ガラスの製造体制は整ったものの、今すぐ全面ガラス張りの壁面ができるわけじゃない。
俺は(3人と比べると)魔力量に優れているわけじゃないので、一日に作れる量には限りがあるし、外観や配置次第では作り直しだ。一日につき数枚作り、上の階へ持って行く。適切な枚数が完成したら、マリーや俺が窓枠を作って固定し、設置するという流れだ。
壁面用のガラスとして大きめに作ったこともあって、二日もあれば1セットは完成する。そんなわけで後日、俺たちは初めて完成させた壁面用ガラスをわっしょいわっしょいと上層に運ぶことになった。
「いやー、それにしても結構早く完成したね」
「一部だけだがな」
「ま、でもこの調子ならただの吹き抜けを卒業できる日もそう遠くはないぞ」
「それ以外何も無いけどね……」
……外観だけでも整うのはいいことだぞ!
内装が毛ほどもできてなくてまだ全体的に灰色のままだが、ガラス張りの外壁ができれば一歩前進だ。雨風が防げる。なので、壁紙も絨毯も傷みにくくなる。
日光でも傷むが、そこは許容範囲ということにしよう。あえて日光に当たる部分だけ色を変えて内装をデザインするというのも手かもしれない。まあ俺はそれほどセンスがあるわけではないので、専門職の人に頼むのがいいだろうが。
「いやー、それにしても順調順調。方針が決まってからいい感じに回ってるね」
「そういうこと言い出すとまた変なこと起きるぞ」
まあ単なる印象論だろうけどな。「そういうことがあった」という希少な事例が強く印象付けられたせいで、以降も同じことが起きると根拠もなく信じられているに過ぎない。気にしすぎても仕方がないだろう。
俯瞰的に設置場所を見たいので、組み換え魔法を使ってガラスを浮かし、少し距離を取る。もうちょっと……うーむ……外からの視点も確認したいな。タブレットでも使って外から見てもらうのがいいだろうか。
「何かあれば私が対処します。ご安心くださ」
得意げにクリスが恭しく頭を下げたその瞬間、設置しようとしていたガラスが上空からの落下物によって音を立てて砕け散った。
えーっ。
「ウワーッ!? 何急に!?」
「何か落ちてきたわよ!?」
「く、クリス?」
「ふ、不覚……! せめて下手人を殺し腹を切ってお詫びを!」
「せんでいい!」
カッコつけようとして落下物を見落としたせいでクリスがだいぶショックを受けている。爆発物でもないし、直接俺たちにぶつかる軌道でもなかったせいで感知の網から漏れたのだろう。下に視線を向けると、床をもぞもぞと動く派手な色味の毛玉があることに気付いた。
いや、毛玉がガラスをぶち破って空から落ちてくるなんてことはありえない。よく見れば鳥――外見からするに、フクロウだ。
……派手な色のフクロウ?
「だったらせめてこの鳥は今日の食事に!」
「待て!!」
「な、なぜです!?」
俺は割れたガラスを組み換え魔法で修復してその場に置くと、急いで落下してきたフクロウを抱え上げた。
……間違いない。この派手な色味に漂ってくる芳香。その辺にいるようなフクロウじゃない。保護鳥獣の花フクロウだ!
「こいつを叩き落とした奴が上にいるはずだ!」
「あ――はい!」
上空に目をやれば、旋回しながらこちらの様子をうかがう巨鳥の姿がある。翼長5mはくだらない黒光りした体……ああいう鳥型魔獣は相当数いるから特定はできないが、多分中位から高位……ええい、遠くて判別がつかない。
――ところで、クリスは空中戦に長けているわけではない。
というか、大抵の人間は空中戦の素養なんて持ちえないのだからある程度は当たり前なのだが……ともかく、飛行手段が無いためにかなり戦法が限定されることになる。
投擲などの遠距離攻撃か、接近か。クリスが選んだのは後者だった。
「ハァッ!」
飛ぶことはできないので、
「クェー」
一方、相手は自由自在に空を駆ける魔鳥だ。嘲るようにひと鳴きすると、スイと更に上空へ昇って距離を取ろうとする。
――それが迂闊だった。
クリスは空中に氷の足場を創り出すと、それを蹴って加速。危険を察して逃げ出そうとする魔鳥の翼を槍の柄でへし折った。
「グァ――!!」
こうなれば、まともに飛ぶことなどできはしない。悲鳴を上げて落下する魔鳥の背に立ち、クリスは両手に握った二本の槍で頭部を一瞬にして断ち切った。暴れ出すよりも先に確実に仕留める早業だ。
……しかし、二本? なんかおかしいな。クリスが普段使ってる槍は一本だけ。複数本使ってた記憶は無いぞ。
そうなった理由は、落下してきた魔鳥とその背に乗って衝撃を殺したクリスの手元を見て理解できた。
槍、思いっきり折れてる。
「…………」
クリスはどことなく悲しそうな雰囲気を漂わせながら、血抜きのためにとぼとぼと水路に向かっていった。
手伝いに行きたいところではあるが……腕の中でもぞもぞ動く花フクロウが問題だな。
「珍しいね、ふたりとも。クリスは槍を折るしレスターはその鳥見ても食べようとしないし」
「何でもかんでも食おうとしてると思うなよお前……」
……いや、保護対象だと知っているからとりあえず食べてみようという気にならないという前提はあるが……。
それはそれとして。
「国が保護対象に定めてるんだよ。花フクロウっていう低位魔獣なんだけど」
「魔獣なの?」
リンデの声からは、言外に「こんな弱っちそうなのに」という侮りが読み取れた。
まあ……俺に抱えられてもロクに抵抗もできないくらい弱いのは事実だ。高所から落下したせいで弱っているのもあるだろうけど。
「いつも見てる奴らは中位から高位の魔獣だから感覚が違うかもな。低位魔獣なら普通の動物とそう変わらないことも多いよ」
「ここに住んでると基準がおかしくなるね!」
それは本当にそう。
高位魔獣がこんなにホイホイ出てくるのも軽く異常なんだが、その高位魔獣をひと山いくらという気安さで蹴散らすクリスがいるのも感覚が狂う原因である。そりゃ普通の獣に比較的近い低位魔獣なんて弱そうにしか見えん。
まあ俺は今その弱っちそうなヤツの爪に腕を掴まれて辛いんだがイテテテテ。
「普通の鳥ならあんな高さから落ちたら流石に死ぬだろうし、ほどほどに体も頑丈になってるとは思うよ」
「それでも落下点にガラスが無いと即死だっただろうな。割れやすいおかげで衝撃を吸収してくれたのも幸いだった」
これが頑丈なガラスだと、衝撃と重量を外に逃がしてはくれない。意図したわけではなかったが、おかげで生きていたのだから結果オーライということにしておこう。直るし。
ただ、こっちはどうだろうな……。
花フクロウを抱えあげて様子を見る。背中には魔鳥にやられたのだろう深い傷。片翼が折れているので飛ぶこともできなさそうだ。
とりあえずは応急処置だろうな。何もしないよりはマシという程度だが……まず軽く全身に浄化魔法をかけて消毒。ポーチから出した清潔な布で一旦止血する。翼は……どうしようか。手で位置を元に戻して固定、でいけるか……? というか爪めっちゃ痛いなチクショウ。
「保護っていうのは? 魔獣なんでしょ?」
「魔獣だけどそんなに強くないし絶滅寸前なんだよ。羽根から香水が作れるっていうんで昔乱獲されてな」
「花の香りがしてるね」
「そ。こいつ花食べるんだけど」
「え、花? もしかして花フクロウって名前そういうこと?」
正確には草食傾向の強い雑食性なのだが、好んで花を食べるのは間違いない。故に花フクロウ――という面も、まあ多分にある。
「食べた花によって一羽一羽匂いや色が変わるのが特徴なんだ。好事家やコレクターが狩人にバンバン依頼出すし、強くないのに報酬が高額だから、狩人の方も率先して狩って回るし……」
「気付いた時には絶滅危惧種、ってことだね……」
これは花を好む食性のせいで半分くらい害鳥扱いされてたことも大きい。野菜でも果物でも、花が無いと実も種も実らないことが多いしな。ある程度は仕方ない。
絶滅までさせられる謂れはないが。
「この辺りは人の手が入ってないからな、狩人や密猟者の目から逃れて生きてこられたんだろう」
「なるほど。で、保護?」
「保護。怪我が治るくらいまではな」
「今回兄さまが言わないからあたしが代わりに言うけど――味は?」
「食いでもないしキツめの花の匂いが肉に移って不味いぞ」
「あ、そうなんだ」
というわけで、俺も変な気を起こさず安心して保護できるわけだ。
肉の味が良いから、で必ずしも変な気を起こすわけではないが。
世界各国に犬料理猫料理があるからと言って
で、さて……と。
「骨は……飛び出てはないな」
「グー……」
良かった、開放骨折だと確実に手術が必要になるが、骨が体外に飛び出てないなら比較的に治る可能性が高い。ただ、骨を元の位置に戻す……整復して固定する必要はあるんだよな……。
もちろんその時は相当痛むだろう。ふたりにこれを任すわけにはいかないし、俺がやるしかないか。
「ちょっと我慢してくれよ……」
「グェー!!」
「うぐっ……」
鳥類の骨格は、まあ、料理で何度も扱ってるのでそこそこ理解してる。あとは普段解体してるのと逆の要領だ。
というわけで、苦痛が長引かないようえいやと骨を戻すと――やっぱり爆裂痛いらしい。花フクロウは滅茶苦茶俺の腕をついばんだ。
「上手いもんだね」
「本来なら麻酔とか使ってもっと上手くイテテテテテテ」
「グェッ!」
くっ。やはり野生動物か。弱ってるとは言っても殺されないためには死に物狂いだ。
助けようとしてるなんて言っても分からないよな……うーん……流石に野生動物を手懐ける手段は習ってないぞ俺。
「フクロウってホウホウ鳴くものじゃなかったっけ」
「威嚇してるとこんな感じだよ」
「兄さま、手が傷だらけになってるけど大丈夫……? 姉さまが戻ってきたら気絶するわよ」
「気絶て」
別に大怪我してるわけでもなし。
いや、痛いのは痛いんだが……。
しかしあれだけ護衛というものに強いプライドを持つクリスだ。戻ってきたらそういうことがあってもおかしくはないだろうか……。
「餌付けしたら大人しくなるか?」
「主食花なんでしょ?」
「それ以外何も食わないわけじゃないし……っと」
その場にあぐらをかいて座り込み、股の間に花フクロウを入れて固定する。タンパク質も必要だから、虫や肉なんかも食べるんだよな。
しかし餌付けという前提があるなら、好みに近い方がいい。花の好みに関しては個体差が激しいから、望ましいのは鳥にとって普遍的な好み……となると、果物か?
「リンデ、ちょっとリンゴ持ってきてくれないか?」
「いいけど……」
不安げに厨房に駆けていくリンデを見送ると、入れ替わるように若干しょんぼりしたままのクリスが戻ってきた。
「お待たせいたしました。血抜きは済ま血が!!」
「お疲れ。血は気にするな。あと床のことだが」
「この子につつき回されたんだよ」
「あ、床!? へこんでる! それにつっ……!? お、お、お、お、おのれ鳥類風情が……!」
「ちょっとキャラ違うぞお前」
「立て続けに色々ありすぎてパニックになってるねぇ」
横でケラケラ笑うマリーだが、正直笑い事ではない。クリスが変な暴走したら誰も止められないぞ。
花フクロウは……相手がクリスだからか心底怯えきっている。血の臭いもするしな……しかもそれが殺気を飛ばしてきたというのは、驚く以上に命の危険を感じてもおかしくない。
「槍もだいぶやっちゃったねぇ」
「不覚……」
「よっぽど硬い相手だったのか?」
「あ、はい。全身に鎧をまとっているようでした」
「そうか……」
……困ったな。該当する魔獣が多すぎて特定できないぞ。後で保管してる死体を確認してくるか……。
鎧ってひと口に言っても、岩だったり金属だったり甲殻だったり、場合によっては氷が硬質化していたりとパターンも色々だからな。
「これで折ったのも3本目か」
「未熟を晒してしまい、大変申し訳ありません……」
基本的にクリスが最前線に立つ関係上、その武器の損耗はどうしても激しくなる。サラク村に来てからこれで3本目だ。
より正確に言うなら暗殺者騒動の時に転移に巻き込まれて破損しているが、あれはノーカウントでいいだろう。問題は、普通の使い方をしていてもなお定期的に破損するという点だ。
ちょっと戦法が荒っぽいのもあるだろうが、この場合はどちらかと言えば槍の方が問題である。この技量とパワーの持ち主に、一本いくらレベルの数打ちを持たせるのはちょっともったいない……よな。
「未熟どころか槍の方がクリスの技に追いついてないんじゃないかい? もっと質の良い武器にしようよ。せっかく素材もあるし」
「それはまあ……そうなんだよな……」
怯えて服の下に潜り込もうとする花フクロウをなだめながら考える。そもそもどんなレベルの業物がクリスの腕前に合っていると言えるのか?
真っ先に神器が思い浮かんだが、今度は政治的に大問題が起きるしクリス本人もあまり望んでいなさそうなのでこの手は使えない。
となると、サバルで頼むべきだが……。
「マリー、鍛冶とかできたりしないか?」
「しないよ。専門外」
「だよな……内部で製造できるようになればそれが一番いいんだが」
……無理なら無理で今できる中での最善で考えるしかないだろうな。
やっぱサバルに行くしかないか。
「兄さま~。リンゴ持ってきたわよー」
ちょっとばかり頭を悩ませていたところで、リンデが戻ってきてリンゴと果物ナイフを持ってきた。
「……なんかお股の間に
「真面目な話していいか?」
「あ、うん」
話を切り替えるのが早いのはいいことだぞ。
話を切り替える必要が無ければもっと良かったがな!!
「こいつの主食探しとクリスの槍を新調するのに、一度サバルに行こう」
「ん。いいけど、飛んでくって話じゃないわよね?」
「服がなあ……真っ昼間は流石に無理だ」
「夜中だったらやらせるつもりなのね!? あたしを真っ裸にして!」
「緊急時でもなきゃしねえよ」
そもそもちょっと前にマリーを運ぶのに裸になっ(て獣化し)ただろうが。
いや、身内しかいない場所と人目につく可能性が高い場所とで違うのは分かるけども。
「うーん……こうして考えると、獣化のたびに服を脱いだり着たりしないといけないのって不便だね」
「体積が変わってどうしても破れるからな」
本当は頼らなくて済む方がいいんだろう。
獣化が必要な状況っていうのは、それだけイレギュラーな状況ということだ。村と駅の間も
(マンパワー不足だな……)
これもせめてホテルが完成しないことにはどうにもならん。
……マリーに続いてどっかで拾えないかな。優秀な人材。
無理か。
無理だな。