まってい貴族とTSキメラの地元復興計画   作:桐型枠

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53.お腹ペコペコのご令嬢

 

 

 俺たちにとって、キメラのクリスはほぼイコール神器継承者のクリスである。

 確信はあっても確証は無いので断言するわけにはいかないが、なんやかや本人の言動や過去の知識、記憶を考慮するとその可能性は極めて高い。

 で、過去に手ひどい裏切りを受けたんじゃないかってくらい嘘という嘘をガチで憎んでるクリスに対し、その犯人の可能性が高いムーレヴリエ子爵の一族を会わせたら、果たしてどうなってしまうのだろうか。

 嫌な想像が頭をよぎり、背中に汗が伝う。

 ……クリスの性格を考えるとまずありえないが、自分を殺した相手を恨まずにいられるかと言うと、断言はできない。嘘を嫌う原因なのはほぼ間違いないし……かと行って子孫にまで恨みを向けるほど八つ当たりするとも思えないし……。

 

 ぬあああああもう何もわからん……!

 

「ところで、そちらの方は?」

 

 涼しい顔を堅持しながらしっかり内心大混乱に陥っていると、フレデリクさんがリンデを指して尋ねた。

 これもちょっと困ったぞ。リンデのことを示すのにちょうどいい表現が浮かばない。

 日常会話で伝える分には妹分みたいなもん、で十分伝わるんだが、正式に紹介するとなると「実家が身元保証人になってるキメラ」なんてそっけないものになってしまう。

 こういう無機質な言い方は、聞いている本人にとってもあまり印象が良くない。となると……。

 

「私の護衛の妹で、次期村長候補のリンデです」

「はじめま゛っ!?」

「……なるほど」

 

 目をカッ開いて驚きをあらわにするリンデに、俺は静かに微笑みかけた。

 聞いてないんだけど!? と言わんばかりに詰め寄ってくるが、そりゃ言ってないから聞いてないよ当然。

 しかし嘘ってわけでもない。適性的にも、本人が望みさえすれば将来的には村長の座を譲って構わないくらいだ。

 フレデリクさんはどうやら冗談と解釈してくれたらしく、軽く笑って返すだけで終わった。

 

「はじめま」

 

 約一名新種の挨拶と解釈してそうな子もいるがそれは置いといて。

 

「立ち話というわけにもいきませんので、お席にどうぞ」

「おっ、おお、お構いされずにどうぞ! 私、それほどお腹ペコペコではございませんので!」

 

 ニネットさんの珍妙な言葉に反逆するかの如くお腹が小さく長く音を鳴らし、顔が真っ赤になった。

 お腹ペコペコやんけ。

 

「おなかへった」

 

 言っとる!!

 

「……あの」

「い、いいい、今のはそういう音じゃありませんです! ただの……そのぅ……」

「お嬢……ちょっと無理があるってそれ……」

「き、貴族は見栄と意地の生き物! たとえお腹ペコペコだろうと! 気合い入れて優雅に振る舞いやがれです!」

「わたし貴族じゃない」

「優雅さの欠片も無い姿バリバリあたしたちに見られてるけどいいのこれ」

「いやぁ……」

 

 コント集団か何かかコイツら。

 当初、物腰と見た目でちょっと胡散臭そうに見えたフレデリクさんが乾いた笑い声を漏らすたび、変な同情が増していく。

 計算でこれをやって警戒心をほぐしに来てるなら天才的だが、天然なら天然で天才かもしれない……。

 

「申し訳ありませんレスター殿。我々、お金がありませんでして……」

「お茶くらいは出しますのでお座りください」

 

 どうやらレストランの入口でまごついていたのは、俺のことを知っている以外にも金が無いのにレストランに入るのってどうなんだろう、という懸念があったようだ。

 それにしても金か。手持ち金が無い……ってどころの話じゃなさそうだな。

 

「もしかしてお金無いの? 貴族なのに」

「ヴッ」

 

 あまりに率直なリンデの物言いに、ニネット嬢の古傷がものすごい勢いでえぐられたようだ。

 大多数の人にとって、貴族というのはイコール金持ちだという偏見はあるものだ。俺も割と必要に応じて実家の支援を求めるし、リンデにもそういう印象が根付いていても仕方ないだろう。

 

「失礼だぞ。あまりそういうことを言うものじゃない」

「あ、ごめんなさい」

「いえ、そう思われるのも致し方ないことでありまして……」

 

 ……ふう、ニネット嬢が怒るタイプでなくて良かった。元々あちらから話を切り出したこともあるのに怒られても困るが。

 

 そんなこんなで4人を席まで案内して厨房に戻ると、何やら面白いものを嗅ぎつけたぞと言わんばかりにマリーも一緒についてきた。

 

『誰だったんだい?』

「昔、学院で一回だけ会ったことのある貴族だった。子爵家の」

『ほー。太客が釣れたじゃないか』

「太客どころかお金無いみたいだったわよ」

『あらま』

 

 流石にマリーは貴族事情に疎いわけではないので、ちょっとガッカリしつつも納得したようだった。

 一方、ニネット嬢たちから離れて疑問が再燃したらしいリンデは、首をこてんと傾げて見せる。

 

「で、結局何で貴族なのにお金が無いなんてことになるの?」

「貴族の主な収入源は領地からの税収なんだ。領地経営が上手くいかなければ、それだけで収入は減る」

『補填のために借金をしたりする人もいてね。原因はそればかりでもないけども……』

 

 物語でよくある、悪徳貴族の贅沢三昧で借金を抱え――みたいなのは正直なところレアケースだ。あるにはあるが。

 どちらかと言えば、単純に領地運営が上手く行かずに借金、別なところから補填しようとして怪しい商談や事業に手を出して詐欺られたり……という流れでの借金累積が鉄板コースだろう。

 純粋な経営手腕の拙さで借金を重ねるストロングスタイルの貧乏貴族もいるが、そのレベルに至るとお家取り潰しが真面目に選択肢に上がってくる。

 そんな状況になれば一番苦しむことになるのは民だからな。

 

「あの子の家……ムーレヴリエ子爵家は、先代当主が大戦の功労者だからってかなり好き勝手してたんだ。20年くらい前に無理矢理隠居させて現当主が実権を握ったようだが……」

『……あまり効果が無いみたいだね』

 

 ……ニネット嬢の実家、ムーレヴリエ子爵家は、先に挙げた中でもレアケースのひとつである。俺も最初に聞いた時はマジかよと思った。物語の悪徳貴族だよコレ。

 で、当のご令嬢があんな状態なわけなので、もちろんあの家は未だに金欠貴族だ。

 聞くところによれば、経済的には徐々に上向いてはいるそうだが……視察に行った人の印象が軒並み悪いんだよな。治安も良くないそうだし。

 

「あの子も学院に入らずにハンターになってるあたり、かなり問題のある家なのは間違いないな」

『……彼女、学院に通ってないんだよね? 昔会ったってどういうこと?』

「あの子の兄の在学中、タダ飯食えるからって関係者限りのパーティに連れてきてた」

『うわ』

 

 家族だから関係者だろと。

 で、ついでにそこで紹介を受けたので、ということだ。思い出したのはその強烈な印象のおかげもあるだろう。

 ……まあ、インパクトのおかげで印象付けには成功しているかもしれない。教官たちは品位に欠けるって静かにブチギレてたけど。

 

『そんな子受け入れて大丈夫かい?』

「家族に問題があるからって邪険にするんじゃ歪んでしまうと思うんだ。言葉遣いが丁寧なのに乱雑っていう……ちょっと矛盾した状態なあたり、あまり良い教育は受けられていないようだけど……あのくらいならまだ立て直しのきく歳だ。話してみた感じ悪い印象は無いし、まずは信じて接するだけだよ」

『ふーん』

「何だよ」

『そう言うと思ってたしそういうこと言ってほしかった』

「はぁ?」

「ふふ!」

 

 それでもって何でリンデはやたらにこやかなの?

 二人は何を考えてんの?

 いやマジで。

 

「なんか釈然としないんだけど」

『いやいや。レスターはそのまま突き進んで……進……あれ、ねえリンちゃん、このまま行くとあのご令嬢オトしちゃわない?』

「! ……ちなみに兄さま、あの子が兄さまと結婚する可能性は?」

「俺の話聞いて?」

『聞く態勢バッチリだよ!』

 

 違う、そうじゃない。

 その上何か回答しないと逃れられなさそうな予感がバシバシする。

 ほぼ初対面のようなもんだぞあの子……。

 

「政略結婚は双方の家にメリットがあるからやるものだ。困窮してるあちらはともかく、領地同士が離れていて特筆すべき事業も持ってないムーレヴリエ家と婚姻を結んでアシュクロフト家(うち)にメリットが無い。ありえないよ」

「ふむふむ……」

 

 ……リンデは何を一生懸命タブレットにメモってんの?

 いや、貴族の婚姻話はちょっと複雑だし、噛み砕いて理解するために文章化するのは大事だけどさ……そういう意図かこれ?

 

「……さて! もういいだろこの話!」

 

 無理矢理話を打ち切るために手を叩く。このまま続けても俺の精神の方が先に削られそうだ。仕事の話をしよう。

 

「貴族の話は抜きにしても、今の彼女たちは村に来てくれたハンターに違いない。お腹をすかせたまま狩り場に放り込んで大怪我をさせる、なんてことがあっちゃいけない」

「兄さまのお話をちゃんと聞いてた貴重な人材だものね」

『支払いは期待できそうにないけど、先行投資と考えた方がいいかい?』

「そんなとこ」

 

 金が戻って来るとも分からないが、せいぜい何食分か程度だ。

 コースメニューをタダで食べさせてるわけじゃないし、精算してもらえなくとも損害は微々たるものに過ぎない。

 

「第一陣に同行してないってことは二つ星。まだ洞窟に入ることを認められてない立場だろうけど、年齢もかなり若いから将来に期待ってことで」

 

 元から見込みが無いならトビーたちも村に連れてこないだろう。

 19歳という若さで五つ星までのし上がってるフェデリカさんを見出したアイツの眼力は確かだ。アタリしか無いクジでも買ったと思えばいい。

 

 ……そういえば、食事を出すとしても一旦お茶と言ってしまってるんだよな。

 実際お茶は出すとして、合わせるのは……アレで行くか。芋の用意はあるし、あとはパンと……よし。

 

 

 

「卵サンドとマッシュポテトです」

「お茶ではないのです!?」

「ええ。もちろんお茶もあります。自由にお召し上がりください」

 

 マヨネーズと少し熱を加えた玉ねぎを和えて作った卵フィリングを、バターで焼き上げたパンで挟んだホットサンド風卵サンド。それと丁寧に潰し、バターとチーズを合わせてソースをかけたマッシュポテト。ちょっと脂は強めだが、紅茶で流せばちょうどいいだろう。

 サッと伸びたノエラさんの手をピシャリとフレデリクさんが制する。

 

「ご厚意はありがたいのですが、お支払いできるお金がありません」

「伺っております。ですのでこちらは、ハンターが万全の状態で働けるよう当村から提供させていただく『サービス』です」

 

 詭弁ではあるが、本音でもある。今後の村の運営にハンターの存在が欠かせない以上、彼らのケアはギルドだけの仕事ではないからだ。

 全員に無償で食事を提供するなんてことは流石にしないが、彼らのように困窮しているのなら手を貸す程度のことはむしろ必要だろう。いずれは公的に何か支援できた方がよさそうだ。

 制度化すると悪用する者も出てくるが……この辺は裁量によるか。

 

「なるほど」

「お嬢様」

 

 説明を聞き終えたニネット嬢は、フレデリクさんから制止されるのも構わず卵サンドを口に運んだ。

 

「あっ、美味っ」

 

 ……思わせぶりに行動した直後に、衝動で口動かすのを優先するのはいただけませんよニネット嬢。

 いや、美味しいと思われたんなら嬉しいけど……再びこっそり食べようとしているノエラさんがローランさんに無言で窘められている。懲りんなこの子は。

 

「……コホン。あまりご厚意を無下にするのも失礼でありやがります。レスター様の言われることもごもっとも。いただきましょう」

「はっ」

 

 その一言と共に、4人は各々食事に手を付けた。やはり相当お腹が空いていたのだろう。食べるどころか吸い込むような勢いですらある。

 俺は厨房に戻りながら、ニネット嬢の対応に内心で感心した。

 ムーレヴリエ子爵家は金を惜しんで長子以外を学院に入れないということで有名だ。以前のパーティで見たときは兄弟姉妹が大勢いたし、ニネット嬢はかなり下……なんなら末子まであるんじゃないだろうか。嫡子を除いた子供たちはもはや政略結婚の「弾」として扱われていて、貴族教育なんてろくに受けていないとすら聞く。

 だというのに、相手を立てつつ自ら率先して範を示す貴族ぶり。所作などは洗練されていないものの、確かに自らは貴族なのだという矜持と気高さを感じ取れる。

 

(もったいねえ~……)

 

 もしかすると、あのよくできた従者らしきフレデリクさんの教育だろうか? ハンターという危険な職業に身を投じているだけあって、あまり本格的なものではないようだが。

 しかしこの度量に胆力……ちゃんとした貴族教育施せば絶対に家の益になる仕事をするだろうに、あの子爵家は一体何をしているんだか……。

 と、そんな小さな苛立ち任せに後ろ頭を掻きながら戻ると、マリーの乗るゴーレムが俺の来た方を指差した。

 

『……おかわり欲しそうだけど』

「…………」

 

 振り返れば物欲しそうにこちらを見る4人と、乱雑な食べ方のせいで汚れたテーブル、そして空になった皿があった。

 …………見直したのは早計だったか?

 

 

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