「整列!」
「ホッ」
「「「ホーゥ」」」
……さて。クリスの思うところがよく分かったところで、花フクロウたちの仕事のことだ。
号令をかけるとフローの声に続いて他の花フクロウたちがバサバサと地面に降り立った。
『38羽いるね。個体識別のために写真撮っとくよ』
「ありがとう。で、さて――村に来てくれた皆には先に言っておかないといけないことがある」
「ホゥ」
「……村長さんがフクロウに演説カマしてるのちょっと異様だね」
『会話が成立してるのもね』
ええい俺だってこの光景の面白おかしさは分かっとるわい。
でも仕方ないじゃん、言葉が通じる程度の知能があるんだからさ、活用しないと損じゃないか。
俺のやってほしいことが正確に伝わるのなら、絵面はこの際気にすることじゃない。
「村で暮らすにあたって、皆にはちょっとした仕事をやってもらいたいと思ってる。話は聞いていた……か分からないが、これは今後村にやって来るであろう人たちに受け入れてもらいやすくするための措置だ」
……フクロウに人の言葉がどれだけ伝わってるのかイマイチ分からないが、俺が喋るとフローが逐一ホウホウ言って、仲間たちも真剣な様子なので多分ニュアンスは伝わっている。
ひと月近く一緒にいたから、フローに限っては多分俺たちの言うことは分かってるはずだ。
……分かってるよな?
「もちろん、怪我をしたり調子が悪ければ休んでもらって構わない。それで、仕事についてだが――」
花フクロウたちに任せたいことはいくつかある。
ひとつは畑の世話の手伝い。害虫駆除だ。
寄生虫の温床なので食べて駆除してもらうわけにはいかない――というかいいもの食べすぎてフローなんかは今更生の虫とか食べない――が、害虫を畑などに入れなければいいだけのことなので、どこかに追い出すなりしてくれればそれで十分だ。
次に偵察。フクロウは視力が高く夜目もきくため、人間よりも早く魔獣などの接近を感知できるはずだ。
お世辞にも強いとは言い切れないため、クリスやハンターとの協力が不可欠なのだが、うまくハマれば村内の治安維持の助けになることだろう。
輸送……というか、荷運びもいいかもしれないな。村内に限り。郵便は近年タブレットがあるからあまり使われないが、ハンカチやアクセサリーなどの小物類の配達などできそうだ。道案内なんかもできるかもしれない。
「……と、色々と挙げてみたけど、全部を毎日完璧にこなしてもらう必要はない。無理のない範囲で、休みながら皆でこなしていこう」
「「「ホー」」」
「休日ゼロの兄さまが何か言ってる」
「存分に俺を反面教師にしていいぞ」
休まないと体を壊すという前提は確かにある。
でも俺が仕事しないと今積み上げられてる仕事がどうにもならないし、これから積み上げられてくる仕事に手を付けることもできなくなるの。
もちろん体にも心にも何も良いこと無いので、こんな破滅的な仕事のやり方を見習ってはいけない。
俺もできればこんな状況脱したい。
どっかに敏腕事務員とかいねぇーかなぁー!!
「害虫駆除の手伝いですが、作物の花を食べてしまうおそれはありませんか?」
「流石に食べ尽くしはしないだろうし、体質に合う花を早めに見つけられると前向きに考えよう。市販されてる野菜とかなら取り返しはつく」
あと、多分必要さえあれば我慢くらいできると思うんだよ。
そもそも好物の花は色素や香気成分を取り入れて体に反映させるためのもので、必須栄養素とはまた異なる。そうじゃないと花が枯れる冬の間に全滅である。
その昔、花フクロウ狩りが流行したのは、冬になって色と香りが褪せる前に一番綺麗な状態で色を止めるため、というのがある。
今では栽培技術の発展によって年中花も手に入れられるようになったが、それと逆に無理やり食べさせまくって発色を、なんて話も……いやそれはいいや。気が滅入る。
ともかく、野生環境ではどうしたって花が食べられない期間があるだろうから、我慢できる程度の能力はあるはずだ。
仕事中は我慢してもらい、ないしは別の区画で頑張ってもらって後でちゃんと好物を与える、という方式がいいだろう。
「一回やってみてもらうのってどうかしら。何か問題あるかもしれないし」
「そうだな。皆、ちょっと虫を取ってきてくれないか?」
「「「ホー」」」
任せろとばかりに声を上げて、花フクロウたちは低めに飛び上がった。
何も指定しないままでは俺たちの上に降り注ぎかねないので、クリスが氷で大きめの受け皿を作って準備完了。
そうしていると、みるみるうちに積み上がるわ積み上がるわ虫の山。最初は皆も驚きと称賛で迎えたが、量が増えるごとに徐々に真顔になり、蠱毒でも作る気かといいたくなるほどこんもり山盛りになったところでリンデの顔が青ざめて、マリーはゴーレムの視覚と聴覚を一旦切ってしまった。
クリスは無表情だが動揺して固まっているし、一番慣れているはずのフェデリカさんすらドン引きしている。俺もドン引きしてる。
花フクロウたちの優秀さも、まあそうなんだが、こんな大量に虫がいたのかという驚きもまあまあデカい。忌避剤とか使ってないから、こうもなるだろうと言われると……なるかもとは思うが。
「これは……また大量な……」
「周りがほぼ手つかずの森で、薬とかも使ってないならこのくらいになる……のかな……」
「土地柄……魔力の影響が強く出ているのだと思われます。魔獣の数歩手前のような状態ではないかと」
クリスは氷で作った容器に入ってきた虫を凍結させながらそう推論を述べた。
魔獣化なぁ……別にそんな珍しいことでもないんだが、これが虫相手となるとちょっと厄介だ。世代を重ねるペースが早いからすぐに変異が定着してしまう。
土地を改良するとかの有益な変異ならいいんだが、毒が強化されたり体が大きくなったり頑丈になったり、手に負えない類の変異を起こすことも多いから困るんだ。
「あたしよく知らないんだけど、普通の生き物が魔獣になるの?」
「とはちょっと違うんだが……」
マリー……は、ビビって未だに出てこられないから解説は期待できそうにない。
俺の方で言うしかないか。
「今生きてる生物がうにょうにょ変形したりするわけじゃないんだ。魔力や環境の影響を受けた生き物から生まれる子供が、ちょっとずつ変形や変異を起こしていくような形だな」
「魔力が作用して魔獣になってく……なら、人間は?」
「目の付け所がいいな。『魔力の作用で変異した生物』で、広義で言えば現代の人間も亜人種も皆魔獣の近縁種……っていうのは学問的な話になるから一旦置いとくけど、乱暴な言い方するとそんな変わらないのも事実ではあるよ。じゃなきゃ魔法とか使えないし」
一般的によく言われているのは、人間は魔力を扱うことに特化するために体内構造を変異させていったんだという話だ。
亜人種はそこから派生して肉体の強化も両立させるために進化した……とも。いずれにしても学説でしかないから実態がどうだかは分からないんだけどな。
学説だけならそれこそ亜人種はキメラの子孫と唱えてる学者もいるし。
「例えばよ? 例えばの話だけど」
「やけに念を押すな」
「姉さまと兄さまの間に子供が産まれたりしたらどうなるの?」
「は!?」
思わずといった様子でクリスがすごい勢いで振り向き、手元の凍らせた虫が粉々に砕け散った。
フクロウじゃないんだからそんな勢いで振り向くと首痛めるぞ。
「えと……さ、こういうこと言うと失礼だけど、キメラと普通の人って子供できんの……?」
フェデリカさんの疑問ももっともだ。普通は同種や近縁種の間でしか子供は作れない。
では人型キメラはヒトと認められるのか――というのは、まあ昔なら紛糾したんだが、今はこの辺の条件も解明されてるので別に大した問題でもない。人型キメラの希少性のせいでそもそも資料を確認する人自体が少ないという問題はあるが。
「ええ。魔法で人の形に押し留めていると言ってもそれは人間の因子、遺伝子あってのものです。このあたりをまとめたレポートも学院に収蔵されているはずですよ」
「レポート?」
「ええ、40年ほど前、クリスたちと同じような境遇の方が一般男性と結婚された後、子供が産まれるまでが記されていまして……」
「とんだエロ本を収蔵してる破廉恥学院じゃない。羨まいやらしい……」
「真面目な学術書だよ?」
そのレポート自体も、あくまで普通の人間と亜人種はちゃんと子供を作れるのかを解説している書籍の副読本だ。帝国との関係強化のため、両国の貴族が婚姻政策を行うことも珍しくないからな。
確かにそりゃ血を繋ぐ行為としての性行為について記述はあるが、断じてメインではない。
……想像力豊かな学生はいたけども!
「で、子供が……そういう場合はどの形質が出るかは分からないそうだ。混ざった状態では産まれないと思うが」
肝心の子供についてだが、これは虫の方が出るか氷狼の方が出るかはまたは別の何かが出るかは完全にランダムだ。
レポートの事例では、母体の特徴として出ている雷牛や水晶蟹の特性ではなく、材料の一部としてのみ用いられている海龍の特徴が子供に出てきて大混乱が起きたりもしている。確実にコレと言い切れることは無いんだ。
「竜人族みたいな亜人種は?」
「そっちは特性が強めに出るか弱めに出るか程度の差しか無いな。完全に特徴を引き継ぐこともあれば、普通の人と変わりないような見た目になったりもある」
「なるほどねー」
王都なんかだと混血が進んでいるので、子供の見た目だけで親を判断できないとも聞く。普通の子だと思ってたら両親のどっちかが亜人種だったとか、兄弟姉妹が見た目から何から違いすぎるとか、ここ十数年は普通の光景になってしまっている。
立地と国の成り立ちから流石に無いとしても、そのうち国同士で合併でもするんじゃないかとすら言われているほどだ。
「それにしてもこんなに害虫駆除が楽になるなんて……益虫まで取らないように教える必要は……まあ、あるだろうけど」
「そうですね……」
フェデリカさんも、粉々になった氷塊の中にいた蜂らしき影を見つけたようだった。
毒を持つ種類は確かに害虫と言っていいんだが、ミツバチのように花粉の媒介をする種類は駆除してほしくないところだ。アブなんかも、媒介者の役割を果たしているし、人を刺したりしない種類は残しておきたいな。あとは蜘蛛に、肉食性のテントウムシ、トンボ、屍肉食のスカベンジャーの類……賢いから、多分教え込めば学んでくれるだろう。
「村が拡大する頃には、きっと個体数も増えていることでしょうし、村の農家が皆この恩恵を受けられるかもしれません」
「おっ母に移住薦めよっかな……」
「歓迎しますよ」
「あ、いや……多分無理だけど……北部で遠いし……」
まあリップサービスだろうな。引っ越さないといけない理由があるわけでもないし、たいていの人にとってみてば故郷をわざわざ離れる選択肢を取るわけもない。
でも仮にそうなってくれるなら農家が村に来てくれるってことだから滅茶苦茶ありがたいんだよなぁ……他で募るしかないか……。
「……そろそろ虫いなくなったー!?」
……あと、マリーはそろそろ外部音声の取り込みだけでも復活させたらどうだろう。
ゴーレムの中から微妙に響いてくる声を聞いてそんなことを思った。