持ちに、恐らく戦争経験者でかつ高位魔獣をも瞬時に葬る戦闘力。それに比べたら、俺は自分にしかできないことというものに乏しい。はっきり言って最も替えがきく人材と言えよう。
色々迷走してた過去もあってやれること自体は多いのだが、誰でもできることを習得して突き詰めているに過ぎない。同じく貴族で俺よりも上手くやれる人間はいるだろう。
「そんなわけだから、何か思いついたら教えてくれ。俺は思いつかないかもしれないから」
「命じられる以上は努力しますが……」
困惑しているようだが、今はまだ経験が少ないだけと言えなくもない。
今のうちに経験を積んでおいて、後々これを活かすことができるようになってくれればそれで十分だろう。
……もちろん、今のうちに色んな意見を出せるようになってくれるならそれが一番なんだけどな。