何やかやいろいろありつつ、暇を見て学友に連絡を取ってみたところ、ヤツは8日後に村にやって来ることになった。
元々かなり多忙だし、今は王都を拠点に活動している男だ。10日もしない内に来てもらえるのはありがたいとすら言える。
こちらもこちらで数部屋ほどホテルの内装を整えて迎える用意をしないといけないのもある。8日というのは準備期間としてもちょうどいい。
「できたぞ。
「ホー」
「優先順位違くなーい?」
そんなわけで準備1日目。俺が最初に着手したのは、花フクロウの小屋作りだった。
仮にも猛禽類である。時々見かけるような、庭先の鶏小屋などではあまりに窮屈なため、ホテルの庭園(予定地)にそこそこのサイズの小屋を設けることにした……のだが、出来上がったこれを見て、花フクロウ自身は割とご満悦そうだった。
「足元を動き回られたりすると作業の邪魔になりかねないし、必要なことだよ。それに石の塊くり抜いただけなんだから大した手間でもないさ」
建築手順それ自体はとんだ手抜きである。
一塊の岩出して、内部をくり抜いて家っぽくする。以上。
……あとは内側に板を張ったり絨毯を敷いて少々ぶつかったり落下しても問題ないようにして、寝床を作って住環境を整えることである程度は快適に過ごせる石造りの鳥小屋の完成だ。
「……だいぶ手が込んでいらっしゃるかと」
「冷静っぽく見えて結構入れ込むわよね兄さま」
「…………」
俺はただ俺の仕事をまっとうしているだけだ、と言うのもなんだかはばかられる。
しかし俺だって普通に小動物とか愛でる気持ちはあるんだぞ、と正直に言うのもそれはそれでなんだかな……普段の言動を加味すると、食うために世話してる風に見られそうでなんか嫌だ。
……とりあえず黙っとこう。
「まあ、この子の怪我が治った後、野生に帰ったりしたら――」
「帰るの?」
「ホー」
「わかんないって」
「ナチュラルに通じ合うじゃん」
キメラだからって野生動物と意思疎通が図れるわけじゃないと思うんだが……なんだろうな、ニュアンスを汲み取る能力が高いと言うのだろうか。
実は適当なこと言ってるとかでもそれはそれでありえなくはないが、下ネタ絡まない限りそういう変なことする子でもないからな……。
「ともかく、これでノウハウが確立できたら、普通の鶏用の小屋なんかにも流用できる……だよね?」
「そうだな。卵を安定して手に入れる手段は欲しいし、
「毎回雇用のこと言うね」
「それだけ大事なんだよ」
働き口が無い土地に人はやってこない。
あと石造りなので頑丈だし、地の魔力適性があれば修理も場所の移し替えも難しくない。
逆に言うと崩すのも難しくないので、変な奴が入りこまないよう注意する必要はあるんだが……ぶっちゃけ、これは世界中どこでも同じことが言えるので頭の隅に寄せておく。対策は必要だけど、考えすぎたらドツボにはまるだけだからな。一旦後回し。
「この子のおトイレは?」
「リンちゃん、鳥はトイレ覚えないよ。体を軽くするために消化した端から出しちゃうから――」
「いや、こいつしっかり学習したぞ」
「えーっ」
俺だって信じがたいが、低位とはいえ魔獣だけあって頭は良いようだった。二、三回目には定位置を覚えて催したらスタコラそちらの方に行って用を足すようになったのだった。
下手すると賢い犬や猫と同等にしつけは行き届くようになるかもしれない。
「花の匂いや色味で異性にアピールする生態もあるようだし、元々綺麗好きみたいだ」
「へー。ってことは、お風呂とかも入るのかしら」
「フローラルなお風呂になってそうだね……」
「そういう水が香水になったりはしないのですか?」
「汚れたっぷりだぞ……それに香水にするにも手順はある」
「そうなんですか……」
花の香りも一応は自然のものではあるんだが、花が無い場所でそんな匂いがすると当然ながら「花フクロウがこの近くにいた」という情報を捕食者に与えてしまう。野生の環境でそれは命取りだ。
そんなワケで、単に水に浸した程度では香りが抽出されることはない。実際に使われている手法は、羽根を
数日放置しておくだけで、高級なエッセンシャルオイルと化すくらいには簡単だが。
「ねえねえ兄さま、いつまでも『この子』とか『こいつ』じゃ呼びにくいし、名前付けてあげるのはどうかしら」
「あー……まあ、いいんじゃないか」
一理ある。とは言っても、名付けというのは思いの外難しい。皆が納得しないといけないしな。
兄上の子供――俺の甥と姪の時も、それはもう一族揃ってああだこうだと言い合ったものだ。最終的に
「何か案があるか?」
「
「…………」
兄上、貴方の後を追うものがここにいましたよ。
紅色を主体に黄色の模様。確かに炎に見えなくもないが、新種の最高位魔獣みたいな名前は普通にダメだ。
絶句した花フクロウが小刻みに首を横に振っている。
「うむ」
「!?」
クソッ、クリスは何が悪いのか分かってない!
そういやこいつのメンタル学院生とそんな変わりなかった!
マリーは……ええい、顔を手で覆って笑いをめちゃくちゃこらえている。反撃の役には立たないか……。
頑張れ俺の脳細胞。同居人の名前がエラいことになる前に頑張れ! 超頑張れ!!
「…………お。女の子にそういうゴツくて長い名前は良くないと思うぞ」
「えっ、女の子?」
「メスだったんですか?」
なんとか絞り出した言葉に二人が食いつく。
危なかった……判別方法を知らなかったらこの言い訳もできなかった……。
「花フクロウはメスに模様があるんだ。胴体の黄色いのだな」
「そうなんだ。オスには無いの?」
「ああ。単色でツヤがある。体も少し小さめだ」
「そうなるとどうしたらいいかしら……」
「埋没しない特別な名前を与えてやりたいところだが……レスター様も何かありますでしょうか?」
「え゛」
俺かよクソォ……!
なんか花フクロウも助けを求めるように見てくるし! 俺そんなセンスがあるわけじゃないってのに……マリーもまだ笑いをこらえてて使い物にならない。
う、うーん……名前……。
「……ほ、ホーホーホロホロ鳴いてる
「そ、そっちで行こうそっちで! 女の子だからね! うん!」
「ホー!」
マリーと花フクロウ自身が後ろから援護してくる。
やっぱり
それだけ大きなものだということでもあるんだが……本人の意に沿わなかったり使いづらいものはちょっと……ね!
「子供の名前までこの調子で決めたりしないか、ボクちょっと心配だよ」
「背筋が凍る話はやめろ」
あれだ、ほら。色々理由はあるけど、二人とも情緒面でまだ未熟だから仕方ないんだよ。
片や戦場育ち、片や記憶自体が無い――独創的であるほど良いとは限らない、という価値観がまだ作り上げられてない。
確かに、魔道具の名付けにしろ人名やペットの名付けにしろ多少の独自性は必要だと思う。しかしその割合が大きすぎるとこんなことになる。俺も将来のことを考えてよく気をつけておこう……。
そういえば、陽も高いしそろそろいい頃合いか。
「……よし、昼も近いし、これからの作業のことも打ち合わせたいからそろそろ食事にしよう」
「なんか話変えにきてない兄さま?」
「気のせいだよ」
これ以上命名のことについて触れないようにしたい思惑もあるのは確かだ。
俺はせかしてくるフローを肩に乗せてそそくさと厨房の方へと向かうことにした。
で、だ。
色々あったせいでつい忘れそうになっていたが、実は新しい食材がある。先日クリスが討伐した鳥だ。
名を鉄甲コンドル。全身に鉄でできた甲殻をまとっている鳥だ。単に甲殻をまとっている以外の特異な能力は無いことから中位魔獣の一種に数えられるが、強靭な外殻と高い飛行能力に由来する厄介さは、高位魔獣のそれに勝るとも劣らない。
翼などは特に頑丈にできている。クリスの槍が折れたのはこれが原因に間違いなかった。
まあもう全身の甲殻剥いで精肉になってるが。
「鉄臭そう」
「それは俺も思ってる」
問題は、いかにだいたい美味いと言われる魔獣肉と言えど、花フクロウのように強いにおいがついて食肉に適さない場合もあるということだ。「だいたい」だからな。
鋼鉄の甲殻を持つということは、それだけ鉄の成分を身に取り込んでいるということでもある。例えば鉱石だったり……鉄分を多量に含んだ魔草ということもあるな。
リンデの言う通り、鉄臭いということは十分にありうる。とりあえず切れっ端をいつも通りに焼き、揚げ、茹でで食べて――。
「……全然鉄臭さ無いな」
「普通に美味しいけど、何でかしら?」
「鉄分を全部外殻に使ってるから、むしろ臭みが取れてるのかもしれないな」
細かい端切れをフローに食べさせると、ご満悦そうに小さく喉が鳴る。ちゃんと美味いと感じているらしい。
花だけじゃ体がもたないから、こうしてタンパク質も摂取させないといけないんだが……なんかしっかり手から受け取って食べるな。意外に懐いてくれたんだろうか。
「ただ、脂肪が厚い上に多い……外殻が重い分脂肪分で軽量化しているみたいだな。運動量も多いから身質もしっかりしている」
「ちょっと濃ゆいって感じね。甘みがあって美味しいけど……」
「脂が分厚い分満足感もあるが、クドさもある。脂の処理が問題になりそうだ」
皮なんて触っただけで手が脂まみれだ。こってりしたものが好きな人にとってはご馳走だろうが、苦手な人には少々向いていないかもしれない。
揚げるのも控えた方がいいかな……肉汁たっぷりという点ではいい素材だが、下手な食べ方をすれば口の中に熱された大量の脂が漏れ出して大火傷する。そうでなくとも下手な調理ではクドさが増すだけで胸焼けしかねない。
「皮だけ全部剥いじゃうのはどうかしら」
「しかしこのプリプリ感は捨てがたいんだよな……」
「プリプリ」
「触ったら死ぬほど脂つくぞ」
「わ、わかってるわよ!」
あと何よりリンデの思うプリプリ感とは全く別物だぞ。
……いや、プリプリ感? プリプリか……せっかくだしちょっと奇をてらうのもアリだろうか。
これだけ脂肪が分厚いと別の肉を連想するほどだし、ひとつやってみるか。
「まああっちもアリか」
「え? ……は!?」
「別にそういう意味じゃないから」
そんな「兄さまが壊れた」みたいな目で見るな。
まず肉は皮つきのまま食べやすい大きさに切る。更に塩と胡椒をふりかけて……と。
「よっこらせ」
「でっか」
ここで用意するのは、大きく分厚くそして重い、最近サバルで購入した魔導調理具、圧力鍋だ。
フフフ。早速日の目を見る時が来たな。
まず皮を下にして、焼き目がつくくらいまでしばらく焼く。この間にしょうがを細切りに。大根を食べやすい程度の大きさに切って、と。
「うわすっごい脂出てる。兄さまこれ大丈夫なの?」
「煮物にするから、煮汁まで全部飲もうとでもしない限り大丈夫だよ」
「……それこそ大丈夫?」
「……多分」
……マリーもそうだし、クリスもかなり食べる方だから、煮汁まで全部飲むということにならないとは言い切れない。
とはいえ今回はアレだ。煮汁を冷やせば、浮いた脂が固まって取り除きやすくなる。多少なら大丈夫だ。多少なら。
「ホロルルー」
本当かな、とばかりに大根の切れっ端をつまむフローを横目に次だ。
鳥肉といっしょに大根を並べてしょうがを散らす。あとはここに出汁、醤油、酒、スパイスを混ぜた煮汁をざっくり具材が浸かる程度まで投入。
「あとは蓋をして起動、と」
「これだけでいいの?」
「ああ。細かい理屈は一旦省くけど、圧力をかけることで普通より高い温度で煮込めるから、より早く味が染み込むし柔らかくなるんだ」
「温度ならあたしが」
「それはちょっと難しいかな……」
火の適性があったとしても、ものの沸点を操れるわけではない。ただ温度を上げるだけでは、残念ながら消し炭が量産されてしまうだけだろう。
さて、今のうちにゆるめのゆで卵を作っておこう。黄身が半熟通り越して生なんじゃないかってくらいのやつだ。
20分ほど経ったら鍋を開けて、と。
「上出来かな」
「信じらんないくらい脂出てる」
「それは……うん……」
この料理の元ネタとも言える豚バラの角煮も、脂の多い部位だけあって煮込むと脂の層ができるほどだったのだが、これもそれに劣らないほどだ。
とはいえ、料理をしていればよくあること。気にせず次だ。
慎重に殻を剥いた卵をここに投入し、もう少しの間煮込めば……。
「できた、鳥の角煮風だ」
「プリプリは?」
「え」
「プリプリが入ってないじゃないのコレ。憤懣やる方ないわよ兄さま。ムチプリはどこよ」
「…………」
鳥の皮のプリプリ感……と言っても通用しそうにないなこの脳みそ桃色モードだと……。
仕方ない。後で隠し玉として出すつもりだったんだが、まあいいか。
「……この煮汁を冷やす」
「えっ、何で!? せっかくあったかいのに」
冷凍室に置く……のは時間かかるからやめとこう。クリスを呼んで鍋を冷やしてもらうことにする。
「えっ、冷やすんですか。こんなに美味しそうなのに」
「ふたりとも同じ反応するじゃん」
一旦冷やすのは煮汁だけだ。その方が、隠し包丁を入れた具材に温度差によって煮汁が染みていく。
そして更に、冷えることで浮いた脂が固まって取り除きやすくなり、鳥皮から溶け出したある成分が作用して変質を起こす。
「え、何これ。ゼリー? うわ面白」
「急に固まりましたね。これは?」
「煮凝りというやつだ。プリプリというよりプルプルだが……」
「リンデ……まさかまた何かレスター様を困らせるようなことを……」
「そ、それより! 何で固まったの!?」
「皮のぷるぷるしたところの成分が溶け出してるんだ。冷えたらこうやって固まる。肌にもいいぞ」
「素敵じゃない」
手のひらくるっくるだなお前。
まあ脂のことさえ除けば美容に良さそうなのは間違いない。鶏なら大量の鶏皮や手羽先を煮込んでようやく出てくるようなプルップル感が、それほど多くない量の皮で再現できているんだ。すごいコラーゲンの含有量なんだろう。
もしかするとこの鉄甲コンドル、ものすごい美容食材なのかもしれない。
「でもこのプルプル物体何ができるの?」
「固形化してるから、他の料理に活用できる。そのまま食べてもいいし……師匠は確か、炒り卵に刻んで混ぜて、米に乗せて食べてたな」
「ごくり」
クリスが顕著な反応を示している。
煮込んでる間もずっと匂っていただろうし、そろそろ食欲も限界だろう。
……というわけで、本日の昼食は、鉄甲コンドルと大根の角煮風である。
大いに気に入ったらしいクリスは鍋を空にする勢いで食べ進め、追いかけるようにおかわりしまくったマリーは三杯目の途中で脂にやられて胸焼けでダウンした。
そろそろ大食い懲りろよ。