食料、建築資材、衣類、他多数。3日ほどかけて父上に生活必需品を調達してもらって、俺たちは列車で再度サラク村へ向かった。
前回帰宅した際、俺たちは森を切り開きながら駅に戻ったこともあり、村跡に向かうのには前回ほどの時間は要さなかった。列車を使って1日半の旅程は同じで、そこから半日。適度に道を整備しながら進み、たどり着いたサラク村跡は、以前訪れた時よりももう少し荒れていた。
原因は放置していた魔獣の死骸だ。あの後、すぐに戻ってこられなかったこともあって周辺の獣に食い荒らされてしまったようだ。温暖な気候のせいで腐敗も進み、臭気が色々辛い。
「とりあえず片付けから、かな……」
「えっ、どうやって?」
「何を……どのように……?」
さて。俺たちがサラク村跡と呼んでいる場所だが、本当にただの「跡」だ。痕跡らしい痕跡は残っていない。森林地帯にちょっと大きめの空白地帯ができてるような状態だ。ここに魔法を使って軽く塀を建ててはいるが、多分高位魔獣相手となると楊枝でもへし折るように突破されるので気休めだ。
災禍の洞窟を中心に目立った木が生えていないのは、ワーム型の魔獣が地面を掘り起こしたり、草食の魔獣が樹木を食い荒らしたせいだろう。あんまり良いことではないが、当面の間森を開拓する必要が無いのは幸いといえば幸いか。
ともかくこの場所を中心として生活の場を構築していくつもりなのだが――早速だが問題が立ち上がってきた。森の獣が食い荒らした魔獣の死骸の処分だ。
「ちなみに参考までに聞きたいんだが、二人はどうやってあれを処理するつもりだったんだ?」
「う……埋める……?」
「森の生き物がこう……こう……?」
「どっちも土地が荒れるからダメだ」
「「えっ」」
なんとなく……ほぼ確信に近いくらいに予想はしていたが、この二人農業知識が無い……!
いや、俺も抜群に詳しいってわけじゃないけど、クリスはこれでどうやって自活していくつもりだったんだ。適当にその辺の獣を狩って野草を摘む、じゃ限界はあるぞ。
「そのまま埋めると腐って良くないガスが出るんだ。骨もなかなか分解されない」
「え……えっ」
「……50年も経ったら流石にその限りじゃないとは思うが」
思わずといった様子で足元を見るクリスへ一つ補足を入れておく。
当時埋めた何かがあるにしろ、当時の犠牲者を気にしているにしろ、今はもう分解されてしまっているだろう。
ワーム型の魔獣はいわば巨大なミミズだ。アレがはびこっていたこの周辺は、もう大半が浄化されてただの土になっているはずだ。
普通に戦えば軍を動員する事態になりかねないくらい強いので、危険性は極めて高いが、そういう意味であのワームも利点はあるわけだ。
「兄さまならどうするの?」
「兄……あ、俺か。そうだな……」
リンデは先日の件以降、俺のことをこんな風に呼ぶようになっていた。
元々末っ子だから照れくさいやら慣れないやらで反応がワンテンポ遅れるが、この辺にも慣れてくのがこれからの課題か。
「家畜の骨なんかの場合の一般論だが、肥料に加工することが多いから俺もそうするかな」
「どうやるのかしら」
「高温に晒して粉砕する。それを乾燥させたら骨粉って肥料になるんだ」
「へー……」
すげぇ簡潔だけど、確かこんな感じだった……はず。専門の業者がやってるから詳しくはないが。
ただ、詳しくなくてもやらないといけない状況ではある。自分たちの手で「村」を作り上げないといけない今、自力で作ることができる肥料はいくつあってもいい。
「どうしたって、これから生活してくには田畑が必要になる。当面の食料は貰ってるけど、領主に借りを作りっぱなしなのは村の運営上あまりよろしくない」
「借金と同じことだから、でしょうか」
「まあ、そんなとこ。早いうちに農業でも何でもやって自立するための体制を整えないと」
あの場ではやや厳しめに「2~3年」と期限を設けられたが、父上はあれで甘いところがあるので、泣きつけばもうあと2年くらいは猶予を延ばしてくれるだろう。
とはいえそれに甘えてばかりもいられない。変な隙を作ればよその領主から突き上げを食らうきっかけにもなりかねないので、早めに義務を果たしておくに越したことはない。
「……ってわけで、土地が荒れて農作物が作れなくなるのを防ぎつつ、肥料を手に入れるためにも俺からは骨の加工を提案したい」
「
「とっくに腐敗してるから焼却処分で……」
「そうですか……」
「魔獣の毛皮とかお肉って高級品だって聞くのに、もったいないわ」
「流石にその辺の獣に食い荒らされたり数日も放置したものは……」
魔獣に由来する素材は、その入手難度から総じて高値で取引されている。
魔力が通っているおかげで、冷気を放っていたりいつまでも暖かかったり、ものによっては鉄よりも硬くそれでいて布と同じようにしなやか、なんて代物もあって有用性が高く、貴族の間でも人気の品だ。また、理由は定かではないが高位魔獣の肉は総じて美味とされており、これも滅多に市場に流れない希少な肉として珍重されている。
クリスたちを回収した時は、流石に肉や毛皮をどうこうする余裕は無かったから仕方ないんだが……惜しいかと言われるとメチャクチャ惜しい。
手加減するような余裕が無いくらい強いから、毛皮を傷つけずに狩るなんて困難極まるし、市場に出てるものも大抵何らかの傷があって当然なんだもんな……それに肉なんて、食べた人に言わせてみれば至上の美味だとか。流石に誇張してると思うけど、いち料理人としては一度食べて調理してみたい。
「とにかくこれが俺たちの最初の仕事だ。張り切っていこう!」
「は、はい……」
「張り切っていこう!!」
「兄さま……何でそんなに気合入ってるのよ……?」
「気合入れないと作業がクソしんどいからだよ。死骸煮込むんだぞ」
布で顔を覆って臭気が届かないようにしつつ告げると、リンデも心底嫌そうな表情を返してきた。
だから気合を入れるんだよ。嫌な気持ちに従うまんまやるべきことをやらなかったら、俺らずっとこの腐臭と付き合うハメになるんだぞ。
……そんなわけで、死骸の処理だ。
いわゆる加熱加圧処理というものは専門の器具が無いといけないので、骨粉ではなく骨灰を作る方向で行く。まずは不要な腐肉を分離させるため、一箇所に固めて置いといた死骸の下の地面を組み換え魔法を使ってすり鉢状に形成。更に、そこに近くの川から汲んできた水をひたひたになるまで注ぐ。
「火の魔法は得意じゃないんだが……」
料理なら魔道具でも使えばいいが、軽く10メートル四方はありそうな穴の中を加熱するには火力不足だ。
少し面倒だが……と思っていると、こちらの袖を引いてずいとリンデが前に出た。
「火ならあたしに任せるといいわ!」
紅に輝く片目は、まさしく炎熱の魔法に適性を持つことの証左だ。
じゃあせっかくなのでと任せてみれば、熱気によってみるみるうちに水の中に
「熱ッッづい!!」
「あっ」
「レスター様!?」
そして当然のように沸騰する水で空気も熱せられ、穴の近くにいた俺に
火傷したわけじゃないからいいが、やり方もうちょっと考えるべきだったなこりゃ……。
ともかく、少し経つと脂が浮いてきて、腐臭とともに胸焼けしそうな脂臭さが漂い始める。この頃になると狼混じりで鼻が利くクリスは臭気にやられて完全にダウンしてしまった。
少しずつ肉と骨も分離してきてるし、浮いてきた脂を掬ってちょっと強引にでも不純物を除いてやれば骨灰にしてもいい頃だろうか……?
そう思いながら首をひねっていると、倒れ込んで腐臭から逃れていたクリスが勢いよく身を起こし、眼帯をずらして両の目で周囲を見回し始めた。
「どうした?」
「魔獣です。3体視認――においに釣られてきたものかと」
「う……やっぱそりゃ来るか……」
森林地帯中央部にいた魔獣はクリスが倒してくれたのだが、最初から森の中に潜んでいたものや逃げ出したものまでは対処できていない。
沸騰させて周辺に臭気が拡散した今、嗅ぎつけてきても当然か。
「行き当たりばったりじゃダメか。どうする? もっと堅固な壁でも作ってしのいだ方がいいか?」
「いえ」
クリスは立てかけてあった鉄槍を取ると、手に馴染ませるように幾度かそれを振るった。
……軽く振るってるだけのはずなのに、穂先がまるで見えない。
多分、古流の王国騎士団槍術の変形なんだが、俺じゃこの
お前大戦の英雄なの隠す気無いだろ。
「2分で片付けます。レスター様はご自身の仕事をなさってください」
「今2分っつった? え、獣化は?」
20分の聞き間違いだよな? どえらい自信満々な言葉に対して問いかけようとした瞬間には、もうクリスの姿は眼の前に無かった。
全ての疑問を置き去りにするほどのすさまじい速度だ。単純な筋力だけではないだろうが、今の一瞬でいったいいくつの魔法を使ったのだろう?
気流操作に肉体活性は確実なんだが……。
「姉さまが行くならもう安心ね。邪魔になるからあたしたちは作業を続けましょ」
「邪魔になるとまで言うか」
邪魔かな……邪魔だな……。
あの速度にはついていけないし、足手まといと言われると納得しか無い。
熱気のせいで流れる汗と臭いに耐えかねて吹き出す脂汗に、更に冷や汗が追加された。
……とはいえ、そんなおかげで大きな緊張感は無いまま、そのまま解体作業を続けていく。そうしてきっかり2分。森の中から出てきたクリスは、平然とした様子で仕留めてきた3匹の魔獣を引きずってきた。
「お待たせしました。これで脅威はひとまず排除できたかと」
臭いに惹かれただけあって、それは嗅覚に優れた魔獣だった。泥濘を掻いて泳ぐために異様に肥大化した平べったい腕と、泥だらけの肉体……この特徴を持っているのは、確か沼熊と呼ばれていただろうか。あまり強そうな名前ではないが、熊だけあって普通に人間の一人や二人は腕のひと薙ぎでミンチにするほどの腕力を持つ。
いずれも表に見える傷は少ないが、目を貫いて脳を破壊していたり心臓をひと突きにしていたりと、徹底して急所を狙われている。会敵と同時に一撃で葬られたのだろう。
クリス本人はまるっきり無傷だ。返り血もほとんど付着していない。引きずってくるために触れた腕に少々……くらいだろうか。先程の過剰な自信の現れとも取れる発言は、本人からすれば単なる事実の羅列に過ぎなかったのだろう。要した時間もそれこそ宣言通りだ。
「す、すごいな。どうやったんだ……?」
「この種の魔獣は他の獣と比べて身体構造が大きく異なっているわけではありません。攻撃が届かないよう立ち回り、急所を一撃。これで大抵は仕留められます」
「……そうか、流石だな!」
「…………」
よし、全く参考にならないことだけ分かった。
普通、獣の体の可動域が分かったところでそれより早く動いて立ち回るなんてできないし、急所に武器を当てたところでダメージ入らねえのよ。
しかしわざわざそのことに触れるのも怖いので、純粋な称賛とちょっとした畏怖だけ言葉にして伝えると、鉄面皮で分かりづらいものの少しだけクリスのまとう雰囲気が明るくなった。
喜んでる……? んだよな……?
「喜んでるからもっと褒めていいのよ兄さま」
「偉い! 強い! 命の恩人! まるで英雄みたいだぞ!」
「そ、そ、そこまで言われるようなことは……」
ははーん。さてはこいつ褒められ慣れてないな?
照れと遠慮とその他いろんな感情が渦巻いてるのか、表情が変わらないままぐねんぐねんしている。ちょっと怖い。
「でも実際、クリスがいないと作業も成り立ってないんだ。本当に助かるよ。ありがとう」
「きょ、恐縮です……」
あ、ちょっと顔赤くなった。ようやくほんのり感情が分かったぞ。
さて、ともかく感謝ついでにとっとと作業を終わらせないとな。
肉を削いだ骨を回収し、魔法で簡易的なカマドを作ってそこに放り込んでいく。
「リンデ、あまり強くしすぎない程度の炎で着火頼む」
「バーっと強火じゃダメなの?」
「強火すぎるとガラスみたいになって肥料にできなくなるんだよ」
「へー」
それで陶器を作ったりするとも伝え聞くが、食器は市販品を持ってきてあるので今は必要無いだろう。
「燃え尽きろぉー」
「だから燃え尽きさせるほど火力出すなっつってんだろ」
「か、掛け声よ」
物騒な掛け声しやがって。
しかし言うだけあって、いい具合のトロ火で燃料に着火してカマドの中に熱が行き渡っていく。
あとはこのまましばらく放置して熱を通すと共に乾燥させ、粉々に砕けば完成だ。湿気に弱いので管理は重要だが。
「あちらはどうするのですか?」
と、鼻を布で押さえたままクリスが指差すのは、削ぎ落とした後の肉と湯……腐肉のスープとも呼ぶべき代物だ。
…………。
「あれは焼却処分していい。俺が合図してか」
「よーし燃え尽きろー!!」
「合図したらっつってんだろ
「レスター様ー!?」
何度も言うようだが!
人の話を聞けこの暴走小娘!!
――なお、今回も幸いなことに重度の火傷は負わなかった。