花フクロウは保護対象の魔獣ではあるが、一般的にはこの辺の事情が広く伝わっているわけではない。
というか違法
そんなわけで訪れたサバルの街。ちょっぴり雑だが、花フクロウはマリーの膝上にブランケットを被せて隠すことにした。
最初の時の獰猛さはすっかり鳴りを潜めている。まあ、あれは命の危険を感じてパニックになっただけだから、むしろさっきまでの状態が異常だったんだ。一度落ち着けばおとなしいものだった。
クリスに対してはビビり倒しているが。
「ホー」
「レスターの腕をつつき回してたのが何だったのかと思うくらいおとなしいねぇ」
ブランケットの下で丸まる花フクロウをなでくりまわしながら、マリーがしみじみ呟いた。
「あんな風に襲われなければこのくらいにはおとなしいものなんだよ」
「……この気性が本来のものだとするなら、恩を仇で返すのはやめてもらいたいものです」
「死に物狂いで、ましてや言葉も通じない相手なら多少は仕方ないさ」
言葉がちゃんと通じるクリスだって、初対面の時は必死に俺に掴みかかってリンデを保護するように訴えかけていたほどだ。
思い返すに、生き物はだいたい死に物狂いになると周りのことに構っていられる余裕を失うものなんじゃないだろうか。そう思うと多少は寛容な心持ちでいられる。
いや、痛みは軽くならないけども。
さて、ともかく。
今日の目的は花フクロウの主食探しとクリスの槍の新調だ。前者は花屋に行って探せばいいとして、問題は槍。クリスほどの実力者が使う以上、「それなり」という程度のものではまるで足りない。
よって、こちらとしても魔獣素材を大放出するつもりであちこちを訪ね回ったのだが……。
「こんな高価な素材扱ったことがないよ!」
「ご期待に添えるか分かりませんので、本日はお引き取りください……」
「これほどの使い手の満足できるものは作れない」
――以上、サバルの工房を何件か回った結果である。
「素材はともかく使い手の問題ときたか……」
「わ、私が……私が強いから……」
「発言だけ聞くととんでもない傲慢さなのに実際その通りなんだから参るね」
素材は持ち込み分なので金銭的にはあまり問題がないが、一方で職人の実力が伴っているかは別問題だ。
更に、一定以上の能力を備えた職人はプライドも高く、使い手に相応しい武具を作ることに魂をかけている人も少なくない。というわけで、圧倒的な実力を備えたクリスに武器を作るハードルが際限なく上がってしまっていた。
数打ちでも十分以上に働いていますよ、ということは言ったが、「その人に見合ったもの」を作りたい人たちには通じなかった。
でも俺から言わせてもらうと、その論法で行くと要求レベルが神器並みに上がってしまうのでどこかで必ず妥協が必要になると思うんだよ。
「私はただ、格好良くて頑丈ならそれでいいのに……!」
「かっこよさいる?」
「いる」
即答であった。
……まあ、極端にかっこ悪くてデザインが気持ち悪いとかよりは、そっちの方がモチベーションが上がるから分からないではないが……。
「でもクリスにデザイン任すとチェーンジャラジャラした槍なんだか拘束具なんだかわからん仕上がりになりそうだな……」
「えっ。か、格好良くないですか……?」
「本来の使用感や機能性を損ねたデザインを良いものと捉えていいかは少し疑問だ」
「ぬぐぅ……」
それでも獅子奮迅の働きを見せるのがほぼ確実なのが恐ろしいところだ。
どうしてもって言うなら父上に頼んで領都の職人に業物を作ってもらってからこちらに送ってもらう手もあるが、こうすると本人の手に合わせた作りにはできない。既製品と同じだと言えばそうだが、希少な素材をふんだんに使っておいて市販品とそれほど変わらない手の馴染み方というのもいかがなものか。
案外すぐに適応するかもしれないが、それはそれとして。
「姉さまのこと黙ったまま頼むのはどう?」
「最終手段だなそれは……クリスの方はよくても、職人が納得してくれるか分からない」
この辺のジレンマを解消しようと思ったら、相手が本当に何のこだわりも持ってないくらいの方がいいのかもしれないが……そうなると最低限の技術を持っているかが不安になる。
お抱えの職人というものの大事さがよく分かるなこれは……。
「もういっそいい感じの棒渡すだけでも問題ないんじゃないかい」
「確かに問題はない」
「問題に思ってくれ」
俺もいい感じの木の棒は好きだが、それで高位魔獣をぶちのめそうとしないでくれ。
そんな粗末な武器ですらないもので好き放題されると武の理が狂うのだ。
「仕方ない。この手はあまり使いたくなかったんだが……」
「何か奥の手でも?」
「そこまで大仰なものじゃないけど、いくつか予定を前倒しにしようと思って」
元々、ホテルの運営体制と内装が整うまでは外部の人間を呼ぶつもりは無かったんだが、そうも言ってられないか。
戦闘力と戦闘時の対応力が図抜けているクリスだから少々のことはどうにでもなるが、それでも武器の質は魔獣を駆除する際の効率や生存性に直結する。
……数日間高位魔獣と戦い通しでもほぼ無傷、しかも殲滅して地上に出てからようやく疲労で倒れるようなクリスが普通の状況でどうやったら死ぬのかというのは置いといて。
俺たちも護身用の武器は持っておいた方がいいだろう。特に暗殺者に狙われているマリーは半ば必須だ。魔法で作れるとは言っても、せいぜいが鉄。強度もたかが知れているし、本人も専門じゃないと言っているんだからちゃんとした職人に作ってもらった方がいい。
「狩猟組合に友人がいる。村への駐在の件と一緒に鍛冶師の派遣も頼もう」
「そんなお友達がいたの?」
「学院はそういう友人を作る場所でもあるからな」
学院――スナイフェルス王都に設けられた貴族向けの教育機関だ。主に貴族としての基礎教養を学ぶことになる。魔法や経営学、金の流れなどもここで学んだことだ。
嫡子にとっては家の益となる人材を見繕う場でもあり、そうでない人間にとっては横の繋がりを広げる場という見方もある。もちろんそれだけの機関というわけじゃないんだが、比重が大きいことは否めない。
もっともそいつに関しては、つなぎを作るもクソも寮の同室の腐れ縁なので入学初日からもう繋がりはできてたんだが……。
「ただ、ホテル完成してから呼びたかったんだよ……」
「それはもう諦めなよ。あの広さでしっかり全体を内装まで完成させようと思ったら人が足りなすぎる」
「耳が痛いな」
手段を選ばないなら、いつぞやの過労状態の時みたく実家と繋がりのある作業員を呼ぶ手もあった。
壁紙を貼るにしても多分そちらの方が上等な仕上がりになるだろう。給金は魔獣素材を売ればまかなえるし、考慮して然るべきではあったんだが……。
「ただ、最低でもガラスは張っておきたかったんだよ。雨風が吹き込んできて汚れるし」
「……勢い全部の突貫工事だし、言われてみればそれもそっか。ごめんね無茶言って」
「俺も身内で回すことにこだわってたとこあるから言いっこなしで――っと」
喋ってるうちに花屋に到着したようだ。好みの匂いでも嗅ぎ取ったのか、花フクロウがホロホロと機嫌良さそうに鳴いている。
好みの花以外はまるで食べないからな
生態なんだからしょうがないけどさ。
「ごめんください」
「ハイ、いらっしゃいませ」
俺たちを出迎えてくれたのは、イカつい外見の男性だ。思わずリンデがギョッとした顔をしてしまうが、体格でちょっと威圧感があるって程度で表情はにこやか。雰囲気も穏やかな人だった。
……なんとなく、人相で損してそうだなとぼんやり失礼なことが頭によぎった。
「どのような花をお探しですか?」
「そうですね――」
……「鳥に食べさせるんです!」って正直に言うのもそれはそれで気が引けるな。本来はそのためのものじゃないだろうし。
でも翼が治るまでは必要になるしな……特定の花を仕入れるだけなら、父上のツテを辿って頼むだけでもいけるだろうけども、まず前提としてどの花が好きなのか分からない。
しかし、事情を黙ったまま選んでもらうのも不誠実だし……クリスの手前、嘘や隠し事も避けておきたい。うん、リスクもあるけど、他に客の姿も見えないし言ってしまおう。
「マリー、見せてあげてくれないか」
「いいのかい? 変なトラブルは避けたいんだろう?」
「黙っててもそれはそれでトラブルにはなるし失礼だし、仕方ない」
視界の端でクリスが満足そうにウンウンと頷いている。わかりやすいなこいつ。
マリーは半分懐疑的、半分は納得した様子で肯定の意を示した。
「どうかこのことは他言無用でお願いします」
「は、はい……?」
「今、ボクたちこの子保護してるんですよね」
マリーがブランケットの下から抱え上げて見せた花フクロウに、店主は小さく「わ」と驚きの声を上げた。
当の花フクロウはそんな店主に対し、まるで挨拶でもするかのようにクルクルホーと鳴いて怪我してない方の翼を掲げた。
ちょっと鳴き声に鳩混じってないお前?
「まさか花フクロウですか……!? 鮮やかな紅色で……ああ、もしかして」
「はい、大変不躾なお願いになって申し訳ないのですが、この花フクロウが食べられるものがあればと思いまして」
「なるほど、なるほどぉ……!」
小さな葛藤と、あと何やらデカい感情が見て取れる。
観賞用に売ってるものを、食べさせるために買うのはどうよ? と言われるとちょっとこちらとしても返す言葉が無い。いずれ枯れるというのはあるとしても、まずは目で見て愛でてほしいというのが花屋としてはあるはずだ。
……が、なんかそういうのとはどうも様子が違うな。おもむろに一本、紅色の花を手に取って差し出してみせると、花フクロウは当然のようにそれを食べ――――えっ。
「ちょっとこら! いきなり食うやつがあるか!?」
「構いませんよ、フフフ……見立てが間違っていないで良かった」
いや、それは……確かに、いきなり花フクロウが食いつく「アタリ」を引き当てるのはすごいことではある。こいつの羽根の色によく似た紅色だ。
もしかして、わずかに漂ってくる芳香とこの色味だけで推測してみせたのだろうか。
「申し訳ありません、すぐにお代を……」
「いえ、いいんですよ。それよりも!」
「は、はい?」
ずずいと詰め寄ってくる店主に思わず後ずさる。なんか急に押しが強くなってきたぞ。
「是非とも当店に花フクロウ用のお花を卸させていただけないでしょうか?」
「え、ええ。そうしていただけるのは助かりますけど……」
「では、他に花フクロウちゃんをお迎えする予定は!?」
ちゃん!?
「申し遅れました。私花フクロウ保護協会の会員をやっておりまして」
「そ、そんなのあるの……?」
「初耳だよ」
「花フクロウちゃんが食べる花ということはそれだけ良質の花という証。花屋にはよく広まっている話です」
いや……その……保護団体があってもおかしくはないけども……。
絶滅危惧種であることは間違いないし、見た目もふわふわしていて可愛らしい。密猟者が多いという一方で、保護活動が盛んであっても何ら不思議はない……と、思う。たまたま入った花屋で最初に会った人がそうだというのは出来過ぎだが、クリスが目を白黒させながらも不快感をあらわにしてはいないので、嘘はついていないのだろう。
「他に花フクロウちゃんを保護することがあれば是非――是非当店にご相談ください。花の選定と仕入れ、喜んで承ります!」
「は……はは……どうも……」
「写真を撮っても?」
「ボクらを写さないなら……」
適当なところに止まらせて店主はそりゃもうものすごい勢いで花フクロウを激写していった。
角度的に俺たちが写る余地もなく、クリスの嗅覚も反応していないので、どうやら彼はただ在野の変人ということでよさそうだ。
……安心していいか、というとちょっと判断に迷うが。愛が熱狂的すぎて。
「ところで花はどちらにお届けすれば?」
「サラク村最寄りの駅にお願いします」
「なるほどあの場所に生息していたと! 道理でこのあたりで目撃報告が……承知しました!」
すげえ。サラク村のこと話に出して顔をしかめるでもなくこんなハッスルしてる人初めて見た。
……ともかく、この店主なら安心して……安心? してある程度は任せられる。
といいなぁ。
この後壁紙やら調度品やらを揃えに街の色んな店を巡ることになったが、この時の衝撃はなかなか抜けてくれなかった。