まってい貴族とTSキメラの地元復興計画   作:桐型枠

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 三人称ありです。



46.変なから騒ぎ

 

 

 フェデリカが村に来て以降、サラク村の食事風景は様変わりしている。これはフェデリカ経由でハンターギルドからマリーの情報が漏れることを、レスターが憂慮したためだ。

 一晩のみ、それもレスターが真隣で目を光らせ続けている状況であればともかく、毎日のように食卓を共にしていればいずれは露見する。

 そのため、食堂で一同に会して食事をするこれまでの方式は一時的に撤廃された。マリーはクリスによる護衛のもと、自室で食事を取ることになっている。この日は、リンデも半ば暇つぶし的に同席してた。

 そんな中、突如としてマリーの口から放たれた正気を疑う発言に、クリスはリンデと共に表情を歪めた。

 

「無いな」

「無いでしょ」

「ありえん」

「うん。無理」

「そんな全否定する!?」

 

 レスターはマリーのことが好きなのではないか。その憶測に、二人は全力で否定の言葉を返す。

 付き合いはそれほど長いわけではないが、二人が理解しているレスターの性格上、他人に好感を抱くことこそあれ恋愛感情を持つには至らないだろうと考えていた。

 貴族の家に生まれた彼の人生において、恋愛というものは基本的に縁遠いものだ。麻偵の経験故に自分自身を駒の一つとして扱うことにも躊躇が無く、結婚をするとしても常に政略結婚を前提としている。特定の誰かに明確な好意を向けることは、そうそう無いだろう。

 

「まあ少し話を聞いてくれたまえよ」

「私の意見は変わらないぞ」

「まあまあ姉さま、ちょっと聞いてみてもいいじゃない」

 

 手元のタブレットに表示された語学学習用の絵本に視線を落とすクリスだが、リンデにこのように言われてはまったくの無視というわけにはいかない。

 仕方なしに、クリスはゴーレムの集音機構にも似た頭頂の耳だけを動かした。

 

「もちろん根拠はあるんだよ」

「ちゃんとした根拠かは疑わしいが、まあ聞こう」

 

 クリスの感覚はこれを嘘と感知しなかった。

 一方で、マリー本人に嘘をつく気が無くとも、勘違いや思い込みをしている可能性も高いとも感じた。十中八九、ただの自意識過剰だとアタリをつけてすらいる。

 

「いやー……ほら、レスターってば、やけにボクへの理解力が高いんだよね……」

「私への理解力も高いが?」

「姉さまの場合なんかニュアンス違くない?」

 

 この場合、高いのはクリスの要領を得ない話に対するレスターの読解力である。

 そして幾度もこんなことを繰り返したおかげで、何を言いたいのかをより正確に汲み取る力をも養いつつあるが、マリーの思う「理解力」とは少々趣が違っていた。

 

「内面を見透かされてる……って言うのかな」

「単にレスター様の観察眼が優れているだけではないのか」

 

 レスターは元麻偵であり、領内の治安維持に携わっていた立場だ。違法な物品のやり取りに関わる人間を見抜くためには、ほんの些細なことでも見逃さない注意力と、その人間のあり方を暴く洞察力が必要不可欠である。ひと月以上の付き合いともなればより精度は高くなり、内面への理解力も深まるものだ。

 当然、対象はマリーに限った話ではない。

 

「ボクのやりたいことは積極的に支援してくれてるし、先手を打ってお世話も焼いてくれるし」

「効率を求めた結果じゃないのかしら」

「それを恋愛感情の現れと言うのなら私など明日にも求婚されかねんぞ」

 

 レスターがクリスのために行ったことは数多い。サラク村の復興事業のみならず、レスター個人の護衛という形でアシュクロフト侯爵家への士官の希望を間接的に叶えてもらってすらいる。

 更には学院のツテを用いて便宜を図り、クリスにできない事務仕事などを率先して片付け、村の発展のために精魂を注ぐ。前提条件が異なるため単純に比較できることではないが、期間、質共に一個人の善意と言うにはあまりにも大きすぎるものを貰っていた。

 仮にマリーの言葉が正しいなら即日挙式コースである。

 

(それはそれでアリね)

 

 そうなれば、村の体制は盤石。晴れて本物の家族となり、兄のような存在が本当の義兄になる。

 これはこれでリンデとしては嬉しい話だったが、そうはならないからこそのレスターであるということも彼女は理解していた。

 そもそも、クリスの求めに応じてサラク村復興を掲げたこともマリーの要望を逐一聞いていることも、本人の希望と実利とを可能な限り両立させるための手段だ。

 サラク村復興が成功すれば相応の税収が得られるのみならず、国家間貿易の経路が増えることで莫大な国益に繋がる可能性がある。その上で規格外の戦闘力を誇るクリスと、タブレット開発者のマリーという最高峰の人材まで確保できるのだ。身を粉にして胃に穴を開けながらでも働く価値があると言えよう。

 いずれにせよ、善意も厚意も前提にあるとはいえ、レスターの支援はそれだけに由来するものではないのは確かだ。

 

「気の多いやつだよね!」

「現実を見るんだ。あの方はご実家のために政略婚以外視野に入れておられない。どう見てもあなたはいいとこ良き友人だ」

「だったら今朝ボクにデレたのは!?」

「友人として真摯な対応を心がけているだけだろう。ディーン様もあんな感…………あんな感じだった」

 

 クリスの脳裏には、53年ほど前の情景がありありと浮かんでいた。

 領民のために心を砕き、手段を尽くしてなるべく願いを叶えようと奔走するディーン。

 時に貴族と平民という身分差故に引いている一線を、自ら踏み越えて親身に説得や鼓舞をして回るディーン。

 そして一線を踏み越え心理的な障壁が薄れたせいで、慕われ尊敬されると共に変な勘違いや厄介な好意を呼び込み胃を痛めるディーン。

 クリス自身もそのあり方に救われた一人ではあるが、いつか変な解釈違いを起こした味方に後ろから刺されて死ぬのではないかと気が気ではなかったほどだ。

 なお、実際に後ろから刺されて死んだのはクリスである。

 

「むしろこれ……どっちかって言うとマリーちゃんが兄さまに恋してるみたいね」

「ハハハそんな恋って……そんな……」

 

 手を振りながら否定の言葉を述べた時、マリーの頭によぎったのはレスターと出会ってからこの日に至るまでの出来事だ。

 まだ誰とも知れなかった時期から、目が覚めるまで徹夜で待っていたことから始まり、村に来るまでも来てからも様々な便宜を図り命を守るために全力を尽くしていた。

 そこへ来て、全てが全て利害関係ではないということを証明するかのように、一歩踏み込んできた。

 振っていた両手をすぐに顔の前に持ってきたが、上がる体温は止まらなかった。

 

「違う……よ?」

「これ上手くいけばこのままベッドになだれ込む流れ?」

「されるはずがないだろう、レスター様がそんなこと」

 

 貴族が衝動に任せて()()()()例は枚挙にいとまがないとはいえ、レスターはマリーがシムゾニア皇帝の血筋と知って胃を痛めていた本人である。自ら更に胃を痛めつけるような真似をするとは考え辛かった。

 

「でもちょっと不憫よね。初恋が叶いそうにないって」

「初恋?」

「だって自分の気持ちがわかんなくってあんなことになるんだから、絶対そうよ」

 

 リンデはうおうおうおと呻くだけのナマモノと化しているマリーを指差した。

 マリーに友人がいなかったというのは、他でもない彼女自身が明かした事実だ。必然的に異性との接触も少なく、研究に没頭していて孤立していたり特異な出自をしていたりと、恋愛に縁が無かったのが実情だろう。

 故に勘違いを起こす。自分の感情を相手の感情と取り違える。子供のような思考の乱れだが、子供もかくやというほどの経験の薄さというのならばある程度は致し方ない。

 

「すごい発明家って言っても平民だし、せーりゃく結婚って貴族同士がやるものでしょ?」

「正確には家や国の利益のためだな」

「うん。で、結婚するならそのことを外にお知らせしないといけないし、マリーちゃんも表に出ないといけないから安全も守れなくなるわよね。兄さまがそんなことするはずないわ」

「そうだな……そうだな?」

「どうしたの?」

「いや……何か……こう、微妙に何かが引っかかるが……」

 

 私では説明ができないのでやめておこう。クリスは首を振って口を閉ざした。

 リンデはマリーがシムゾニアの第二皇女であることを知らない。「引っかかり」の差は、この前提条件の有無だということはクリスにもすぐに見当がついたが、それを教えるのはレスターとの「口外しない」という約束を破ることになる。

 ただでさえ思考の言語化というのは、まだ勉強中のクリスにとっては苦手分野なのだ。下手に話せば混乱させるだけ、と判断した。

 

(まあ……継承権を放棄? して、扱いは平民と同じと言うし、解釈はリンデのもので正しいだろう……)

 

 クリスはそこにわずかな安心を覚えたが、それが何を意味するのか自分でも理解できず内心で戸惑った。

 表情にこそ出ないが、動揺が表に出やすいのがクリスの悪癖である。本人も気付かないうちに体の動きはギクシャクし始め、ほのかに頬が紅潮する。

 そんな未経験の感情に翻弄されて半ばパニックに陥っている二人を見ていると、リンデはなんとなく心が豊かになるのを感じた。

 目に見えないピンク色のオーラを感じ取ると、そのうち自分の見たい何かが起きる予感がして下世話な茶化しがどんどん頭に浮かんでくる。

 

(我慢よあたし!!)

 

 しかし、そんなものを言葉にすれば二人はツッコミのために正気に戻り、悶々とした気持ちを吹き飛ばしてしまうだろう。

 夜の自治体経営に発展させるには、じっくりとこのピンクなオーラを育て上げなければならないのだ。

 

 ――各々、思考に没頭している三人は気付かない。継承権を放棄したからと言ってシムゾニア皇帝の実子という事実が消え去るわけではないし、平民では政略結婚の対象とならない、という問題も概ねクリアされることに。

 

 一方、資料と睨み合ってその事実に気付いたレスターの父(エドガー)は遠方、領都の自室で一人胃痛に呻く羽目となった。

 

 


 

 

「あいつら何やってるんだ?」

 

 夜10時。俺は食堂で困惑のさなかにあった。

 2時間も経つのにクリスもリンデもマリーの部屋から全然戻ってこない。食事……にしては、ちょっとどころじゃなく長すぎる。

 マリーの仕事でも手伝わされていたりするのだろうか? だとしてもリンデがいつまでも残ってる意味がよくわからないな。

 まさか、襲撃を受けているということはあるまい。仮に暗殺者が来たとしても、即座にクリスが対処するだろうし俺に連絡が来ない事自体がありえない。

 

「……アタシ見てこようか? 村長さん」

「いえ、ありがたいのですが、そういうわけには……」

 

 夜の鍛錬を終え、夜食の砲弾エビ団子を浮かべたスープを口に運びながらフェデリカさんがそう申し出てくる。

 見てくるってことはマリーの部屋と素顔まで見られるわけだからな。当然そういうわけにはいかない。かと言って俺が席を外すわけにも……うーん……せめてリンデでも戻ってきてくれれば、見張りについてもらって俺は風呂掃除に行けるんだが……。

 

「ところで何でこのスープ? いや美味しいんだけど……手間、かからない? アタシ、おにぎりとかでも問題なかったけど……」

「深夜におにぎりは脂肪になりやすいので。それに、私もトビーから信頼を受けて村に滞在いただいている立場です。体調管理も仕事のうちということで、お気になさらず」

 

 砲弾エビは珍しい陸生のエビだが、概ねその特性は水棲のエビに準ずる。

 身質はプリプリしていて、低脂質で低カロリー、そして高タンパク。適切な処理をして土臭ささえ除けば良質なエビそのものだ。

 フェデリカさんは最高位ハンターであると同時に、トビーたちのバンドの歌手でもある。間食で太らせてしまうわけにはいかないので、多少の手間をかけてでもこうして食事に気を配る必要があった。

 運動量に対する食事量については、朝昼夕の三食で問題なくまかないきれているのだが……どうしても腹が減ってしまう分には仕方ない。そこで我慢を強いてストレスを溜めてしまうのも良くないだろう。

 

「あ、タブレットで連絡するのはどうかな……」

「そうですね。少しお待ちください」

 

 流石にこれで反応が無いってことはまず無いだろう、と考えてクリスのタブレットに連絡を入れる。

 と、なぜか画面に映し出されたのはリンデだった。

 

「……あれ、リンデ? もう10時だぞ。今何してる?」

『いい空気吸ってる』

「なんて?」

 

 2時間近く連絡入れてこなかった同居人が急に胡乱なことを言い出したんだが俺はいったいどうすりゃいい?

 

 

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