必要なものを買い込んで数時間。思わせぶりな発言をしてみたりしてからかうマリー女史と、それに割と本気で機嫌を損ねるクリスという、二人の相性の悪さをこれでもかと見せつけられる胃の痛くなる時間をなんとか乗り切ることができた。
眼鏡などの装飾品のみならず、家具なども含めてあれこれと買って回った結果、台車が大変なことになっているがこれはこれで致し方ない。
ともあれ、俺たちは村の最寄り駅に無事到着できたのだった。
「おおっ?」
元は廃村そのもので、監視の必要があるので最低限、便宜的に置かれただけの駅だ。大して整備もされず、草も生え放題だった――というのは少し前までの話。ここ数日で多少なりとも整備し、細い道をも通したことでサラク村駅(仮称)はほぼ廃墟の状態から脱することに成功したのだった。
一定の前知識があったらしいマリー女史が、思わず声を上げたあたり施策は成功だったようだ。
「いかがですか?」
「すごいな。噂の超特級危険地域に道が通っている。これはキミたちが?」
「道自体は10割兄さまが作ってるわ」
「レスター、キミ酷使されすぎじゃない? 上に訴えたりしないのかい?」
「私が村長です」
俺より上の立場の人間はこの場に存在しないんだよ。
何より俺以外にやれる人材がいないんだよ。
じゃあやるしかないじゃん。今必要なんだから。
「……それに、魔獣を一掃して森林地帯を切り拓いたのはクリスです。私はそれに後乗りしたに過ぎません」
「恐縮です」
目に見えて分かるほどクリスの雰囲気がキラキラしているし何やら誇らしげだ。
実際これが無いと開拓にも建築にも着手できないからもっと誇っていい。
「……物理的にキラキラしてないかい?」
「……んん?」
言われて改めて見てみると、確かにちょっとキラキラしているような気が……?
まさかとは思うけど、感情で魔法が暴発したりしてるやつ? 子供はたまにそうなるけど、クリスほどの猛者がこんなんなるのは珍しいな。
現在のキメラの肉体と、元の人間の記憶が齟齬を起こしているんだろうか。これは……。
「ダイヤモンドダスト出てる……」
「褒められただけでこれは……ちょっと子供っぽいね」
「んなっ……こ、子供扱いはやめていただきたい……!」
「そうそう、こうやってムキになるのがまさにそんな感じ」
「……!!」
まあ、確かに情緒面も子供っぽいところはあるな、とは思ったが……感情が表情に出ないところも、どちらかと言えば表情を動かし慣れてない感じだ。
あの常識外の戦闘力と常識の疎さ、想定されうるバックボーンとかを考慮すると、そうなっても仕方ないが……。
「そのあたりも含め、互いの理解を深めるためにも説明の場を設けたいのですが、構いませんか?」
「それはいいけど、だったら地下のときみたいにもうちょっと砕けた話し方をしてほしいな。ねえ
「しかし……」
「ボクの素性がバレるとまずいのは、レスターの方だろう?」
それは、そのとおりだ。暗殺者への対策を講じないといけない関係上、マリー・フレーベルという特大の名声も隠す必要はある。サラク村に来てもらうのはその一環だ。
俺がへりくだっているのを見られたら、当然、貴族が相手を尊重するだけの何かがあると察せられてしまう。素性がバレやすくなる危険性は高くなるだろう。あくまで普通の住民として接するべきと言われると、否定はし辛い。
「分かった、マリーさん。これでいいか?」
「『さん』は余計だな。取っちゃおう」
「……マリー」
「うん、これこれ」
マリー……は、ご満悦そうに頷いて返した。何が気に入ったのか知らないが、べしべしと俺の二の腕を叩いてくる。
「こっちの方が距離が近い感じでいいね!」
「そこまでだ」
「むむっ」
と、そんなマリーを見かねた様子でクリスが横から手を差し入れてこれを止めた。
機嫌が悪くなったせいか、
「あなたの素性は理解しているが、それでも何の思惑があるとも知れぬ者を近付けすぎるのは、レスター様の護衛として許可できない」
「えぇ……それはちょっと狭量すぎないかい」
「そんなことはない。このくらいは普通の警戒だ」
せめて本人に気取られないように警戒するとかさ……いや、無理かもしれん。そういうの苦手そうだし。
徹底して「嘘」を嫌う性格もそうだけど、諜報活動には全く向いてないだろうな。逆に兵士とか戦士とかの適性は突き抜けてるけど……。
ふんすと警戒を隠しもしないクリスだが、そんな彼女の顔をじっくり観察したマリーはやがて何かに思い至ったように手を打った。
「何かと思ったらあれだ。犬っぽいんだ」
「犬!?」
「よそ者が縄張りに入り込んできた時の」
「犬……」
クリスは愕然とした。よもや犬に例えられるとは思ってもみなかったのだろう。
しかし思い返すと、今まではずっと身内と呼べる人間しか近くにいなかったしそれで村も回っていたから、「外から他人が来た時にどういう反応を示すか」を知る機会は無かったんだな。
その上で、まあ……ちょっと過剰じゃあるよなこの反応……。
う、うーん……しかし……うーむ……。
「……狼と表現するわけにはいかないか?」
「いや兄さま、それでも流石に」
「そ、その通りだ!」
「ウソでしょ」
「う、うん。分かった。狼だね、狼……」
本質あまり変わってなくない? とマリーの困った顔が訴えてくるがいいんだ。捉え方の問題だから。
クリスは護衛や従者と言うより騎士という風情が強く、一見すればクソ真面目な堅物だ。しかし、実際のところ見栄やカッコよさというものに敏感で、街に行った時には(本人基準で)カッコよさげな服に視線が吸い寄せられてるし、装飾だらけの槍を欲しがってる。褒められれば割と露骨に喜ぶし、無表情なだけで感情豊かと言える。
なので多分、容認のボーダーラインは犬より狼だろう。獣化した姿はあくまで狼がベースということもあるし……。
「お互い少し落ち着くことができたようだし、そろそろ村に戻ろう。道中、こちらのことについても説明しておきたいんだけど……構わないか?」
「レスター様のご意思とあれば」
「大丈夫なの?」
「まあ……多分」
クリスのまとう雰囲気からは不満の色が見えているが、仕方ない。キメラである事実は、共同生活を送る上で隠し通せることではない。隠したところでマリーならすぐに暴き出してしまうだろう。
悪感情を持っているなら持っているで、早いうちにそれが分かるようになった方がいい。対策も打ちやすくなる。俺個人は人の心の機微に聡いわけでもないから、とにかく素早く手を回さないと。
「こちらのことって? そのイカした眼帯と関係ある?」
「見る目はあるようだな」
「それどっちのニュアンス?」
クイッと眼帯に触れているあたり、前置きの冗談を本気で受け取っているらしい。
……実際「見る目」はある。洞察力という意味だが。ま、眼帯つけてる人間なんてそんなにいないし、気にして当然か。
「二人は……キメラだ」
「ふーん」
「……えっ、反応それだけ?」
「珍しいけど、いないわけじゃあないしね。拒否感のある人はいるけどボクは別に」
マリーのスタンスはだいたい俺と変わらないらしい。普通に暮らしてる人はたいていこんなもんだろう――と思ったが、ボソッと呟いた「技術的に陳腐だし」という言葉から察するに、そう考えるに至った経緯は違うかもしれない。
……まあいいか。結論は同じだし。差別意識が無いなら誤差だ誤差。
リンデがみょーんと眼帯を伸ばして左右の色の異なる瞳を見せつけるが、やはり大した反応は無い。
「でも何でここにいるんだい?」
「説明すると長くなるから要点だけ話すけど……サラク村出身のクリスが、記憶を残したままキメラの素材にされた。その後50年封印されていたようなんだけど、目覚めた後に洞窟を突っ切って故郷に戻ろうとした……だな」
「あの死体の山はクリスの足跡ということか――えっ、一人で?」
「一人で」
「怖……」
だろうな……。
災禍の洞窟に師団でも派遣して殲滅していったって言われた方がよっぽど理解しやすいだろう。
いくら高位魔獣に獣化できる人型キメラと言えど、まともに正面からぶつかったら普通はあんな数倒せない。まともにぶつかることを避けても普通あんな死体の山を築き上げられないので、やはりどこかおかしくはある。
「活かしどころがあって良かったね、その力」
「私もそう思う」
「思うんだ……」
活かし所が無くとも、それはそれでそこそこ適応できたんじゃないかとも思う。
今より更に平和になったのなら社会制度の整備も進むし、クリスみたいに寄る辺のない者に対する保障もより手厚くなるだろう。
軍事力が不要になる時代なんてまず来ることはありえないし、なんだかんだ最大限活かすようなことができなくともそれなりに生きていけるはずだ。
「私のことはもういいだろう。つまらない経歴だ」
「いやボクは50年前の話とか普通に気になるんだけど」
「つまらない経歴だ」
「ゴリ押しやめろ」
俺も聞きたい。主にサラク村出身のあたりとか爺様と友達になったあたり。いや今更イチから追求する気も無いけど、機会さえあれば聞きたいんだよ今も。
それにしてもクリスからマリーに対するそれと違って、マリーの側は割合クリスに好意的だな。良くも悪くも裏表のないクリスの性格は、からかってて飽きないというところだろうか。あるいは、その方が身近に置くには信用できるとか……まあ、今は置いておこう。
「俺たちはマリーの実績は知っているけど、そこから踏み込んだことは知らないんだ。人となりはこれから理解していくとして……あんな物騒な連中を差し向けられた理由くらいは聞いておきたいな」
「それはボクも知りたい」
「こ、心当たりが無いというのか、あなたは……」
「逆だよ。心当たりが多すぎて特定できない」
「……だ、だいたい予想通りか」
「何せタブレットの存在がどれだけの産業を壊滅させたか」
だよな、と思わず天を仰ぐ。これはむしろ本人に自覚があってヨシとすべきかどうか……全くわからない、心当たりすら無い、と言われるよりはよっぽどいいか。こっちもそれなりの対応ができるわけだし。
「レスターはどう思う?」
「…………」
急に俺の方に振るじゃんよ。
本心だけ言うと分かるわけがないだろ、と主張したいところなんだが……。
「暗殺者たちの所属や立ち位置がわからないことにはなんとも言えない。マリーも何か隠してることがあるようだし」
「………………」
「マリー
「…………うぅ」
「やめてくれないか。語りたいけど語れないんだよ」
だろうよ。
タブレット開発者ということを差し置いてでも語れない本名やらもあるようだし、九割九分九厘厄ネタだろう。
クリスと比較するとどうにもわかり辛いが、クリスが死ぬほどわかりやすいだけかもしれない。いずれにせよ、隠さなければならない何かはあるのだろう。
「せめて何で語れないのかだけ教えてくれないかな……」
「……下手すると
「分かった二度と聞かない」
「兄さまものすごい顔」
聞くべきじゃなかったかもしれねぇ。
いや聞いてないと推測すら立てられなかったので、聞いておかないといけないことには変わりなかったかもしれねぇ。
最悪の場合帝室関係者の可能性が出てきたぞこいつ……。
「……例えば空間転移ができるようになる使い捨ての魔道具なんてもの、知っているか?」
「急激に話変え――いやそれは知らない。ちょっとその話詳しく」
滅茶苦茶食いついてくるマリーに少し驚く。帝国のキメラ技術を「陳腐」と評し、現代の情報社会の根幹を築いた人物でも知らない技術か……。
正体こそ分からないが、規模や背景くらいはこれでむしろ掴みやすくなるか?
ともかく地下で見聞きしたことをそのまま伝えると、話が進むごとにどんどんマリーの眉間にシワが寄り、大筋を伝え終わる頃にはひどく無念そうな表情に変わっていた。
「全ッッッッッ然わからない」
「当代最高峰の技術者でさえか……」
「そう評してくれるのは嬉しいけどね、専門分野以外はそこそこだよ。そこそこ」
俺は思わず、超スピードで自走する機能を備えた車椅子を見た。
「そこそこ」の水準高っけぇなおい。
「だが学びを欠かしているつもりも無い。少なくとも、公表されている範囲の技術の中にそういったものは無いよ。断言していい」
「そっか……そっかぁ」
「うわ兄さますごい顔」
「何か分かったのかい?」
「分からないけどおぼろげに輪郭は見えてきた」
「相当嫌な輪郭っぽいね……」
見えてきてしまったし見えたくなかったわこんなもん。
今どき公表されてない技術体系を扱えるなんて、国家単位で技術を秘匿してるとか、よっぽど裏社会で生まれた禁忌に属する技術だとか、そういったものでもなければありえない。
侯爵家は曲がりなりにも上位貴族だ。オマケに俺自身も元密偵。国内のそういった技術に関してはそう疎いつもりも無い。となると、外国か、あるいは……。
「思ったよりも大きな組織を敵に回してるかもしれないな……」
流石に国とまでは言わないが、裏社会の重鎮くらいは覚悟した方が良いかも知れない。
あの暗殺者どもが特定の組織や個人の私兵だったりするのか、あるいは暗殺を専門に取り扱う組織が外注を受けたのかは分からないが、持っているものがあまりにも規格外だ。
おかげで手がかりにはなってくれたが……。
「悪いねレスター、迷惑をかけるよ!」
「…………」
「言いたいことがおありなら言った方がよろしいかと」
「マリーが悪いわけじゃないんだ。俺から言えることは無い」
理屈だけ、自分たちの安全だけ見るならこのまま放りだしてしまった方がいいかもしれない。
けど誰が悪いかを言えば、短絡的に人を殺そうとする連中であって、マリーを責めるのはお門違いだろう。
筋の通らないことで住民を追い出そうとする村長なんて、統治者として認める者がいるだろうか?
「うぇへへへへ」
小さくため息をつきかけたところに、横からマリーのちょっと緩んだ変な笑い声が聞こえた。
いったい何を笑う要素があったというのだろう。
「いい村だねぇ」
「フッ。褒めても何も出んぞ」
「まだ村の体裁も整ってないのに急にどうした……!?」
マリーがよくわからないのはともかく、クリスが何に同意を示したのか全くわからん……!
「えちち?」
そしてリンデが何に反応してるのか、微塵も理解できない……!!