ところで建築作業員の方々が村に来て数日。というのはつまり、ホテルに作業員の方々が宿泊して数日ということでもある。
……つまりこの数日間、じっくりホテルを見られているということであるわけで。
「いい仕事されてますね……村長さん」
「……恐縮です」
「いやぁ……いい腕ですよこれは……実に……このホテル」
「はは……は……ありがとうございます……」
朝7時。俺は朝食のためにレストランに来た作業員の方々に熱烈な視線を向けられていた。
もちろん称賛されているのは料理ではなく建築物の方である。
……それはそれとして、料理の方も残さず食べてくれていて普通に評価はされているので複雑な気持ちだ。
「……レスター様。ご迷惑なら一言お伝えしておきますが……」
「いや、いいよ……あっちも悪気があるわけじゃないし……」
見かねたらしいクリスがこっそり無音で近づいてきて耳打ちしてくるが、別に不快な思いをしているわけではないので断っておく。
他の客がいる時に俺の手を止めるようなことをしてくるわけじゃないし、彼らは本当にただ評価の言葉を投げてきているだけだ。
もし村長を罷免されるようなことがあれば、ここで心証を良くしておいてあわよくば……くらいの下心はありそうだけど。
「そういえば、材料はどのように調達されたのですか? しばらく前までわずか数人で村にいたとお聞きしましたが……」
「毎晩気合で魔力枯渇ギリギリまで絞り出して作りました」
心理的物理的に距離が開くのを感じた。
まあ……引くよなこの手法……。俺だってちゃんと余裕があるならここまではしないんだが、説明する分には正確に伝えないといけないのが困る。
資材の出どころがわからないと法的な問題が起きたりするから、ドン引きされようが何だろうが言葉にはしないといけないだろう。
それはそれとして、使った魔法などは詳しく聞かれていたりする。石灰なんかは自然界でも普通に算出されるが、大産出地が魔獣だらけで採取に困ったりすることはあるので、少量でも魔法で生産できた方が楽なのだそうだ。
別にこのあたりは秘匿技術でもなんでもないので伝えておいた。魔法使いの多い業界だから研究者肌の人も多いのだろう。既存の技術の寄せ集めだから新鮮味には欠けるようだが、興味深そうにしていた。
「話し中か?」
「ん? いや……」
そろそろ話が終わるかという折、フラッとトビーが横から声をかけてきた。恐らく仕事の話だろう。
あくまでこっちは雑談の範疇なので、作業員の方々はここで話を切り上げ、一礼して仕事に向かってくれた。
「悪ィな。ハンターが村に来た時のことで話がある」
「問題でも起きたか?」
「いや。順調に行きゃあと3日もしねェでヤツらは来る。その時にお前に挨拶してもらいたい」
「村長としてか?」
「あァ。ついでに今回の趣旨の説明もな」
「あー……」
わざわざこうしてわざとらしく話を持ってきているということは……それなりに思惑があるのだろう。
なんとなく把握した。
「趣旨の説明はギルド側が行うものではないのですか?」
「今回は特例だ。ギルドに依頼されて特定の魔獣を狩るンじゃなく、廃村の復興事業の一環っつー事情があるなら村長から話通した方がいい」
「元々挨拶自体はするつもりだったからな、分かったよ」
私が村長です。よろしくお願いします。
このくらいの短めの挨拶で済ますつもりだったんだけどな。
もっとも、クリスの考え方は間違っていない。
緊急の依頼なので気が急いて思考が支離滅裂になる人もいるし、あまりに横柄な依頼人だとかのハンターに会わせられない人もいる。あるいは
ただ、今回はいろんな部分は普通の依頼と異なる。差異も趣旨も俺が一番詳しいので、こっちで……というのが表向きのところだ。
「けど、他にも考えてることはあるんだろう?」
で、もちろん目的はそれだけじゃないだろう。
というか、俺が説明をした方が早いと言っても手続きなどもあるからやっぱりギルドが担当すべきだし、本職がまとめて添削した方がいいのは変わりない。一旦聞き取りだけしてまとめてもらえば俺じゃなくても説明くらいできるはずだ。
つまり、「俺が」前に出て説明をすることに意味がある。
「お見通しみてェだな。流石相棒」
「そういうのはいいから、クリスにもわかりやすく説明を頼む」
「そうだな――」
トビーはギターを鳴らし、意味深にニヤリと唇の端を持ち上げた。
「レスターにはちっとハンターたちに侮られてもらいてェ」
「は?」
そしてトビーのスカした笑みは主君に「侮られてくれ」と言われて冷え切ったクリスの一言で凍りついた。
……うん、いや……うん。ちょっと言葉を選んだ方が良かったかもな……。
そんなわけでしばらく経って、建築作業員の方々の新技法のテストや魔獣の襲撃などあって少々遅れたりはしたが、宿舎とギルド支部が完成してハンターたちが村にやって来る日が訪れた。
「おー……結構いる……」
「40人も……つ、ついにここまで……」
ライブにも使えるように支部の外に設置された演台の前には、災禍の洞窟攻略のために集まったハンターが勢揃いしていた。
これまでの、ろくに人間がいなかった時期からすると確かに前に進んでる手応えはあるし、クリスが感動するのも理解できるんだが……。
「クリス、あの人たちは別に移住希望者じゃないからな」
「あ、はい……そ、そうでしたね」
ここなんだよな問題は。
今日集まったハンターたちは、仕事のために村に来ただけで村に根を下ろす気じゃない。
将来的にはそういう人もいるかもしれないが、大半はただのハンター。ここでの仕事が性に合わなくなれば出ていってしまうことだろう。
繋ぎ止めるのも村長の役割と言えば役割なんだが……その逆も仕事なんだよな、辛いことに。犯罪者とかだけじゃなく、トラブルの元になりかねない人間には率先して対処する必要はある。可能な限り穏当な手段を取って、アフターフォローも心がけておかないといけないか。
『本日はお集まりいただきありがとうございます。これより、村長より説明がございますので少々お待ち下さい』
と、そうこうして待っている間にラシェルさんの挨拶が終わったようだ。演台のソデに引っ込んでくる彼女から、マリーが使ってるのと似たタイプの拡声魔道具を預かる。
緊張……は、しないな。これなら在学中にバンドでライブした時の方がよっぽどだった。
さて、演台に上がると、こっちに全員の視線が――向かない。
ちゃんとこちらに視線を向けている人はいるが、せいぜい二割ほどだ。残りはあからさまに面倒くさそうだったり、俺に関心が向けられていない。明らかに軽んじられているのが分かる。
護衛として帯同しているクリスがかなりムッとした雰囲気を出しているが、これは仕方ないこととして許容してほしい。元々そのつもりなんだから。
『ただ今ご紹介にあずかりました、村長のレスター・コールリッジです。以後、お見知りおきを。早速ですが、災禍の洞窟攻略にかかる説明をさせていただきます』
好奇の視線(二割)に真剣な眼差し(一割)、面倒くさそうな表情(三割)……むしろこれ、目を向けてくれているだけマシかもしれない。何人かは普通に無駄話をしている。
ま、こんなところだろうという諦念が浮かぶが、それでも聞いてくれてる人がいるのは喜ばしいことではあるな。
ともかく、今は説明だ。
サラク村におけるハンターの仕事というのは、よそと比べると少々特殊だ。特定の魔獣を討伐する依頼形式の仕事は多くなく、日常的に森の中から現れる魔獣の対処と防衛線の構築、駅と村の行き来の際や洞窟開拓の時の護衛、災禍の洞窟の個体数調整のための間引きがメイン業務となる。
これに加え、定期的な業務とは関係無く洞窟に潜って魔獣を狩ることも容認されている。素材は基本的にギルドが買い取る形になるが、例えば武具の素材に使ったりする場合にはハンター自身が引き取ってもよい。
トビー風に言うなら、狩れば狩るほど儲かる……というところだろうか。また、ここに併せて特別な優遇措置も設けてある。
……ということをとりあえず語ったが、やはり反応は悪い。
『説明は以上となります。今後ともよろしくお願いいたします』
シメの挨拶に合わせて、まばらな拍手が起こる。あんまり適当なのでクリスが微妙に殺気を放ちかけているが、どうか抑えてほしい。マジで。
そそくさとソデに戻れば、外に音を漏らさないようエアギターのトビーとちょっと怒り気味のリンデの姿があった。俺は申し訳なさそうに再び演台に戻っていこうとするラシェルさんに魔道具を返却し、適当なところに腰を落ち着けた。
「なんなのあの人たち。兄さまの話聞かないで……本当にお仕事する気あるの?」
「そう怒るな、想定通りだよ」
「悪ィな、貧乏くじ引かせた」
「『若手のカリスマ』がナメられたらマズいだろ。別にいいよ」
「貧乏くじ? え……っと?」
事前に説明をしていなかったからか、状況把握ができていないリンデが困惑で目を白黒させる。
「レスター様たちはわざと侮られるようにされたそうだ」
「は? え? なんで?」
結局、先日も最後まで難色を示していたクリスが不満げに語る。
……この辺、俺は軽んじられても何とも思わないが、クリスが半ギレなのは護衛とか従者とかの立場も大きそうだな。
「さっき、『本当に仕事する気があるのか』って聞いたよな。ソイツをあぶり出すための策だぜ」
「ん? んー……ふおん分子……になるから? 兄さまに反抗的ってことは、いつか問題を起こすかもしれないわよね?」
「……ちと物騒だぜ。そこまでは行かねェ」
全く違うってわけでもないんだが……
別にそれだけで犯罪者予備軍だとかの扱いをするわけじゃないしする気も無いが、反骨精神の強い人っていうのは既存の秩序と相性が悪いことが多い。一つの指針にはなる。
……それだけでカタにはめるのも良くないのであくまで参考意見だ。
「俺が洞窟攻略に招集したのは多くが三つ星以上……
「あそこの魔獣を狩るならそのくらいの能力は必要でしょうね。妥当な判断かと」
「けど、ベテランだからこそ悪い意味での『慣れ』が出る。惰性で仕事をしているケースも多い……だな?」
頷いて返すトビーに、クリスも納得の声を上げる。惰性で仕事をするハンターなど、洞窟攻略では致命的だ。
暗いし、部屋も通路も広かったり狭かったりで安定しない。いつ魔獣が飛び出すとも分からない。
独自の生態系を築いていて地上よりも強い魔獣が多いし、同じ見た目でもなぜか強いなんてこともよくある。環境も独特で、思わぬイレギュラーが起こりやすいのが災禍の洞窟だ。
クリスとフェデリカさんは自分ちの庭か何かのように歩き回れてしまうが、アレは2人だからこそだ。基準にしてはいけない。そんな調子でよその人が仕事しようものなら即死だ。
「レスターの説明を聞いてねェ奴は要監視だ。今回はギルドから『災禍の洞窟に潜る以上いつもの仕事とは勝手が違う』って事前に警告してンのに、依頼人の説明を聞くっつー当たり前のことができてねェ」
「ふーん……あ、もしかして。兄さまが家名を言わなかったのってそういうこと?」
「あン? よく分かったなお前」
「……どういうことなんですか?」
「侯爵家と分かってたら最初から皆聞く姿勢になるだろう? ただの村長だからあの人たちは俺を低く見てくれたんだ」
貴族の権威っていうのはそういうものだ。「不敬だから処す」――なんて今どきやる貴族はいないが、かつてはいたしそういう風評自体は依然残っている。アシュクロフト、と名乗ればまず間違いなくビシッと皆が注意を向けたことだろう。
他にできる人間を探すのもアリなんだが、マリーは当然外に出せないしリンデは子供なので矢面に立つには適さない。クリスは嘘が大嫌いなので演じるということができない。ギルド職員はその性質上、ナメられたらハンターの管理ができなくなる。若手のカリスマのトビーも同様。消去法で俺以外にできる人間がいないんだなこれが。
中にはコールリッジという苗字で、爺様のことを思い出して俺の素性を理解した者もいるだろうけど。
「博士が起きてきたら監視用魔道具の増産を急いでもらうよ」
「頼むわ。しかしリンデよォ、お前このトシで察しが良いじゃねェか」
「当たり前だ。ウチのリンデは天才だぞ」
「まさしく」
「何だァこの兄バカと姉バカ……」
でもしょうがないだろ。マジで記憶ゼロの状態からこれなんだから。
末は博士か……あるいは国の要職か……もしかするとマリーよりもすごい発明をする発明家なんてのもありえなくはないな……!