ガラス製造というのは極めようとすると道が果てしないのだが、既存の製法を真似てただ作るだけなら比較的簡単だ。
材料を炉に投入して溶解、整形して冷やし固める。これだけ。
で、うちには
……手順自体は。
「うわー……見事に失敗だねこれは……」
そうして出来上がったガラス第一号は……散々な出来だった。
気泡は入り放題、形は歪。オマケに火力強すぎて煤だらけ。冷やす力も強すぎてヒビだらけ……という有り様だ。
「まあ、初めてだしこんなものだろう。いきなり成功するとは思ってないよ」
ちょっとしょげてるクリスとリンデはやってみればなんとかなると思っていたようだが、流石にそう甘くない。
俺は組み換え魔法で失敗作のガラスを裁断、粉末状に変えた。ガラスは一度割れてもこのような形で再利用ができる。何度も魔法で石英や石灰を出してたらすぐに魔力が枯渇してしまうから、こういう手法は使えるだけ使っておかないといけない。
「失敗の原因は何だと思う?」
「あたしの火力が強すぎた」
「私が冷やすのが急すぎた」
「そうだね、ま、そんなところだろう」
リンデが熱しすぎて無駄に気泡が発生し、俺が整形しきる前にクリスが一気に冷やし
凡ミスと言えば凡ミスだが、原因が特定できているだけマシか。
「じゃ、もう一回やってみようか! もの作りの基本はトライアンドエラー。次はもっと理想に近づけるさ」
経験談か、あるいは信条か。いずれにせよ、なんとなく普段のからかい気味のそれとは違う、真剣味を帯びた声に俺たちはそれぞれ肯定を示した。
と、まあそんなワケで2回目――失敗。
さっきよりはマシだが気泡だらけで形作りも上手くいってない
3回目――同じく失敗。しかし、さっきまでよりも格段に良くなってきている。
俺も形状の整え方のコツを掴み――4回目。ようやく、ちゃんと形になった板ガラスが出来上がった。
幅2m弱、長さはだいたいその倍くらい。壁面用のものだ。ようやく一枚出来上がったことに皆して安堵するが、あえて無視していた室内の熱気が耐え難いものになっているので、皆揃って室外へ出た。
「……空調設備の完備が急務だな」
「あはは……換気だけじゃダメだね、流石に……」
適宜、クリスが冷やしてはいたのだが、なにぶん熱の大元は1500℃を優に越す魔導炉だ。継続して空気を冷やし続けたり、熱を遮断する機構でも無いと、延々空気が熱せられ続けるだけだろう。
「少し、上で涼もう。水分も補給しないと」
「賛成~」
さて、そんなわけで休憩となったのだが……ただの水分補給じゃ味気ないし、単に水を飲むだけだと塩分が補給できない。
そこでだ。厨房までやってきた俺は皆の前にフルーツと飲み物を広げて宣言した。
「カクテルを作ろうと思う」
「飲みやすいお酒で酔い潰してナニをするつもり!?」
「ノンアルだよ」
下手するとクリスですら累計18歳行ってるかどうかだしこっちも飲ませられるわけがない。
「そもそも俺はお酒そこまで好きじゃない」
「……また何かそういう過去が?」
「いや、アルコール入ると味覚鈍るから……」
「滅茶苦茶普通の理由だった」
お菓子はともかく、こっちは単に料理人としての実利を取ってるだけだ。下戸というわけでもない。
誘われたら飲むし、酒の風味やアルコールを残した調理をしてほしいと言われれば応じることもできる。
というわけで準備をしていると、控えめにクリスが挙手をした。
「はい」
「どうしたんだクリス」
「……カクテルの種類というものが分からないのですが」
「気取った言い方してみたけど、要は希望に合わせてジュースを作るだけだからそんなに気負わなくていいよ」
方向性だけでもいいんだ。甘いのとか酸っぱいのとか。
後はそれに合わせて、本人の味覚を加味しながら作るだけ。
……「だけ」と言うにはちょっと難易度高いけどな。うん。
「じゃ、ボクからいい?」
「いいぞ」
「サッパリしてて甘さ控えめ、でも酸味も強すぎない方がいいかな。そんな感じの」
「いきなり複雑な注文ぶっこみやがって……」
まあ注文なんて細かいくらいがいいから、これはこれでお手本でいいや。
と、こうなるともったりした飲み味になりやすいミルク系は避けるとして……こんなこと言いつつ、プリン作った時はアホほど砂糖入れてたから多分甘いもの自体は好きなはずだよな。だから基準は甘めに。
酸味「強すぎない」ということは酸味がある前提。果物を使うことを想定していると見てよさそうだ。
「となると……」
甘味の強い果実。それでいて甘さを強調しすぎないもの……と考えて、桃を手に取る。
次に、清涼感と酸味。これは、レモンと……ミントを使うか。
コップに氷と炭酸水。そこに潰したミントを入れてエキスを抽出する。あとは、軽くすりおろして果実感を残した桃と砂糖、少量の塩、レモンの果汁を投入して混ぜるだけ。
「できたぞ。ピーチレモネードのモヒート風」
「手慣れすぎじゃない?」
「パーティじゃドリンクは食事と並んで大事な要素だから、テクニックは一通り仕込まれてるんだ」
師匠は食事を五感でも楽しむものだと定義していて、パフォーマンスも重要視していた。俺も一通りはできるように教わっている。興味を持ってもらうことができないと、そもそも「食べる」という最低限のハードルに到達しないこともあるんだそうだ。
……あと、学院時代に通りかかったバーでシャカシャカやってるのが子供心にかっこよく見えたのも一因だろうな。あれができたらカッコいいよな! と級友に無茶振りされ、3日かけて習得したのを覚えている。習得早すぎてキモいと暴言を投げられたが今となってはいい思い出だ。……いい思い出か?
「おっ! うーん、これこれ」
俺の気持ちをよそに、カクテルを一口飲み下したマリーは満足そうにひとつ頷いた。どうやらお気に召してくれたらしい。
……やっぱ甘めに作った方が合ってるんじゃん、とは無粋だからわざわざ言わないが。
「じゃああたしは甘いのがいい」
「甘いのだな」
続いてはリンデのリクエスト。単に甘いの、と言うが……今度は漠然としすぎてる。普段の嗜好と体質から推察していくか。
リンデは普段、運動をしないわけではないが、体質的に熱に極めて強くあまり汗をかかない。舌も鋭く薄味の方が好みだ。マリーとは逆に、控えめな中でも甘味を感じやすくする処理が必要そうだな。
「クリス、少し手伝ってくれるか?」
「なんなりと」
「じゃあ、これを冷凍してくれるかな」
小さく角切りにしたイチゴをクリスに冷凍してもらう。これは氷代わりだ。
で、リンデは刺激の強いものは好みではないので炭酸は使わず浄水のみ。イチゴの果汁とヨーグルトを作る際に生じる液体……
ここは、今度こそシェイカーの出番だ。生クリームにイチゴとごく少量の卵白。それからはちみつを加えて丁寧に丁寧によく混ぜる。こうして出来上がるのは、滑らかな舌触りをしたきめ細かな泡だ。これを、既に注がれているものと混ざらないように層構造にして……と。
「3種の飲み味のイチゴジュースだ」
「これってデザ」
「ジュースだ」
「……そうね!」
それっぽくはあるが。
あくまでジュースなのだ。
砕いた果実を使っているだけで括りはあくまで「ドリンク」だ。デザートとは別枠。俺がそう決めた。というかそうとでも捉えないと脳を誤魔化せないから指摘はやめてほしい。
ともかく精神を削って作り出したジュース(強弁)はリンデも気に入ってくれたようだった。
さて、残ったクリスだが――どうも遠慮がちにモジモジしている。思いつかなかったか、それとも思いついたけど難しい話の類だろうか?
「どうしたんだ? 遠慮せず言ってくれて構わないんだけど」
「す、すみません。その……ディーン様からいただいた、サイダーを思い出していて」
「爺様に?」
「50年以上前のサイダーかい?」
「行軍中だったのでどういったものだったか曖昧で……」
説明ができず申し訳ありません、とクリスは頭を下げたが、爆裂に説明が下手なクリスだと逆にわからなくなる可能性が高い。
むしろこのくらい断片的な情報の方が推測しやすいかもしれない。
「何年くらい前の話だった?」
「2年……あ、いえ、現在から見ると52年前でしょうか。冬になる少し前でした」
「北方のアジュガル湖防衛戦か」
よし、手がかりは得た。現フェアバーンズ侯爵領だな。
たしかあっちはメロンやカボチャ、ニンジンが有名だが、これは近代に入るにつれ栽培が進んだものだ。当時の特産は確か……。
「リンゴだな」
よし、繋がった。
あとは味の組み立てだ。どちらかと言うとクリスが求めているのはノスタルジーだろうが、一方で当時の思い出はかなり美化されているはずだ。現代基準の味にも既に慣れているだろうし、そのまま再現したとしても違和感が強いだろう。なのであくまで要素要素を抜き出すことにする。
まずリンゴは果汁のみを使う。行軍中ならすりおろすような道具も持ってたか怪しい。多分あくまで手絞りだろう。
次に甘味の軸……砂糖は当時だと考えづらいな。軍内でも統制されているはずだ。となると、爺様私物の……麦芽糖。水飴だ。
ごく少量のレモン果汁で変色を抑えながら、その他の調味料を加えて味を整えていく。
……こんなところか。
「できた。できるだけ思い出の味に近づけようとはしてみたけど……どうだろう?」
「お、恐れ入ります」
恐縮しながらサイダーを受け取ったクリスは、じっくり味わうようにこれを口に含んだ。
しばらく舌の上を転がして――ほどなく、サイダーを飲み込んだクリスの眼尻に小さな涙の雫が浮かんだ。
「……えっ!?」
「ど、どうした!? まずかったか……!?」
「い、いえ! 失礼しました。大変美味しいです。……ディーン様が作ったものより」
「……やっぱ違うか」
「いえ、あの、当時は物資も限られておりますし、ディーン様も料理人ではありませんので……今思うとあのサイダーの味も少し雑だったのですが」
爺様……。
いや、若い頃の話だしな。貴族が手ずからっていうのも、勢いとか連帯感のためにやった部分も大いにあるだろう。
けど、やっぱ糧食担当とかに頼んだ方がよかったと思うぞ爺様。
「味は違います。それでも、お二人ともよく似た思いやりをもっておられるのが感じられて、それが嬉しくて……」
「そ、そっか」
「照れてる」
「照れてない」
「嘘のにおいがします」
「そこに反応するのはよせ!」
……照れるさそりゃ。
だって爺様は俺にとっては敬愛する祖父であり、尊敬する英雄、統治者だ。
同じものを感じるなんて言われたら、嬉しいやら気恥ずかしいやら、というやつである。