結局、あの後ニネット嬢たちは追加で更に4皿分ほどをぺろりと平らげてしまった。
最初の方は横から見ながら、フェデリカさんも「よく食べるなー」と和やかに見守っていたのだが、3皿目の追加で真顔になり始め、5皿目を食べ終わる頃には直接テーブルに乗り込んでいってしまった。
「キミら、ちょっといい?」
「え? ギャア! 五つ星のフェデリカ・カファロ!?」
「ものほん」
「う、うわ、すげぇ……サインください!」
「え、あ、うん。いいけど、それは後で……」
あまりに普通に大スターに会った時の反応すぎて毒気を抜かれかけるフェデリカさんだが、彼女はそこでぐっと堪えて表情を引き締めた。
……最近、村にいるときはやたら強い農家のお姉さんみたいな状態になってて、自分が超人気歌手な自覚が若干抜けてそうでマジ申し訳ない。
「あんま干渉する気無かったけどさ、同じハンターとして一言だけ……流石にご厚意に甘えすぎ」
「こっ、これは失礼して申し訳ねえです!」
「お、仰る通りで……」
「でも俺らってもう3日も水しか口に入れてなくて」
「は? 水だけ?」
何でそんなことに? と困惑の視線が厨房の俺たちに向けられるが、当然こちらも答えなんて持ってないので揃って首を横に振るだけだ。
今回の募集にあたって、階級の下限は二つ星。だからニネット嬢のチームも皆二つ星以上のはずだ。しかし、二つ星ってまさか普通に仕事をするだけじゃ全然生活費が稼げないとか、そんなことがあるのだろうか? もしそうだったら流石にトビーに待遇改善を訴えないといけないぞ。
「実家から仕送りを求められまして、ここしばらくの稼ぎを持っていかれちまいました」
「縁切った方がいいよそんな家」
「縁を切った方がよろしいですよその家」
『縁切ろ?』
「そんな皆さん総出で言うほど!?」
「だから俺らも言ったじゃんお嬢~……」
黙っていられず揃って出ていった。
独り立ちした子供が自発的に家に仕送りする。これはいい。下の兄上がそうやっている。
独り立ちしたけど心配だからって家が子供に仕送りをする。これも構わない。むしろ家族仲が良くて結構だ。
しかし家が――それも貴族が子供に金の無心をするというのは論外だろう。モラルはどうなってんだモラルは。
「フレデリクさん、この件ちょっと正式に調書を取らせていただきたいのですが、よろしいでしょうか」
「はっ。構いませんが……何を?」
「いくらなんでも、この話を聞いて見過ごすというのは貴族子弟としてちょっと……」
俺個人が動いてできることは少ないが、
『詐欺の可能性も無いかい?』
「ありうるな。受け渡しの方法などはどのようにされていますか?」
「仲介の者が参りますのでその時に……と、ところでこちらのゴーレムは?」
「貴族事情にも詳しい当代最高峰の技術者、通称『博士』です」
『ども』
「よろ」
……お互いに何か感じ取るものでもあったのだろうか。ノエラさんの挨拶を目にしたマリーは、彼女と軽く拳を打ち付け合って応じた。
初対面だよな? 何だあの通じ合いよう。
いや、コレはもう一旦置いとこう。
銀行でやり取りしてるならともかく、仲介人を立てているのもなかなか怪しい話だ。いずれにせよ、詳しく調査してみたいところである。
「ご実家への仕送りはしばらく止めましょう。まずはあなた方の生活を安定させることが先決です」
「しかし、子爵家に逆らうというのは――」
『子爵家が何だい。こっちは侯爵家だよ』
「……ああ!?」
「け、権力……」
「けんりょくパワー」
厳密には俺じゃなく実家由来の期限付きパゥワーである。
父上も50過ぎて兄上に家督を譲りたそうだし、兄上の子供――俺の甥と姪も10歳を過ぎた。「盾」も次の後継者に目星をつける頃だろう。
兄上が家を継いだらいよいよ俺は「ただの」村長として独り立ちすることになる。分家という扱いになるから繋がりが切れるわけじゃないが……この権力も滅多なことじゃ使えなくなるだろうなぁ。
今後村人が増えていく中で、ニネット嬢のような事例が増えないとも限らない。何か対策があればいいんだが……爵位とかかなぁ。爵位……。
……父上のあの仕事量が今の仕事にプラスされるなら俺死ぬのでは?
いや、今はそこは重要じゃない。話を戻そう。
「曲がりなりにもここは侯爵家の直轄領で私は侯爵家三男です。村に滞在されている間は、しばらく干渉を防ぐことはできるでしょう」
「しばらく……ですか」
「あくまで父上が当主の座を退くまでの間となります」
その間になんとか自分たちの動向を定めろ、と暗に示す。
村の住人になる以上守るつもりではあるが、一番いいのは自衛のための力をつけることだ。戦闘力、資金力、発言力、政治力……なんでもいい。数年の間に成長して地力をつけてくれれば子爵家の看板に頼る必要が無くなる。
……ある程度一般常識を弁えているであろうフレデリクさんがついていながら「仕送り」を止めなかったのは、先に述べたように子爵家に逆らった後のことを考えるとできないというのが大きいだろう。
腐っても貴族だ。その看板は、ハンターとしての活動にあたって信用を担保してくれる一定の効力がある。タチの悪い人間からの干渉もある程度避けられるだろうし、余計なものを防ぐ盾としての価値はあった。
しかし、これは言うなれば補助輪のようなもの。子爵家と直接紐づけられて子飼いのハンターとしてみなされかねない以上、ある程度の実力を身に着けて自立した後はむしろ邪魔にしかならないだろう。この話自体は彼らにとっても渡りに船のはず――。
「あまりにも都合が良すぎないか?」
「ローラン、何を言う」
いかん。あちらの事情に寄り添って渡りに船すぎて逆に怪しまれてる。
俺も同じ立場なら疑うかもしれない。ただ、ここまで猜疑心剥き出しにはしないだろうな。本当に良からぬことを考えてる権力者なら今ので一発アウトの警戒対象だ。
残念ながら、警戒していると示すことでイニシアチブが握れる相手は、主に詐欺師や悪徳商人のような手合いだ。
……もしかしたら、そういう相手とばかり接してきたタイプだったりするかもしれない。
「お黙りやがりなさいローラン。侯爵家の息子様に無礼は許しません」
「けどお嬢、こうやってニコニコ近づいてきて騙そうとしてくるヤツ、一人や二人じゃきかないじゃんか。前なんて売り飛ばされそうになったことだってあった」
「本人目の前にしてこんなこと話すなんていい度胸よね」
「ね」
『ねー』
いやこの際そういうのも許すけど、どういう旅をしてきたのかの話の方が聞きたいよ俺。いいとこ見た目13~15歳程度なのにえらい経験してるな。
なんて思ってると、彼らの後ろでフレデリクさんが
『レスターってこういうのあんまり気にしない方だよね』
「十代半ばなんて反骨心が服着て歩いてるようなもんだよ。気にしすぎても仕方ない」
トビーというもっと無茶苦茶な事例の真横で毎日のように巻き込まれていたのが俺だ。正直あいつのおかげで忍耐力が鍛えられたフシがある。
偉いヤツ! なんか腹立つ! くらいの衝動で
あのアホが公爵家お抱えの音楽隊にケチつけて音楽勝負だオラーッ! とかやり始めた時は流石に胃がネジ切れるかと思ったぞ。
ともかく、俺個人はこのくらいどうということはないんだが、あまり噛みつかれると今度は主にクリスが戻ってきた時に問題がある。万が一にも敵認定されてしまったら目も当てられないことになりかねない。
「承知しました。ではお話しましょう」
「ふんっ……やっぱり何か企んでたじゃないか」
「――サラク村にとってのハンターの重要性を」
「……あれっ!?」
企むもクソもまずそんな段階にねえよ!
というのをはっきり示すために石板をその場に作り出す。毎度毎度の石灰を利用した簡易黒板だ。
俺たちの今後の目標は、とりあえず帝国との貿易路の開通と魔獣素材を流通に乗せることによる村の活性化だ。地下の開拓、村周辺の森林地帯の開拓、ほか諸々。クリス一人に負担を背負わせるわけにいかないので、今後の村の開拓のためにはハンターの存在が極めて重要になってくる。
だからニネット嬢に手を差し伸べたのは、子爵家だとか知人だから過去が云々という理由でなく、働いてくれるハンターを大事にしないと村が立ち行かないからという単純な理由だ。同じように困っているハンターがいれば同じように手を差し伸べるし、支援も惜しまないことだろう。
……というような内容の話を、順序立ててそこそこの時間をかけて行った。
災禍の洞窟を攻略して帝国に鉄道を通そう、という事前説明はギルドの方からされたと思うが、その先の展望や経緯についてはイマイチ理解してないはずだ。
そんなわけでローラン少年が理解できるよう噛み砕きながら説明を終えたのだが、話が終わる頃には聞いてきた彼自身が疲労困憊状態に陥っていた。
「ということなのですが……」
「も、もう分かったんでいいっす……さっきは騙す気かなんて疑ってごめんなさい……」
「私はもっと聞いて参考にしたく存じやがるですよ」
「お嬢様、これはサラク村だからこその事例かと……」
「あ、あら?」
……家の建て直しを図りたいというなら俺も応援するが、サラク村の事例は色々幸運が重なった末だからな。クリスとマリーのどっちか一人でも欠けてたらここまで思い切った手を打つことはできなかった。そんなわけで、参考にしてもらいたくとも参考にできる点がまるで見つからなかったりする。要は飛び抜けた才能のある人材の一点突破でしかないんだから。
「ごうわん」
『まあ、発想力という点では参考にすべきところはあるかもしれないよ。魔獣の巣窟があるならそれを産業にすればいいとまではボクも思わなかったからね』
「ムーレヴリエ子爵領特有のものがあれば、あるいは産業として発展の余地があるかもしれません」
「…………腐れた治安と悪徳貴族?」
「もう少し生産性のあるものでお願いしますお嬢様」
自分の家と領地のことここまで悪しざまに言う貴族令嬢初めて見たわ。
というかフレデリクさんもフレデリクさんで、遠回しに仕えてる相手の家と領地に生産性が無いみたいなこと言うんじゃないよ。
「でも村長さん、俺らと同じように困ってる人がいたら同じように助けてあげるって……それ、大丈夫なのかよ? 際限無く助けてあげなきゃいけなくなるんじゃないか?」
「貴方がたと同レベルに困っている人はまずいないので大丈夫です」
「……そ、それもそっか」
確かに一定の基準を設けて支援を行うという前提の上では、同じように苦しんでいる人がいれば同じように助けなければならなくなる。
……が、ここまでのレベルで困ってるハンターはまずいないので問題は無い。他は、せいぜい借金だとか生活に困っているだとかその程度だろう。そっちは普通に社会福祉の範疇で手を入れることになるはずだ。というか借金は自力でなんとかしてくれ。
他のハンターとスタートラインを同じくするなら、多少の肩入れも仕方ないと言えるだろう。
さて、これでひと段落だろうか……と考えていると、にわかに窓の外が活気づいて……いや、どうにも疲れ切った顔のハンターが増えてきた。
活気は特に無い。というか活力を表に出す元気も無いのだろう。第一陣が災禍の洞窟から戻ってきたようだ。
「ただいま戻りました……」
クリスもまた、どこか疲弊した様子で戻ってきた。体に傷などは見られないため本当にただ疲れただけのようだが、十数名を超える人数のフォローに駆け回るとなると精神的疲労は桁外れのものになるに違いない。
普段なら返り血の一滴も許さないほど完璧な振る舞いを見せるというのに、今日は両腕や各所に赤い染みが見られる。
「……かなり負担の大きい現場だったみたいだな。すまない」
「いえ、この程度であれば問題ありません……夜を徹したわけでも軍勢に囲まれたわけでもありませんので」
それはちょっとクリスの基準が戦時のまま更新されてないだけかなって俺思うの。
「ところで、こちらの方は?」
クリスが視線を向けると、ニネット嬢たちの姿勢が引き締まるのを感じられた。
第一陣に参加したことは見て取れるだろうし、彼女たちにとってクリスは先輩ハンターのように見えているのだろうか。どこか尊敬の眼差しが見える。
まあ、戦闘力としては間違いなく超一流、俺の知る中では確実に最強ではあるが……ハンターじゃないんだよな……。
あ。やべ。そういえば。
「私、ニネット・バレ・
「……ムーレ……ヴリエ……?」
――先代ムーレヴリエ子爵は、神器継承者のクリスを殺害した疑惑がある。
そんな人物の子孫とクリスと会わせることに一抹の不安を抱えていたのだが……止める間も無く名乗っちまった。
どうしようこれ。