四品目の肉料理は沼熊のステーキ、五品目のサラダは鉄甲コンドルの鳥ハムと自家製ドレッシングを使った春野菜サラダ。いずれも組合からの客人には好評だった。
特にエーゴンさんはステーキが気に入ったようで、酒――は仕事中なので却下されていたので代わりに米をすごい勢いで食べていた。裏で一緒のメニューを食べているクリスたちと合わせて米の消費量が半端じゃない。
ともあれ、今後のことを思えばここで好評を貰えたのは大きな一歩と言えるだろう。村の売りの一つにしようとしているものなのだし。
「美味かったぜ」
「そりゃどうも」
食後、皆揃ってお茶を飲みながら一旦落ち着いていた折にまず話を切り出したのはトビーだ。
……いや、ただの感想のような気もするが、あちらから改めて話を切り出すための一手にはなりうる。
クリスが横で誇らしげにうんうん頷いているのは見ないことにする。
「サラク村……っつーか災禍の洞窟周辺には、元々手を入れる計画があった」
「さっきの話か」
「ああ。お前も分かンだろ」
「放置すれば魔獣は外部まで進出してくるだろうからな」
実際のとこ、それは俺がサラク村の調査に出た理由の一つでもある。魔獣の生息域は、潮が満ちるように年々拡大しつつあった。
と言っても60年あってギリギリでサバルまで届かず、サラク村周辺の森林地帯で留まっていたので侵略速度は遅々としたものだったのだが……事件や事故が起きてからじゃ遅いからな。早期に対処の手を打つ必要があったのは間違いない。
「だが、ちと魔獣の数が多すぎた。半端な奴を送り込めばエサになるだけってな具合にな……」
「しかし、そんな土地の魔獣を駆逐し、村を再興させようとする方々がいらっしゃいました。村長さん、貴方がたです」
「王都まで私たちの話が伝わっていたのですか?」
「や、レスターから聞いて初めて知った」
村のことがもう知られているのかとちょっと浮足立ったクリスには悪いが、この件は現状知っている人が限られている。
アシュクロフト家と、最寄りのサバルの街の市長関係者。侯爵領を分担して統治している各所の貴族家だったり……王家の方にも報告はいっているだろうか。公表はされていないし、実情を知る者も多くない。
高位魔獣は依然として日常的に現れるし、いないとは信じたいが観光気分でサラク村に来ようとする人がいても困るからな。とてもじゃないが守りきれない。
「この50年、一度もなかった絶好のチャンスだ。逃す手はねェ。……上層部の説得には苦労したぜ」
「主に私がですが」
「お前ホントお礼言っとけよ……」
「愛してるぜ」
「そういうのは求めていません」
しょっちゅうファンに愛を叫んでるトビーの愛の言葉は軽かろう。
助かるのは助かるんだけどな、組合を呼ぶのが前提みたいなものだった俺たちとしては。
「……正直に言えば、支部を作ることそのものにはあまり異論は出なかったんです」
『じゃあ説得っていうのは?』
「ワシら4人が移籍することじゃな。洞窟に挑むにゃあ実力者が必要だと言うておるのに!」
「いや……自分で言うのもなんだけど、止められますよアタシたちは……」
……視察のためにとりあえず人員選んでたんだと思ってたらこの4人全員移住予定かよ。
狩人として最高位、バンドとしても大人気。そりゃ王都の組合も手放したくないだろうな、こんな広告塔として最高の人材。
そしてこれだけ引き抜いたら王都の組合は大幅な戦力低下になるが……いいのか? と視線で問えば、トビーは軽く鼻で笑った。
「『今』必要としてる場所に人材送り込まないでどうするよ」
「ありがたいことだけどやり口が強引すぎるんだよ。もうちょっと手段選べよ」
「次からそうするさ」
次やる予定があるのかよそれ。
……サラク村に常駐戦力が必要無くなった時とかか。それはそれで平和になった証だろうし、悪いことじゃないが。
「サラク村に狩人が必要なのは分かるけど」
「ハンターと呼んでくれ、お嬢ちゃん」
「はんたーって王都には必要ないの?」
「必要が無いわけではありません。しかし、他の街や村に比べると優先度は落ちます」
「王立騎士団をはじめ、軍の力が強いから魔獣もとっとと駆除されるの。アタシもハンターの仕事あまり無いしね……」
リンデの疑問に優しく応じたのはラシェルさんたちだ。多少口ぶりが無礼なのは不問……というか、俺とトビーがまずあまりにも気兼ねなくやり取りしてるから、気にしてもしょうがない。
狩人はあくまで対魔獣を専門とする職業だ。対して軍は治安維持活動全般を担っており、魔獣駆除も業務の内である。
このため、国内最大の人口を誇り、軍人の数もそれに比例して多い王都では魔獣の被害は多くない。
ただ、もちろん狩猟組合の仕事が無いわけではない。民間組織であることを活かしてより市民の生活に寄り添った業務を行い、時に犯罪の対処で軍の手が回らないような時、魔獣の駆除を委託されることもある。山から高位魔獣が降りてきたりすれば、合同でその対処にあたることだってあるだろう。
逆説的に、軍人のなり手が少ない地域では魔獣の被害も大きくなるため、狩猟組合の需要も大きくなるということでもある。
具体的に言うとこことか。いや、侯爵領は全体で見ると軍事力は国内随一なんだが……戦力は基本、国境沿いに配置しているし兄上はいざという時の切り札で滅多なことじゃ動かせない。よっぽどのことが無い限りはサバル周辺も狩猟組合の手助けが必要になってくる。
……あったんだけどな。よっぽどのこと。具体的に言うとクリス。
「人集めンなら王都が最適解だがな……」
「……そういうことですので、支部設置については内々で決定しておりました」
『人員はこれで全員かい?』
「いえ、まだ何名か狩……ハンターを招集する予定となっております」
「ただ、洞窟の魔獣がどれだけ強いのかわからない……だから一旦アタシが潜って、どのくらいの実力なら通じるかを確認したい……んですけど」
どうだろう、と控えめに問いかけてくるフェデリカさんに頷く。
洞窟であれだけ無双できるのはクリスが特殊だからにしても、実際どれくらいの人材なら通用するかは確認しておきたかった。
村長という役職だけあって俺が挑むわけにもいかないし、そんなことしたらクリスに止められるだろうし……そこのところ代わりにやってくれるなら願ったり叶ったりだ。
ともあれ一回、クリスにも話は聞いておくか。
「クリス、体感でいい。洞窟に挑むなら普通はどのくらいの実力が必要だと思う?」
「魔獣一匹一匹については割愛させていただきますが、巣に飛び込むつもりなら中位魔獣を単独で討伐できる者が複数名いた方がよろしいかと」
まあ私は一人でも問題ありませんが――とでも続きそうな雰囲気でクリスが応じた。
……実際問題ないっていうか、巣を壊滅させた実績あるじゃん。もう言っていいよそれ。傲慢に聞こえるだろうからと思って黙ってるんだろうけど事実の列挙じゃん。
「フー……ま、他にそれらしいヤツもいねェとは思ったが……レスターが『自分の知る限り最強』だなんてベタ褒めしてたのはあんただな?」
「えっ。そ、そのようなことを?」
「言ったよ」
俺はクリスについては、現状でも控えめに言って神器継承者の兄上と同格。もうちょっと贔屓目で見ると、
キメラで獣化能力も備えているし、そもそもの膂力が常人とは段違い。技量も文字通り針の穴を通すような繊細な槍捌き。唯一、生まれと育ちのせいで学が無いという欠点こそあるが、戦士としてはまさに至高の領域にいると言って過言はないだろう。
この辺は隠すようなことでもないし、人材を自慢しているとかそういう話でもなくただの事実確認だ。本人に伝わるのは特に問題じゃない。
「また姉さまがグネグネしてる」
『毎回無表情なのが怖いんだよね……』
ただ、本人に伝わると嬉しいのか照れくさいのか、表情を変えずに感情の赴くままグネグネしている。
いつものことだがちょっと怖い。
「けどなぁ……ワシらはその嬢ちゃんが実際にそれだけ強いのかは分からんのよ」
「先程の料理や現に村の運営ができている実情を考慮すると、相応の実力者ではあると思いますが」
「いーや分からん。分からんのでその証明が欲しいのう」
そこにエーゴンさんが異を唱えてくる。が……あのちょっとニヤついた顔。異議があるというより、もうちょっと別の思惑があると見た方がいいだろう。
「ほれ、例えばフェデリカと模擬戦とかどうじゃ!」
あまりのわざとらしさに、クリスは顔をしかめていた。
これは……ガチで嫌な時の顔だ。エーゴンさんは見た目40代から50代。常人の倍は生きる
「実力を示すなら魔獣を倒すだけで十分でしょう。互いに怪我を負わせかねない人間同士の手合わせは承服致しかねます」
「えー」
そりゃそうか。ここで問題になってくるのはサラク村の環境と人材の乏しさだ。
医者はいないし医療設備も無い。知識は俺がかろうじてあるが付け焼き刃程度。怪我したら看病に人員を割かないといけなくなるし、日常的に現れる魔獣への対処が追いつかなくなることは容易に想像できる。
「潤沢な人材がいて村の防備が完璧ならともかく、今この場では容認できません」
「そりゃ~……仕方ないか。すまんの」
「いえ。仕事に障らないなら、応じる用意はありますが」
それはそれとして心底嫌そうだ。
あー……なんとなく分かる、ような気はする。人間同士の争いそのものに嫌気が差してるやつだこれ。
暗殺者とか明確な敵相手の時はいくらでも割り切りはできるんだろうけど、命の危険がある状態でもなければ敵ですらない相手に武器を向けるのは抵抗がありそうだ。
能力を褒められたりそれを活かして仕事をするまではいいんだろうが、あくまで魔獣などの「敵」に振るうべきものと区分けしているのかもしれない。
『けれど、実力がわからないことには適した武器も作ってもらえないんじゃないかい?』
「う……」
……まあ、怪我を避けようとするとそういう問題も当然ある。ただ、それだけのために負うにはリスクが高い。いざとなれば俺でもリンデでもトビーでもある程度は代わりになるだろうが……あんな全くの無傷で仕留めるっていうのはちょっと無理だ。
かと言って武器がいらないわけではないし……うーむ……。
「姉さまも言ってたけど、魔獣を狩りに行くんじゃダメなの?」
「ダメ……ってわけじゃないが……」
接敵。
一撃。
おわり。
……実力を判断できるかこれ?
いや、最低限は分かるだろうが……。
「つまりだレスター」
「ん?」
「クリスさんを怪我させず……実力を引き出し……それでいて村の防衛能力を損なわねェ……そういう相手なら手合わせ受けてくれンだな?」
「本人次第だが」
「……その条件であれば、多少は」
クリスの一番の懸念は、自分が怪我をすることで村を守れなくなるかもしれないという点だ。多少腕を切った、足をくじいた、という程度ならほぼ動きに支障はない――というか電撃受けても一秒とせず持ち直した――だろうが、万一はある。急に最高位の変異魔獣が地を割って現れる可能性だって否定できないんだ。
……明日突然隕石が降ってくるって可能性の方が高いなそれは。
ともかく、村が無事でいられるだけの戦力が確保できるなら問題は無いんだ。
「けどそんな都合のいい手合わせの相手がいるか?」
「俺だぜ」
「……は?」
そんなヤツいないだろ……と若干の諦めムードが漂う中、トビーは親指で己自身を差した。
「――俺だぜ!」
「「「は!?」」」
村の防衛や運営に関わりが無く、それでいて狩人として前線に出る機会も少なく、一定以上の実力を備えた猛者。
……トバイアス・マクレーンというのはそういう男でもある。