まってい貴族とTSキメラの地元復興計画   作:桐型枠

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21.ハイドラのスープ

 

 

「これ、まだ到着しないのかい?」

「あと二時間くらいかかる」

「そんなに」

 

 さて、情報交換なども終え、歩き続けて一時間少々。村(予定地)までの道のりは三割半と言ったところだろうか。流石にマリーの顔にも疲労の色が浮かんでいるようだった。

 一見元気なようだが、その実病み上がりには違いないし肉体労働に従事していたわけでもないから、どうやら体力が潤沢にあるわけではない。このあたりが今の限界だろう。

 車椅子に乗っているとはいえ、振動も体力を奪ってくるし仕方ない。

 

「我々がキメラだと理解して納得してもらえているようですから、獣化して運ぶのではいかがでしょうか」

「それは……確かにその方がいいかもしれないな」

 

 高速で地下を駆け上がってきたクリスは元より、飛行能力のあるリンデも、獣化して手伝ってもらえたら素早く移動できる。

 この場合、走る必要があって揺れも大きいクリスよりはリンデの方が適してはいるが……。

 

「…………」

「れ、レスター? 何でおもむろに目隠しを?」

「よいしょ」

「キミの方はな何で脱ぎょわわわわわあああ!?」

 

 む、悲鳴と樹木の軋む音。どうやらリンデが獣化したようだ。「よろしいですよ」というクリスからの合図で目隠しを取ると、例のごとく凶悪な外見のドラゴンと、荷車に綺麗に畳んで置かれたリンデの服が目に入った。

 周囲の茂みがすごい勢いでガサガサ音を立てている。突然現れた頂点捕食者のせいで、盛大にびっくりしているようだ。

 ……野生の獣を散らすのに、獣化して飛び回ってもらうのもアリなのかな。

 

「じ……実物がここまでとは……」

「俺も最初は驚いたよ。ところで高いところは平気か?」

「へ? まあ、多少は」

「ヨシ」

 

 聞くが早いか、クリスは車椅子ごとマリーを荷車に載せた。

 俺も後に続いて荷車に乗って、荷物とマリーを固定する。

 

「いいぞー」

「――――」

「ひょえええええええええええ……」

 

 荷車を腕と尻尾でガッチリ固定しながら、合図で飛び立つリンデ。

 対して、マリーはあれよあれよと状況が進むせいで対応しきれずにまた悲鳴を上げてしまう。

 ……流石にクリスも、ちょっとばかり気の毒そうにしていた。

 

 


 

 

「何も無い!!」

 

 災禍の洞窟の前、徐々に開拓を進めつつある仮住居に到着した時のマリーの第一声はそれだった。

 うん、まあ……そうだろうな……。

 水路を通してみたり畑を作ってみたりしてはいるんだけど……住居って言ったって組み換え魔法で適当に作った穴蔵だし、殺風景だよな……。

 

「これでも前よりマシなのよね……」

「前はどれだけ酷かったの……?」

 

 タイミングにもよるが、前大戦の開戦からちょっと前まで酷くなかった時期が無い。少し前までなら腐乱死体の山だ。

 改めてよく掃除したな俺たち。思い出したくないからこれ以上語りたくもないけど。

 

「まあ好きなように作り上げられるということでもあるから、考えようだね」

「前向きだな」

「そりゃあそうさ。全部失ったんだから、あとは前に進むしかないじゃないか」

「全部って……」

 

 それはどういうニュアンスの話だろうか。正直ちょっと……いや、だいぶ触れ辛いんだが、これ聞いて大丈夫なやつか?

 

「あ、言っておくけどそこまで深い意図は無いからね。元から家族は疎遠だし友人もいないんだ」

「それはそれで、言っていて悲しくならないのかあなたは……?」

「ごめんちょっと虚しくなってきた」

 

 なんだか唯一家族が健在な俺がちょっと居心地悪くなってきた。

 そこ気にしてもしょうがないと言えばそうなんだが……なんだかな。

 ともかく、そういう虚しさを埋める手伝いをすることも今後の仕事の一環と言えるか。でもちょっとおこがましい考えかもしれない。

 

「ところでそろそろお腹が空いたんだけど、ここでちゃんとした食事は出るのかい?」

「あまり失礼なことを言うんじゃない。レスター様が手ずから腕を振るわれる」

「…………!?」

 

 マリーが俺の方を二度見した。

 あれ、言ってなかったっけこれ……あ、そうだ。そういえば俺の経歴について語った時、冗談だと思われてたんだ。軽めの口調で話してたのも良くなかったんだろうけど、いかんいかん。

 

「実は俺、三年ほど料理人のもとで修行してるんだ」

「貴族が!? 何で!?」

「三男で家督継承権も無いから手に職つけなきゃって……」

 

 いや、厳密には麻偵として手に職つけてたんだが。残念ながら俺には合わなかったので仕方ないとして。

 

「どうやったら生まれついての貴族が手に職つけようなんて発想になるんだい……?」

「生まれたときから兄上が神器継承者に決まってたんだ。じゃあもう俺の出る幕は無いなって」

「物わかりが良すぎてちょっと気味が悪いよ」

「昔はもう少し物わかりが悪かったけどな」

 

 俺ももう22だ。まだ神器に惹かれる自分がいることは確かだが、領民の安寧をこそ思えばお家騒動なんて起こしてる暇も余裕も無い。

 悪政を行っているならまだしも、父上も兄上も堅実な領地運営が持ち味で民の評判も上々だ。変に横槍を入れたら俺は稀代の愚か者として語り継がれるだろうよ。

 感情論で言っても、俺は別に父上とも兄上とも険悪な仲じゃない。妙なことをする理由が毛ほどもないわけだ。

 

「そんなわけだから、まあ、そこそこのものは出せるとは思うよ。口に合うかは分からないけど」

「ふうん。じゃあ、お手並み拝見といこうかな」

 

 了承を得たところで、今日も見学ついでにリンデを連れて厨房(仮)に向かった。

 料理そのものはだいたいの形を考えてはいるが――と。

 

「さて」

「今日はどうするの?」

「マリーも病み上がりだからな。回復力がどれだけ高くとも、できれば負担が少ないものの方がいい。本人の好みもよく分かってないから……」

 

 クセ強め、脂多めの熊肉は一旦置いておく。肉質も固めで負担は大きいだろう。

 となると、脂少なめでも旨味が強いハイドラ肉だ。更に、揚げ物やステーキなども避けるとして……適している料理と材料は、と。

 

「こいつを使う」

「何それ」

 

 冷凍庫から持ち出してきたのは、レンガほどの大きさの薄く色がついた氷だ。

 これを鍋に入れて溶かせば、周囲にフワッと旨味の溶け込んだ香りが広がっていく。

 

「ハイドラの骨と香味野菜を煮込んで作った出汁スープ(ブイヨン)だ。クリスに冷凍してもらってた」

「へー。美味しそう」

「少し味見してみるか?」

「うん」

 

 新しいスプーンを出して少量掬って手渡す。ちろりと舐め取ると、ビビッと来たようにリンデの目が見開かれた。

 

「あ、美味しい……」

「フフフ、そうかそうか美味いか。3日煮込んだ甲斐があったよ」

「……は?」

 

 なんだ、リンデのやつ急に正気を疑うような目でこっちを見て。

 俺は何か変なことを……あ、そうか。料理人としてなら特に違和感は無くても、この表現だと少し語弊があるな。

 

「一応言っておくけど、言葉通りの意味で3日かけたわけじゃないぞ」

「あ、ああ、なら安心……ううん、ちょっと待って。それはそれでどういうこと?」

「二時間ほどアクを取りながら煮る。火を止めたら半日置いて……それを繰り返して3日間」

「あたしそんなのやってるの見たこと無いんだけど?」

「朝食や夕食の準備してる時や後片付けの合間にやってたんだよ」

「いつの間に……」

 

 逆に言えばそれ以外やれる時間が無いとも言う。

 睡眠時間を削ればいけるかもしれないが、俺が寝ないとクリスが「従者として主よりも先に眠るわけにはいきません」とか言いながらずっと眠らないのでそういうわけにもいかなかったりする。

 気配ひとつ感知したら即座に目を覚ますくらいなんだから、先に寝ててもいいんじゃないかというのが本音なんだが。

 ……それはともかく。

 

「他の食材ならもっと短時間で済むんだけど……あの骨硬すぎるから砕くのにも苦労するし、丸ごと使ったら全然出汁が出ないんだ」

「他の食材の基準がわからないわ」

「これから学んでいこうな。ま、ケースバイケースだから自分で色々試して経験してみるしかないけど……」

 

 師匠が俺を密林に放り込んでサバイバルさせたことも、そういう部分を学ぶためのような気がする。

 気がするだけかもしれない。

 

「よし、そろそろいいかな」

 

 話してる間に溶け終わり、徐々にフツフツと鍋の底面から泡が浮かんでくる。

 では、次は具材だ。茹で時間を考慮すると、まずは肉から。

 

ハイドラ肉(こいつ)を使おう」

「あのお肉?」

「……けど、実は茹でると固くなる厄介な特徴があるんだよ」

「えっ、じゃあどうするの?」

 

 一品に手間ひまをかけて下処理をする高級レストランの手法ならともかく、これは家庭料理だしリンデに教える意図もある。またしても数日かけて煮込むというのは時間がかかりすぎるので非現実的だ。

 

「じゃあ、何で固くなるかを考えつつ下処理をして使おう。この肉が茹でると固くなるのは、肉汁が外に漏れ出るからなんだけど……」

「それを防ぐことができればいいのね?」

「そうだな。鶏むね肉なんかの処理方法も参考にできると思う。けど今回はスープの具材にするわけだから少しやり方は考えないといけない。肉団子を作ろう」

「お団子」

 

 これは包丁だけでは確実に苦労するので、普通に道具を使う。回転刃で食材を裁断する通称ミキサーと呼ばれる魔道具だ。

 細かく砕いた肉をボウルに移し、米粉と水を適量加えながらこねていく。

 

「…………」

「……言わせんぞ」

「くっ」

 

 悔しそうにするな。

 ともかくここで大事なのは「つなぎ」を使いつつ水分を加えておくこと。こうすることで水分が外に出ていくのを抑えてパサつきを多少防止できる。

 あとはこれを、きれいなスプーンで整形しながらスープに浮かべて加熱すれば……うまくいった。

 

「よし、あとは野菜だな」

「野菜かぁ~……」

「彩りとバランスを良くしていかないと」

 

 玉ねぎにキャベツ、キノコ類。これはサバルの街で購入したものだ。これらを細切りにして鍋に投入する。

 少なからず水分が出るので多少薄まってしまうことを考慮すると……調味料の加減にも気を配らないといけないな。本来ならここで味の決め手にしつつ塩気を足すためにベーコンでも投入するんだが、今は無いので仕方ない。ともかくこれでだいたい完成だ。

 

「うーん……」

「物足りないか? まあ、スープだけじゃあな」

「そ、そんなことは言ってないわ。けど、姉さまには少ないかも」

「そう言うと思って炊き込みご飯を用意したんだ」

「ま……またしてもいつの間に……」

 

 山菜とブイヨンを入れて味を整え、火にかけるだけ。あとは蒸し上げたハイドラ肉を繊維に沿って割いたものを混ぜ込めば完成。特筆すべきところはあまり無い。

 まあともかくだ、これで料理が二品完成。食卓に運ぶと、マリーが小さく驚きの声を上げた。

 

「本当にまともな料理が来た……!」

「失礼なことを言うな」

 

 ……まあ、俺もこういう環境でまともな料理が出たら驚くだろうから、クリスと違ってとやかく言う気も無いが。

 今の状態でもここまでやれるんだぞ、と示すことができたわけでもあるので、ちょっとだけしてやったりな気持ちがあることはある。

 

「冷めないうちにどうぞ。調味料も、足りなかったら言ってくれ」

「うん、ところでこのお肉は?」

「その辺にいたハイドラ種の」

「私が狩った」

「さっきからボクは驚かされてばかりだよ……」

 

 当たり前のように肉にしてしまっているが、「その辺にいた」とされる魔獣は中位~高位で専門機関の対処が求められるような強大な存在だ。

 正直徐々に感覚が麻痺しつつあるのだが、普通の人は畑に出た低位の魔獣……どころか普通のイノシシすら対応に苦慮するくらいなのが常識だ。

 本当、クリスはこの村の要だな……。

 

「ん、すごい美味しっ」

 

 躊躇うことなくヒョイと肉団子を口に運んだマリーは、そんな嬉しい言葉をひとつこぼしてくれた。

 俺も思わず口元が少しゆるむ。

 ……うん、師匠に言わせてみると俺は料理人として大成しないらしいけど、それでもこれだけ喜ばせられるんなら上出来かな。

 

「むぐむぐ……うん、おかわり!」

「毒で全身弱ってるから過度に食べるなって先生に言われてなかったか?」

「ボクは竜人族だけど? 耐毒能力も消化能力も低くはないさ」

「せめて腹八分にしてくれよ」

「加減くらい自分で分かるとも!」

 

 本当かなぁ……。

 俺だけでなく、この場の三人が同じようなことを思いつつ、ちょっと釈然としないながらも俺はおかわりを提供していった。

 

 その後四杯食べたマリーは腹パンパンになって一時間ほど寝込んでしまうのだが、本人の名誉のためにこの話は脇に置こう。

 

 

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