水分補給も終えて少しスッキリしたので、ガラス作りを再開――といきたいところだが、依然として空調の問題は残っている。
というわけで。
「みんなで魔道具を作ろうじゃないか。空調用の」
「いいだろう。私もちょうどそう思っていたところだ」
珍しく、マリーの提案に対してクリスが一番に同意を示した。
……ベースのひとつが氷狼のようだからな。さっきは冷気をまとって我慢していたようなのだが、常時発動させ続けることはできない。
暑いの嫌なんだろうな。多分。
「そろそろ夏も近いし、冬の備えも早い方がいい。来客にも快適に過ごしてほしいから、早速取り掛かろう」
「でもどうやって作るの? あたし
「んー……難しいと言えば難しいし、簡単と言えば簡単なんだけど……ま、わかりやすくしてみようか」
言うと、マリーはその場にうにょんと金属板を作り出した。
まあ、視覚的にはこのくらいシンプルな方がわかりやすいか。
「リンちゃん、普段魔法ってどうやって使ってる?」
「え? ……言われてみたらどう使ってるんだろあたし。魔力をこう、びゅーって」
「まあそれが普通だね」
物質を創造する、作り変える、現象を引き起こす。こうしたスタンダードな魔法は、リンデの言う通りなんとなくびゅーっとやるだけでも発動できるものだ。
これは魔獣なども同じで、彼らは本能的に常時ごく小規模の魔法を発動している。爆弾ヤギが角の脂に着火したりというのが代表例だ。
「生物の体というのは実は高度な魔道具によく似ていてね。いや、実は生物の体のシステムを模して造られたのが魔道具なんだけど」
「マリー、専門的な話は……」
「おっと、ごめんよ。ま、つまり……本来、魔法を使うには魔法式に魔力を通すってプロセスが必要なんだけど、人間や魔獣は脳でそれを代用できるって話だ」
で、本来はここに本人の魔力適性などが絡んできて話が更に複雑化していくのだが、列挙していくと大変なことになるのでこれ以上の深掘りは勘弁だ。学院の専門講義なみの知識が求められかねない。
ともかく、気を取り直してマリーは金属板に手を当てた。
「魔道具の作り方はとっても簡単。まず魔力の循環構造を作り――」
「む……」
次の瞬間、金属板に組み換え魔法で極めて複雑な幾何学模様が彫り込まれる。
この時点でとっても簡単だなどとは口が裂けても言えないんだが大丈夫だろうか。
「やりたいことを明確にした上で、魔法式を刻む。これで大枠は完成」
続いて、精緻な模様の隙間を縫うようにして二重にも三重にも魔法式が描かれた。
……マリーって前に俺のこと器用だって褒めてたけどさ、これ見せられると流石に自信なくすんだけど。
「滅茶苦茶器用じゃないか……」
「そりゃあコレに特化して学んでいるからね。逆に言うとこういうの以外できないよ」
なんでもできる方が変だよ、とマリーは唇を尖らせた。
変か? 変かも。他に俺みたいな訓練やってる人多くないからな。
魔法なんて日常生活で必要十分程度に使えれば困らないし、訓練の必要性がある職業だって軍人や魔道具技師くらいだしな……。
「さっき循環構造? って言ってたけど、この模様ってどういう意味があるの?」
「魔力の通り道と取入口だよ。魔法式を通るようにぐるぐる循環させてるわけだけど、そのまま魔法をずっと使い続けるんじゃ内部の魔力はすぐ尽きる。そこで、大気中の魔力を取り込んで長時間使えるようにしてるんだ」
感覚的には水車などの構造に近いだろうか。スイッチついてるけど。
物理的または魔法的に「栓」をすることで動作が止まり、逆に開放すれば魔力がある限りは半永久的に動く。
この紋様を刻むのに本来専門的な技能や設備が必要なんだが……なんなんだろうな、このフリーハンドで描いてしまえる変態は。タブレットの第一人者か。そうか……。
「その構造だとあたしたちが何かする必要ある?」
「極論を言うと、無い。けど、いてくれた方が正直ありがたい」
「……どういうことだ?」
クリスが首を傾げる、確かにこの感じの構造なら、わざわざ知識の無いクリスたちが手伝うことなど無いようにも感じられはする。
実際、市販品ならこれでも十分。問題は無いが……。
「大気中の魔力は未分化状態だから、
「みぶ? こ、こん……?」
言葉の意味がわからなければ、何がなんやらだろう。
マリーもほぼ無意識なのだろうけど、自分の言ってることが相手に分かる前提で話すようなフシがあるからなぁ……。
「魔力って何もせずにいると余った分が体外に排出されるんだが、大気に溶けてるのはそういう魔力なんだ」
「な、なるほど」
「でも人間も生き物も皆魔力適性は違う。しかも、それが全部混ざり合ってぐちゃぐちゃになってるから、大気中の魔力をそのまま再利用するのは難しい。これが『未分化状態』」
「それに指向性を与えて使いやすくするのがコンバーターだね。今回は部屋の温度を上げたり下げたりする魔法を組み込んでるから、火と氷、それぞれの適性を持った人に手伝ってもらうと上手くいくというわけさ」
「火と氷。なるほど、私とリンデか」
俺たちも氷や炎の魔法を全く使えないわけじゃないが、やはり特化している人間と比べたら雲泥の差だ。コンバーターの質は魔道具そのものの耐用期間にも大きく影響するため、当然ながらこれもなるべく性能の良いものが望ましい。
「レスター、コンバーター用の水晶お願いしていい?」
「もう出してる」
「気が利くね」
俺がマリーに渡したのは、純度の高い水晶でできたごく小さなチップだ。一見ただの水晶片……というか、実際何の加工もしていない今はただの水晶片なのだが。
「2人にやってほしいのは、これに魔力を封入すること」
「無垢な魔力をあたしの色に染め上げる……ってこと!?」
「それほど間違ってないけどその表現は控えないか」
「あと無垢ってワケじゃなくってどちらかと言うと全部の要素を含んだ混沌な状態というのが正確でね、その中から特定の性質だけを」
「短めにまとめてくれ」
「その認識でも問題ないよ!」
そういうことになった。
まあ本職技術屋でもないと使わないからなこの手の知識。俺も一応知ってるだけで、特に役立ったことはない。
「じゃ、早速だけどやっていこうか」
「承知した」
涼しげな顔で水晶片を受け取ると、クリスは左手に載せたままスイと魔力を封入してみせた。
手のひらの上に乗せてこちらに示すそれは、紫色の光をたたえており――。
「毒じゃないか?」
「? ……!?」
ほんのりドヤっと誇らしげな雰囲気が霧散する。心底ビックリしたように、クリスは手のひらの上を二度見した。
本来ならこれはクリスの瞳と同じ瑠璃色になってないとおかしい。しかし、今水晶片が染まっているのは深く暗い紫だ。
「な……なぜ……!?」
「普段通りやったんだよな?」
「そ、それは間違いなく」
「ん? んー……」
焦った様子のクリスを目にして、マリーが目を細める。一瞬からかいのネタを探してるのかと思ったが、顔は至極真剣だ。
ほどなく、マリーは確信が持てないながらも、しかしなんとなく当たりはつけられたのか、控えめに指を立てた。
「クリス、それ右手でやってみてくれるかな」
「右手で?」
「キメラだからもしかするとだけど、部位によって放出される魔力の質が変わったりして、と思って」
促されるまま、さっきと逆の手で魔力を注入すると、今度は綺麗に青白く染まった。
どういうことだろうとキメラ2人が顔を見合わせて首を傾げる中、俺とマリーはある仮説に行き着いて小さなため息をこぼした。
「部位によって放出される魔力の質も違うわけか……」
「みたいだね。普段使う分には問題無いだろうけど、複数の生物が混ぜられてるわけだからね……物理的に」
思わずといった様子でクリスは眼帯を取ってリンデを見た。
おそらく、普通の人と違ってどこかまだらになっていたりするのだろう。少し納得したように小さく頷いた。
「特定の部位からごく少量だけ魔力を放出する時は、こういうことになるんだな」
「肉体がコンバーターの役割をしているようなもののようだね。体内で循環している魔力は2種類の適性が入り混じっているから、放出するにあたって片一方の性質に偏るんだ」
「……よく分からないが、やるなら場所を選ぶべきというのは分かった」
その理解でだいたい正解だ。平時は困らないし、こうやってコンバーター作りを依頼されても、魔力を放出する部位さえ選べば問題なく済ませられる。
「しかし、リンデは両手が腐敗魔法の適性だな……」
「えっ、じゃあダメじゃないあたし」
「ちょっと試してみようか」
多めに水晶片を持たせて魔力の封入を試してみてもらうと、やりすぎて砕けてしまったものも含め、全てが黒く染まってしまった。
……これはこれで何かの役に立つとは思うが、今必要なのは火の適性を備えたコンバーターだ。
しかし、やはり主に手から放つことになる以上は難しいだろうか……。
「クリス、どこなら火の魔力が出ているか分かるか?」
「尻尾……でしょうか」
「尻尾!?」
「足の方がまだマシじゃないかい」
流石に足でというわけにもいかないのでここは窮余の策だ。
木皿に水晶片をいくつか載せ、これを落ちないようにリンデの尻尾に設置。姿勢を固定してもらう。
「よし、魔力を放出してみてくれ」
「姿勢がマヌケでなんか
「仕方がないだろう、今は我慢するんだ」
尻尾はある程度自由に動かせるとはいえ、筋肉や骨の構造上、楽な姿勢というものはある。
そしてそれが変なポーズになってしまうことも往々にしてありうる。早めに終わらせるためにも恥ずかしがってる場合ではない。
――で、結果、鮮やかなルビー色のコンバーターが完成した。
「おおー……良質なものができたね」
「これでいいわけ?」
「元気な変換器ですよ」
「尻尾が攣りそうになった甲斐があったわ」
ネタをスルーされたマリーがしょんぼりしている。
ともかくこれで部品が一応完成だ。普通なら数日がかりで作り上げていくはずのものなのに、ごく短時間で完成してしまった。
当然だが、やはり本職技師がいると違……いや、これマリーだからこそだな……。
「これで完成……ということでいいのだろうか?」
「内側はね。外装までちゃんと造らないと、この手の魔道具はちゃんと使えないよ」
「スイッチのオンオフや設定温度の管理は外装の部分から行うことがほとんどだ。使い勝手もここで決まると言っていい」
「……奥が深いのですね!」
よく分かっていなさそうな返答を聞きながら、軽く首をひねる。
外装と言っても色々やりようはある。例えば全部金属で覆う手もあるし、要は内部の機構さえちゃんとしていればいいんだから、完全にインテリアとして特化していてもいい。
いくつか選択肢があるからこそ、少し迷うところだ。それに……。
「何か悩んでるの?」
「ああ、うん……ちょっとな」
「あたしは例えば兄さまが女の人の裸をモチーフに外装を作っても歓げ――気にしないわ」
「自分の願望を混ぜるんじゃない」
芸術性を重視するにしても、各部屋に置くんだぞ。センスというか俺が性欲異常者を疑われるわ。
「外装はシンプルな方がいいと思ってる。その上で、ある程度の数を揃えたい」
「ああ、各家庭にもあった方がいいよね」
「それと畑も。室内栽培を進めたいんだ」
「いいね。確かに、温度を一定にキープできるなら、南国や寒冷地の作物も作れる」
「あと災禍の洞窟の気温もコントロールしたい」
「なんて???」
急に別方向にかっ飛んだ話にマリーは目を白黒させた。
あんまこういうこと言うのもなんだけど、俺のタガ外したのお前だからな。相談くらいは乗ってもらうぞ。
「洞窟内は基本的に地下だから、気温は一定に保たれている。ただ、時々強力な火や氷の適性を備えた魔獣も現れる。そういった場合、空洞の何部屋か、気温が上下することになるよな?」
「ま、まあそうだね」
「長期に渡ってそれが続くと、環境に適応する魔獣も現れる。こういう極地環境に適応した奴らはまともな環境では本領を発揮しきれず、淘汰されていくから基本的には一定の生息地に留まり続けることになる」
そこも含めて適者生存と言えるのだが、今はそこは置いておく。
「気温を調整することで、そういう魔獣が生きていける環境を増やして……」
「分かった。なるほど、生物種の多様性を確保するんだね?」
「いや、縄張り争いを激化させて魔獣の同士討ちを誘発、徹底的に疲弊させる」
「鬼かキミは」
……正確に言うと、どっちの意図もあるんだ。
特定の魔獣や天然の魔晶のような変異物が原因で環境が変わるのなら、せいぜい周辺数部屋程度の空洞しか環境は変わらない。原因が取り除かれればそれも元に戻るし、極限環境に適応していた魔獣たちは急激に元に戻る環境に対応できず下手をすれば絶滅するまでありうる。
これは希少な魔獣の素材という資源が失われることを意味する。
それとは別に、極地に適応した魔獣の生存権を広げることで、他の魔獣との縄張り争いを誘発、双方にダメージを与えて狩りやすくする意図もある。
逆に、生存競争のせいで淘汰圧がかかって異常な変化を示すこともありえないわけじゃないが、その時は空調を止めるなりして普通の気候に戻すことで本領発揮できなくすればいい。
「自然をコントロールしようなどという考えはおこがましい……という気持ちは?」
「無い。少なくとも今は。自然現象も魔獣の脅威も全て遠いものになって命の危険が去ってから考える」
「だから気に入った」
俺とマリーは言葉を交わすことなく腕同士を軽く打ち付けあった。
自然がコントロールしきれないものということは承知しているし、無理にアプローチを仕掛けて環境を弄り回すのが傲慢とも理解している。しかし、自分を含めた村の住人たちの命がかかっている以上手は抜けない。
まず、できる範囲でコントロールを試みる。自然に対してどこまで手を加えていいかを議論するのは、しっかり安全が確保できてからだ。
今は、使える手段は何でも使うべき時期である。
「魔獣に遠慮することはありません。やってしまいましょう」
「お、おう」
そしてクリスの発言はちょっとニュアンスが違うかなぁ……。