本日の朝食はごく簡素に、肉を挟んだサンドイッチだ。
チーズと玉ねぎ、オリーブの塩漬け、ソース。そして
ワイバーン肉はちょっと処理に苦慮した。というのも、肉質がギュッと詰まっていて筋肉質で噛み切り辛いためだ。
普通に食べるなら適しているのはステーキなどの分厚い切り方ではなく、ミンチにして脂肪を添加するなどして食べ味を滑らかにすることだろう。または、スジ肉やテールのように長時間煮込むことで柔らかく加工することも考えられた。
ただ、味自体は癖が無いし、それでいて単体でかなり濃いめの味を感じるので一度は加工せずに味わっておきたい。そこで、超薄切りにしてある程度は噛み切りやすくすることにしたわけだ。
結論から言うと、食べやすくさえあれば、ポテンシャルは感じるというところ。食べやすくする手段に乏しいのが今後の課題か。
パンは肉が硬めなので、こちらも食感を誤魔化すためにやや硬いバゲットを選んだ。
ついでに、ここにいつものハイドラ出汁を使った野菜多めのトマトスープを一品加える。
山ほど骨があるのでまだまだ使い倒せそうなのは幸いだ。
朝、だいたい7時過ぎ頃。クリスたちが先に食事を終えて3人で農作業に向かった後で、俺はマリーを起こすために部屋へ向かった。
……一応、男女ではあるし、普段はリンデに起こすのを任せているんだが、事情が事情だ。一対一で話さないといけないので、こればかりはしょうがない。
それに、フェデリカさんに姿を見せずに食事を取ってもらう必要もある。このため、料理はワゴンに載せて運んできた。
「…………」
まずは軽くノックして反応を見る……が、なにもない。
タブレットでの呼び出しも試みてみるがこれもダメ、と。
「マリー!」
呼びかけにも反応無し。いや、ちょっと気配があった。ほぼ全面コンクリで防音性能が良いから聞こえづらいが、もぞもぞしているような気配はする。
……弱ったな。もし着替えてる最中だったりすると、俺の胃が深刻なダメージを負うことになるぞ。
そこでふと思い浮かぶのは過去色々と一緒にアホなことをしたトビーの顔。やっちまえよ相棒、と無責任なことを言い出すのを幻視してしまうが……あまり行儀が良くないとはいえ、扉を開けるわけにはいかないし、やるか。
俺は扉を両手で叩いてビートを刻むことにした。
「何でそういう方向に行っちゃうかな!?」
5秒で出てきた。
恐らくからかって遊ぶためだろう。マリーはほとんど裸じゃないかってくらい服を着崩していたので、俺は即座にタオルを自分の顔面に巻き付けて視界を封じた。
「……硬派気取りのヘタレスターめ」
「私はただ無礼があってはならないと思っただけであります、
「オゴーッ!?」
マリーの足元を支えていた流体金属が支える力を失い、落下した……と、思う。
視界を封じたので何も見えないが。
「な、ななななななになにをっ」
「隠し事をしていたことは存じておりましたので、村の安全を考慮して不躾ながら調べさせていただきました」
「それはいいけど敬語はやめてよ、距離感じて嫌だから! あとタオルも外す!」
「だったらちゃんと服を着てくれ……! 俺はまだこの歳で2度も胃に穴開けたくない……!」
「ご、ごめん……?」
切実な叫びが届いたのか、その場で衣擦れの音と服をしっかり整える音がした。
大丈夫か? どうだ? ……まだ分からない。今の俺は全てを疑うモードに入っている。
「着たけど外さない? そのタオル」
「これは俺の心の最終防衛ラインだ」
万一騙されたらしばらく立ち直れなさそうだ。次は石仮面を作って心を閉ざす所存である。
というかからかうつもり満々だったの知ってるので迂闊に外せない。
「レスターって女の子苦手だったりする?」
「不敬罪が適用されかねない相手に抱くものは下心じゃなくて畏怖だよ」
「もげげ」
俺だって下心や性欲のひとつやふたつや10や20あるわ。でもこれでも元密偵。得意とか苦手とか以前に動じないように訓練もしてるんだこれが。ハニートラップへの対策もそうだし、俺自身が口説いたりする必要があったりもする。
あと単純に言っても、貴族子弟としてのしがらみや村長としての立場もあるし、仕事でそれどころじゃない。
……最後のファクターが一番大きいのは置いといて。
俺だっていい歳した男なんだから、当然そういうのは興味も関心もバリバリにある。同時に、いい歳した大人でもあるんだから、他人から見える形でそれを表に出すべきじゃないとも弁えてるだけだ。
ともかく俺はひとつ息をついた。息がタオルにこもって暑い。
「話さなかった理由はだいたい察しが付く。話すタイミングが無かったのも」
「ボクは真面目な話したいなら素顔を見せた方がいいと思うよタオルマン」
「タオルマンは素顔になろうとすると不信感で死ぬんだ」
「だ、だから悪かったって……」
正直なことを言えば、少しだけ否定的というか非難がましいことを言いたくもある。
信用してくれなかったのかとか、どうせバレるんだから最初に言っとけとか……思いはするけど堪えておく。感情で言葉を吐いても仕方ない。
マリーとしても、10年以上前に継承権を放棄したというのにあまり追及されても困るだろう。何で今さらと言うしかない。俺もそう思う。
「……今回は運よく暗殺者もこの場所を特定できず、襲撃もしてこなかった。けど、万が一のことはある」
「まあ、確かに運は良かったと思うけど」
「最初はタブレット開発者としか思ってなかったから、その前提のもと守るつもりでいたんだ。けど、シムゾニア帝室の血筋であることが分かってれば、もう少し他にやるべきことがある」
「それって例えば?」
「暗殺を狙うなら村に流入してくる人間に扮するのが一番だ。『どこから来るか』が分かればルートも制限もできるし調査もできる。それに、俺はエーベルハルト殿下と同級生だから、そのルートから情報を集められる」
「ハル? あっ、なるほど……」
「実際、さっき殿下に確認取ったんだけどな……生存報告のためにも、後で写真撮らせてくれ」
「うん。いいよ」
……これでだいたい言うべきことは言っただろうか。
気分を落ち着けて切り替えるためにタオルを取って息を吐くと、ちゃんと服を身に着けていたマリーがじっと俺に視線を向けていた。
「……なんだよ」
「別に~。せっかく素顔を隠してるんだから、もっと感情的に自由になっていいのに、『村長』の仮面が全然剥がれないなーって」
「剥がされても困る」
自分で言うのもなんだが……今、村の仕事の大半を担っているのは俺だ。常に気を抜かずにできること全部やるって勢いでこなし続けないと、そのうち仕事に圧殺されかねない。
村のためというのは確かにあるにしても、俺自身が潰れてしまわないためにというのも大いにあったりするわけだ。だから安易にこの仮面は放棄できない。
「……そうやって仕事仕事ばかりで揺らぎもしないと、打ち解けられてないみたいで寂しいじゃないか」
ぽつりとこぼれたつぶやきに、俺は少しばつの悪さを感じた。
思えばマリーも不憫な身の上だ。暗殺者に狙われて故郷を追われ、身を案じてくれる家族とも離れ離れ。毒を盛られて体も弱り、身を守るためとはいえ見知らぬ土地で独り実質的に軟禁状態だ。ふてぶてしさが目立つとはいえ、それはあくまで表層的な態度。内心、人恋しさを感じていてもおかしくはない。
酒を呑んだ時にやたらベタベタしてきたのも、その現れと言えなくもない……か。
「俺は――」
仕事をこなして村の情勢を安定させることが優先事項。人間関係についても一番の課題としていたが、考えてみると意識していたのは住民同士の対立や諍いへの対処が主であって、俺自身の人間関係については……正直、あまり意識していなかった。
仕事を全力でこなし続けることだけが最適解じゃない、か。
それにマリーはエーベルハルト殿下の――友人の姉だ。居心地が悪い場所と思ってほしくはない。
「……隠し事を話してくれなかったのは仕方ないが……信頼してくれてないのかと思って少し悲しかったし、ムカッとした」
まさか俺からそんな言葉を引き出せるとは思ってなかったのか、一瞬マリーの表情が固まり唖然とし――直後、弾けた。
サーッとこちらに接近してきて、ぺしぺしと軽く腰のあたりを叩いてくる。
「こういうのだよ、これが欲しかった! なんだよレスターも言えるじゃないかちゃんと本心がさ~」
「こんなん言って不快に思われたら問題だから言わないでおこうってのも本心だよ」
「責任とか義務に徹する人も素晴らしいとは思うけど、ちょっと責任から離れて自分を曝け出せる人の方が好感を覚えるよ!」
村に来て長いこと抱えていたフラストレーションが解消されたせいか、妙に美味そうにスープに口をつけている。
……なんか前から思ってたけど、マリーって怒らないと不気味とか評したり、人の負の面に着目することが多いよな。
さっきも「村長」の仮面を剥ぎたいとか言ってたし。人の悪性や醜悪な部分を好むような露悪趣味でもあるのか? ……というのはちょっと違うよな、多分。仕事に徹することのできる人も素晴らしいと評してもいる。
責任、役割、というのがキーワードか。となると、今までの言動や素性から考慮するに……。
「……マリー」
「なんだい?」
「公務から離れて負担を親兄弟に押し付けてる罪悪感は分かるが、他人が責任から距離を置く姿を見て共感と安心を感じようとするのは感心しないぞ」
「ヴォアアァ!?」
……それらしいカマかけをしてみたが、図星だったか。車椅子にブースト機構でも積んでいたのか、とんでもない勢いでバックしていく。
あと口に含んでいたスープがぶちまけられてひどいことになった。
仮にも皇帝の血筋なんだから動じないようにしてほしいが、10年以上も公務の場から離れている上に、そういうのが嫌で出奔した側面もあるだろう。殿下も公の場でなければそういう部分ゆるっゆるだし……細かい部分が妙に似てるなこの姉弟。
「何で急に刺してくるかなぁ!?」
「吐くなよあとせめてはぐらかせよ」
「ごめん。あとおかわり」
「
……ある意味料理人冥利に尽きるとも言えるし、別にいいけどさ。
「何でそんなの分かったのさ」
「普段の言動からの推測と、あとは勘」
「それがスッと分かるのちょっとキモい」
「キモ…………気持ちは分からなくもないんだよ。俺だって侯爵家の仕事から逃げてたクチだ」
麻偵の仕事も元はと言えば縁故採用のようなものだし、父上から斡旋された領主の名代にしても大事な仕事だ。結局、俺は心の問題でこれを全部投げ出してしばらく師匠と旅をしていた。
責務から逃げている時の気持ちは、他の人よりかはまだ理解できる方だろう。
そもそもサラク村の村長にしても、建前の上では領主が任命したものだしこれもそういう仕事の一環か。出戻りと言ってもいいかもしれない。
「だったっけ? なんか麻偵の印象が強くて……」
「辞めた後はフラフラしてたよ。結局水が合わなくてこうなったんだけど」
「なんか意外だね、責任感の塊みたいに見えるのに」
「責任感の塊はこんな趣味性あふれたホテルなんて作らないし自分から料理人なんてやらないよ」
「……言われてみればそうかも」
結局、俺は師匠の言う通り何も極められなかった。料理だって趣味と実益を兼ねた範疇がせいぜいだ。
そういう意味で言えば、マリーは俺とは対極か。自分の道を早くに見つけ、家から離れてでも能力を極めてその筋で最高の功績を上げているのがマリー……心理的な問題で仕事を投げ出し投げ出し今まで誤魔化しながらやってきて、侯爵家という大樹からもたらされる恩恵と責任に
責任感があると言うより、責任で自分を雁字搦めにしてないとダメになりそうなんだよ。
「責任から逃れたことを後ろめたく思わなくていい。結果を出しているんだから、それが一番の道だったと胸を張るべきだ」
「そんなこと言っていいのかい? もっと無責任になるかもしれないよ」
「その責任を取るのが村長の仕事だよ」
そりゃ素性を聞いて胃が痛くはなったし今も痛いが、それは俺自身の問題であって意図して俺に危害を加えにきたわけじゃない。
今より無責任になったとしても、それを自覚してそう申し出ている時点で他人を慮ることを忘れるほど無責任にはなりきれないだろう。
「じゃ、無責任ついでにおかわり」
「いつの間に食った?」
……ともかく、手始めはサンドイッチのおかわりというところか。
「レスターって絶対ボクのこと好きじゃない?」
「毒が脳にでも回ったのか?」