「昨晩は申し訳ありませんでした……」
翌朝、ホテル横の空き地に集合した俺たちに向けられたのは、顔を青くしたラシェルさんのそんな謝罪だった。
「ああ……ハハ……お、お構いなく」
『うん……』
「夜何かあったの? Hなこと?」
「
酒の席では、思ったよりエーゴンさんなんかは良識的だったんだ。おつまみのリクエストくらいはされるけど、逆に言えばそのくらいだし。体質的に酒に強いから酔いすぎることも無い。
マリーも、ゴーレムの外に出ようとして俺に何度もぶつかってきて接触がやたら増えたくらい。絡み酒だな。
一方のラシェルさんは……俺たちに対しては仕事相手という認識のためかおとなしいくらいだったのだが、トビーに対しては豹変。酒の力の恐ろしさというものをこれでもかと見せつけてきた。
寝てたリンデと違って、クリスたちは鍛錬を終えた後に現場を見ているので、表情がちょっと苦々しい。
普段抑圧されてる人の恐ろしさがよく分かる一幕だった。
「オーケー。じゃあ一度水に流して、だ」
ギャーンとギターを鳴らすトビーは首が動いていない。
昨晩の件でちょっとひねったのがまだ痛いようだ。
直接的に被害を受けておきながらすぐに水に流せるのは、器が大きいと言うべきか自分で蒔いた種だろうと言うべきか……。
……まあ置いとこう。それより先に仕事だ。
「ああ。仕事の話に入ろう」
「と言っても、決められることは昨日のうちに決めてしまっておるじゃろ?」
「爺さん、結局昨日は入口を見ただけでダンジョンには入っちゃいねェぜ」
「……なんぞ色々ありすぎて忘れとったが、そうじゃったの」
詰める話が多すぎて俺自身ちょっと頭から抜けかけてたけど、そもそも今回は災禍の洞窟に潜ることができる人材の基準を探らないといけないんだ。
ただ、村に来たその日だと疲れているだろうから良くないよね、という話にもなったので翌日に回したが、そろそろやっておかないと。
「それから、定まったのは支部の位置くらいで……宿舎などのことはまだなんです」
『それは土地の問題かい?』
「土地……まあ土地だな。森を開拓する必要がありそうなんだ」
「危なそうね」
道を作るだけでもかなりの数の魔獣と(主にクリスが)戦うハメになっているし、計画性を持ってやらないとすぐに魔獣が大挙して押し寄せてくる。
その上、要求される土地の広さというのがまた……なぁ……。
前方の地面を細く掘り下げ、印をつけながら移動していく。タブレットに地図を表示し、そこに記した情報と照合しながらになるが……このまま行くと森まで突入するな。予定通りではあるんだが。
「師匠……アタシ、このちょっとした貴族の別荘みたいなのはいらないと思うんだけど……」
「バカ言え、こいつは絶対に必要だ」
広大な土地が必要だという理由の一つが、フェデリカさんの言う「ちょっとした貴族の別荘みたいな」屋敷――これが3軒。
更に、ちょっと良い家くらいの一軒家が10軒。50部屋くらいある集合住宅が2軒……。
ハンター(トビーの意を汲んでそう呼ぶことにした)をできるだけ多く呼び込まないといけないにしても、あまり多すぎても持て余すし屋敷ほどもある家はどうなんだろうか。
……あー。いや、そうか。そういう手か。
「扱いに差をつけてモチベーション煽る気だろ」
「流石だぜ相棒」
「どういうことですかレスター様?」
うーん……軍では他の兵とそう扱いが変わらなかったようだし、本人もそれほど上昇志向が強くないクリスはピンと来ないかもしれないな。
「軍の上官がなんというかこう……いい生活してるな、と思ったことはないか?」
「それはそういうものかと……」
恐怖! 生活格差を「そういうもの」として済ます救国の英雄!
……まあクリスがそういうのに疎いのは今に始まったことじゃないからいいとして。
「軍は出世も給料も色々としがらみがあるけど、ハンターは狩りの才能さえあればこれだけ良い暮らしができるんだ、っていうのをわかりやすく示すつもりなんだよ」
「でかい家、うまい飯、いい酒……わかりやすいだろ? ……いやあんま興味無さそうな顔してンな……」
「姉さまは表情変わらないから実際そうか分からないし……興味無さそうね」
クリスは最近ちょっとずつ味に対して敏感になってきてるくらいで、住居にもあまり興味は無いし酒も飲んだこと自体が無い。
判断力が鈍るので飲む予定も無いとすら断言している。家だって簡易住居でも十分だとか言っていたし、こういう話に食いつくタイプではないだろうな。
「人によってはそういうこと煽られたら逆にやる気が無くなりそうだが……」
「だったらそいつはハンターに向いてねェのさ。煽られるような心配の無い村の警備とかが適任だぜ」
なるほど、そういう点も含めて
推薦状でも書いてもらえれば、いきなり無職になるのも避けられるし村の治安維持のための人材確保にもなる。悪くない。
「それから……あれだけ美味しい食事を提供していただいた手前、村長さんには大変申し訳無いのですが……」
「ホテルのレストランと別にギルド支部内に食堂を設ける件ですよね。問題ありませんよ」
「美味かったんじゃがの。荒くれ者の多いハンター向けとは言い難いわい。高級感で気後れしかねん」
「ですね……」
これは俺の凡ミスだ。店構えや雰囲気を
メニューに安価なものはちゃんとあるんだが、やはり目玉はコース料理。それも5万
ならギルドの方に大衆食堂を設けて棲み分けをしようという判断だ。まあ食材はそんなに変わらないんだろうけどな。同じ村の中でそれも隣近所になるし。
なんなら俺がどちらでも料理長やってもいいんだぞ。ダメ? そう……。
「こんなところか」
さて。
魔獣に何回か襲撃こそされたが、それらは全てクリスに瞬殺されて……土地に印をつけ終わったので、タブレットに表示されている地図と照合していく。これを大雑把にやってしまうと地権の問題に発展するので厳格にやる必要がある。
こういうの誤魔化すとね……うちの父上がブチギレ一直線なの。領主だから。
「確認お願いします」
「はい……確認しました」
送った情報を確認して、ラシェルさんが承認を返す。
これが厄介な相手だと、正しい測量結果を渡してもごねてくることがまあまああるんだ。まあ実数値や契約書類叩きつけて黙らせるんだけど。
武力をちらつかせてくる無法者は、更なる武力を背景に法律とデータでぶん殴ると大人しくなるぞい。
「それでは、こちらの区画はギルドの方で開拓させていただきます。その際にはクリスさんにお力添えいただくことになると思いますが……」
「微力ながら、お手伝いさせていただきます」
定型句なのは分かっているが、クリスが微力なら大半の人類が無力なんよ。
「建築の方はいかがしますか? よろしければこちらでも用意しますが」
「い、いえ。私どもの方で用意しますのでお気遣いなく……あの、参考までにどう用意されるおつもりなのかいえやはり結構です」
どう用意するのかを聞かれたから掌に簡易セメントを出して応じたというのに、途中で遮られてしまった。
……そんな勢いよく拒絶する?
「嘘はありませんよ」
「嘘が無いから問題なんです……今から赴任する先の自治体の長にそんな負担を強いるわけにいかないんですよ……!!」
でしょうね。
俺だって同じ立場なら同じこと言うわ。
何村長のくせに毎晩コンクリ塊作ってんだよ俺はよ。村長の仕事じゃないんだよ。
……今は俺以外にやれる人材いないから夜なべしてやるだけやるけどさ。いつ住人が来るとも知れないんだから。
来ないかもしれないから用意しなくていい、なんて考えじゃクリスたちも悲しむだろうし。
軍は公的機関であって市民の生活を守ることが第一のため、魔獣の肉体の損壊も構わず攻撃して討伐するのが基本なのだが、
――そういう意味で言うなら、クリスはまさに理想形のひとつといえる立ち回りだった。
「今ここで5つ星与えてもいいぜ」
「そんなに」
災禍の洞窟中層部。魔獣の強さの確認ついでに今日も日課の整備を、ということで皆して潜ったのだが、当然ながら整備が追いついていない区画は再び魔獣が住み着き始める。
……瞬く間にクリスはこれを全て排除してしまうわけで、それも含めて日常の光景と化しているのだが。今日はフェデリカさんと一緒にそうした魔獣を狩ることで、洞窟の魔獣がどの程度の強さなのかを確認する流れになっている。
俺たちは巻き添えを食う可能性があるため、基本的には組み換え魔法で壁でも作って裏から見学なのだが……狩りの様子を目にしたトビーは、先の手合わせの件もあってかもうべた褒めだった。
「アタシの仕事が無くなっちゃうんだけど……!」
ひと振りで一殺というくらいの超ハイペースでクリスが魔獣を狩って回る一方、フェデリカさんの戦い方もこれに負けず劣らずものすごい。
両手に一本ずつ握った白銀の剣が閃くたびに、中型くらいの魔獣の首が飛ぶ。ひと振りで頸を落とせそうにないサイズの大型は、一度双剣を両方同時に首に突き刺し、珊瑚色の瞳の示す「電磁」の適性に従い剣同士を磁化。勢いよく反発させることで本来の膂力では仕留めきれない大型の
……クリスの戦いぶりを毎日見てるせいでちょっと感覚が狂いつつある前提はあるが、それでもなお彼女が称号に値する猛者であることは分かる。
神器とは無関係、かつ亜人でもキメラでもなく普通の人間のため膂力も劣りがち、だというのにこれだけの活躍ができるのはビックリだ。
たまにいるんだこういう特に理由は無いけど強いみたいな人。善性の人のようで良かったが……いるからな。強い力を持って生まれたがために増長する人。貴族に生まれたがために増長する人と同じくらいいる。
「どうだ、フェデリカ?」
おおよそ殲滅を終えたところでクリスが警戒に移り、フェデリカさんがこちらに戻って来る。トビーはタイミングを見てそこで軽く声をかけた。
「だいたいクリスさんが言った通りだよ。3つ星が最低条件」
「そのクラスでは大勢はおらんぞ。育成も視野に入れとくべきじゃなそりゃあ」
「ラシェルさん、それってどういう基準なの?」
「1つ星は普通の獣、2つ星は低位魔獣、3つ星は中位魔獣……と、それぞれ一人で倒せるかどうかが基準ですね」
「じゃあ4つ星で高位魔獣……あれ? 5つ星は?」
「『無制限の狩猟許可』――だぜ」
「魔獣の中には特殊な個体もいるから、ただ高位魔獣を倒せるだけじゃダメなことがあるの。4つ星はまだそういうのと戦うのは制限されるワケ」
ごく稀にいる突然変異的に強い魔獣の総称を、特異個体と呼ぶ。
山のように巨大な亀とか、ありとあらゆる属性を内包しているせいで存在するだけで災厄の嵐が起きるドラゴンとか、腐食性の粘液を全身から分泌する痩せた獣など、高位魔獣よりも更に強かったり、あるいは厄介だったり生態系に致命的な悪影響を及ぼす存在だ。時に街ひとつ、国ひとつが落ちることすらある――というのは誇張された言い方だが。
ともかく、そんな相手とすら戦えるというのは一つの基準として相応しいだろう。問題は、そんな魔獣単独で相手することは無いという点だが。
「特異個体を相手にするのは国の仕事だろ」
『でも、身軽な分単独での威力偵察とか誘導には向いているよ。もしかしたらそういうのを狙ったんじゃ――』
「…………おう!」
威勢のいい声は、どことなく嘘くさい。俺とマリーの疑いの眼差しに、トビーはついと目を逸らした。
「答え合わせ」ってやつだな?
ホントこいつ、思ったよりも考えてるじゃないか、なんて見直した矢先によ……。