ハンターを村に迎え入れるにあたっては、正直なところいくつか懸念事項がある。
一番に挙げられるのは治安。……まあ、これに関しては、これまで4人しかいないので争いも無く、治安もクソも無かったという事情があるが。
いずれにせよ多数の人間を受け入れることになるわけで、なあなあで済んでいたことも明文化してルールにしておく必要がある。
で、同時にこうしたルールを煙たがる人間は当然現れる。そもそもルールそのものを快く思わない人間もいる。そしてタチの悪いことに、ハンターという職に就いている人間は既存の秩序と相性が悪いことが多い。
これは古くからの狩猟組合の気質によるものだ。いくらトビーの両親が綱紀粛正を徹底したとしても、十年そこらでは組織の色が完全に変わるわけではない。歌手としても活躍していて若手の憧れとして台頭しているフェデリカさんを皮切りにどんどん新陳代謝は進むだろうが、この施策が効果を発揮するのは早くても数年後だろう。
それ故に、どうしたってルールに従いたがらない人間は出てくるだろう。そういう時のために軍など、俺の発言力を担保するものが必要なんだが……これは今後の課題か。
ともかく、これからやってくるハンターを統制するには、軍事力ではない決定的な力が必要になる。
『――で、侯爵家の権威を使うと』
「わかりやすいだろう」
なのでとりあえず侯爵家の権力を背景にすることにした。
これが今俺の使える最強の力だ。
――というわけでトビーたちが再度村に来た翌日、俺はマリーとリンデと共に鳥小屋に訪れていた。
外部の人間に見られる可能性もあるためマリーはいつも通りゴーレムの中だが、作業自体は問題なくこなせるしそろそろ花フクロウたちも慣れてきていたりする。
ハンターのモラルが低めなのは前述の通りだが、最初に標的になるものがいるとすればほぼ確実に花フクロウだ。そのため、早めにこれを守る手段が必要だった。
それが権力だ。
『わかりやすいというか、家の権力を使うのに躊躇が無さすぎて若干引く』
「しょうがないだろ他に手が無いんだから。それにこれはあくまで時間稼ぎの手段なんだよ」
「ホー」
「自分たちの力で守れるようになるまでは……ってことかしら」
「そうだな」
これに関しては言わば暫定的な措置だ。なにせ村には今、治安維持のための機構がない。
ただ、人を集めるのも育てるのもそれなりの時間が要る。それを確保するための時間稼ぎとして、侯爵家の権力で牽制する。そのためにマリーに作ってもらったのが、ごく小さなアクセサリー……アシュクロフト侯爵家の家紋が刻まれたピンバッジだ。
「ここをこうして、これで……どうだ?」
「ホホゥ」
フローは首元に巻かれた白いスカーフと、そこにキラリと輝くバッジを鏡で見て満足げに声を上げた。
これで野生の花フクロウと区別しつつ、「うちのモンに手を出したら侯爵家が黙ってないぞ」と主張するわけだ。まともな神経があればこれに手出ししたらまず明日の朝日を拝めないと理解できるだろう。
……問題があるとすれば、だ。
「兄さま~。この子白い布嫌だって」
「ええいまたか!」
……個体によって好みの色がまるで違うということだ。
リンデに一羽一羽布を当てて確認してもらっているが、ピタリとコレ! と定まってくれない。
『頭が良い上に花の色味や匂いで自分を「飾る」ことを知ってるとはいえ……まさか身につける布にもこだわりが出るとはね』
「魔獣界のファッションリーダーめ……!」
黒、赤、青、黄、白、他にも色々。どんどん布を裁断鋏でカットしては合わせて反応を確認していく。
色だけじゃなくて装着する場所にもこだわりがあるようで、フローみたく首に巻くのがいいというものもいれば頭に巻いてほしいというものもいるし、襷掛けにしてほしがったり翼の付け根や足だったり……各々個性があって当然なんだけど、バリエーション豊かすぎてもうちょっとお揃いにしてもいいんじゃないかな!? という気分になってくる。言わないけど。
嫌がられたりしてそもそも装着すらできないって状態よりは、こだわりがあるけど装着すること自体に否は無いという状態の方がずっといい。
さて、しばらくそうやってぐだぐだやっていると、そろそろ慣れも出てきて話をする余裕も出てくる。
こうしてこれからも布を頻繁に扱うことになるのなら、服飾専門の人材や、布の裁断や縫製が簡単にできる魔道具が必要なんじゃないだろうか……とそんな思いがよぎった。
『ところでレスター、結婚ってどういうことだい』
一方でマリーの口から飛び出たのは俺の思いと全く関係無い話だった。
「せっかく触れずにいたのに、それを言葉にしちまったらこっちもお前が盗聴してたことを言わなきゃいけなくなるんだが!?」
『あっ』
「えっ!? 結婚って何!? どゆこと兄さま!?」
「ワクワクした顔で詰め寄るな。そもそもデマだ」
なあなあで済ませていたら俺以外の誰かがろくでもない盗聴被害に遭うかもしれない以上、暗殺のトラウマを抱えている事情は一旦横に置いてでも叱る必要がある。
マリー自身も、例えば他人の情事みたいな聞きたくもないものを聞くことになりかねないと理解はしているのだろうか。
……リンデあたりは嬉々として聞きに行きそうだが。教育に悪いのでぜひやめさせたい。
『叱るのは存分にしてくれて構わないよ。キミにはその権利がある』
「やけに物わかりがいいな」
『でも結婚の話だけは確実にしてもらうからね!!』
「何がお前をそこまで駆り立ててんの?」
娯楽か? 娯楽に飢えているのか?
恋バナに食いついているということか?
うーん……タブレット用の書籍くらいはいくらでも買っていいんだが、生の感情を感じ取りたいのか?
どっちにしてもデマだし、俺自身にもそういう話は無縁だ。貴族の婚姻はそれ自体が政治的カードだし、自由になるもんでもない。
「何度も言うけどデマだよ。縁談が出たことも無いし相手もいない」
『しかし火のないところに煙は立たないと言うじゃないか』
「火が無いのに火傷してんだよ今」
なんで事実無根の噂話のせいで詰められなきゃならんのよ俺。
「でも兄さま、王都でそういう噂を聞いたってことは、それを流した人がいるんでしょ? おうちがある領都ならまだしも……もしかして、そっちでも有名だったりするの?」
「いや、トビーじゃないんだから。俺の噂なんてそんな流す人間いないよ」
王都にいる知人と考えてみたが、政治家やってる下の兄上くらいしか思い浮かばない。
そして兄上がそんなことやるメリットがまるで無い。イタズラにしては度を越しているし、情報戦略なら俺の名前を出していること自体が不合理だ。俺の婚姻が交渉カードにならなくなってしまう可能性がある。
では敵対的な何者かの策略か……というとそれも無い。侯爵家とはいえたかが末弟の交渉カードの価値を下げるためにここまでするかという話である。
こうなると、癪ではあるがトビーの言っていた通りマジでただの女性関係のもつれという可能性が高い。心当たりが一切無いことを除けば、これが一番無難で穏当だ。
「昔引っ掛けた女の人とかいないの? 一夜の過ちとか……一夜の過ちとか!!」
「力強く言われても困るしそんなものは無い」
だいいち女性を口説く必要があった麻偵時代は偽名を使って変装もしていたし、修行時代はそんなことをする必要も皆無。誰かとねんごろな関係になる暇も余裕も全然なかった。
『でももしかするとってものがあるじゃないか』
「やけにしつこく聞くな」
『ちなみに! レスターの本名を知っていた人とかいないのかい?』
「母上とか義姉上とか……?」
『そういう意味じゃなくって』
「えー……」
学院関係者は今除外してもいいだろう。アプローチをかけるつもりなら在学中でいい。
えー……あとは……女性……んー……麻偵時代以降、村に来るまでの間……?
「2人……いる、かも」
『いるの!?』
「いるんだ」
「と言っても別にそんな相手じゃ……」
「兄さまは恋愛方面だと見る目が節穴なんだから黙ってて」
「えっ」
俺そんなこと思われてたの?
確かに考えてられる立場じゃないし、これまでも考えたことまるで無かったけど……無かったから仕方ないのかな……仕方ないのかも……。
いや、冷静に考えたらリンデにこれ言われるの理不尽じゃないか? お前記憶無いから俺以上に恋愛経験もクソも無くない?
「どういう人なの?」
「麻偵の仕事で貴族の立場を使って護衛に入った9歳の子と、料理と魔法の師匠」
『9歳は無いね。その師匠の年齢は?』
「えー……今年で35じゃなかったか」
「婚期がヤバいわよ」
『婚期だね……』
「いやそんな、人の師匠を婚期に焦っていらんこと吹聴するヤバい女みたいに……」
やる……か……?
やるかも……?
いや、でも……しかし……師匠がそんなまどろっこしいことをするか……?
だいいち情報戦略に長けている人ではないし、その気があるなら即「レスターを襲う」っつって骨までしゃぶり尽くされているはずだ。
「……ケンカ別れだったしそんな技能も持ってないから、やらないしできないはずだ」
「ヤバい女の方を否定したほうがよくない?」
「………………」
『ちょ、ちょっと待ってよ。そういう沈黙やめてよ』
ヤバい人かと言われると否定しがたいし……実際ヤバいっていうか……。
料理の技術全振りで対人能力やらも含めたそれ以外の大半がおろそかになってて、味の追求のために法律や習俗的な禁忌もぶっちぎるから、土地によってはガチの
「……料理の技術一本で宮廷料理人の座を射止めかけたけど、人格面で却下されたからアレな人なのを否定できない」
『宮廷料理人……あーっ! あの偏屈な!』
「え、知ってるのマリーちゃん」
『なんていうか……うん、ボクが言うのもなんだけど変な人だったよ』
「獣人族の特定の氏族が、宗教的にネギ類を食べることを禁じられてるんだけど、それを知っててもなお『こっちの方が美味しいから』で使ってしまうような人だから……」
「組織に所属しちゃいけない人じゃない?」
「だから今は流れの料理人やってる」
出会ったのもエウテルペに流れてきた時のことだったか。あの頃の俺は若かった。
……というか事件のすぐ後だったからマジで心が弱っていた。自分にできる何かを探していた頃だったから、余計に師匠のあの技量が素晴らしく見えたんだろう。
今思うとだいぶ目曇ってたな。
「地上でも色々やらかしてたから、ほとぼりが冷めるまで帝国にいるんじゃないか?」
「何したのよその人……」
「聖教の大聖堂で飼育し」
『その話は置いとこう』
ガチで拒絶された。
まあ俺も語っててあまり快いことではないので構わないけど。
『となると振り出しかぁ……本当に誰なんだろうね』
「……ねえ兄さま、さっき言ってた9歳の子って本当に9歳?」
「ん? うん。でも絶対にそれだけはありえないぞ」
『まあ……そうなるとレスターは幼女趣味ということになるわけだしね……』
「あたしの体を狙っているのね!?」
「それだけは100%無い」
「ひどっ」
俺の最後の仕事で護衛した子だからよく覚えている。
貴族階級こそ残っているが、親を死なせた上にほぼ全ての財産は炎に飲まれた。護衛として紹介されておいて、命以外は結局なにも守りきれなかった俺となんて、会いたくもないだろう。
そろそろ5年が経過している今は何をしていることか……。
『うっ、なんか寒気が』
「ゴーレムの中冷房強いんじゃないか?」