まってい貴族とTSキメラの地元復興計画   作:桐型枠

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43.昼と夜の農業談義

 

 

「センチュウの対策ってしてないの?」

 

 畑にやってきてフェデリカさんが一言目にそれを見抜いた瞬間、俺は軽く泣きそうになった。

 悔しいとかそういうのではない。俺の浅い知見を埋めてくれるピースがあることに感動したせいだ。

 

「れ、レスター様……?」

『前触れ無く静かに涙出てるの怖いんだけど』

「すまん……なんかこう感慨深くて……」

「何が……?」

 

 センチュウ。ごく当たり前にどこの地面にも存在する害虫を指す名だ。

 大きさはだいたい1mm以下で肉眼で見るのは難しい。どこの地面にも埋まってるから、どれだけ浄化魔法を使ってもすぐによそから来てしまう厄介な害虫でもある。

 知識としては認識していたが、こうやって指摘されるまで頭から抜け落ちていた存在だ。実体験を伴う知恵というのは得難いものだと実感させられる。

 

「えっと……話続けて大丈夫? 村長さん……」

「どうぞ。ぜひ続けてください」

「はぁ……」

 

 不気味なものでも見るような目になっているが、俺は気にしない。なぜなら自覚はあるからだ。

 村に足りなかった農業知識を持っている人材が来たせいで、俺今テンションがブチ上がってるんだよ。

 ちなみにクリスたちも内心ちょっとテンションは上がってると思う。いつもなら俺にこんな視線向けられたら機嫌が悪くなってるところだが、今日は気にせず流しているようだからだ。

 

「作物が密集してるから、もう少し畝を広く長く設けるべきだと思う。距離取らないと栄養の奪い合いになるし……」

「まだ開墾が必要と……参考になります」

 

 うん、やはり俺は知識だけが先行しているようだ。

 こういう部分では実体験のあるフェデリカさんの方が圧倒的に上だな。

 

「いや、アタシもそんな細かく覚えてるわけじゃないからあんまり期待しないで……農業から離れてそれなりだし……」

「そうなの?」

「うん、田舎出てハンターになったのが15歳で……4年前くらいだから」

「幼い頃から慣れ親しんで血肉となっていると解釈もできます――違いますか?」

「村長さんのアタシに対する期待の重さは何……!?」

 

 経歴だよ。

 俺含めて農業に関わったことありそうなのほぼいないのこの面々。

 クリスはうんと幼い頃は多少関わったことがあるかもしれないが、戦場暮らしの方が遥かに長い上に知っていたとしても60年以上前の古い農法だ。

 俺は事務的な部分ならともかく、実践は今回が初めてだ。マリーも似たようなものだろう。記憶自体が無いリンデは論外……と、唯一の農業経験者として期待がかかるのは当然だった。

 

「作物についてなのですが、輪作としてこのようなローテーションを想定しています。いかがでしょうか?」

「輪作……はいいけど、これだとあまり効果がないよ。土地同士が隣接しすぎてる。栄養面はともかく、虫害を防げないかも」

 

 単一の農作物を同じ土地でずっと作り続けるのは難しい。連作障害によって土地が枯れるせいだ。

 それを防ぐために輪作が考案されたんだが……タブレットに表示されたローテーションを見ながらフェデリカさんは難色を示している。

 センチュウの件も含め、虫対策を考えてなかったのは俺の落ち度だ。批難も仕方ない。

 

「なるほど、では少し離れた場所に新たに農地を作り、ローテーションをずらすような作りでは?」

「いいと思う。併せて、土地の中でもある程度区画を分けて、栽培するごとにぐるぐる回していくようにするともっと効果的じゃない?」

 

 素晴らしい。これまでなんとなくでやってて解消できていなかった疑問点がどんどん解消されていく。

 地域性の違いや気候差などももちろんあるにしても、俺がそのことに言及すると即座にフェデリカさんはこれに応じた。

 

『このまま行くと村が農場になりそうじゃないかい?』

 

 そして話しているうちにちょっと調子に乗っていたようで、マリーからストップがかかった。

 危ないところだった。災禍の洞窟周辺は、そもそも拠点として経済と行政の中心にする計画だったんだ。このまま行くと見渡す限り農地だらけの農村になりかねない。

 ……いや、それはそれで牧歌的で嫌いじゃないんだが。

 

 都市計画というものはある程度柔軟性を持たせることが大事なんだが、根本が変わるようじゃいけない。

 都市開発と農地開発は分けて考えないとな。

 

『改めて計画を確認しようか。農地はどこを開墾していくつもりだい?』

「駅と洞窟の中間地点。10km以上は距離があるが、メインストリートが完成すればそれほど時間はかからない。魔獣対策が喫緊の課題だが……」

「そこはハンター(アタシたち)の仕事だから」

 

 スラリと白銀の刃を一度見せ、鞘に戻すフェデリカさん。頼もしい限りだ。

 壁くらいは設けたいところだが、あんまり早いうちからそうすると開拓に支障が出てしまうんだよな。魔法で壁を動かしながら……というのもアリと言えばアリなんだけど、拡張するには資材が要る。悩ましいところだ。

 

 しかし、ハンターがここに介入してくるならまた少し話が変わる。洞窟と違って、地上の魔獣はやや分布がバラけている。群れを作らず単独で行動していることも多く、高位魔獣も(地下と比べれば)多くはないから、洞窟にギリギリ潜れないくらいの実力を持つハンターにとってはちょうどいい修行の場になりうるんだ。

 最終的に壁自体は必要になるだろうけど、これなら今すぐ作らなければならない、というほどの緊急性ではなくなると思う。

 ……鳥型の魔獣はどうやっても入ってくるんだけどなこれが。

 ま、いずれにせよこちらもギルドと協議が必要な案件だろう。壁に使う資材についても話し合わないと。

 

 ……そんなわけで、この日はしばらくの時間を農業談義に費やすことになるのだった。

 

 


 

 

 ところで、俺が眠らない限りクリスが寝てくれないというのは以前からの困りごとだったのだが、寝たからと言ってその眠りが深いわけではない。

 肉体自体は休められているようだが、魔獣だとかが近づいてくるような気配がすれば即座に目を覚まし臨戦態勢に移る。常在戦場の心得なんて本人は言っていたが、単に戦場での癖が抜けきってないだけではないのかと思わなくもない。

 家族や仲間と認識している相手に刃を向けるようなことは無いが、鋭敏な感覚の持ち主には違いない。ちょっとイタズラしようとしたらしいマリーに対しても、動き出した瞬間に気付いて目を覚ますくらいだったからな。

 ――では、相手が本物の諜報のプロならどうだろうか?

 深夜3時、流石にそろそろクリスもマリーも寝入っているだろう頃、俺は事前に定めていたとおりに目を覚ました。

 あらかじめ定めた時間に音もなく起きるというのは、麻偵時代に培った技術だ。これを使うというのは……まあ、()()()()()()である。

 ごくごく小さなノック音が、俺の耳に届いてくる。

 

「光」

「かみおぼふ」

 

 合言葉を投げた直後、部屋の外から響いてきたのは、何かが潰れるような音だった。

 プロでもダメみたいですね。

 俺は思わず額に手を当てた。

 部屋の外からグェェェーッッとカエルが潰れるような小さな声が響く。小声で近所迷惑に配慮するのは結構だが、そういう時は声を出すことすら……いや、引退した俺が偉そうに講釈を垂れるようなことじゃないが……。

 小さくため息をついて扉を開ける。

 

「そこまでだ」

「! レスター様……!?」

 

 ……案の定というか、部屋の外にはクリスと組み伏せられている黒衣の少女の姿があった。

 うーん……麻偵(プロ)でもクリスの感知はくぐり抜けられないんだな、どうやら。

 

「うへへ……助けてパイセン……」

「不審者です。いかがなさいますか?」

「……前の()()の後輩だ。放してやってくれ」

「えっ。し、失礼しました……?」

 

 まあ、これは情報漏洩を防ぐためとはいえ、昔の癖のまま通達してなかった俺たちも悪い。

 あとわざわざそれっぽさ優先で深夜の密会にしましょうなんて言い出したこの後輩も悪い。

 仮にも密偵なんだからまず目立たない方法を選んでくれ。

 

「どういったご用なのですか? レスター様が招集を?」

「ああ。色々調査を頼んでたんだ」

「その調査報告をお持ちしただけっすよ」

「『だけ』なら昼間報告しとけよ……」

「うへへ。でもやっぱ定番じゃないっすか、深夜の情報受け渡し」

「娯楽本の定番から離れろ」

 

 そういうのに憧れるのは分かる。スゲー分かる。面白いもんな、密偵モノの本。

 でも現実でそれやると目立つからやめろっつったよな俺。創作だから映えるだけなんだよアレ。深夜に人が出歩いていたらそれだけで不審なんだわ。

 もちろん無闇に暗色の衣服を着用するのだって避けた方がいい。あくまで民衆に紛れるのが本来のあり方だ。

 

「パイセン、ノリ悪~い……」

「この人もう少し拘束してた方がよかったですか」

「いや、いい。こいつは痛い目を見ても治らん」

 

 この赤毛の後輩は俺が麻偵辞める一年前くらいに入ってきたから、もうキャリアとしては当時の俺よりも長い。

 それでやれてるんなら余計なことは言いっこなし、と考えた方がいいだろう。

 

「報告を頼む」

「可愛い後輩の紹介くらいあってもよくないっすか?」

「密偵が自分の素性をバラしてどうする」

 

 ……いや、俺は元同僚として知ってはいるんだが、それは別の話として。

 

「ぷー……んで、報告と。いいんすか? 護衛さんいますけど」

「口外するほど口は軽くないし、尋常じゃなく強いから仕事を手伝ってもらうこともあるだろうし問題無い」

「んじゃ、お伝えします。サバルの宗教団体っすけど、アレ麻薬含めて後ろ暗い商取引はしてないっぽいです」

「何もか?」

「なーんも。背後関係は洗いきれてないっすけど、資金提供がどっかからあるなら調査できないワケがありません」

 

 思わず、顔をしかめる。クリスはそんな俺の様子を怪訝に思ってるのか、わずかに首を傾げた。

 

「いいことでは?」

「普通に考えたらな。ただ……」

「零細宗教団体が定期的に炊き出しなんてやってんのは『普通』じゃねっす。ああいうのは経済的に余裕がある人がやるもんで、異教徒がやるんならまず布教っすよ」

 

 順序が逆なんだな、これが。

 大勢の信徒を抱えて資金的な余裕があるからこそ、更に勢力を拡大するための手段として炊き出しのような社会貢献活動を行うわけだ。

 これが国教の(ジウシス)教なら、死ぬほど信徒がいるのでいくらでも炊き出しくらいする金はあるが、サバルという辺境に近い場所で興った新興宗教にそんな資金力は無い。

 

「だから金の流れを追わせてたんだが――その流れ自体が無いと言う」

 

 不審なのはそこだ。犯罪もしていないと言う。なら彼らはどこから金を持ってきたのか。食材を手に入れたのか。

 よもや元豪農が自前の土地から食材を大量に運び込んだとか……そんなわけはない。もしそうならこんな報告はされない。

 だからこそ、俺は違法薬物の取引が裏にあるんじゃないかと疑ったんだが、さて……。

 

「護衛さん何か意見があったりしないっすか?」

「わ、私ですか? そういった話はどうにも…………ええと、元から資産家だった、ということは?」

「税金の問題もあるから、資産家なら父上とその直属部隊が知らないわけがないよ」

「どうやってんっすかねーこれ。無から生えてきてんすか?」

「一旦金は置いといて、食材は?」

「どっかから運び込んでるのは見たんすけどねー。入れるのは見てないっす」

「魔法でカバーできる範囲ではあるが……」

 

 種さえあれば、土を用意し、水を用意するのに魔法を使えばあまり資金は必要ではない。

 一方、そんな手間をかける理由がまるで見えない。わざわざ外から見えないようにする理由もあるか? なら開拓でも何でもして、土地を確保して農業に励んだ方が遥かに効率が良い。

 そうしなかった理由があるとすれば……見られると困る何かがあった? うーん……いや、微妙だな。

 

「『できないことをできるようにする』という意味では、神器が思い浮かびますが」

「斧か」

「ええ」

「失われたはずの神器を炊き出しに使ってるってことっすか?」

 

 ”星の斧”――失われたはずの神器の一つだ。

 しかしそれはありえないと断言できる。斧に限らず、神器を見つけてその継承者となれば、たとえ異教徒であろうと聖王国の中でもかなりの地位を得られる。それを利用しない理由が無い。

 加えて、斧の持つ能力が問題だ。

 

「ありえないな。アレならもっとできることが多い」

「ええ。”星の斧”の能力は言わば環境操作。もちろん、作物の成長を異常促進させることくらいは簡単でしょうが……」

「その程度で済ませる理由が無い。枯れた土地を蘇らせることはもちろん、人跡未踏の地に楽園を築くことすらできる。斧の継承者じゃないと解除もできないが……」

「……まさかあの極低温と超高温の環境は未だに残っていたり?」

「ちょっと危険な観光地になってる」

 

 そう、斧の能力は「環境操作」。槍が空間に干渉するように、斧は環境そのものに干渉し、書き換える力を持つ。

 戦時にはその力をもって、極低温の氷原と超高温の溶岩地帯が同時に共存している、極小の地獄と呼ばれる異常な環境を創り出して敵を撃退したことすらある。

 当然ながら、その規模は神器と呼ぶに相応しいものがある。たかが……と表現してはいけないが、辺境で炊き出しをするような暇があるならもっと他にやるべきことはいくらでもあるはずだ。

 

 わざと能力を隠している可能性も無いではないが、それも考え辛い。

 

「斧自体は背負ってたっすよね? あれが神器ってことは?」

「まず無い。仮に神器なら、兄上の盾と同じような魔力と存在感があるはずだ。俺ならすぐに気付ける」

 

 それこそ生まれた時から見ているし……まあ、思うところもある。少なくとも、同じ神器ならひと目見て分かるはずだ。

 クリスも同じことが言えるだろう。あの時はいなかったので判断のしようがないが、同じように見ていたなら確実に俺と同じことが言えるはずだ。

 なにせ神器については人一倍詳しいだろうからな。

 詳しいだろうからな!!

 

「……レスター様。もしかして、あの時の……神器と同じ機能を備えた魔道具のようなものは?」

「!」

「何すかそれ」

「マリーを狙ってきた暗殺者が使ってた魔道具だ。空間を転移して逃げられた」

「もし仮に槍の能力と同じように、斧の能力も劣化複製できるとすれば、いかがでしょう」 

 

 ……一つ実例がある以上、他もできないとは断言できない。

 となると、あの暗殺者どもと、この宗教団体に何らかの繋がりがある可能性があるが……クソッ、ややこしくなってきたな。

 

「悪いが継続調査を頼む。マリーを狙った暗殺者との繋がりがあるかもしれない」

「あいあい。領主様にも報告しときます。あ、あともう一ついっすか」

「何だ?」

「マリーさんの件っすけど」

「……何か分かったのか?」

 

 ……どうしよう。なんだか少し嫌な予感がする。

 聞きたいような……聞いたら引き返せないような……しかし聞かないと話が進まないんだが……。

 よし、少しでも心を落ち着けるために一つ深呼吸しよう。覚悟は……覚悟というほどできないが。

 なんだか隣でハラハラしてるクリスを見ていると、余計に心がザワつくがなんとか落ち着くほかない。

 

「あの人、帝国(シムゾニア)の第二皇女っぽいんっすけど」

 

 ヌ゛ッ。*1

 

 

*1
(胃壁が削れる音)

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