午後10時前。クリスとフェデリカさんが揃って食後の訓練に行っておねむのリンデが部屋に運ばれた後。残った5人は
年齢的に酒が飲めない者がいない状態であるので、当然やることは酒盛り……なのだが、
「ではこれより第一回トバイアス・マクレーンを詰める会を開催しまーす」
「「いえーい」」
「!?」
その趣旨は昼間にも言った通り、トビーが何考えてるのかを明らかにさせることだ。
困ったことにこの男は10年前からほとんど変わってない。流石に学院で学んだ立場なわけだし、今は組合の幹部にまで上り詰めている。相応しい思考力自体は身につけているだろうが、肝心の出力ができてない……というかする気が無い。
このまま村にいると言うのなら、こういう性格は必ず軋轢を生む。例えばだけど、畑の収穫で忙しいって時に「行かない」とだけ言って反感を買うこともありうる。実は組合上層部との遠隔会議があるから――という前提があるので時間が取れないだけだったりするのだが、そういう事情を語らず結論だけ述べると、裏の事情を推し量ることをしない人にとっては単に怠惰に見えてしまうわけだ。
必要な説明をしていない時点で怠慢の誹りは免れようが無いが。
「これは学院時代より連綿と続く、トビーをシメる会38回とバンド活動反省会26回、アホの弁明を聞く会35回に続く記念すべき100回目の開催となります」
『反省という言葉を知らないのかいこの人は』
「我が家の家訓は『振り返る暇があるなら前を向け』だぜ」
「まず足元を見ていただきたいですね」
「コケた時にそうするさ」
「コケそうだから言ってんだよぶち転がすぞ」
「……オーケー」
トビーは物悲しい旋律を響かせた。
即興で感情を音楽に乗せる手腕はすごい……すごいんだが、場合によっては火に油を注ぎかねないんじゃないか……。
まあ、それはともかく。
一応は酒盛りであるわけで、俺たちも各自手元に酒を持っている。俺は普通のいわゆるジントニック。エーゴンさんはとにかく量を飲みたいとのことなので持ち込みのエールとごくシンプルだ。
一方で他三人はちょっと凝ったカクテルだ。マリーは例によって甘いものの方が好きなので、いい具合に潰した桃をグラスに入れ、ウイスキーとミルク、ハチミツ、桃の果汁をブレンドしたものを注いだミルクウイスキー。さっぱり系が好みのトビーはワインと紅茶にオレンジの果汁を注いだオリジナルカクテル。
……それから、ラシェルさんはウイスキーにアップルワイン――シードルを合わせてレモンを絞った、俺でも躊躇するくらい強い度数のカクテル。普段からよほどストレスが溜まっているのだろうか。おつまみとして出した細長いプレッツェルをずっとサクサクしながら流し込んでいる。それでいてほとんど顔色が変わらないんだからとんでもない酒豪だ。
ちなみにマリーはゴーレムに乗ったままだが、三人から見えないようにバーカウンター横で背面を開いた形になっている。流石にハッチを閉じたまま酒やつまみを中に入れることはできないので仕方ない。
「で、何でギルドなんだ」
「カッコいいからだ」
「何でハンターなんだ」
「カッコいいからだ」
「しばき倒しますよ」
「暴力はよくない……」
殴りたくなる気持ちもそれを諌めるのも分かるが、トビーはちょっと自分の発言を思い返してみた方がいい。
何も考えてないか煽ってるようにしか聞こえないから。
「カッコいい、は分かった。じゃあ何でカッコよさが必要なんだ?」
「レスターなら分かンだろ?」
「答え合わせしてないのに正解かどうかなんて分かってたまるか。それに、答えを求めてるのは俺じゃなくて組合の皆さんだ。仲間に迷惑かけるな」
俺の予想が当たってるなら、これも必要なことというのは分かる。ただ、それならそれで共有しない理由はどこにもない。
どういう風にでも解釈しろ、あとは結果で語る――なんていうのは学院時代からもやっていたが、今となっては当時と比較にならないほどの影響力があるのだから気にかけてほしいところだ。
流石にここまで言われては逃れられないと感じたのか、トビーは酒をひとつ酒をあおった。
「……人材確保のためだ」
「は――じ、人材?」
『急に話がすっ飛んだね』
まあ……論理の飛躍著しいよな。
この流れだと、カッコいいことが人材確保につながる理由、そもそもそんなことまでして人材が要る理由が何も説明されてない。
これに関しては
「その説明をする前に、
「長くするな。短くまとめろ」
この手の話はクリスのやたら長い説明で慣れっこだが。
いや、あの要領を得ない話に本当に慣れてしまってもいいのだろうか。
まあいいか。とりあえず、まずはラシェルさんたちに分かるように伝えるのを頑張ろう。
「戦前の聖王国は、神器継承者が5人もいて戦力的に余裕がありました。魔獣もすぐに駆除され、被害もほとんど出なかったとか。このため狩猟組合が必要とされてなかったそうです。しかし、大戦を経て継承者も2人にまで減り、軍も大きな打撃を受けたので……」
「王立軍も余裕がなくなっちまった」
クリスが――もとい、継承者の方のクリスがいる時は、まさに戦争の真っ最中だったわけだが、神器継承者が全員揃っていたあの頃が一番盤石の体制だったと爺様からは伝え聞いている。
魔獣が出没したとか犯罪が起きたとか、情報が伝わったら国内どこにでもホイホイ転移して瞬時に撃滅していくのだそうな。
もちろん、今はそんな人材はいない。兄上の盾も、北方のフェアバーンズ侯爵家の鎚もそういう能力じゃないから国境付近の要所から離れられないんだよな。残念ながら。
「だいたい40年くらい前から各地で魔獣の被害が増加してンのが報告されはじめた。当たり前だな、今まで駆除してきた王立軍は組織の再編と聖王国各地の復興のために駆り出されてる」
「で、その事態を重く見て組合の機能を強化するために奔走したのがトビーの祖父」
『そうなの!?』
「おう、小僧のコネはそこから来とんのか」
あー、とラシェルさんは酒が入って据わった瞳のまま、納得したように頷いた。マネージャーだし組織の沿革もご存知なんだろう。
正確には交渉や説得を経て、ちゃんと成立したのは30年ほど前になってからなのだが……こういう事情があるため、聖王国の狩猟組合は組織そのものが動いておらず結構な空白期間がある。他国では平気で100年200年の歴史を重ねていたりするんだが、需要が今まで無かったんだよな……。
「だがおじいちゃんはちと性急過ぎた」
「おじいちゃ……!?」
『こんな呼び方するキャラだったのかい彼』
「軍とは違う民間組織の強みを活かすため、高い専門性と軽いフットワークを備えた人材が欲しかった……だが急に募集をかけても、集まンのはその日暮らしのチンピラじみた連中が大半だ。そもそも、行儀の良い連中はだいたい軍の方に就職決めてっからまァ来ねェ」
単純な話ではある。国を守りたいとか、治安を守りたいとか、魔獣から人々を守りたい、みたいな志のある人ならまず最初に公的機関への就職を目指す。軍はそれはそれは人手不足が深刻だったので、来る者拒まずで希望者はだいたい受け入れができていたことだろう。
一方、組合に集まるのはどうしてもそういうところからあぶれた人材になる。人格検査で弾かれたり、公共の福祉に興味が無いから公的機関に入りたがらなかったり、純粋に協調性が足りないとか元犯罪者とかとか……クセがあるなんてどころじゃない。治安を悪化させる一因になっているなんて名指しで批判された事例すらあるほどだ。
『それでよく今まで存続できてるね……』
「人材の質はともかく、仕事をしないわけじゃないんだ。その『仕事』による弊害も無視できないけど……」
マイペースに紅色の花をついばんでいるフローを撫でながら苦笑する。花フクロウはまさにそうした悪質な狩人の犠牲者だな。
「一番ひどい時は野盗の集会所なんつーアダ名もあったぜ」
「あったな」
15年くらい前か。もちろんまともな人がいなかったわけじゃない。
ただ、悪目立ちしまくる人の影に隠れてしまって、狩人として一緒くたに悪しざまに語られてしまいがちなだけだ。
「流石にここまで行くと組織の自浄作用に期待するのは難しい。で、事業を引き継いだトビーの両親がガチギレして、10年前に綱紀粛正を徹底しまくって……」
「そっからだいたい今の形だ」
話し疲れたように息を吐いたトビーは、癒やしを求めてかフローをちょいちょいと手招きした。が、近寄っていったのはもっと疲れてそうなラシェルさんの方だ。
そのまま紅色のふわふわに抱きついた彼女はめっちゃフローを吸った。
「ホー」
なんか
「――で、こっからが本題だな。組織の健全化には成功したが、上の世代はまだまだ組合と狩人に悪印象を持っている。つーワケで、ここはひとつ印象を切り替えるために名前から、ってのが俺の考えだ」
『あー……頑なに別の名前で呼ばせようとするのって、そうつながるんだね』
「それならそれで内部には通達すりゃあええじゃろ」
「本当ですよ」
どうなんだろうな、そこんところ。勝手な推測を並べるのもなんだが、「狩猟組合」って大枠は変えられないっていうのも割と大きな理由じゃないだろうか。
トビーの祖父が組織を大きくしたのだが、狩猟組合の発祥そのものは他国だ。聖王国と地下帝国以外にも各国に「狩猟組合」というものは存在しており、組合同士はか細くも確かな繋がりがある。タブレットが開発されて以降は情報も密に交わせるようになってなおさらだ。安易に名前を変えてしまうとそこが断ち切られてしまう可能性もあるだろう。
それを防ぐためにもあくまで特定の職員が勝手に言ってるだけですよ、という形にしておくわけだ。
「悪印象が払拭されりゃもうちょっと人材は集まる。ンで、ここでもうひと押しが欲しかった――」
そして、トビーはまさにその
……そうなんだよ。音楽って訴求力高いんだよ。流石にそりゃ無茶じゃないか、と昔は思ったもんなんだけど……。
『え、もしかしてバンド活動もつながる感じ?』
「つながるんだなこれが……」
半分は好きでやってることなんだろうけどな。学院時代から趣味の一環だし……たまたまその趣味が目的とベストマッチしてたんだろう。
「自慢だが、俺たちは今王都で大人気の言わばスーパースターだ」
「謙遜する流れだろそれは」
「
こいつ無駄に頭が回るから、この態度が計算ありきなのか素でやってるのかイマイチわからない時があるんだよな、ムカつくことに。
多分今は素だと思うが。
「膿を出し切ったとしてもそれで解決じゃねェ。元の気風に染まってない人間が入ってこなきゃ改革は終わらない。だから
「ただの趣味と勢いじゃなかったんですか」
「若い世代の関心を惹き、一種の憧れとして君臨することで俺の所属先、つまりギルドにも興味を持ってもらう計画だぜ」
言えよ。
そんな感情がラシェルさんとエーゴンさんからビンビンに伝わってくる。
実際言わない理由も無いんだよな。結局、組織のためになることでもあるんだから。
趣味の延長だから周りにリスクを与えるようなことをしたくなかった? いや、そんな殊勝なヤツでもないな……。
「何でそれを共有しなかった?」
「当ててみな」
「当ててやる。メンバーに先入観を持たせずに活動してほしかったのが三割。神秘性を出すための
「……想像に任せるぜ」
『図星の反応じゃないか』
分からんでもない部分はある。広報活動を前提にしてるまではともかく、思惑を全部喋ってしまうと人によっては萎縮しかねない。それでパフォーマンスに障ることもあるだろう。フェデリカさんなどは恐らくそういうタイプだ。
ある程度の地位を築くまでは黙っておいて――そのまま話すタイミングを逸したと見える。ともあれ、ようやく内情が見えたことでラシェルさんはグラスを強めに机に置き、それはもう大きなため息をついた。
「そんな思いがあるならマネージャーにくらい話してください……!」
「悪かった。けど、成功するかも分からねェことに手間使わすのは違うだろ。俺にとってはバンドを始めた理由とはいえ、な――」
「は? お前バンドに誘ってきた時モテたいからっつってたろ」
「あ?」
「ヤベ」
クリスじゃないが、カッコつけたトビーの言葉に嘘のにおいを感じ取ったその時、思わず俺は訂正を入れてしまった。
そして隣から響く低い声。……いい話で終わらせてくれよ、とトビーの目が訴えかけてくるが、変な見栄張って嘘つかなきゃ穏便に終わってたんじゃないかと目で返す。
指摘しなきゃしないで嘘のにおいを嗅ぎ取ったクリスが機嫌悪くする可能性も高そうだし。
ラシェルさんの緑の瞳がジェイルハイドラと同じように輝き、ガチガチにトビーの周囲の空気を固めた。
『ところでモテたの?』
「いや、嫡子じゃなかったから全然」
『ああ、そういう……』
マリーは納得してゴーレム内部で頷いた。
学院は割と特殊な環境だ。生徒の大半が貴族子弟とあって恋愛絡みの話は少ない。特に、家督を継ぐ立場に無い三男四男は悲惨の一言。
眼中に無いと断言されたことは一度や二度じゃないし、女子はワンチャン狙いで嫡子にアプローチをかけるのが基本とすら言っていた。
そういう話から離れれば、友人として普通に仲の良い相手はいるんだけどな。三年あって学内でモテたことはついぞ無かった。
『じゃあバンドも?』
「いや、そっちはそっちで普通にそこそこ人気はあった。
『ある意味健全だね……』
学外に出た今は、当時とは環境も違う。トビーだってまっとうにモテてるかもしれない。
しかし、結婚報告なんかが無いあたり、もしかしてヤツはモテることがスタートラインではなくゴールになっているのではないだろうか。
ラシェルさんに複雑な関節技をかけられて泡を吹きかけているトビーを見て、なんとなくそんなことを感じた。
……それはそれとして、あの人顔に出ないだけでかなりの酒乱だな?