クリスとマリーが突然挙動不審になるというよくわからないハプニングこそあったが、フェデリカさんが村に来て以降、マリー絡みの件を除けば問題なく半月ほどが過ぎた。
ここで言う「問題ない」とはサラク村における通常営業という意味で、毎日のように魔獣は出てくるがそこはまあ置いといて。
季節は初夏。日差しが強くなり、本格的に衣替えが始まる頃。とある村の住民にもちょっとした変化が訪れていた。
「……うん、上手くくっついてるな」
「ホー」
ついに、フローの翼を保護していた包帯と添え木が取れたのだ。
怪我を負ってから約ひと月。普通の鳥よりも治癒が早いが、一応は魔獣の一種なのでこのくらいの回復力はあって当然だろう。
畑の近くなので気兼ねする必要はない。フローは翼の具合を確かめるため、その場で何度かバサバサと動かしてみせた。
「飛べるのかしら?」
「どうだろうな。筋力はそれほど落ちてないと思うんだが」
なるべくタンパク質やカルシウムを摂取させるようにして、外から動かして衰えないようにと心がけはしたが、なにせ鳥だ。ヒト種のリハビリメニューの応用がどれだけ効力を発揮しているかは分からない。
「では、練習をさせてみましょう。墜落しそうなら私が」
「そうだな。任せるよ」
先日の挙動不審な様子はどこへやら。今日もクリスは完璧に、まさしく騎士の如き振る舞いを見せている。
速度も安全性から考えても、クリスに任せるのが一番だな。問題はフローが怖がらないかだが……ここしばらく一緒にいるし、暴れることは無いだろう。
「ちょっと試しにクリスのところまで飛んでみようか」
「ホー」
返事を確認し、クリスから50mほど距離を取る。そしてフローの止まっている腕を掲げてみると――数秒ほどタイミングを取った後、見事に羽ばたいてクリスの腕まで到達してみせた。
おお、と小さく歓声が上がる。次に、クリスから俺の腕の方に戻ってくるのも成功した。
「もう少しいけそうだな」
「ホッホー」
というわけで今度はフェデリカさんとマリーとリンデも交えて円を形作る。この内側で自由に飛んでもらって、墜落しそうなら救出に入るという寸法だ。
そうしてさっきと同じように腕を掲げると、さっきよりも早いタイミングで飛び始め、俺たちの周囲をくるくると旋回などしてみせた。
少しフラフラしているが、徐々に安定性も増していく。休み休みで飛んでたのがどんどん長時間飛べるようになっていった。
再び俺の腕に戻ってきたときにはだいぶ疲れているようだったが、久しぶりに自由に飛び回ったからか満足そうだ。花を食べる速度もいつもより早い。
『いやぁ。完全復活でいいのかな?』
「だな。まだ少し問題はあるだろうけど」
体力は戻りきっていないし、場合によっては狩りの感覚も戻りきってないかもしれない。人間と一緒に生活していたせいでにおいも付着しているだろうから、下手すると仲間に受け入れてもらえないということだってある。
その辺まで含めての課題だが、今の俺に解決できることでもない。
苦しいが、人間が手を貸せることでもない。いずれ野生に戻る可能性を考えつつ、撫で回してた俺たちも俺たちだが……残るなら残るで責任は持つつもりなんだけども。
「ホー……」
「どうした?」
「治っちゃったって感じの声ね」
「なすてほいなこどが分がんだ……」
なんか一見そういう能力の持ち主にも見えるが、全然そんなことは無い。単にクリスよりも表情や感覚がわかりやすいから読み取れているだけだ。
クリスが表情から読み取れなさすぎるだけとも言う。雰囲気はわかりやすいんだけど、付き合いが多少でも長くないと感じ取れすらしないからな。
この分だと人間に対しても応用できるだろう。流石に密偵のように感情を表に出さないことに長けている相手には通用しないだろうが、普通に生活する分には色々役立つはずだ。
……ちゃんと役立ててくれるかは別として。十中八九エロの追求に使うだろこいつ。
「んんっ……治っちゃった、っていうのは?」
「怪我が治っちゃったら、どうするか選ばなくっちゃいけなくなるでしょ? 選ぶって苦しいことだと思うの。特に、どっちも選びたいって時は」
『野生で仲間のもとに戻りたい気持ちもあり、ここでのんびりしたい気持ちもあり、ということだね』
「怪我してる時なら自分から選ばなくってもいいけど、治っちゃったら……ね」
変な話、学院在学中は何も考えなくてもいいが、卒業となると就職先を選ばないといけなくなる……みたいなのと通じるところもあるだろうか。
……悩むくらいには今の生活に愛着を感じているらしいのは、良いことやら悪いことやら。野生に戻り辛くさせてしまったというのは確かなんだが……野生は野生で過酷すぎるからなぁ……。
「レスター様はどう思われますか?」
「選ぶのはフローだ。俺がゴチャゴチャ言っても仕方ない」
『うわ無責任~』
「責任は取るさ。何を選んだとしても俺にできる範囲でサポートする。ただ、それでも選ぶことだけは
フローは選択肢に対して悩みや迷いを見せることができるほど知能が高い。
そうであるが故に、他人から言われたからこっちにした、ではいずれ何らかの形で歪みを生む。納得ができなくなる。それに、結局俺からの視点でしかものが言えないので、思いもよらぬ解決策なんてものは生まれない。知識くらいは出せるかもしれないが。
「ホー……」
フローは腕の中からたっぷり一分ほど俺の顔を見返した。
やがて悩むのも終わったようで、胸元にグリグリと頭を押し付けた後、振り返ることなく空へ飛んでいった。向かった先は、森の方だ。
「あっ……」
「そうか……そうするのか」
リンデに続き、クリスが寂しげな声を漏らす。出会った時はおのれ鳥類風情が、なんて言ってたしフロー自身にも怖がられていたものだったが、無害と分かって共同生活も送れば情も湧くのだろう。俺もちょっと胸の奥から込み上げるものがあった。
『これから忙しくなるね』
「なぜだ?」
『ほら、レスターがサポートするって言っちゃったでしょ。あの感じだと色々手を広げそうだしね』
野生に戻るのだとしても、別に村に戻ってきてはいけないわけじゃない。いつでも休みにきていいし、いざとなれば避難しにきても受け入れられる。
ただ、そのためには止まり木や主食の花はあったほうがいいし、森の中それ自体も手を入れて環境を整えた方がいい。
群れがあるとして、その中に受け入れてもらえなかった時のことも気にかけておかないと。ちょっとでも関わってサポートするって豪語した以上、これは俺の義務と言えるだろう。
「……気を取り直して、畑の世話を終わらせよう。今日の仕事もちゃんとこなさないとな」
「兄さまは寂しくないの?」
「寂しいけど、俺がそれで取り乱したり村長の仕事ができなくなったら問題だろう」
自治体の長としてそこは判断を誤るわけにはいかない。
こんなこと言ったらまたマリーに村長の立場剥がしたいなんて言われそうだが……まあいいか。
――そんなこんなで作業を始めて一時間ほど。突如、クリスが上空に目を向けて、いまだかつてないくらい眉根を寄せて困惑していた。
「どうした?」
「……レスター様。その……フローが帰ってきてます」
「……は?」
クリスが指差す先に目を向けると、なるほど。そこには確かにフローの特徴的な赤い影がある。
『……なんか多くない?』
……そして、なんか妙に多い。
赤、青、黄、白。色とりどりの影が編隊を組んでこちらに向かってくる。
ひい、ふう……待ってくれ。なんか30~40羽くらいいない?
な、何だ……お別れの挨拶……的な?
「「「「「ホー」」」」」
「おあーっ!?」
「レスター様ーっ!?」
違うわこれ! 群れと合流して全員連れて帰ってきたんだこいつ!
すごい勢いで群がってくる! 痛いとかは無いけど重いし暑い!!
『あー……よくよく考えるとこうなるか……』
「何か分かったのか博士!?」
『野生の過酷な環境下にいた頃はずっと命の危機に晒されてたけど、飼育下に置かれてそれも遠ざかっていい暮らしもできてたからね。仲間も一緒にそういう環境で住みたいと思っても自然なんじゃないかな』
「う、うむ……」
食事が毎日ちゃんと摂れて時によっては嗜好品も食べられ、雨風をしのげる安全な住居があり、体を清潔に保つための水場も完備。
……と考えると、仲間を呼ぶのもおかしなことではない……のか?
「あと村長さん、さっき責任は持つって……」
「…………」
言ったな。
言ったよ。
いや、正直フロー1羽に関しては、って話のつもりだったんだが、言っちゃったからなぁ。
「フゴッ」
「申し訳ありませんがその、口が塞がっていて聞こえません……」
「フガ」
顔にまで張り付きやがって! この赤いのはフローか!?
ええいと引き剥がして改めて。
「改装だ」
「改装って何の?」
「今のままじゃ鳥小屋が狭すぎる。ここにいる全員を収容してもまだ余裕があるくらいまで拡張するぞ……!」
『まだ増える見込みがあるんだね……』
そらそうよ。
花フクロウは今のサラク村周辺では圧倒的弱者。同族の匂いを嗅ぎつけたり、この花フクロウのうちの何羽かがフローと同じように仲間を呼び集めたりしたら、すぐにでも数が増えてエラいことになる。
絶滅が危ぶまれている以上何千や何百とかにはならないにしても、今の倍くらいは覚悟しておかないと。
「こ、これだけの数を養い切れるのですか?」
「それに花フクロウは偏食が激しいって……」
「好物についてはアテがあります」
……サバルの街の花屋の店員さんだ。彼はフローの好物を見抜いた実績がある。
一方、これだけの数がいるとなると、やはり出費はそれだけ増えてしまうが……。
「金についてはあまり心配はいらない。換羽期に抜けた羽根で香水を作れば十分な稼ぎになる」
鳥の換羽期はだいたい春と秋。暑くなっていく時期と寒くなっていく時期だ。
初夏の今もだいたいその範疇だろう。まとわりついている花フクロウたちを優しく引き剥がしつつ、周りに何本か落ちている羽根を拾い上げて示す。
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アシュクロフト家がお墨付きみたいな売り文句でもつけたら完璧だ。母上や
「が……それだけでいいとは言い切れないな」
「羽根がお金になるだけじゃダメなの?」
「ダメじゃないけど、印象がな。できれば何か仕事はあった方がいい。村の住人からの受け入れられ方が違う」
何の仕事も無くたって、国の方針で保護しないといけないからと説明するのは簡単だ。
けど、それではただ「村長が保護してる鳥」でしかない。かわいいし賢いし愛着も湧くが、実際に一緒に暮らしている俺たちほど入れ込みはしないだろう。
「これから村に来るだろう人には花フクロウを村の住民だと思ってほしいんだよ。羽根を採取して金に換えるだけの経済動物と思われると、軽んじられる可能性が高い」
『ガラの悪いハンターが村に来たら、鶏なんかと似たようなものと考えてこっそり狩っちゃったりするかもしれないわけだね……』
「そんなことは――あ……うん、ごめん、無いって言い切れないかも……」
それで万が一フローが変な奴の手にかかってみろ。俺村長の立場返上してでも犯人殴り殺しかねんぞ。
そんなことしないけど。
しないけども!
「村の住民、よき隣人、仕事仲間……親しみやすく、生活と密接した存在になればなるほど愛着が湧く。そうして仲良くなった住人は花フクロウに危害を加えようって奴を見逃せなくなるはずだ」
『村人同士の相互監視体制を敷くわけだね』
「花フクロウを村のシンボルにして、手を出すような人間は村の敵だぞ、なんて認定する手もあるが……」
俺はクリスに少し視線を向けた。
シンボル、とひと口に言いはしたが、要するに村の宣伝などのために花フクロウを最前面に押し出していこうという話だ。村の顔と言っていいだろう。入口や駅周辺にオブジェなどを設けることになるはずだ。
しかし、昔のサラク村の様子が分からないこともあって、安易にこれを採用してしまうとクリスの記憶している当時のサラク村と全く違うコンセプトになりかねないのがな……。
「姉さまの思うサラク村の形と違ったら嫌よね」
「いや……そこは気にしなくてもいい……」
「しかしな、クリスが唯一当時のサラク村を知ってるわけで」
「なんにもありませんでした当時……」
「あ、うん……」
コンセプトもクソも無かった。
「高位魔獣の巣窟だの戦争の原因だのという悪評が流れるなら花フクロウの村と呼ばれてほしいです……!!」
「お、おう……」
そしてある意味当然と言えば当然の言葉が告げられた。
クリスにしては珍しい、血を吐くような訴えであった。