本来、リハビリというものはかなり長い時間をかけて行われるべきものだが、マリー女史のそれは10日ほどで終わる見込みとなった。
これは生命力や身体能力に優れる竜人という種族的特徴もあるが、暗殺者に狙われているらしい背景を考慮すると、あまり長く病院に置いておけないという事情もある。
バックに
できるだけ目立たず、そう、目立つのを避けて――。
「うわはははははははうわあああ――!」
「爆裂目立ってるわよあの人」
「があああああああ!!」
迎えに行くと約束した10日後の病院。マリー女史は車椅子で院内を爆走していた。
目算……時速60km超。列車にやや劣るものの、室内で出すにはいっそ殺人的とすら言える速度だ。
小児科の入院患者と思しき子どもたちが呑気にすげーすげーと言っているが、放置しておけばどうなるとも知れない。
とはいえ俺じゃあ怪我せず、または怪我させずにこれを止めることは不可能だろう。仕方ない。
「クリス、頼む」
「はっ」
ここは遠慮なく頼ることにする。高速で移動する車椅子に回り込むように追いついたクリスは、コーナーリングのために減速したところで背面の持ち手を確保した。
そのまま無理に止めると慣性でマリー女史が大変なことになってしまうため、その場で回転することで慣性のベクトルを横向きに変換。持ち上げて車輪を空転させることで、怪我人を出すことなくこれを止めてみせた。
俺もすぐに近付いて、車椅子の魔力回路を切断して自動回転を止める。これで床に置いても余計な被害は出ないだろう。
「何やってるんですかあなたは」
「や……やあレスター……止めてくれてありがとう。普通の車椅子じゃ物足りないと思って改造したら暴走してしまってね……」
どうやら意図したものではなかったらしい。誰も怪我はしていないようだし、このあたりのことだけは幸いである。
「何でこんなもの作っちゃったんですか?」
「んん? んー……」
露骨に目を逸らされた。
できるからやったやつだこれは。師匠がよくやって俺が後処理させられてた。
「レスター様、人に迷惑をかける前に連れて帰りましょう」
「そうだな……」
生真面目なせいでどうも嫌気が差しているらしいクリスに頷く。
担当医の姿を探すと、遠巻きに見ている人たちの中に彼の姿を見つけた。
「すみません先生。ご迷惑おかけします」
「いえ……はあ、はは……」
会釈して話を聞いてみると、返ってきたのはひどく疲れた顔と力ない声だった。
俺が見てない間に何してたのマジで。話聞くの怖いんだけど。
「もう少し……落ち着きを持っていてほしかったですな……」
ものっっっそい婉曲的に言ってるけどあからさまに迷惑がっている……。
「お大事に」の一言すら出ないあたり大概だぞ。
「何があったか、お聞きしても……?」
「院の設備に少々物申すことがあるようで……」
「だいたい察しました」
こうすればもっと使い勝手が良くなるよね! みたいな考えから勝手に改造でもしてしまったか、使い道のよくわからない医療器具でも作って渡されでもしたか……。
どっちにしろありがた迷惑だろう。準備期間も10日しかなかったというのによくやるよ。
迷惑料代わりに多めに料金を支払い、逃げるように病院から出ることにした。
「街を出る前にお願いしたいことがいくつかあるんだ」
「何でしょうか」
「厚かましい人ね」
病院から離れて少し。互いに簡単に名乗って自己紹介も終えたので、早いところ駅に向かおうかと考えたところで、クリスに車椅子を押されたマリー女史がそう切り出した。
……ちょっと辛辣なリンデの言葉だが、まあ、あんな騒動起こしといてという気持ちはちょっと分かる。
「ボクの仕事に関わる話だよ。厚かましくても今要求しておかないと」
「それは……技師としての?」
「そうだよ。まさか急に専門外の料理みたいなこと始めると思う?」
「密偵から料理人、料理人から自治体運営に転身を決める人間がいる以上ありえないこととは言えないでしょう」
「なんだいその一貫性のカケラも無い支離滅裂な進路」
俺の経歴だよ。
確かに一貫性という言葉に中指つきつけてるかのような馬鹿げた経歴ではあるが、これでもふざけてるつもりはなく終始大真面目だ。
貴族三男で家のことを考えなくていい気楽な立場……なんて言えば聞こえはいいが、手に職をつけないとマトモに生活できないということでもある。
迷走にも見えるがどちらかと言うと試行錯誤と言わせてもらおう。
「技師は続けるつもりだがなにぶん道具が無い。簡易的なものでもいいから欲しいところだね」
「なるほど」
まあ、技師なら工具が無いと仕事にならないだろうが。
いや、待てよ。
「その車椅子とか院内のアレコレとかどうやったんです?」
「ちょっとしたものなら自分で造れるさ」
そう言うと、彼女は手の中で魔法を発動し、小さな金属を生成した。
強度や利便性に乏しくとも、簡易的なそれっぽいものなら問題なく作ることができるようだ。赤銅色の瞳――金属系統の魔法の適性は伊達ではないらしい。
「他には?」
「毒で視神経も蝕まれたようだから補正具」
「兄さま、これってつまり……」
「…………可能性はあるな」
さっき車椅子が暴走してたの、もしかしたら視力の低下で手元が狂った可能性があるか……?
そうなると検証のためにやはり補正具は必須か。
俺は鉱物系の魔法で眼鏡を作れはするが、レンズを研磨したりしてるわけじゃないから結局変装用の伊達でしかないんだよな。まあ、買うしかないか。
「そして見ての通り発明品が暴走することがあるからね、ボクの作業部屋も欲しい」
「手配しましょう」
「それから足も動かないし昇降機も」
「手配」
「あなたは少々求めるものが多すぎないか?」
どれもこれも仕方ないな、と思いつつ半自動的に返事をしていると、横からクリスが言葉を遮った。
分を弁えているなんて自称するクリスにしては珍しいな。
「必要なんだからしょうがないじゃないか」
「あなたの言葉からは嘘のにおいを感じる。車椅子が無くとも、実は移動するのに支障が無いのではないか?」
「おうや? ボク疑われてる?」
「クリス、やめろ」
まずい、元々印象があまり良くなかったところに嘘のにおいまで感じ取ったせいで、クリスが変な疑念を燃やしている。
制止したおかげですぐに引き下がってくれたが、このままでは絶対後に変なしこりを残す……!
「少しよろしいでしょうか。足を動かすことはできないにしても、魔法を駆使して動くこと自体は可能……ですよね?」
「え? ああ、まあ……」
「やはり……」
「――けど、魔力消耗や制御の問題があるので、常用はできない。いかがですか?」
「そうだよ」
魔法の中でも物質を操るものは、やりようによっては動かない足の代わりにすることも十分可能ではある。
ただ、これはあくまで補助として使うに留めるべき手段だ。放出や射出などではなく、常時動かし続けなければならないので魔力の消耗は桁違いだし、高い情報処理能力も要する。
入浴時や車椅子の乗り降りの際など、介助を必要とせずに済むことはあるだろうが、普通の人と同じように動けるようになることは期待すべきではない。
嘘のにおいの正体を察したクリスは、顔向けし辛そうに顔を伏せて謝罪を口にした。
「……申し訳ない。私が軽率だった」
「ボクも説明すべきだったね。すまないレスター」
「いえ……」
間に入ったおかげでなんとか誤解もとけたようだ。背中にびっちゃり汗が出てるのが分かる。
相性がだいぶ良くなさそうというのもあるが、いてくれないと村の運営自体が危ぶまれる最重要人物二人が反目するなんて、そう遠からず破滅が訪れることになるから回避できて助かった……が……。
(……今はっきり分かった……)
どうやら俺にとって最大の仕事は、村民同士の仲立ちや仲裁のようだ。
今度村民が増えるとしたら、土地柄どうしても大半が訳アリの人間になるだろう。クリスほどの戦闘力だとかマリー女史レベルの影響力・技術力とまではいかずとも、大変な何かを背負っている人間はきっと少なくない。
「兄さま……なんか雰囲気がゲッッッソリしてない? 大丈夫……?」
「自分の仕事を見つめ直しただけだ」
ちょっと胃が痛くなってきたがね。
今後更に胃が痛くなることが確約されたようなもので、気も遠くなってきたよフフフ。
こう考えると、変なことは言っても聡明で人懐こいリンデはかなりの重要ポジションだな……俺の精神衛生的にも……。
なにせキメラであることを除けば特異な過去があるわけでもないし、過去の記憶が無いから根の深い因縁も無く、急に思いもよらぬところで変なことが癇に障ってブチギレるということも無い。心理的に相当な安定感がある……。
「……今後の村はお前の肩にもかかってるぞ」
「え? 何、あたし? どういうこと!?」
「頼むぞ……」
「ねえ、よく分かんないなら分かんないなりに頑張るけど、せめて説明はしてくんない!?」
「フフフ」
流石にそんなすぐにどうこうって話のつもりは無いけど、できればこう……数年以内くらいには補佐に立ってくれたらいいなぁ、くらいには考えている。
「説明!」
「
よもや「お前の
本人に自覚を促すこと自体は必要かもしれないけど、手段として荒療治が過ぎると今度は大きな反発を招きかねず、本人にも大きな負担がかかってしまう……。
だが幸いにも時間だけはある。クリスも魔獣が現れたりしない限り暇を持て余して自主訓練ばかりしているくらいだし、じっくり少しずつ態度や考え方を軟らかくしていくよう説得や対話を重ねてい……きたいけど大丈夫かな……。
頑張れ俺。負けるな俺。
いつかリンデが俺の仕事を継いでくれることを信じて。