単に槍を振るって型を披露するにしても、実際に手合わせをしてみるにしても、室内でやるわけにはいかない。
というわけで、外の空き地――ほぼ空き地しかないが――に移動した俺たちは、色んな意味でハラハラしながら相対する二人を見守るハメになった。
「本当によろしいのですか?」
「男に二言はねェ」
もしかしてそのカッコいい台詞はただ言ってみたかっただけじゃないか? という気持ちが少しよぎったが、言葉にはしないでおいた。
こいつの「ツケはこれで最後」とか「おごってもらうのは今回が最後」という言葉を何度聞いたか知れない。数年も経ってるので流石に今は成長しているかもしれないしそうでもないかもしれないが、そうであってほしいという希望は残っているので何とも言い難い。
「じゃあ始める前にいくつか決め事をしておこう。直に当てるのは無し、できるだけ寸止めで。技術を見たいという話なので、魔法も禁止だ。いいな?」
「はっ」
「おう」
クリスが持っているのはいい感じの棒――もとい、その辺の木の枝を削り出して作った人工いい感じの棒である。万一トビーに当ててもそう簡単に怪我は……怪我は……。
……死にはしないだろう。おそらく……。
対するトビーは左手に中型の鉄盾を、右手に木剣を握るごくオーソドックスな剣士スタイル。エキセントリックな言動や態度と裏腹に、その構えには確かな基礎がうかがえる。クリスも表情はともかく、内心「あんな言動なのに確かな技量がある」ということは察しているのが雰囲気から伺えた。
こいつそういう部分は無駄にしっかりしてるんだよ。
「フェデリカさんは接近する魔獣への警戒をお願いします」
「わっ……かりました」
フェデリカさんは腰元の二本の剣の感触を確かめるように柄を幾度か握った。
手慣れているクリスと比べて緊張感があるが、どちらかと言えばこちらの方がまともな反応だろう。高位魔獣もポンポン来るからなここ。
邪視はそれを知らない者を確実に始末する超特級の初見殺し。「見る」だけで拘束を完了することから、文字通り目にも止まらない速度で戦うか、視線を遮る手段があって初めて戦闘になりうる。緊張くらいして当然だ。
「降参するか、急所へ当たると思ったらそこで止める。お互い怪我はしないようにな」
「レスター、お前ちゃんと確認できンのか?」
「多少はなんとでもなる」
これでもそこそこ目は鍛えてる。もちろん全部見えてるわけじゃないが、判定くらいなら問題なくできるつもりだ。
さて、ともかく二人は用意ができているようだ。トビーはしっかり腰を落として構え、対するクリスは一見すると自然体にしか見えない悠然とした構えを取っている。
「じゃあ、はじめ!」
――その瞬間、クリスは地面が陥没してしまいそうなほどの踏み込みと共に、一直線に飛び出した。
普段俺たちが目にするのと同じ、最速・最短の一撃だ。狙いは心臓。これが通れば――いや通したら死ぬんだが――そこで手合わせは即終了。
「ぬっ!」
トビーはこれに、左手の盾を合わせて
木の棒をいなしているだけだというのに、ギャリギャリと金属の盾が立ててはいけない音が鳴っている。魔法は使っていないはずなので、単純に膂力によるものだ。木の棒の側面が僅かに煤けている。
とはいえ、異常な膂力というのは魔獣を相手にしていればよくあることだ。瞬時に気を取り直し、側面から木剣が切り返される。
「――――」
一方のクリスは、必殺の一撃がいなされても特に動じた様子が無い。本人にとっては必殺という意識も特に無いし、言わば「ただの突き」でしかないのだろう。それが技量と身体能力によって必殺に昇華されているだけだ。
しかし、棒を突き出した前傾姿勢のままで対処の手を打つことは難しい。だからこそクリスは更に前に踏み込んだ。接触している盾を支点に、棒を押し付けるような形で軌道を修正。一足でトビーの背後まで回り込んでみせる。
盾で視界をわずかに塞がれているトビーからすれば、一瞬でクリスの姿が消えたように感じることだろう。しかし、盾を握る手に違和感を覚えたことから「何かをした」ことだけは確実に察せられる。そこであいつは前方への一文字切りではなく周囲を薙ぎ払う回転斬りに切り替えた。わずかに距離を離しているクリスに攻撃が届くことはなくとも、これで再びその姿を視界に捉えることはできる。
しかし、そうすることを想定していたのか、クリスの姿はそこにはなかった。
「ほほう!」
エーゴンさんの感心したような声が耳を打つ。足を止めないというのは多くの武術で基本中の基本だが、それを高いレベルの使い手がやるとああなる。
相手の視界から常に外れ続け、徹底して己の姿を追わせない。これが上手にハマれば一方的に攻撃し続け、無傷のまま相手を打倒できる。
これを魔法アリでやったら、それはもう色付きの風にしか見えないことだろう。俺もそうなったら流石に目で追いきれない。
「クッ――――」
ひと呼吸と共にトビーはその場から飛び退いた。と同時に、上から強襲を仕掛けたクリスが棒を振るうことなく着地する。
そうして地面に降りているのはほんの一瞬だ。上から相手の動きを余さず目にしていたクリスは、瞬時に接近。今度は突きではなく柄による殴打、それも
「うおおッ!!」
「ふっ――――」
元々、クリスの槍捌きは俺が穂先を目で追いきれないほど卓越したものだった。それを本気で発揮するとどうなるか――その好例がこれだ。
遠心力としなりを活かし、上下左右自在に神速の打撃が襲いかかっていく。棒の両端を上手く使えば手数は倍。トビーは両手の盾と木剣でいなし、流し、時に受け止めてこれに対処してみせたが、それがもったのは10秒ほど。そこで足が完全に止まった。
魔法使っていいならともかく、このまま続けさせても一方的にクリスが殴り通して終わりだな。
「そこまで!」
嵐のような乱撃が瞬時に止まる。わずかに息の乱れた、しかし涼やかな表情のクリスに対して、トビーは冷や汗だか脂汗だかわからないがとにかく滝のように汗を流していた。見るからに疲弊している。
「ありがとうございました」
「……あァ」
……その状態で盾と木剣をギターに見立ててエアギターしてみせるのはいっそ筋金入りすぎて感心するが、そのままブッ倒れかねないからちょっとは自分を曲げろ。
「お……俺は自分を曲げねェぜ……」
「そのうち折られるぞ」
というかナチュラルに思考読むなや。
「おう、ええもん見せてもらったわい」
「師匠があんなに追い込まれるの初めて見た……かな。すごいねクリスさん」
「恐縮です」
口々に評価を述べる協会の面々に対して恭しく頭を下げるクリス。その手に握っている棒は、もうボロッボロだった。
トビーの方の木剣は半ば折れているし、盾なんかベコベコ。このくらいの力量になると、もう本当に武器の方がもたないな……。
『いやー……ボク途中からほとんど何も見えなかったや』
「あたしなんて最初からわけわかんないわよ。よく分かるよね兄さま」
「俺も魔法を併用されてたら多分何も見えてないよ」
感心したように二人も声をかけてくるけど、ゴーレム越しに見てるマリーと、そもそも武術の心得どころか戦闘経験すら微塵も無いリンデは仕方ない。
それに、本気の動き知ってるからな、俺もな……そういうの見て知ってるから、追いきれてないものを脳内で補完してるフシはある。
ともあれ、今はそっちは本題じゃないんだ。
「いかがでしたか、エーゴンさん」
「もうちと見たかったの~」
「俺が死ぬからやめてくれ爺さん」
「冗談じゃて」
……クリスも無闇に戦うの嫌いであまり良い感情持てないから、こっちとしても続けてほしくはない。
半分素に戻ってるトビー共々エーゴンさんを押し留めておく。
「ま、どんなもんかはよう見せてもらったわ。ワシの知る中でも一、二を争う使い手と見てよい。こりゃあ、そこいらの職人じゃあ見合う武具は作れんの」
「一、二って爺さん、他にこのレベルのバケモンがいるのかよ」
「おるぞ。世界も広いからの~」
まあ……
街一つ吹っ飛ばす魔法をポンポン使うとか、武の極みに到達通り魔おじさんとか、愛故に全ての壁を粉砕しに来る謎の女とか、クソ迷惑な強者も多い……。
「名は同じくクリスと言ってな、前大戦の英傑、『槍』の継承者よ。傑出した技量は奴を彷彿とさせるわい!」
露骨にクリスの目が逸らされ、さっきまで一滴すら流れてなかった冷や汗が滲んだ。
エーゴンさん、多分その一番と二番同一人物っすよ。
――という言葉は、流石に頭の中に留めるだけにしておくが。
「ご面識が?」
「ダハハッ、戦場で見かけただけじゃ。だがどうもこのお嬢ちゃん、荒々しくも彼奴と同じ技を感じさせる。もしや同門だったりせんか?」
「……王立騎士団流槍術を嗜んでおります」
「おお、やっぱりか! 戦場のにおいがすると思ったわ!」
事情を半ば確信しつつある俺とマリーの視線を感じたのか、クリスの冷や汗の量が増えている。
表情は涼しげなのにな。表情は。
「村長! 素材はあるか?」
「沼熊、
「一旦全部よこしてくれや。どれを使うかはこっちで考えるからよ」
「承知しました」
何はともあれクリスに相応しいだけの武器が得られるなら問題は無いか。そこまで無軌道に素材を使われるわけでもないだろうし。
さて、これで当面の問題がいくつか解決したことになるが、細かい部分については詰めないといけないことが多い。そんなわけで、ホテルの食堂区画に戻って再び会議だ。
支部を建てるなら建てるで場所は元より、内部の構造や付随する施設について。それから従業員の住居などについても詳しく決めてしまわないといけない。
地権などの契約関係は俺とラシェルさんでなんとかなるとして……問題があったのは、支部ではなくその後の仕事の話。俺たちの構想だった。
「帝国までの交易ルートを繋いで」
「周辺の洞窟を上位ハンター向けの自由な狩り場として開放する……???」
「ダハハッハハッ! マジかこやつら!」
「…………」
本職大困惑である。
よりにもよってトビーすら咀嚼するのに時間がかかってるのがうかがえる。
正直自分でも割と無理あるよなぁという思いはある。高位魔獣の巣を突っ切るような形で交易ルートを拓くだけでも非現実的なのに、各所に出入り口を設けて狩り場に繋げる……いや、既に2割くらいは出来上がりつつあるからこそ困るんだが……。
トビーたちが村に来るにあたって準備にかかりきりになってたから、ここのところあまり手はつけられてないんだけどな。
「ご存知とは思いますが、それだけの大規模工事となれば工費だけではなく維持費も莫大なものになりますよ」
「あと、あの……魔獣は? 結局、さ。魔獣の駆除が難しいから、そういうことができずにいたんだ……ですよね?」
『いや、それは……』
マリーのゴーレムが俺とクリスを指差す。
俺たちもそれに応じて、控えめに手を挙げた。
「……私が殲滅しました」
「俺が整地しました」
「…………!?!?」
目を白黒させるラシェルさんに、俺もクリスもちょっと申し訳無さを感じる。
そういえばまだ根本的な前提条件を伝えきれていなかった。
「ねえ兄さま、もう計画けっこー進んでるわよね。いっそ何してるか見せたら?」
「そうするか。クリスも……話しても問題ないか?」
「構いません」
中途半端なものを見せるのはちょっと気が引けるが、散々半端な状態の村とホテルを見せているのだし今更だ。
これから皆で作り上げていく過程なんだからと前向きに考えることにしよう。
「どうでしょう。説明の必要があると思いますので、これから災禍の洞窟の視察に行くというのは」
「……い、今からですか!?」
「ええ。実際に見ていただかないとわからないこともありますので」
具体的にはクリスたちのこととか。
しかしキメラのこととか受け入れてもらえるかな。エーゴンさんは高齢だけど、あまり差別意識も無さそう――というか他のことに興味関心が向いてる――だから大丈夫とは思うが。
ちょっとした不安を抱えている一方、組合側もちょっと集合して話し合いを始めた。ほどなく全員が引き締まった表情でこちらに向き直る。
「万全の準備で向かいますので20分ほどいただきます」
「戦闘するつもりは無いんですが……?」
どうやらだいぶ見解の相違があるようだった。